緑園3 冒険者の養成学校に入ろう。
受付のお姉さんにギルド裏にある養成学校の宿舎へ案内された。
ランクアップ試験にも使われるという訓練場の先、木造二階建ての建物。
向かって右側の造りと左側の造りが非対称で、左側には一階部分しかない。
左側が食堂、風呂、作業場といった共有の場であり、右側が居室らしい。
受付のお姉さんに宿舎の管理人を紹介され、僕の引き渡しが行われた。
宿舎の管理人はオーガストさん。二十代後半くらいの見た目をした男性。
赤みがかった茶髪、獣耳と尻尾があり、人に近いタイプの犬系獣人。
もしかしたら狼かもしれない。
背も高く体もがっしりとして男の僕から見ても随分と格好いい人だ。
凛々しい顔をしているので、さぞかし女性にモテることだろう。
受付のお姉さんが色目を使っているけれど、僕をダシに会いに来たのかな?
とりあえず、当分の間はお世話になるので丁寧にご挨拶しておこう。
「ヨータです。お世話になります」
「俺はオーガストだ。管理人を引き受けている冒険者の一人だ。管理人は俺の他にもう二人いるが、新人を連れて依頼に行っていて不在だ。明日からお前も参加してもらう。とりあえず部屋へ案内しよう」
オーガストさんに一階の部屋へ案内される。
男女はフロアで分けていて、男が一階で女が二階だそうだ。
基本行き来は自由だが、消灯後に女子の部屋へ立ち入れば容赦なく狩られるそうだ。
通された部屋の広さは四畳半もない簡素な部屋。
置いてあるものは木製のベッド、椅子、机とランプ。
他にベッドの下に衣服を入れておく籠が置いてあった。
そしていきなり面接が開始された。
聞いてないんだけど?
面接で駄目だったら追い返されるかと思いきや、面接の内容は僕の知識や経験の確認。
魔法の知識、戦闘や野営の経験のほか、魔物、動物、植物といった冒険に必要な知識の有無だった。
教える側として個人の能力や知識を把握しておきたいそうだ。
この世界で生きてきたのは今日だけでそんなもの持っていませんと正直に言いたい。
僕が持っているのはインストールされた知識だけで、見たり聞いたりすれば分かるかもしれないが、何を持ってるかと言われれば、いまいちよく分からない。
引き出しには色々入っているが、自分で開けられない状態なのだ。
「はっきり言って、ほとんど知識や経験はありません」
「お前……今までどうやって生きてきたんだ?」
オーガストさんにも受付のお姉さんと同じことを言われた。
これを機に名前以外の記憶がないことは伝えておくことにした。
以降は記憶を失っていることを公言しよう。隠してもしょうがないしね。
逆に都合がいいこともあるだろう。
「ああそういうことか。たまにいるんだよな。まあ不便かもしれんが早く慣れろ」
あっさり受け入れられた!?
でも、オーガストさんの言っていることは現実的だと思う。
生きるためには、今の現状を受け止めて早く慣れるしかないのだから。
オーガストさんとの面接もあっさりと終わり、オーガストさんから今のうちに必要なものを買いだししておけと言われた。何を用意したらいいのか分からないので聞いておく。
「そうだな。お前の持っている鞄の中を見せてくれ」
中身を見せると、オーガストさんはすぐに用意するものを紙に書きだしてくれた。
「大きな店の雑貨屋に行っても小銀貨二枚もあれば十分だ」
小袋の中身を確認していないから所持金額が分からんが、大きな銀貨を一枚は見ているので大丈夫だろう。あとでしっかり確認しよう。
買い物がてら町の文化レベル確認も兼ねて町を散策することにしよう。
買い物もオーガストさんにどこから見て回ればいいか聞いておく。
「噴水広場を中心とした東西と南の大通りに商店や露店が多い。この町じゃ大通りが生活の中心といえる。外壁近くに行けば行くほど人通りや店が少なく、治安も悪くなるから気を付けろ」
外壁沿いは避けた方が無難ね。覚えておこう。
「日が高いうちに戻れよ。夕食の準備もあるからな。今日から住むんだからお前にも手伝ってもらうぞ」
オーガストさんはクールな感じだけど、親切でちゃんと教えてくれる。
兄貴と呼びたい気分になった。
教わった通り、大通りで買い物できる店を探しながら散策。
持っていた硬貨の入っていた小袋を確認すると、今の所持金は大銀貨が四枚、小銀貨が八枚、大銅貨が七枚、小銅貨が二枚。交換レートは金銀銅、すべて共通で小が十枚で大一枚となる。
自分の感覚でいうと一枚当たり大銀貨一万、小銀貨千円、大銅貨百円、小銅貨十円くらい。
安い食事なら大銅貨五枚程、量や質がよさげの食事なら小銀貨一枚前後。
前の世界のファストフードが安い食事だと置き換えると違和感はなかった。
物価的にも今の所持金で一か月程度なら食いつなぐことはできそうな気がする。
町を散策して得たのが、この世界の文化レベルの安心感。
この世界は電気製品の代わりに魔法道具が使われている。
流石に映像機器はなかったが、照明器具や調理器具を多く見かけた。
室内でプラネタリウムができそうな照明器具も置いてあって衝動買いしたくなった。
町の設備も街灯っぽいものがあるし、公衆トイレや公衆浴場なんかも見つけた。
表通りにはなかったが、裏通りに風俗店っぽい店の看板も見えた。
流通や食糧事情も悪くないようで、思っていたよりも品数が多い。
僕の知っている食材も多く見かけたし、ジャガイモやニンジンと品種名も同じものが多かった。
何より嬉しかったのは米が売っていたこと、炊き方さえ覚えれば米が食える。
その他に冷凍された魚(何の魚か不明)もあったから、食文化は十分に期待できる。
オーガストさんに書いてもらったもので、何だろうこれと思ったのがランタン石。
最低でも十個は買うことって注意書きが書いてあったので、寄った雑貨屋で教えてもらう。
ランタン石は名前の通りランタンみたいな効果を持つ石で、カツンと何かに当てるだけで眩しくない程度の光を放ち始め、数時間は明るさを保つ。野営したり明かりのない洞窟とかで役に立つそうだ。数回使ったら壊れるのでコスパは運しだいだが、僕の親指くらいの大きさ一個で小銅貨五枚なので気にしなくていいレベルだ。
聞いた店では、ランタン石を魔法加工した照明器具も売っていたが、こちらは値段が小銀貨五枚から販売されていた。装飾が施されているものや長期間使えるものは高いらしい。
残っている不安要素は収入と生活拠点。
養成学校にいる間にお金をためつつ借家とか探せたらいいけど。
日がかなり傾いてきたので、ギルドの宿舎に帰宅する。
買い出ししておけと言われたものは揃えられたけれど、時間が足りなくて西側しか散策できなかったのは残念だ。時間があるときにでも行ってないところを見て回りたい。
部屋に荷物を置き、オーガストさんを探しに行くと、厨房裏で野菜の皮剥きをしていた。
ザルに積まれた食材が、じゃがいも、ニンジン、玉ねぎと僕の知る食材で安心する。
オーガストさんに買い物から戻ってきたことを告げ、言われていた通り食事の準備を手伝う。
しっかり手を洗ってから手伝えと言われたので、ここにも衛生観念があるようなので安心感が増す。食中毒が当たり前に起きてたら、食べるのが怖くなる。
これを使えと皮剥き道具ピーラーを手渡される。
これなら僕も食材を無駄にせず皮剥きができる。
宿舎には冷凍庫や冷蔵庫の魔法道具があるのも嬉しかった。
いやあ、この世界それほど不便じゃないかも。
オーガストさんに指示されながら料理を手伝う。
手伝うといっても、僕は料理の知識がないので、言われた物を取ったり、灰汁抜きをしたり、焦げないように鍋をかき回すといった簡単な手伝いだけしかできなかった。
手伝い中にこの世界の調味料を見ることができたが、残念ながら味噌は見当たらなかった。
醤油やマヨネーズっぽいのはあったので、開発者に感謝したい。
オーガストさん作成の今晩の夕食
鮭のような魚シャーモンのムニエル。タルタルソース付き。
野菜と鶏肉のホワイトシチュー、味見させてもらったけど美味しかった。
分量から15~6人分だと思うけど、手際が良すぎて大変そうに見えなかった。
今日の食事はパンを使うようで、米を炊くときはぜひ手伝わせてください。
オーガストさん、格好がいい上に料理もできる男なのか。
受付のお姉さんがオーガストさんに色目を使っていたけど、分かる気がする。
胃袋を掴める男ってのはモテるはずだ。
「ああ~いい匂い」
「腹減った~」
「今日の飯、何?」
「シチューだ。魚もあるぞ」
「うぇーい。シャーモン、うぇーい」
「お腹空きました」
食堂にぞろぞろと若い子たちが入ってきた。
養成学校に入っている学生の子たちだろう。
誰か女の子で一人パリピがいるな。
他の管理人に引率されて依頼に出ていたが、料理している間に帰ってきていたようだ。
学生たちの後ろから大人の女性が二人現れた。
二人はオーガストさんが所属するパーティー『銀腕』のメンバーだそうだ。
ちなみにオーガストさんとは仕事仲間でどちらとも恋人関係ではないらしい。
「ただいま、オーガスト。あれ、その子は新人の子?」
「ロロお帰り。ああ、今日登録した子だそうだ。名前はヨータ」
声を掛けてきたのは銀髪ショートボブヘアーの猫系女獣人のロロさん。
獣人だがオーガストさんと同じく、獣耳と尻尾だけで他は人間と一緒だ。
ぴっちりとした装備を着用しているので、体のラインが丸分かり、色気のある大人のお姉さんだった。推定Dカップとみた。
「ただいま戻ったのじゃ。若い者の相手は疲れるのじゃ、まったく」
「ルトもお帰り。今日の仕事は疲れるような内容じゃなかっただろ?」
「事あるごとに新人どもがキャーキャーうるさいのじゃ。気疲れする」
愚痴をこぼしながら厨房に入ってきたのは女性のエルフ。
ロロさんと同じくパーティーメンバーだそうだ。
ルトは愛称でル・ルト・ルルが正しい名前だとオーガストさんに教えてもらった。
僕が期待していた長耳エルフさん。こんなに早く会えると思ってなかった。
確かに見た目麗しき美人さんだ。切れ長の目、透き通るような白い肌。
胸は少しばかり小さいけれど、推定Bカップとしておいた。
金髪から突き出た長い耳が表情によって角度を変えるのがちょっと面白い。
見た目は若いけど、言葉使い的に実は百歳越えとかのエルフ婆なのかな?
「俺より若いエルフが何を言ってる。年季の入ったエルフから見たらお前もまだガキだろう」
「うるさいのじゃ。これでも私は27歳だから大人じゃ」
単なる「のじゃエルフ」だった。
僕の期待を返せ。
オーガストさんたちが所属する『銀腕』のパーティーメンバーは全部で六人で、Aランクになるための必須の依頼として管理人をしている。ここにいないリーダーを含めた他の三人は管理人に不向きなので、各地に出向いて調査の仕事をしているらしい。それもAランクになるために必須の依頼なのだそうだ。
食事がてら、学生たちとお互いの自己紹介をすることになった。
大体の学生は僕より若い15歳が中心。僕は学生の中で年長になるようだ。
自己紹介は名前だけでもいいらしいが、名前以外の記憶がないことは言っておいた。
学生からも「たまにあるよねー」といった声が聞こえたので、この世界で記憶を失うことは珍しいことではないらしい。
学生の数は僕を入れて十人。男が六人の女が四人。
ロロさんの話だと、普段は女の子が二人もいれば多い方で、今回は女の子が多いようだ。
ラッキーというべきか、まだ判断できない。
口癖なのか、パリピみたいにうぇーいって言っていたのがラーバ。
うぇーいうぇーいとうるさいので、ちょっと頭がハッピーなのかもしれない。
この子だけ16歳で、年齢的に僕の次になる。
僕と同じ黒い瞳と黒髪ショートヘア、髪の真ん中の一房が白髪だ。
部分的なアルピノなんだろうけど、なんだかスカンクを思い出す。
全く警戒心がないのか、僕と目が合うと何の疑いもなく笑顔を向けてくる。
とりあえず愛想よく笑顔を返しておこう。
胸は絶壁。Aカップすらないかもしれない。
ミディアムロングの金髪碧眼の女の子、サティア。
後ろ髪全体を編み込んであるので実際はもっと長そう。
瞳は碧眼なのに日本人のような顔立ちだ。まるで日本人がカラコンでも付けてるような感じに見える。コスプレイヤーとかにいそうだね。
外見よりも目の前のテーブルに置かれている夕食の量がみんなの倍くらいあるのが気になった。
見た目は細いのに大食漢らしい。胸は推定Cカップと見た。
茶髪でもじゃもじゃ頭のモージャン。
もじゃもじゃ頭だけでなく、ものすごく太い眉。
頭部の面積がありすぎてインパクトが凄い。
こいつを見ると笑いそうになるので、今はなるべく見ないようにする。
結った赤髪をお団子にしている女の子がポロン。
なんとなくだが強気に見えるので姉御肌を感じさせる。
女子の中で一番胸が大きく見えるけれど、今は我慢して見ないようにしよう。
推定Fカップと見た。
赤みがかった茶髪の熊耳獣人が二人。ローファンとルーニャンの兄妹。
熊兄妹と認識しておこう。双子だというけど全然似ていない。
お兄ちゃんのローファンは身体がでかく、ルーニャンの倍はあるんじゃないだろうか。終始無言だけど、僕に柔らかい笑顔を向けてくれたのでいい人認定。
妹のルーニャンは僕から見てもかなり小さく、小学生といってもおかしくない。
胸も小さいが、絶壁のラーバと比べるとわずかに膨らんでいる。
頑張ってお兄ちゃんの代わりに会話しようとしてくれるのは可愛いから許すけど、人見知りを発動中で恥ずかしがって目を見て話をしてくれないのが悲しい。お兄ちゃんの陰からボソボソ言われても聞こえにくいよ?
あとの三人はポリス、ナース、テイラー。
三人ともくすんだ金髪、男ばっかりの幼馴染集団で真面目な学生という感じ。
職業みたいな名前は偶然だろうか。ジョブトリオと名付けておこう。
この三人は養成学校を卒業後にパーティーを組むことが決まっているらしい。
うん。とりあえず名前と顔はバッチリ覚えた。
「記憶がないんだったら、天啓の儀で何を貰えたか分からないな」
もじゃもじゃ頭が特徴的な男――モージャンが聞いてきた。
名前に外見被らせるのやめてよ。
もじゃもじゃ頭が視界に入ってシチュー吹きそうになったじゃない。
「天啓の儀?」
僕のインストールされた知識にないようだ。
「示された職はステータスボードに記載されないから、記憶失くすとどうなるんだ?」
「ステータスに残らないから分からないだろ」
「天啓の儀は一度しかできないしね」
「私は弓使い。魔法は火属性と相性がいい」
「お兄ちゃんとうちは拳士です。二人とも土属性と相性がいいの」
お兄ちゃん、うんうん頷いてないで声出そうよ。
まだ君の声聞いてないよ。
「私は剣士です。回復魔法と相性がいいです」
「回復魔法!? それレアじゃん!」
「うぇーい、レアもの持ってる人、初めて見た。うぇーい」
回復魔法ってレアなんだ?
それはともかく、天啓の儀の話だ。
天啓の儀とは適性のある職業と相性のいい魔法属性を教えてくれる儀式らしい。
町や村に天啓の石というものがあって、15歳になったときに触れるのが儀式だそうだ。
僕、土が属性なんだけど、みんな相性を言うだけで誰一人属性を言ってない。
記載されない情報だとしたら、僕のステータスはみんなのステータスと内容が違う気がしてきたぞ。
それに職業も言っているけれど、僕の職業は冒険者に登録しても無職のままだ。
熊兄妹は揃って拳士って言ってたし、ポリス、ナースは戦士、テイラーが薬師だ。
天啓の儀を受ければ職業が変わるのだろうか。
もしかして僕のインストール知識に嘘か認識違いがある?
今まで概ね合っていたから気にしていなかったが、思い返すと若干の誤差もある。
一番気になるのは、知っててもおかしくないことがインストールされていない。
今の現状で僕を騙しても何にもならないと思うけど、やはり信用しすぎないようにした方がいいかもしれない。知識と実際の誤差を自分で確かめていく方がいいみたいだ。
学生たちに今日は何をしていたのか聞いてみると、町の地区開発の現場へ資材を運搬していたらしい。
ギルドのお姉さんに聞いていたとおり、ギルドで塩漬けされた依頼の処理が学生たちの主な仕事のようだ。報酬を聞いてみると今日は小銀貨三枚だったそうだ。
前の世界の価値観で考えても一日働いて三千円は安いと思う。
BランクであるオーガストさんたちにFランクの頃どう過ごしていたか聞いてみた。
「今でこそ余裕はあるが昔はひどかったよ。いつも腹が減ってた。雨露凌ぐだけで精いっぱいだった」
「あたしたちの時は養成学校なんてなかったから、最初から何もかも手探りだったわ」
「仕事が取れなかった日は辛かったのじゃ。森で取ってきた木の実だけで飢えを凌いだ日もあったのじゃ」
それぞれ辛い思いをしてきたらしい。
不安が生まれ学生の表情が暗いものに変わる。
「今じゃランク制度が変わってEランクになれない方が珍しいくらいだから、そこまで気にしなくても大丈夫だぞ。養成学校で依頼をこなしていれば、Eランクになるための持ち点になるしな。最長半年だがそこまで残ったのはいないぞ」
「あたしたちが請け負ってからリタイアはいても、Eランクになれなかったのはいないわ」
「当たり前じゃ。誰が教えていると思っておるのじゃ。Bランクの中でも評価が高い我ら銀腕ぞ」
三人から不安を払拭するような回答が出て、みんなの顔に明るさが戻った。
うん、ごめん。リタイアがある時点で僕の不安は増大したよ。
オーガストさんたちから、今後の流れに付いて簡単に教わった。
これは僕への説明だが、今の学生たちも始まって三日しか経過していないのでおさらいの意味で聞くように言われていた。
週に三~四回はギルドの依頼を行う。
ギルドの依頼がない日は基礎訓練、戦闘訓練、冒険者として必要な知識や技能を教わる。
週に一度は休日。何をしてもいいが休みをちゃんと取って調子を整えるのも修行の一環。
武器防具等の装備品は貸し出してもらえるが自分のを使ってもいい。
個人の報酬は管理人が預かっているので、必要があれば申請して受領可能。
うん覚えた。
早速、明日から頑張ろう。
夕食後、風呂に案内されて同期男衆で裸のお付き合い。
宿舎の風呂はミニ銭湯といった感じ。
シャワーはないが、蛇口を捻るだけでお湯が出たので満足だ。
浴槽も広くて、みんなが入ってもまだ余裕がある。
風呂に浸かりながらジョブトリオから東の区画に実家があることを聞いたり、モージャンが猟師の末息子という話を聞いたり、ローファンは近くの村から出てきたとモージャンから聞いたりして交流の場を得られた。お兄ちゃん風呂場でも無言なの?
僕は記憶がないので、記憶があるところから――この世界に来てからの話だけしておいた。
新参者の僕に対して、遠慮もないが親しみを持って接してくれている。
同期には恵まれたかもしれない。
風呂から出ると、各自好きなことをして過ごしていいようだ。
といっても、娯楽があるわけでもないので、雑談するか寝るかのどっちかしかない。
部屋のランプを灯そうとしたが、どうやって火を着けるか分からない。
マッチやライターもないので、誰かに聞きに行くことにして食堂へ向かう。
食堂にテイラーがいたので、ランプの火の着け方を聞くと、ランプを貸してと言われた。
ランプを貸すと、ランプ横の小さな扉を開け、指先を芯に向け火を着けた。
「今の何?」
「火起こしの魔法も忘れたのか?」
「火起こしの魔法……そんなのあるんだ?」
「生活魔法だ。簡単だから覚え直せばいいよ」
「うん、ありがとう」
なるほど、生活魔法というのがあるのか。
これは僕の知識になかったぞ。呪文も唱えていなかったから単純な魔力操作でできるみたいだ。
魔力ってどうやって使うのだろう。また謎が増えた。
食堂では、ローファンの膝の上でルーニャンが話していた。
テイラーから聞いたが、風呂上がり後の熊兄妹コミュニケーションだそうだ。
お兄ちゃんの膝の上で身振り手振りを使って一生懸命に話すルーニャンが可愛いんだろうな、お兄ちゃんとてもいい笑顔でウンウンと頷いている。
同じく食堂で雑談していたポロンとサティアとラーバが羨ましそうにローファンを見ている。
どうやらこの数日でルーニャンに魅了されたらしい。
うん、分かる。
可愛いは最強だ。