緑園11 できるか試してみよう
「うぇーい。いよいよ5階層」
「ラーバ。今日は様子見だけだよ。基本撤退だからね」
「うぇーい。分かってるって」
「どんとこいです」
セーフティルームで装備を手入れし、万が一にも備える。
準備万端になったところで僕たちは、5階層へ向けて足を進めた。
下り階段の先に床が見え始め、5階層へと辿り着く。
少しだけ通路が狭かったが、奥へと進むと広間になっていた。
広間は、壁に様々な魔物をかたどった石像が並び、床全体に大きな魔方陣が描かれている。
この魔方陣を越えないと先にある扉に行けないのだが、踏むと魔物が召喚される。
5階層では1匹だけ、通常より強いスライムかデロキャットのどちらかが出現する。
僕たちはそれぞれ武器を構えた状態で魔方陣に近づく。
「んじゃあ、踏むよー」
「「うぇーい」」
魔方陣を踏んだ途端、魔方陣が微かに光を帯び、魔方陣の中心から魔物が這い出てきた。
初めて見たけれど、本当に何もない地面から出てきたみたいに見えた。
出てきた魔物はデロキャット。見た目は変わらずグロイ。
図体は通常サイズのおよそ二倍。爪や牙も普通のデロキャットよりも鋭そうだ。
「行きます!」
先陣を斬ったサティアがデロキャットの鼻っ面に剣を振るう。
デロキャットは落ち着いた様子で難なく躱し、横走りするサティアをターゲットにした。
サティアが僕の目の前を走り抜けても、デロキャットはサティアをターゲットにしている。
「うん、噂通り、最初に攻撃したのをずっと狙うようだね」
「うぇーい。もう撤退する?」
「脇から軽く当ててみるよ。流石に一発じゃ死なないだろうし」
とりあえず、死角から攻撃してみるが、僕の突いた槍は簡単に爪で弾かれた。
くるりと反転し、見据えるデロキャットは僕をターゲットに変更した。
「話が違うんだけど!?」
威嚇するデロキャットにちょっとビビったが、倍の大きさだけど、通常のデロキャットと動きはそれほど変わらない。そのおかげで、僕はデロキャットから距離を置くことができた。
じわりじわりと僕を追い詰めようとするデロキャット。
その死角となる位置からラーバが棍棒で殴ろうとする。
だが、これも簡単に爪で防がれた。
そして、今度はラーバがターゲットになった。
「こいつ、死角からの攻撃も防ぐし、最初に攻撃してきた奴からターゲット変えないって話だったのに」
「うぇーい。ヨータが前に言ってた一見さんお断り?」
「なんか意味が全然分かんないよそれ。百聞は一見にしかずだよ!」
「どういう意味でしたっけ?」
「百回聞くよりも一度見た方が分かるって意味だよ。危ないサティア!」
横走りするラーバとすれ違ったサティアに狙いを変え強襲するデロキャット。
その動きは今までの緩慢なものとは違い、素早い動きだった。
「うわっと、殴ってないのにこっちにきましたか」
振り下ろされる爪に、サティアは剣で迎え撃つ。
爪に当たったのは刃のない部分だったが、力で勝ったサティアの一撃はデロキャットを扉の近くまで吹き飛ばした。
「うん、攻撃は軽いですね。剣も大丈夫です」
「撤退!」
僕はデロキャットが吹き飛んだ機会を逃さず叫んだ。
声を聞いたラーバとサティアは一目散に入ってきた通路へと走り込む。
僕らが全員、魔方陣の外に出た途端、追いかけてきたデロキャットは大人しくなった。
「うぇーい。これはいい情報だったね」
「ああ、大きいデロキャットの情報は欲しいと思ってたから、ちょうどよかったよ」
「次もデロキャットが出たときは任せてください。力勝負なら負けなかったです」
「いや、油断は禁物だよ。あいつ全然まだ余裕だった。サティアの力は想定外だったんだろうけど。僕らの攻撃が防がれて一度も当たってないし、死角からの攻撃を防いだのも気になる」
「うぇーい。ヨータよく見てるねー」
「あのデロキャットの感じだと、最初の計画の囮作戦は無理だね」
僕たちは一旦セーフティルームへと逃げ込むことにした。
撤退時、デロキャットは僕たちが魔方陣から出た途端、大人しくなっていた。
どうやら、ターゲットにするのは魔方陣の中だけっぽい。
この日、僕たちはダンジョンの探索を早々に諦め、帰宅することにした。
情報と違うことが起きた場合、その事象からさっさと離れるのが正解だと思うから。
最短の距離を通って、ひたすら出口を目指す。
途中でスライムに襲われたけれど、倒すことはせず、進行の邪魔になるのだけどかす。
僕らとすれ違う冒険者から怪訝な顔をされたけれど、そんなのお構いなしだ。
ダンジョンの入口が見えてきた。
ラーバ、僕、サティアの順で駆け抜けていく。
ダンジョンの外に出たあと、みんなで大きく深呼吸。
ああ、空気が美味しい。
☆
そのままギルドへ赴き、僕たちの担当でもあるユミルさんに身分証でもあるドックタグを預ける。
ユミルさんは預けたドッグタグを測定器と思わしき台座の上に乗せる。
ドッグタグは相当便利な魔法道具らしく、パーティーの討伐データが表示される。
希望すれば、個人ごとの討伐スコアも閲覧できる。
報酬を分配する場合の基準に使われることもあるようだ。
「あら、デロキャットを6匹。討伐したってことは4階まで進んだのですね。おめでとうございます。一匹当たり大銅貨6枚です。それとスライムが48匹。こちらは一匹当たり大銅貨2枚です。合計、大銀貨1枚と小銀貨3枚、大銅貨2枚が今回の討伐報酬になります。ドロップ品の査定もします?」
「お願いします」
「翡翠の欠片が3個、スライムの核が40個で合計小銀貨7枚となります。残りの核8個は傷が多いから買い取りできませんが処分はしておきますよ。えっと、両方合わせて大銀貨2枚と大銅貨2枚ですね」
「おお、最高金額出た。今日だけで家賃分稼いじゃったよ」
「うぇーい。やったー」
「やりましたー」
きゃっきゃっと喜ぶ僕らを見てユミルさんは、にこやかにほほ笑む。
「うまく稼げたからって無理しちゃ駄目よ?」
ユミルさんが時折見せる大人のお姉さんからの助言。
いつも思うんですが、どうしてその言動の度に胸がたゆんとなるのか不思議でしょうがありません。
それはともかく、貯金の確認だ。
「えっとユミルさん。緑園で貯金をお願いします。今回の報酬のうち大銀貨分とこれを」
ダンジョンで拾った小金貨一枚を差し出す。
「あら、もしかしてダンジョンで?」
「棚をどけたら落ちてました」
「運がいいのね。今回の預け入れで貯金額は小金貨2枚分と小銀貨5枚になるわ」
「マジックバック買える!」
「うぇーい。買っちゃう?」
「目標が一つ叶いますね!」
「その前に現時点での所持金確認するよ。僕は小銀貨3枚と今受け取った大銅貨2枚」
「うぇーい。小銀貨2枚と大銅貨4枚」
「……大銅貨6枚です」
とりあえず、今の所持金でご飯とお風呂は大丈夫か。
ユミルさんに言って、貯金から小銀貨5枚だけ下ろしてもらう。
「今日はマジックバックなしにする!」
「うぇーい?」
「え?」
「4階層まで行けたら稼げることも分かったし、今日はみんなでお祝いのご馳走を食べよう」
「うぇーい。酒もあり?」
「予算は小銀貨5枚まで。その範囲内なら何でもありだ」
「焼肉定食を頼んでもいいんですか?」
「なんならかつ丼も付けちゃうし、両方大盛りでもOK!」
「やったー」
サティアは、遠慮しないでいいって言ってるのに、いつも遠慮して安めの物を頼んでいるからね。
今日は好きなものを食べさせてあげたい。
ギルド食堂なら安いしね。普段でも4人分を食べて小銀貨3枚でお釣りがくる。
ギルドを後にして、アジトで装備品の片づけと手入れを済ませ公衆浴場へ。
体をきれいにして、ゆっくりと湯につかり今日の疲れをほぐす。
いい感じに温まったところで、女湯にいるラーバたちにいつものように声をかける
「ラーバ、サティア、先に上がっとくよー。前で待ってるからねー」
「うぇーい。サティアも分かったってー」
サティアが返事できないってことは、髪でも洗ってるのかな?
先に上がった僕は温まった身体を夜風で冷ましながら二人を待つ。
毎日のことだけど、こうして三人で一緒に過ごせるのはとても幸せなことだと思う。
いつまでも続けばいいな。その内、本当に結婚しちゃったりしてね。
こっちの世界って一夫多妻もOKだし、その逆もあるって聞くし。
ぞくぞくぞくっと悪寒が背中を通り過ぎる。
「……何だ、今の悪寒は?」
風に当たりすぎたかな?
少しして、ラーバとサティアが湯上りポカポカと上気した顔で公衆浴場から出てきた。
「今日はいつもより長かったなね」
「うぇーい。二人で熱い風呂と水風呂を行き来してた」
「肌が引き締まると聞いたので、実践してました」
「そんなのしなくても、二人とも肌きれいじゃん」
「うぇーい。褒められたー」
「面と向かって言われると恥ずかしいです」
「僕も長風呂だけど、二人はその上を行くよね」
「うぇーい。風呂前に腕立てとか腹筋してるからかな?」
「そうかもしれませんねぇ?」
風呂でやってたのか筋トレ。
筋肉に目覚めたはずなのに、朝の運動以外アジトでは全然その姿を見ていないから、いつやっているんだろうと思ってたけど。これで謎が解けた。
二人とも腹筋は割れてないけど、凄い引き締まってるんだよね。
サティアはそれなりに胸はあるけど、ラーバは……
「うぇーいヨータ。なんで私を見て溜息をついたか答えてもらおうか?」
「いや、ないなあって。ペタンというかストンというか、どこに置いてきたの?」
「ラーバさん落ち着いてください。石で殴ろうとするのは流石にまずいです!」
サティアがラーバを羽交い絞めにしてくれたので、僕に被害が訪れることはなかった。
ぷんすかと怒るラーバを宥めながら、ギルド食堂へと向かう。
到着するころにはラーバの機嫌は直っていた。
相変わらずちょろい奴だと思う。
☆
ギルド食堂で、それぞれが好きなものを注文する。
僕は鶏の照り焼き定食。
アレグラッドにいる鶏って、僕の記憶にある鶏よりも一回りくらい図体が大きいから、もも肉一つでも食い応えがある。ご飯は大盛りにしてもらう。
ラーバは、ホッケによく似た魚の焼き物とおつまみセットを注文。
サティアは焼肉定食とかつ丼をそれぞれ大盛りで注文。それから、エールをそれぞれ頼む。
この世界の食事は、過去の転生者たちがかなり食文化を持ち込んだようで、知っている料理が多い。
米、うどん、そば、パスタ、カレー、ケーキ、アイスといった、転移者なり転生者が伝えたと予測できる日本の食べ物が数多くある。それなのに、ラーメンだけが探しても見かけないのは不思議でしょうがない。ラーメンって言葉すら伝わっていないのは何故なのか。
注文したものが揃うまで、反省会という名の雑談。
今日は大きな反省がないといえるほど順調だったと思う。
なにか忘れている気がするけれど、思い出せないので大したことはないのだろう。
今日の成果として4階層まで潜り、デロキャットも狩れたのだから、十分な成果だ。
注文品が揃ったところで乾杯して、食事に舌鼓しエールをあおる。
「ぷはー。うぇーい。ヨータ脱げー」
「ラーバ、酒弱いのにペース早すぎだぞ」
「だいじょーぶー。うぇーい」
「また吐きますよ?」
うちのパーティの酒豪、サティアがラーバを嗜める。
サティアはドワーフくらいしか飲まないと言われる火酒を平気で飲める。
火酒は非情に酒精が高い酒で、口の中に火を放り込まれたように感じられることから、火酒の名前が付いている。その話に興味を持った僕らはお試しで飲ませてもらったのだが、僕とラーバは火酒をほんの少し喉に入れただけでぶっ倒れた。一緒に飲んでケロッとしていたサティアが、僕とラーバを抱えてアジトに連れ帰ったそうだ。
僕とサティアは、飲まない日もあるのだけれど、ラーバは飲みたがる。酒癖も陽気になるだけだから気にならないが、帰り道で吐いたりすることもあるので、よくサティアに「せっかく食べたものがもったいないでしょ」と怒られる。
もうちょっと違う意味で怒ってやって欲しいんだけど。
ギルド食堂を出たあと、千鳥足で歩くご機嫌なラーバを誘導しながら、アジトへと歩く。
今日のラーバの感じだと吐くことはないかな。
大通りからアジトへと足を進めると、水汲み場に人だかりがあった。
そこにいたのは見知った顔の面々。
ローファン、モージャン、ポロン、ジョブトリオの同期たち。
ルーニャンがいないことで逆に察しがついてしまった。
「うぇーい、みんな揃ってどうしたの〜?」
ご機嫌のラーバが千鳥足でみんなに近づく。
モージャンが代表して言った。
「ローファンが俺等に相談したいことがあるんだとさ」
☆
「ローファンが言うには、これ以上俺達を足止めしたくないんだってよ。だから、ダンジョンは先に行ってくれって内容だ」
「……」
相変わらずローファンは寡黙に頷いた。
そういえば、声をまともに聞いた記憶がない。
大体ルーニャンが代弁してるからな。
「いやいやいや、ローファン? 何を勘違いしているか知らんけど、俺達は計画通りに進めているし、無茶なことをしない前提でやってるだけだぜ」
ジョブトリオのリーダーであるポリスが言った。
テイラーとナースもウンウンと大袈裟に頷く。
「うちらもマッピングとかしっかりやって、相方の様子見ながら進めてるんだ。ローファンが気にする必要なんかなにもない」
ポロンも何を気にする必要があるのか分からないと言った表情を見せる。
やっぱり僕の同期たちは優しいよね。
「うぇーい、だったらみんなで一緒にクリアしちゃおうよ。みんなと一緒ならルーニャンも怖くないよ」
酔っ払ってご機嫌なラーバの一言に、みんなが呆気にとられた表情を浮かべる。
「「「「「「それだ!」」」」」」
そのあとは、てんやわんやな大騒ぎ。
「なんで今まで気づかなかったんだよ、俺」
「そうだよ。階層ボスだけ、みんなでやれば楽勝じゃん」
「階層ボスは報酬目当てじゃなくて、直通通路目当てだし、一番楽じゃん」
「あー、盲点だったねえ。あそこのクリアはパーティーに拘る理由なんかないのに」
普段のダンジョンアタックならば、一人頭の取り分が塩漬け以下になってしまうので、大体2〜3人でパーティーを組む。深く潜れば報酬も増えるので、人数を増やすことが安全策になる。
「ってことでローファン。お前の話は終わりだ。みんなやる気になっちまった。ルーニャンを連れてこい。同期会兼ねて作戦会議としゃれ込もうぜ」
モージャンがローファンの背中をバンと叩いて言った。
ローファンは大きく頷き、みんなに向かって頭を下げると、ルーニャンを迎えに行った。
「うぇーい、みんなと二次会だー。また飲むぞー」
ラーバ、二次会と違うぞ。
それ以上飲んだら吐くから止めなさい。
☆
ローファンとルーニャンが合流して話し合い開始。
若干、ラーバが寝かけてて、サティアにもたれかかっているが、僕が聞いておけば問題ないだろう。
まずはクリア条件の整理。
召喚された階層ボスを倒さないと、扉脇にある直通通路の石碑に触れても無効。
つまり、階層ボスを倒すことは必須条件である。
次に、認識される範囲だ。例えば魔法陣の外にいる人はどういう扱いなのか。
これはポロンが知っていて、ずっと魔法陣の外のままだと、戦闘に参加していないとみなされるらしい。
遠距離攻撃が得意なポロンだからこそ押さえていた情報なのだろう。
出入りは自由だが、最初に入っているか、倒すときには魔法陣の中にいないと駄目ってところかな。
認識されるタイミングはいつなんだろう。
開始時か、途中参戦も大丈夫なのか、それとも討伐時に魔法陣の中にいればいいのか。
少なくとも、開始と討伐時は魔法陣の中にいたほうが良さげだ。
5階層の魔法陣の大きさを考えると、全員が入っていても余裕はある。
戦う時に入れ替わるスイッチとか、動線確保もなんとか取れるだろう。
もしかしたら、認識条件にワンタッチが必要かもしれないな。
ゲームでも経験値の分配をもらう最低条件で1ダメでもいいから与えることっていうのは定番だ。
この条件だとルーニャンが動けなくなったとき失敗になるかもしれない。
ワンタッチについては、別の対策を用意したほうがいいかな。
階層ボスと遭遇し、実際の情報を持っているのはローファン、ルーニャンと僕達だけだ。
巨大スライムの大きさは、体高だけでも大柄なルーファンを超え、体幅でいうならば手を広げたルーファンの三倍近くだったらしい。魔法陣ある場所は広いとはいえ、逃げ場の確保に影響がありそうだ。
皆で袋叩きが一番早いかな?




