緑園1 主神さんと遊ぼう。
『――たよ』
心地よい微睡の中、誰かの声がする。
『私の声が聞こえるか。陽太よ』
呼ばれている理由は分からないが、こういう時は聞こえない振りするに限る。呼び声はとてもいい声なのだけれど、まだ寝ていたい。
『聞こえているはずだ。陽太よ』
聞こえない。聞こえない。
諦めてください。
まだ、僕は惰眠を貪っていたいのです。
『陽太よ。我が声を聞くのだ。陽太よ』
「しつこいよ!?」
声のする方へ向くと、銀髪で肌の白い美人のお姉さんがいた。
古代ギリシャ人のような服を着ているけれど、コスプレイヤーさん?
僕に向ける冷たい視線が痛い。
怒鳴ったから怒っているのかな?
『目覚めたか陽太よ』
「えと、どちらさまですか?」
『我が名はお前では発音できない。だ……そうだな、主神と答えておこう』
どうやら目の前にいるコスプレイヤーさんは神様のつもりらしい。
何のキャラか知らないけれど、キャラになり切っているのか。
仲良くなれるかもしれないから、否定せずに合わせよう。
僕では名前を発音できない設定らしいから、主神さんと呼ぶことにしよう。
しかし、主神さんきれいだな。
目付きは少しばかり鋭い感じがするけれど、バランスの取れた目鼻立ちで随分と整っている。
クールビューティーという言葉が似合いそうな人だ。
こんなきれいな人が世の中にはいるんだね。眼福、眼福。
表情豊かといえないが鉄面皮でもない。
僕の視線を感じたのか少し照れ臭そうだ。
主神さんのほんのちょっぴり見せる照れは可愛いね。
『オホン……お前にはこれから異なる世界に転移してもらう』
「これ異世界でひどい目に遭うパターン?」
『そうでもない。転移するものには少しばかり恩恵を与えている。よっぽどのことがない限りすぐに死なん』
あれ、主神さんまだ続けるの?
いやちょっと待てよ。
それよりも僕、何者なん?
陽太って名前以外、何も覚えてないぞ。
主神さんの話に合わせようと思ったけど、これマジじゃない?
そもそも僕たちがいる場所もおかしい。
ずっと遠くまで天と地も周りも果てしなく真っ白で距離感が掴めない。
まるで現実味のない夢か幻の中にいる感じだ。
あるもので目立つといえば、主神さんの脇に置いてあるちゃぶ台と座布団のセット。
主神さんの格好や雰囲気からいうと、古代ギリシャの神様だ。
ちゃぶ台は主神さんのものだと思うけれども、その組み合わせに違和感を拭えない。
何故に主神さんの脇に純和風なちゃぶ台が……混乱してきた。
『混乱するのは仕方がないことだ。夢や幻と思うのも仕方がない。だが、現実だ』
「主神さん、全般的な記憶があるのに自分自身の記憶がないのは仕様?」
『仕様だ』
「主神さんのスタイルが良いのも仕様?」
『天然だ……お前は何を聞いてるんだ?』
また冷たい目で睨まれた。
元から鋭い目なのだから睨まれると怖いです。
さっきまで格好つけてたのに豹変しないで欲しい。
それにしてもスタイルの良さは天然か。いいですね!
『もういい。それらしく送り出してやろうとしたがいらぬようだ』
「しゅ、主神さんのクールな感じが素敵です!」
『え、あ、そうか?』
ちょっと褒められたくらいで照れてやがる。
ちょろいわこいつ。
『この空間だと頭の中で考えてることは読めるんだぞ?』
「すいません」
今まで考えていたことが筒抜けだったことに気付き、平謝り。
なるほど、道理で主神さんの反応がいいわけだ。
頭の中が読めるなら、これもう話は主神さんだけでいいんじゃないかな。
僕が思い浮かべる疑問に答えてもらえば早い気がする。
『ふむ、確かにその方が早いな。では質問を思い浮かべろ』
誰が何の目的で僕を連れてきたの?
『先に言っておくが、陽太だからという理由はない。移動させても元の世界に影響を及ぼさないものから適当に選ばれる。結果が陽太だったというだけだ』
たまたまか。
すごい確率を引いたものだ。
『誰がと言われれば、地球の女神アシュタロトが地球の主神の命を受け連れてきた。このような神同士の異世界交流は珍しいことでもない。現時点ではいないが、過去に受け入れた前例もあり、我が世界にも転移者や転生者の血を継ぐ者たちがいる』
僕を連れてきたのはアシュタロトという名の女神。
有名な悪魔の名前と同じだが、地球の神様の一人か。
アシュタロトさんの外見は、僕と同じように黒髪で黒目らしい。
会話中によく血を吐くという不要な情報まで教えてもらえた。
『目的といわれると理解できぬかもしれん。簡単に言うと、陽太が転移することでお互いの世界にとって利益があったからだ。こちらの利益としては陽太が世界を渡ったところで、陽太が持つ地球世界のエネルギーが変換され、我らの世界に移動する。地球のマナは変換効率が非常に良く、人一人の転移で我が世界の消費する五十年分相当のマナが得られる。向こうの事情は聞いていないから知らんが』
主神さん的には僕の転移はお得だったというわけか。
では、次に主神さんについて教えてもらおう。
身長は僕より少し低いくらい、顔も小さく、手足は長く、腰の位置が高い。
胸元に飾られるふくよかな双丘は大きすぎず、小さすぎずでよい感じ。
バストは何センチです?
『……86センチだな』
カップは?
『お前がいた世界を基準にしたら――Dカップだな』
ウエストは?
『59センチだな』
真面目に答えてくれるとは、神様は心が広い。
ではちょっと真面目なやつを。
→ 方向は?
『右』
↑ 方向は?
『上』
次は穴の開いた方向を
『うむ』
C 方向は?
『右』
・ 方向は?
『ただの点じゃないか。これお前の世界にあった視力検査だろ』
「あ、視力検査知ってるんだ? 主神さんの視力0.3くらいですね」
『そんなはずはない。もう一度やり直せ!』
このあと、主神さんに遊んでもらった。
主神さんはクールな対応が基本だけれども意外と乗りがよく、僕の思い浮かべたことに、乗り突っ込みを入れたり、自分の考えと違う場合は私はこう思うと意見を表明してくれたりもした。
互いの意見が違う部分が出てきたので、お互いの主張を巡り論戦することにした。
脱線して浮上してきた「宇宙人は存在するか」という議題では僕が存在しないを主張。
『視点を変えれば地球人以外から見たら地球人が宇宙人にならないか?』
「僕が言いたいのは、地球で騒がれている宇宙人とかUFOの存在です」
『そうか。それならば私は存在すると主張しよう。普段は見えていないだけで、そこらにいるのだろう。私もお前たちからしたら宇宙人だ。短い期間だが日本に行ったこともある』
「異世界の神様は宇宙人の定義から外したいなー」
『それだと可能性がかなり低くなる。距離と時間を無視できる存在でないと厳しい』
僕も自分なりの考察を突き合わせた結果、宇宙人は存在するが地球には来ていないにまとまった。
鶏が先か卵が先かの議題では、僕が卵を主張し、主神さんが鶏を主張。
『鶏が産んだから鶏の卵なのであり、私は鶏が先と主張する』
「それだと種の確立の話になるよ?」
『どの卵からであれ、種として確立してから〇〇の卵と呼ぶであろ?』
主神さんの主張に僕は納得してしまった。
まだ戦えたような気がするが僕に覆すだけの知恵が出てこなかった。
目玉焼きのソースに何をつけると一番美味しいかといった議題では、僕は醤油で主神さんは塩コショウだった。この論争では互いに主張を曲げることをせず膠着した。
この時の結論は自分の好きなものをつけるのが一番美味しいと互いに日和ることにした。
相手が主張するものを非難しないと約束して決着した。
海と山、夏に行くならどっち?
僕が海派、主神さんが山派。
キノコとタケノコのどっちが好き?
僕がタケノコ、主神さんがキノコ。
コーヒーと紅茶のどっちが好き?
僕がコーヒー、主神さんが紅茶。
うどんと蕎麦のどっちが好き?
僕が蕎麦、主神さんがうどん。
米とパンのどっちが好き?
僕が米で主神さんがパン。
こしあんと粒あんのどっちが好き?
僕も主神さんもこしあんを選択し、初めて意見が一致した。
『いやいや、陽太とは趣味が合わないと思っていたが、こしあんを選ぶとは』
「いえいえ、粒あんも嫌いじゃないけど、こしあんの方が好きで」
『私もだ。特に抹茶あんが絶品だ』
「は? 抹茶あんは邪道でしょ。加工品は認めませんよ」
『さっき人の好きなものは非難しないって約束しなかったか?』
「そうでした、ごめんなさい。だが、抹茶あんだけは許せん!」
『お、喧嘩か?』
かれこれ数時間は経過したと思う。
主神さんと論戦して遊ぶのめっちゃ楽しい。
いつの間にか声を大にして息切れするほどの熱い論戦が続いたので、ちょっと休憩。
『ハアハア……いや陽太よ。論戦はもういい。そろそろ真面目にやらんか?』
「ハアハア……そうですね。とても楽しかったです。ありがとうございました」
それから息を整えたあと、僕は色々な疑問を思い浮かべ、主神さんに答えてもらう。
答えを聞いても分からないことが多かった。
主神さんの説明が悪いわけじゃない。
僕が理解できないのだ。
3次元と時間軸はまだなんとか理解できたが、その上の次元の話が全く理解できない。
主神さんは自分の世界であれば、過去や未来を見通すことができると教えてくれた。
因果関係は人だけでなく自然現象も含むのだから、未来の数はそれこそ天文学的な数になるという。
面白いと思ったのが、不確定な未来は存在し続けるが、結果が確定し可能性がゼロになった未来は消失していくという点。
例えば、僕という存在に焦点を当てると、主神さんには僕がしぶとく生き抜く未来とあっさり死ぬ未来の両方が見えている。だが、僕がこれから行く異世界に行かない未来はないという。
主神さんは自分が理解する次元以下であれば見えるようになるといい、更なる高みを目指しているとも言った。神の上の存在とはなんなのか、僕には理解できない存在なのだろう。
分かった部分だけ整理すると、僕は元の世界に戻れない。
異世界に行くのは決定事項なので拒否できない。
記憶がないのは主神さんが消したから。
消した理由は僕に関係なくルールだからだそうだ。
納得できないがするしかない。
僕は過去にどんな生活を送っていたのか、家族や友達はどうだったのかと、思うところはあるけれど、もう記憶も消えてしまっているからか、どうも怒りの感情が湧いてこない。
前向きに次の行動を考えた方が建設的だね。
ということで、主神さんに改めて問いかけよう。
異世界に行ったら、僕は何をすればいいの?
『好きに生きればいい。行くだけで目的は果たされる』
目的があるというわけでなく、行くだけでいいらしい。
あとは何をしようが僕の自由でいいそうだ。ビバ自由。
と言われても、自由過ぎるゲームは何をしていいか分からず、却って行動の幅が狭くなることが多い。何をするかを決めるのではなく、先に何ができるかを把握することがいいだろう。
順番を間違えると自分自身が大変なことになると思う。
『陽太は慎重なのだな。考えすぎな面もあるが、軽率過ぎても問題であるから良し悪しだな』
目的は早めに設定したほうがいいよね。
いざとなれば選択肢を広げるための知識を手に入れる旅もいいかも。
しっかり準備に時間をかければ大丈夫だよね。
『陽太のことだから、旅に出るまで数年かけそうだな……』
無謀な挑戦より、確実な方が安心するだけです。
僕を理解してくれているようなので論戦してよかった。
行先となる異世界について教えてもらう。
行き先は剣と魔法のファンタジーな世界でアレグラッドという名前。
文明的には中世に近い、科学よりも魔法で発展した世界だそうだ。
『文字や言語は自動変換されるので陽太は心配しなくてもいい』
異世界に行っても言葉や文字は問題ないようだ。
今から行く世界は多少の方言はあっても、言葉や文字は共通らしい。
本当かな?
『疑り深いな陽太は。最初のうちは違和感を覚えるかもしれないが、すぐに慣れるだろう』
その違和感で怪しまれないか心配だな。
挙動不審って、自分では気づきにくいものだと思うんですよ。
危ない生き物とかいるの?
『魔王のような危険な存在はいないが、魔物の支配者みたいなのは散在している』
アレグラッドは魔物がいる世界なので何処にいてもそれなりに危険だそうだ。
出会ったら全力で殺しにくる危ないのもいるらしく、そんなのに出会ったら数秒で殺される自信はある。
『危険な魔物が少ない地域に送ってやるので安心せよ。そうだな、近くにスワロという町がある。そこを拠点にするといいだろう』
いや、少ないって言ってもいるのはいるでしょ?
運がいいのか悪いのか分からないけど、こういうのってフラグ立ちやすいと思うんだ。
『へし折っておこう。過度な干渉はできないがそれぐらいならルール上問題ない。魔物を遠ざけるだけだからな』
ありがとう。
魔物がいる世界なのは理解したけれど、人間以外の種族、例えば亜人とかいるの?
『いる。亜人であればエルフ、ドワーフ、獣人種が代表例だな。獣人種は多種多様で人に近いものもいれば獣の姿に近いものもいる。人間ほど多くないが町中にも暮らしている』
これは期待できるかもしれない。
エルフさんは美人さんが多いと聞くし、獣っ子をもふもふしたい。
僕の好きだった漫画――あれ?
好きだったはずのタイトルとかイラストが頭に出てこないぞ。
『陽太の名前以外は全て記憶から消してある。朧気にも思い出すことはできまい』
あ、これちょっとショックだ。
膝からがっくり崩れ落ちる。
愛したものが思い出せないなんて……家族とかの時はこういう気持ちにならなかったのはなんでだろう?
落ち込んでたら主神さんが背中をさすってくれた。
優しいね。ありがとう。
気を取り直して質問を続ける。
いわゆる現代っ子な僕が町で暮らしていくことができるのか。
『現代社会育ちの陽太でも、町を拠点にすれば問題なく生活できる。町であれば上下水道も整備されているところが多い。ただし、旅をするとなると、文化レベルは地域差があり厳しいだろう』
未開の土地に近いところは文化レベルが低く、人が集まるほどに高くなる。
幾つかの国があって、王や長がいる所はかなり発展している。
町くらいの大きさになると冒険者ギルドがあって、ダンジョンの管理をしているところもあると。
転移するときにもらえる恩恵はどんなものか聞いてみた。
『ステータスの強化だ。私の加護はやらん。スキルや魔法は自分で覚えて身に着けろ。収納と鑑定も魔法で覚えられるから自分で覚えろ。怪しまれない程度に覚えた方が身のためだぞ』
主神さん厳し過ぎません?
知らない世界に行くんだから転移者には優しくしようよ。
『大盤振る舞いした時代の転移者は恩恵で与えた能力が権力者にばれて、死ぬまでこき使われて生を終えてるぞ』
それはそれで嫌だな。
ステータス強化を付けてもらえるだけありがたいと思うことにしよう。
能力強化は選べるの?
『いや、ランダムだな。銀の箱と金の箱からくじを一枚ずつ引いてもらう。まず銀の箱だが、筋力、知力、体力、敏捷、魔力、器用、運、各耐性、HPやMPといったステータスが入っている。当たりは全能力だ。その次に金の箱だがこちらは付与率だ。この中に2倍とか10%アップとかが入っている。ダウンはないので安心しろ。当たりは100倍だ』
ハズレとかあるの?
『銀の箱にはないが、金の箱には1%が入っている』
1%だと基礎数値が高くないと恩恵はなさそうだな。確かにハズレだけれど成長すれば恩恵は得られるか。記憶がないので、元々の運の良し悪しは分からないが賭けるしかあるまい。
でも、ハズレを引いたら異世界で生きていけるのかな?
『死ぬときは死ぬ。それだけだ』
それが嫌なんだけど?
主神さんが置いてくれた銀と金の箱から一枚ずつ取り出して渡す。
僕の知ってる字じゃないから、なんて書いてあるか分からない。
どうやらこの文字は自動変換してくれないらしい。
僕の渡したカードを主神さんが二度見した。
『……これは驚いた。陽太は運が良すぎだな。全能力と100倍が出たぞ』
受け取ったら、体が能力に耐え切れなくて自爆とかないだろうな?
人の肩に手を置いたら加減できなくて相手殺しちゃったとか嫌だぞ。
『安心しろ。ちゃんと耐えられるし、加減もできる』
本当かな?
その加減を手に入れるのに、修行して二十年くらいかかるとか言うんじゃないだろうな。
『疑り深い奴だな陽太は。まあ、それぐらいの方がいい。騙されることもあるからな』
今、この時点で騙されてたりして。
『……本当に疑り深いな』
主神さんが二つのカードを宙に放り投げると、僕の身体に吸い込まれていくように消えた。
今ので僕は恩恵を受けられたらしい。
実感はないが、主神さんが言うのだからそうなのだろう。
そのあと主神さんに今から行く世界で生きていくのに必要なことを教わる。
とりあえず、人がそこそこ住んでいるスワロという町の近くに転移してくれるらしい。
町に付くまでは魔物が近づかないようにもしてくれるようだ。
ありがとう。もし魔物に出会ったらマジで秒で死ぬ自信あるからね。
ところで、このちゃぶ台は和風過ぎて主神さんに合わないと思うんだけど。
え、地球の神様のアシュタロトさんからもらったものでお気に入りなの?
合わないなんて思ってごめん。趣味嗜好は人それぞれだよね。
このお茶、なんていうのか知らないけど美味しいね。
ところで、お茶請けに羊羹は主神さんの外見に似合わないと思うんだけど。
え、僕のため? 僕が今から行く世界には和菓子がないから?
気遣ってくれてありがとう。
クールな感じなのにちゃんと答えてくれるし、裏表のない優しさも感じられる。
主神さん照れなくてもいいからね。
でもこれ、本音だから。照れると本当に可愛いよね。
暴力反対。肩パン止めてください。でも、そういうところも可愛いよね。
何だかんだと主神さんと長く話していたような気がする。
不安はあるけれど、主神さんに色々と教えてもらったから、何とかなるだろう。
せっかくの美人さんと出会えたのに、残念だが別れの時が近づいている。
穏やかな気持ちでいられたので主神さんには感謝だ。
神殿とか教会とかで祈りを捧げるくらいはしよう。
もしかしたら主神さんが降臨してくれて、また遊んでくれるかもしれない。
待てよ……僕に昔の記憶がないのなら思い出作りもしておかねば。
主神さんとの楽しかった時間を最初の思い出にしてもいいと思う。
『では、行くがよい。この光の輪に入るのだ』
立ち上がった主神さんの目の前に複雑な模様をした小さな光の輪ができる。
召喚魔法とかで使う魔方陣ぽい、見たことないけど。
「主神さんありがとう。僕、忘れないよ」
『……一つ言っていなかったが、ここでの記憶も陽太から消えるからな』
「……何で?」
『ルールだからだ』
それは流石に納得できないし、したくもないぞ。
せっかく主神さんと仲良くなれたのに。
一緒に遊んだ記憶が消えるなんて嫌だ。
「忘れたくない。主神さんのこと忘れたくないよ!」
『陽太よ。確かに久々に楽しい時間であった。しかし、曲げられぬのだ』
「主神さん……」
「陽太よ。お前が忘れても私が忘れないことを誓おう。異世界を楽しんでこい』
やばいちょっと泣きそうだ。
こうなったら、なんとかして僕を忘れられないようにしてやる。
主神さんの前にある光の輪の中に足を進める。
僕が輪の中に入ったのを確認した主神さんは目を瞑り、まるで歌のような呪文を紡ぎだす。
今がチャンス。
感謝の言葉と記念に行動を。
目の前に揺れるスカートが僕の心を刺激する。
「主神さんありがとうございました!」
僕はそう言って主神さんのスカートを思いっきり捲りあげた。
主神さんパンツはいてないんですね。お腹冷えませんか?
あと毛が無いのは仕様ですか?
惜しむらくはこの記憶が消えることか。残念だ。
主神さんは呆然とした顔で呪文を中断していた。
はっと我に返るとプルプル震え、僕を睨みつけながら叫んだ。
『この罰当たりがぁっ!』
うお、主神さん激おこだ。
なんか主神さんから蛇みたいな動きをした黒い鎖が生えてきて僕の身体を縛る。
黒い鎖はそのまま僕の身体に吸い込まれるようにして消えて行った。
身体は何ともないみたいだが、びっくりした。
もう主神さん、驚かせないでくださいよ。
『お前の恩恵に呪いをかけたからな。馬鹿たれに恩恵などいらん!』
怒らないでください。
一緒に遊んだ仲じゃないですか。
どうせ記憶はなくなってしまうし、いいじゃありませんか。
『記念になるような行動すると考えていたから、接吻でもしてくると思えば、服を捲るとは』
だってしょうがないじゃない。
目の前に掴みやすそうなスカートがあったんだもの。
でもちょっと待って!?
今の言い回しだとキスだったら許してくれた!?
ワンモアプリーズ!
『させるか。さっさと行け。この馬鹿たれが!』
光の輪は眩い光を放ち、視界が揺らぐのを感じた。
僕の視界にいる主神さんの姿が朧げに薄れてゆく。
「主神さーん。またいつか遊びましょうねー」
『馬鹿たれが……久しぶりに楽しかったぞ』
主神さんは呆れたような顔をしていたが、最後は笑ってくれた。
いつか主神さんのところに戻ってきてやるぞ。
眩い光に包まれて意識を失いながらそう思った。