第一話 佐藤優衣
「鈴木悠斗くん。入学おめでとう。」
佐藤優衣さんのご尊父が仰る。
佐藤優衣さんのお宅の広いダイニングルーム、レオナルド=ダ=ヴィンチの『最後の晩餐』のテーブルに似たテーブルクロス敷かれた長いテーブルあり、上にはステーキ以外は名前もわかららない西洋料理が白い皿の上にさまざま並んでいる。私は佐藤優衣さんのご尊父と適当な位置で向かい合い座っている。
何故なのか述べる前に佐藤優衣さんの説明をしよう。
佐藤優衣さんは私が春から通いはじめた大学で同じクラスになった同級生の女である。担当の教授の気まぐれで私と佐藤優衣さんは、大学のクラスで量子論研究のペアにさせられてしまった。
佐藤優衣さんは私とベアになって早々、講義終わりに私を彼女の家に招待し、反対に私の方では初対面でいきなりお宅に伺うのは気が引けたが、これから一緒に研究していくのだから損はないと考えて現在に至るわけであった。
「ありがとうございます。」
純白のシルクと思われるテーブルクロスの敷かれた長方形のテーブルの適当な位置に座る私は供されたステーキをフォークで刺し口に運び咀嚼嚥下した後で言う。ステーキの焼き加減はよくわからない。私は所詮、貧民の出だからである。ステーキなど生まれてこのかた食べたことがなかったのである。つい食い意地を張ってしまったようだ。
「鈴木悠斗くんは物静かだね。緊張しているのかい?」
佐藤優衣さんのご尊父であるオールバックグレーヘア縁なし眼鏡茶色スーツを着た体格の良い男が言う。何故か私のことをフルネームで呼ぶ。一見まともだが、内実はかなりの変わり者に見える。私も人のことを言えないが。何せ私の脳内には幼女妖精が棲んでいるのだから。尤も今はおとなしい。彼女が覚醒するタイミングはよくわかっていない。
「緊張はしていません。私は元々寡黙な質なのです。①」
「はい。初めて上がるお宅に、今日初めてお会いする今日初めて会った同級生のお父さん、おまけに見たこともない5階建の白亜の大邸宅、宮殿の庭のような庭、見事な彫刻や美術品や装飾、豪奢な料理ですから緊張せざるを得ません。ははは。②」
発言の選択肢が2つ頭の中に浮かんできてどちらを使おうかプランク秒(注:物理用語。物理的に有効な最小の時間単位。ここでは冗談として使用している。)間思案していると、轟々たる音が聞こえはじめてきた。音は加速度的に音圧を上げている。これはこちらに何かが近づいているということを意味するようにみえる。聞こえ方から恐らくはこの屋敷の真上、何かがここに猛スピードで落ちてきているらしい。
「鈴木悠斗くん!急いで外へ逃げよう!」
佐藤優衣さんのご尊父が仰る。
「佐藤優衣さんがまだトイレの中です。」
私もフルネームで人の名前を呼ぶ。言い忘れていたが佐藤優衣さんはトイレに行くと言ってトイレに行ったきりであった。
いまさら外に出たところで助かるのか疑問であったが屋敷が壊れその下敷きになるよりはマシか。
「佐藤優衣は私がどうにか連れ出すから先に出ていなさい。」
自分の娘もフルネームで呼ぶ佐藤優衣さんのご尊父に私は私のことを棚に上げて呆れる。
しかしながら面倒なことが嫌いな私は私が楽できる選択肢を他人から与えられた場合たとえ他人が私が遠慮することをあらかじめ想定していそうだったとしても遠慮なく楽する道を選ぶことにしていたから今回もそうした。
「わかりました!先に出てます!」
この屋敷は広いが玄関は今いるダイニングから近い。ダイニングは2階にある。私は駆け足で階段を降りると靴も履かずに外へと飛び出した。