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棄てられ皇子の煩悶 :不遇の皇子は運命に抗い、自らの道を切り開く!  作者: 聡明な兎
第一部 棄てられ皇子の煩悶
9/31

帝王紋と宿命の選択

 メバヒアからの啓示(けいじ)を胸に(いだ)きつつ、僕はエレンディルの村に向かう山道を歩き続けていた。

 夜の冷たい空気が(ほお)()で、心の中にわずかに残る不安と混乱を(やわ)らげてくれるようでもあった。


 やがて、ふと足を止めた僕は、辺り一面に咲き誇る花々の香りに気づいた。

 目を()らすと、道の端には見覚えのある小さな姿が、花々の間で静かに(たたず)んでいる。

 淡いピンクのドレスを(まと)い、頭には色とりどりの花を編んだ(かんむり)を被った小さな女性――花の妖精(ようせい)フレイアだった。


「フレイア……」と、僕が(ささや)くように名前を呼ぶと、彼女はふんわりと振り返り、優美な()みを浮かべた。


「ルーカス、久しぶりね。あなたがここを通ることを、ずっと待っていたのよ」


 彼女の声はまるで風に乗った花の香りのように柔らかで、心をそっと()でるような優しさがあった。

 フレイアが近づくと、周囲の花々が彼女の周りで一斉(いっせい)に色を変え、ほんのりと光を放つように()れ動いている。


「……僕がここを通ることを、知っていたの?」

 僕は半信半疑のまま尋ねた。


 フレイアはほほ笑みを(くず)さず、僕の肩にそっと手を置いた。その瞬間、まるで彼女の温もりが全身に広がるような安堵感(あんどかん)が胸を満たす。


「あなたが抱えている重さと、孤独(こどく)。私にはわかる気がするの」


 彼女は(ささや)くように続ける。

「花たちも、厳しい冬を越えた春に再び咲き誇るものよ。

 ルーカス、あなたもきっと乗り越えられるわ。何度でも立ち上がって、また咲き誇れる」


 彼女の言葉に、不思議と心が軽くなるのを感じた。

 フレイアは花の妖精(ようせい)でありながら、どこか母性的な温かさがあり、僕の孤独(こどく)な心を包み込んでくれるようだった。


「ありがとう、フレイア。だけど、僕にはまだわからないんだ……自分が何者で、どこに向かうべきなのか」


 フレイアは少し顔を(かし)げ、僕の(ほお)に花びらをそっと押し当てた。


「迷いは、成長の(あかし)よ。あなたが歩む道は、あなた自身の手で切り(ひら)いていけるわ」


 彼女は(おだ)やかにほほ笑み、僕の手を軽く握り()めた。「でも、どうか忘れないで。あなたが選ぶその一歩が、世界を少しだけ変えるということを」


 僕はその言葉を()()め、彼女の手を握り返した。

 その時、風が静かに吹き、フレイアの姿はふわりと()れたかと思うと、花の中に溶け込むように消えていった。


 僕の手の中には、ただ一片の花びらが残った。それも、風に乗って遠くへと運ばれていってしまう。




     ◆




 追い詰められた僕には、コミモテノス聡明法(そうめいほう)のことばかりが頭を(めぐ)るようになった。


 矢も(たて)もたまらず、エレンディアの村へ向かい、長老様へ取り次いでもらえないかイリスに相談した。


「ルーカス! 本気なの?

 エルフ族の大賢者(だいけんじゃ)様でさえ、二〇日しか持たなかったほど過酷(かこく)な修法なのよ。

 まして、人間のあなたでは無理だわ」と、イリスは(あき)気味(ぎみ)だ。


「僕は本気だ」と、真剣に反論する。


「私は、あなたの身を案じて言っているのよ。死にたいの?」

 イリスの口調が厳しさを増した。


 彼女の心情はよくわかるし、ありがたい。

 だが、このままでは前に進めない。

 

 僕は、自分の出自や最近の出来事、そして抱えているコンプレックスまでをも、彼女へ吐露(とろ)した。

 でなければ、覚悟(かくご)を理解してもらえない。


「そう……なのね」と、リスは小さくうなずき、その(ひとみ)悲愴(ひそう)な色が浮かぶ。


 この話は重すぎる。


 彼女には好意を持っているが、恋人のような深い関係ではない。

 結果、ぼくの行為が彼女を苦しめてしまったのではないかと、後悔(こうかい)(よぎ)る。


「私ね……ルーカスが好き。

 だから、いなくなったら立ち直れない。

 でも、あなたの気持ちもわかるの」


 リリアには言ってもらえなかった「好き」の言葉。

 その意味をはかりかねた。


 好ましい人物だから同情すると?

 まさか、愛ではあるまいが……。


 もやもやするが、こだわる(ひま)はない。とにかく、今は前に進みたい。

 

「だったら……」


 それをイリスが強い口調で(さえぎ)る。

 

「私が、できる限りあなたを助けるわ。それが条件。

 それ以上は、(ゆず)れない」


 彼女の申し出が、心に染みた。


「わかったよ。よろしく頼みます」

「それで、よろしい」と、彼女は、殊更(ことさら)に破顔して見せた。




 イリスが説得するも、長老たちは(しぶ)った。彼女は、(ねば)りに(ねば)る。


 恥ずかしいが、僕の個人的な心情も()かされた。

 長老たちは、(しぶ)い顔をした。


 同情はするが、命を()けるようなことなのか?

 表情が物語っている。

  

「冒険と探求に情熱を持つ!

 それがエレンディル部族の誇りではないのですか?」


 毅然(きぜん)と放ったイリスの言葉に、その場は静まり返った。

 長老たちは、目を見開いている。


「はっ、はっ、はっ、はっ……わしらも歳をとったものよ。若輩者(じゃくはいもの)に一本取られてしもうたわ」と、最長老が愉快そうに言う。


「しかも、当事者が人間とはのう……」


 こうして、僕は、コミモテノス聡明法(そうめいほう)の秘術を教えてもらえることになった。






 願いが(かな)い、興奮して帰ろうとしていたとき……、


 突然、外から悲鳴と戦闘の音が聞こえてきた。驚き、長老たちの屋敷から飛び出すと、音のする方へと駆け出した。


 現場に到着すると、そこには以前襲ってきた影の怪物(かいぶつ)に加え、見たことのない異形(いぎょう)の兵士たちが村人を襲っていた。(かぶと)から(のぞ)いた顔が、ミイラのように干乾(ひから)びている。


 黒い甲冑(かっちゅう)に身を包んだ兵士たちは、冷たい眼差(まなざ)しを宿し、無慈悲(むじひ)に村人を襲撃している。


「これは……? 何者なんだ? あいつらは……」


 前向きになりつつある僕には、迷いがなかった。すぐさま黒鉄の剣を抜き放つ。


 墓戸(はかべ)の一族に伝わる黒鉄の剣「黒炎(ニグラフランマ)」は、(やいば)は鋼鉄で、毒に(ひた)して焼きなまし、(いくさ)血潮(ちしお)触媒(しょくばい)死霊魔術(ネクロマンシー)で強化した剣。使い手の魔力に反応して暗赤色(あんせきしょく)に発光するが、使い手を選ぶ。


 敵は数を増やし、長老たちの屋敷の方角へも向かっていく。


 イリスは樹上(じゅじょう)の屋敷から矢を放ち、兵士たちを迎撃している。彼女の顔は必死で、すでに(ひたい)へ汗が(にじ)んでいた。


「ルーカス、逃げて! あなたがここにいると(ねら)われる!」と、イリスが大声で叫ぶ。


 しかし、ここで村人たちを置いて逃げるわけにはいかない。

 まだ距離があるので、直接戦闘の前に、魔術(まじゅつ)を放つべく詠唱(えいしょう)を開始する。


火の精霊(サラマンドラ)イグニータよ、(われ)に力を貸せ――」


 中空に(ほのお)渦巻(うずま)き、その中から火の精霊(サラマンドラ)のイグニータが姿を現した。

 気づいた(やみ)怪物(かいぶつ)と兵士は、詠唱(えいしょう)を中断させようと、僕へめがけて突進してくる。


 黒炎(ニグラフランマ)はバスタードソード(片手持ち・両手持ち両用の剣)だ。片手でこれを持ち、兵士の斬撃(ざんげき)を受け流し、(やみ)怪物(かいぶつ)の突進を避けながら詠唱(えいしょう)を続ける。


「――地獄(じごく)灼熱(しゃくねつ)の空より、無数(むすう)(ほのお)()を呼び寄せん! ()が敵を、燃え狂う(ほのお)矢衾(やぶすま)により(つらぬ)け! もって、その魂を焼き尽くし、永劫(えいごう)灰燼(かいじん)となせ! ――」


 戦闘をさばきながら片手を空に向けて掲げると、中空で小さな(ほのお)の粒が次々と生まれ、(うず)を巻き始めた。その(うず)はやがて無数の細い(ほのお)の矢となり、待ち構えている。

 (やみ)怪物(かいぶつ)と兵士は、その燃え盛る弓矢の嵐を察知して身構える。(おび)えの波動が戦場に広がった。


「――世々(よよ)限りなきエレシアと神々の統合のもと、実存し、君臨する火と光の神ダリスを通じ、ルーカスが命ずる。炎の矢衾ヴェルベラーレ・イグニス・サジタス!」

 

 (ほのお)の矢が天空から雨のように間断なく降り注ぎ、(やみ)怪物(かいぶつ)と兵士を一斉(いっせい)に打ち据える。


 各々(おのおの)の矢が命を持つかのごとく疾風(しっぷう)のように飛び、怪物(かいぶつ)の影を(つらぬ)き、暗闇(くらやみ)を照らし出す。怪物(かいぶつ)はその影を薄れさせ、(けむり)のように消えていく。


 黒い(よろい)の兵士を襲う無数の矢の一つ一つが灼熱(しゃくねつ)災厄(さいやく)となり、その体を焼き焦がし、その身を瞬時に赤々と燃え上がらせていく。


 しかし、黒い甲冑(かっちゅう)の防御力は、(ほのお)の矢の威力を上回っていた。露出(ろしゅつ)部に命中しなった兵士には、たいしたダメージを与えられていない。


「くそっ……!」


 (くや)しさに歯を()みしめた。


 どの道、乱戦となっている所には炎の矢衾ヴェルベラーレ・イグニス・サジタスは打ち込めない。村人まで犠牲(ぎせい)になってしまう。

 だからといって、躊躇(ちゅうちょ)してはいられない。


 黒炎(ニグラフランマ)魔力(まりょく)を込めると、暗赤色(あんせきしょく)不気味(ぶきみ)な光を放った。

 それを(たずさ)えて乱戦の最中(さなか)へと突撃する――同時に、簡易詠唱(えいしょう)魔術(まじゅつ)を放ち続けた。


炎の矢衾ヴェルベラーレ・イグニス・サジタス……炎の矢衾ヴェルベラーレ・イグニス・サジタス……炎の矢衾ヴェルベラーレ・イグニス・サジタス……」

 

 黒炎(ニグラフランマ)の切れ味は鋭かった。あたかも紙人形のように、兵士たちの黒い甲冑(かっちゅう)切り裂いた。

 しかし、数的有利は敵にあり、魔術(まじゅつ)詠唱(えいしょう)し続けないと追いつかない。


 寡兵(かへい)で敵を打ち破るのが墓戸(はかべ)真骨頂(しんこっちょう)。このような状況での訓練は、数えきれないほどこなしてきた。

 だが、まるで逆立(さかだ)ちしながら綱渡(つなわた)りをするかのような、複眼(マルチファセテッド)思考に基づく戦闘は、容赦なく神経をすり減らしていく……。


「集中しろ……神経を()()ませ……」

 声を出して自分を鼓舞(こぶ)した……そして……、


 ふと気づくと、上空から冷静に戦況を見つめる、もう一人の自分のような存在を感じた。いわゆる「(たか)の目」というものだろう。


(そうか! これは音楽と同じなんだ……)


 僕は瞬時(しゅんじ)(さと)った。


 楽器を()く技術はとても繊細(せんさい)で、正確なリズムと音程で演奏するには鋭敏な神経を必要とする。

 一流の音楽家は、そのうえで音程を高め低めに微細に操作して感情を表現したり、リズムを微妙にズラして独特のグルーブ感を出して場の空気を支配することまでやってのける。

 さらには、楽曲の構成全体を見据(みす)えた表現ができねば、一流とは言えない。


 ただ神経を使うだけでは、熱く人の心を打つ演奏はできない。音楽に没入(ぼつにゅう)しなければ。

 だが、完全な忘我(ぼうが)の境地に至ってしまっては、鋭敏な神経や全体を見渡す広い視野が失われる。


 ――このもどかしい二律背反(ジレンマ)


 だが、精進と集中と……その先に完全無欠な調和が訪れたとき、人は超越(ちょうえつてき)的な存在を感じるという。


 戦士たちは、同様の心理状態を「(たか)の目」と呼ぶのだろう。


 僕は、音楽を通じて、この神秘的境地を権天使(アルケー)メバヒアに習った。それがなければ、今の自分はなかったに違いない。


 (ひたい)のオウムの表徴(シンボル)に熱を感じる。

 それは、第六チャクラ、すなわち眉間(びまん)の上に位置している。


 その奥にあるとされる第三の目が開くと、予感や直感が高まり、精神世界との(きずな)が強まるという。

 「チャクラ」とは、人体を(めぐ)る生命エネルギーの中枢(ちゅうすう)のことで、七つある。


 今の僕は、生命エネルギーが究極まで活性化しているのだろう。


 それからの僕は、考え()る最も効率的な戦術で戦闘を進める。

 時間の感覚はなく、気づけば敵を殲滅(せんめつ)していた。

   

 すべてが終わり、静寂(せいじゃく)(もど)る。

 (ひたい)に残る熱を感じながら、ふらつく足で村の広場へ向かうと、イリスが駆け寄ってきた。


「ルーカス! 大丈夫なの? その(ひたい)の光……一体何が起きたの?」


 彼女の問いに答えようとしたが、言葉が見つからない。自分の内側で起こった変化――それが頭の中で(うず)巻き、うまく説明できる気がしなかった。


「……イリスさん、僕にもわからないんだ。たぶん、第六チャクラ、第三の目が目覚めかけているのかも……」


 イリスは心配そうに僕を見つめた。彼女の眼差(まなざ)しに、少しだけ心が落ち着くのを感じる。


「私にはわからないけれど……なぜなのかしら?」と、彼女は少し寂しげに言う。


「ここは、山の下の町よりも清浄(せいじょう)霊気(れいき)に満ちているからね。だからじゃないかな……」

 漠然(ばくぜん)と夕日に赤く染まる聖エレシア山を(なが)めながら、(つぶや)くように答える。(われ)ながら自信はない。


「そうなの? 具合が悪いわけじゃないのね」


 返す言葉を探すうちに、気を取り直したイリスが再び口を開いた。


「……とにかく(すご)かったわ。あんなに大勢の敵をやっつけちゃうなんて。聞いてはいたけど、墓戸(はかべ)の戦闘技術って素晴らしかったのね」 

「ま、まあ……むちゃな訓練をやらされているからね。寡兵(かへい)で大軍を破るのが、墓戸(はかべ)だから……」


 べた()めされた僕は、なんだか無性(むしょう)に照れてしまい、まともに顔が上げられない。


 そこへ村人たちが集まってきて、口々にお礼を言われ、もみくちゃにされた。

 結局、ケガ人は大勢いるが、死者は出なかったらしい。


 お礼の(うたげ)に招待されたが、もう夕暮れで、無断外泊するのも気が引ける。

 いささか強引に村を後にした。




     ◆




 夕闇(ゆうやみ)静寂(せいじゃく)の中、僕は家路(いえじ)をたどって山道を歩き始めた。

 その時、ふと森の奥に人影が見えた。木々の間に(たたず)む一人の女性――黒髪に黒い(ひとみ)、そして落ち着いた微笑を浮かべるノアだった。

 彼女の姿を目にするや、僕の胸が高鳴り、思わず足を止める。


「ノアさん……」

 思わず口から名前が()れる。あの(ころ)(いだ)いた淡い想いが(よみがえ)り、鼓動が少し速くなるのを感じた。


 ノアは僕を見つめたままゆっくりとほほ笑み、近づいてくる。

 彼女の(ひとみ)は夜のように深く、その奥底に何か得体(えたい)の知れないものが隠されているようにも見えた。


「久しぶりね、ルーカス。元気にしていたかしら?」


 彼女の声は、低く、(ささや)くようで、それでいて僕の心の奥に直接響いてくる。


 僕はその声に魅了(みりょう)されつつも、どこか不安を覚えていた。目の前にいるのが確かにノアであるはずなのに、彼女から(ただよ)気配(けはい)がどこか異質だったからだ。


「まあ……何とか元気にやっていますよ」

 気づけば僕は彼女の前に立ち、無意識に言葉をかけていた。


 ノアはそのまま僕の顔をじっと見つめ、何かを探るようにゆっくりと首をかしげた。


「ルーカス、あなたはまだ自分が何者か、理解していないのね。あなたの(ひたい)に刻まれた『印』……それは、ただの装飾ではないわ」


 僕は息を()んだ。ノアの(ひとみ)は暗い深淵(しんえん)のようで、底知れぬ力が宿っているように感じる。

 彼女の言葉は重く、僕に何か大きな秘密を告げようとしているかのようだった。


「それは……そうかもしれませんが……?」

 声が(ふる)え、彼女の視線から目を()らしたくなる衝動(しょうどう)に駆られる。


 ノアは僕の頬に手を()ばし、ひんやりとした指が肌に触れた。その瞬間、まるで禁忌(きんき)の秘密が明かされたかのように胸がざわつく。


「そうよ。そして、特別な者には、(のが)れられない宿命があるわ。自分の意志で選び、運命を(つか)む力があるのはあなた自身……でも、その選択(せんたく)がすべての終わりをもたらすこともある」


 彼女の声には(かなし)しげな響きがあり、しかしその奥には(おさ)えきれない熱情が込められていた。

 僕は彼女の手の冷たさとその視線に(こお)りつき、ただ無言で彼女の(ひとみ)を見つめることしかできなかった。


「今、私が言えるのはこれだけよ、ルーカス。あなたが歩む道は決して楽ではない。でも、私はいつだってあなたの(そば)にいるわ。どんな未来が待っていようとも……」


 ノアは再び僕の(ひたい)に手を()ばし、(あざ)にそっと触れる。その瞬間、(ひたい)がじんわりと温かくなり、彼女の指先が不思議な力を伝えているように感じた。


「この印が示すものは、いつかあなた自身で見出(みいだ)すことになる。その時が来るまで、どうか忘れないで……あなたは特別な存在なのだから」


 ノアの言葉は(のろ)いのように僕の耳に残り、深く胸に刻まれていく。

 彼女は、そっと手を離すと、ゆっくりと後ずさり、深い(やみ)の中へと姿を溶かすように消えていった。


 彼女が去った後、僕はその場に立ち尽くし、重い沈黙が心を包んだまま、しばらくの間動くことができなかった。

 ノアの言葉が何か大きな予兆(よちょう)であるように思えて、深い恐れが胸に()き上がっていた。

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