蒼星の閃光、英雄たちの試練
ある日、試練の庭の中央に立つ僕の周囲に、英雄たちの影が集まり始めた。
頭上の星々は彼らの動きに呼応するかのように輝きを強め、試練の庭の床面に刻まれた紋様が霊気を帯びて淡い光を放つ。
その光はまるで、この場が神々に見守られていることを示しているかのようだ。
「さて、小僧……いや、若き挑戦者よ。俺たち全員を相手にして、どこまでやれるか見せてもらおうじゃねぇか!」
カイウス・アキエスフルゲンスが、剣を軽く振りながら薄く笑う。
その声には挑発の響きと同時に、期待と興奮が混じっているようにも感じた。
「ルーカス、気をつけて!」
と、闘技場の端からレベッカが叫ぶ。彼女の声は温かい光となって、僕の心に染みた。
「大丈夫だ、やれる……!」
自分に言い聞かせるように呟き、僕は黒炎をゆっくりと抜き放った。
剣が空気を切り裂くとともに、暗赤色の輝きがあたりを染める。
英雄たちが一瞬、目を細めた。この様を見て湧き上がる不安を押し殺した。
第一の攻撃はマキシムスの槍だった。空間を切り裂くような高速の突きが、まるで雷のようだ。
「速い……っ!」
咄嗟に身をひねり、槍先をかわす。
しかし、その瞬間、カイウスの剣が側面から斬り込む気配を捉えた。
(まずい……!)
次の一手を考える暇もなく、本能的に闘気を練り、剣を合わせる。
黒炎がカイウスの剣と激しくぶつかり合い、火花が飛び散る。その衝撃で膝が一瞬揺らぐが、懸命に体勢を保った。
「甘いな、小僧!」
背後からルフスの声が響き渡る。
振り向いた瞬間、彼の戦斧が頭上から振り下ろされるのが見えた。
(くっ、避けきれないか⁉)
と、思った瞬間、反射的に詠唱破棄で生成した風刀を横から当て、闘斧の軌道を強引に逸らした。
闘斧は地面深くに突き刺さり、衝撃で地面が大きくひび割れた。足元がぐらつく。
英雄たちの容赦ない連携攻撃に、防戦一方だ。
彼らの膨大な生命エネルギーに押され、次第に体力が削られていくのを感じた。
(このままでは……負ける!)
追い詰められる中、意識の奥底に暗い囁きが聞こえ始めた。
「力を解放しろ……すべてを壊せ……! おまえには、それができるはずだ……」
それは父から受け継いだ残虐な本能の声だ。
(やめろ……そんな力は必要ない!)
僕は首を振って否定する。しかし、その声はなおも執拗に僕を誘い続けた。
「否定しても無駄だ。これこそがおまえの本質。力で全てを滅ぼし、生き残る。それが……血の宿命だ!」
一瞬、眼前の英雄たちの姿が霞む。
代わって、血に染まった未来の光景が脳裏に浮かぶ――破壊された大地、燃え盛る宮殿……そして力尽き、崩れ落ちる人々の姿。
――こんな未来……絶対に望んではいない!
過去の記憶が蘇える。
脳裏にレベッカの笑顔が浮かんだ。
「あなたは、守るための剣を振るう人だよ」と告げた言葉が心に響く。
(そうだ……僕が求めるのは、滅ぼす力じゃない。守る力だ……!)
心の中で何かが弾け、光が体中を巡る感覚が走った。
心を蝕んでいた暗い囁きが静まり、代わりに身体全体に満ちる穏やかだが、芯の力強いエネルギーが広がっていく。
頭上の星々がその輝きを増し、試練の庭全体が青白い光に包まれる。その中心で、僕の身体が輝き始めた。
英雄たちが驚愕の表情で立ち止まり、僕を見つめている。
静かに黒鉄の剣、黒炎を構え直した。
「終わりにしよう――すべてを超えるために!」
僕は新たな技「蒼星の閃光剣」を発動した。光と風が融合した剣が六本空間に展開され、僕の周囲を巡る。
その剣の一閃は、カイウスの剣を弾き飛ばし、ルフスの戦斧を粉砕する。
アレッサンドロが放った火炎魔法すら、蒼白の剣によって霧散させられた。
英雄たちは次々と膝をつき――、
「降参だ……見事だ、ルーカス!」と讃えた。
勝利を収めた瞬間、聖エレシアの声が試練の庭に響き渡った。
「よくぞ試練を越えし。此方の見込みしとほり、其方は新たなる星の英雄なり」
レベッカが駆け寄り、涙を浮かべながらほほ笑む。
「やっぱり、あなたはすごいわ!」
僕は静かに剣を収め、彼女に軽くほほ笑み返した。
夜空に輝く星々は、これまでよりも明るく、そして優しく僕を包み込むようにも見えた。
英雄たちは、当初、僕のことを「小僧」と呼んだ。成長するにつれ、それは「兄ちゃん」となり、この試練を経てからは「大将」となった。
もちろん、これは軍事的な階級ではなく、大物として認めたという証だ。
その頃には、本気を出せば英雄たちと互角以上に戦えるようになっていた。
僕は、いたずら心を起こした。興味本位で、死霊魔術で彼らを呼んだら、来てくれるか尋ねたのだ。
「もちろんだとも。魂となってしまった俺たちが、再び本物の戦場で暴れられると思えば、心が滾るぜ。他ならぬ、大将のためとなれば、なおさらだ」
と、カイウス・アキエスフルゲンスが代表として爽快に答える。剣術を得意とする彼からは、一番得るところが多かった。
竹を割ったような回答に、冗談半分で尋ねてしまった僕の方が恥じ入ってしまった。
「ならば、そのときが来たら、よろしくお願いいたします」
「おう。首を長くして、待ってるぜ」
念のため、エレシアに確認したが、何の支障もないということだった――もともと、玩具扱いだからな……可能ならば、活躍の場を作ってやれるといいのだが……。
これが、およそ年明けの頃。
その後は、戦乙女たちに稽古を願い出た。すると彼女たちは、待ち望んでいたかのように快諾し、晴れやかな笑顔を浮かべた。
だが、ただ一人、レベッカだけが難しい顔をしていた。
空を切り裂く風のごとく俊敏で、鋼のごとき力を秘めた彼女たちとの稽古は、この上ない学びの場となることを予感させた。この好機を逃す手はない。
風のごとく素早い剣術と、流れるような魔法の動作を誇るマルセラ・セラフィーナ。彼女が戦場を駆ける姿は、まるで嵐の中心で華麗に踊る舞姫のようだ。
鋼の盾を構え、雷撃を身にまとったレイリア・テンペストリアは、その威厳と力強さで、まさに戦乙女たちを束ねるリーダー格だ。
炎の剣を操るイグナティア・ブレイズアストラは、烈火のように激しい戦いぶりを見せ、その情熱が周囲を奮い立たせる。
そして、月の光のように静謐で美しいエリシア・ルナリス。彼女の月光魔法は敵を迷わせ、仲間たちには安心感を与える。
彼女らからもまた、多方面から稽古をつけてもらう。
マルセラの戦い方は、僕の本来の戦闘スタイルととても似ている。
稽古の最中、僕は剣を振るいながら、同時に六つの風刀を操り、彼女を驚かせた。
だが、目の前のマルセラはそれ以上の数の風刀を自在に操り、僕の攻撃をいとも簡単に受け流す。その巧みさと圧倒的な技量には、まるで底が見えない。彼女が操れる数には、上限などないように思えた。
僕は、猛烈なつむじ風に風刀を多数仕込む技を覚えた。
普段のレベッカは、ほほ笑みを絶やさず、どんな相手にも分け隔てなく優しさを向ける。長い髪を風に揺らしながら見せるその横顔には、幼さの中にもどこか気品が漂う。このまま成長すれば、誰もが憧れる淑女となるだろう。
戦場に立つときのレベッカは、普段の穏やかさをかなぐり捨て、太陽そのもののように力強く輝く。光の剣を振るい、敵を次々と討ち倒すその姿は、見る者に勇気を与え、仲間の士気を高める。
さらに、彼女の手は癒しの光をまとい、傷ついた味方の痛みを和らげる。その両面の力が、彼女を戦乙女たちの中でも特別な存在にしている。
彼女の光の剣は、霊力=生命エネルギーから創り出すものだった。僕は、この技を習ったが、優れものだ。仮に破壊されても、生命エネルギーが続く限り、何度でも再生できる。破損を気にせず使える武器というのも気持ちがいい。
僕は、レベッカが難しい顔をしていたわけを薄々察せられた。
エレシアの命令だったとはいえ、最初に僕へ唾をつけたのはレベッカだ。そのためか、その後も率先して、あれこれと面倒をみてくれている。
ちょっとだけお姉さんというのも微妙だ。人竜は、二〇歳頃までは、人間とほぼ同じ速さで成長する。その後の全盛期が長いのだ。レベッカは、本当に一四歳だった。お姉さんたちの実年齢はあえて聞いていないが、二〇歳代前半くらいの外見をしている。
稽古が始まり、姉たちが、僕のことを、ちやほやしだした。それで、僕を独占できなくなったことが不満らしい。
――僕は、レベッカ専用の玩具なのか? それとも、歳の近い可愛い弟みたいな?
今後のレベッカへの接し方が難しいと思った。




