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棄てられ皇子の煩悶 :不遇の皇子は運命に抗い、自らの道を切り開く!  作者: 聡明な兎
第一部 棄てられ皇子の煩悶
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蒼星の閃光、英雄たちの試練

 ある日、試練の庭の中央に立つ僕の周囲に、英雄たちの影が集まり始めた。

 頭上の星々は彼らの動きに呼応するかのように輝きを強め、試練の庭の床面に刻まれた紋様(もよう)霊気(れいき)を帯びて淡い光を放つ。

 その光はまるで、この場が神々に見守られていることを示しているかのようだ。


「さて、小僧……いや、若き挑戦者(ちょうせんしゃ)よ。(おれ)たち全員を相手にして、どこまでやれるか見せてもらおうじゃねぇか!」

 カイウス・アキエスフルゲンスが、剣を軽く振りながら薄く笑う。

 その声には挑発(ちょうはつ)の響きと同時に、期待と興奮が混じっているようにも感じた。


「ルーカス、気をつけて!」

 と、闘技場の端からレベッカが叫ぶ。彼女の声は温かい光となって、僕の心に染みた。


「大丈夫だ、やれる……!」

 自分に言い聞かせるように(つぶや)き、僕は黒炎(ニグラフランマ)をゆっくりと抜き放った。

 剣が空気を切り()くとともに、暗赤色(あんせきしょく)の輝きがあたりを染める。

 

 英雄(エロイカ)たちが一瞬、目を細めた。この様を見て()き上がる不安を押し殺した。

 

 第一の攻撃はマキシムスの(やり)だった。空間を切り()くような高速の突きが、まるで雷のようだ。


「速い……っ!」

 

 咄嗟(とっさ)に身をひねり、槍先(やりさき)をかわす。

 しかし、その瞬間、カイウスの剣が側面から()り込む気配を(とら)えた。


(まずい……!)

 

 次の一手を考える暇もなく、本能的に闘気を練り、剣を合わせる。

 黒炎(ニグラフランマ)がカイウスの剣と激しくぶつかり合い、火花が飛び散る。その衝撃(しょうげき)(ひざ)が一瞬()らぐが、懸命(けんめい)に体勢を保った。


「甘いな、小僧!」


 背後からルフスの声が響き渡る。

 振り向いた瞬間、彼の戦斧(せんぷ)が頭上から振り下ろされるのが見えた。


(くっ、避けきれないか⁉)

 

 と、思った瞬間、反射的に詠唱破棄(えいしょうはき)で生成した風刀ヴェントゥス・グラディウスを横から当て、闘斧(せんぷ)軌道(きどう)を強引に()らした。

 闘斧(せんぷ)は地面深くに突き刺さり、衝撃(しょうげき)で地面が大きくひび割れた。足元がぐらつく。


 英雄(エロイカ)たちの容赦(ようしゃ)ない連携(れんけい)攻撃に、防戦一方だ。

 彼らの膨大(ぼうだい)な生命エネルギーに押され、次第に体力が(けず)られていくのを感じた。


(このままでは……負ける!)


 追い詰められる中、意識の奥底に暗い(ささや)きが聞こえ始めた。


「力を解放しろ……すべてを壊せ……! おまえには、それができるはずだ……」

 それは父から受け継いだ残虐(ざんぎゃく)な本能の声だ。


(やめろ……そんな力は必要ない!)


 僕は首を振って否定する。しかし、その声はなおも執拗(しつよう)に僕を(さそ)い続けた。


「否定しても無駄(むだ)だ。これこそがおまえの本質。力で全てを(ほろ)ぼし、生き残る。それが……血の宿命だ!」


 一瞬、眼前の英雄(エロイカ)たちの姿が(かす)む。

 代わって、血に染まった未来の光景が脳裏に浮かぶ――破壊された大地、燃え盛る宮殿……そして力尽き、(くず)れ落ちる人々の姿。


 ――こんな未来……絶対に望んではいない!

 

 過去の記憶が(よみが)える。

 脳裏にレベッカの笑顔が浮かんだ。


「あなたは、守るための剣を振るう人だよ」と告げた言葉が心に響く。


(そうだ……僕が求めるのは、(ほろ)ぼす力じゃない。守る力だ……!)


 心の中で何かが弾け、光が体中を巡る感覚が走った。

 心を(むしば)んでいた暗い(ささや)きが静まり、代わりに身体(からだ)全体に満ちる(おだ)やかだが、(しん)の力強いエネルギーが広がっていく。


 頭上の星々がその輝きを増し、試練の庭全体が青白い光に包まれる。その中心で、僕の身体(からだ)が輝き始めた。


 英雄たちが驚愕(きょうがく)の表情で立ち止まり、僕を見つめている。


 静かに黒鉄の剣、黒炎(ニグラフランマ)を構え直した。


「終わりにしよう――すべてを()えるために!」


 僕は新たな技「蒼星の閃光剣ブルゥステラ・フラッシュ・グレディウス」を発動した。光と風が融合(ゆうごう)した剣が六本空間に展開され、僕の周囲を巡る。


 その剣の一閃(いっせん)は、カイウスの剣を弾き飛ばし、ルフスの戦斧(せんぷ)粉砕(ふんさい)する。

 アレッサンドロが放った火炎魔法(かえんまほう)すら、蒼白(そうはく)の剣によって霧散させられた。


 英雄(エロイカ)たちは次々と(ひざ)をつき――、

「降参だ……見事だ、ルーカス!」と(たた)えた。


 勝利を収めた瞬間、聖エレシアの声が試練の庭に響き渡った。


「よくぞ試練を()えし。此方(こなた)の見込みしとほり、其方(そなた)は新たなる星の英雄なり」


 レベッカが駆け寄り、涙を浮かべながらほほ笑む。

「やっぱり、あなたはすごいわ!」

 

 僕は静かに剣を収め、彼女に軽くほほ笑み返した。


 夜空に輝く星々は、これまでよりも明るく、そして優しく僕を包み込むようにも見えた。

  

 英雄(エロイカ)たちは、当初、僕のことを「小僧」と呼んだ。成長するにつれ、それは「(あん)ちゃん」となり、この試練を経てからは「大将」となった。

 もちろん、これは軍事的な階級ではなく、大物として認めたという(あかし)だ。

 その(ころ)には、本気を出せば英雄(エロイカ)たちと互角以上に戦えるようになっていた。


 僕は、いたずら心を起こした。興味本位で、死霊魔術(ネクロマンシー)で彼らを呼んだら、来てくれるか尋ねたのだ。


「もちろんだとも。(たましい)となってしまった(おれ)たちが、再び本物の戦場で暴れられると思えば、心が(たぎ)るぜ。他ならぬ、大将のためとなれば、なおさらだ」

 と、カイウス・アキエスフルゲンスが代表として爽快(そうかい)に答える。剣術を得意とする彼からは、一番得るところが多かった。


 竹を割ったような回答に、冗談(じょうだん)半分で尋ねてしまった僕の方が恥じ入ってしまった。


「ならば、そのときが来たら、よろしくお願いいたします」

「おう。首を長くして、待ってるぜ」


 念のため、エレシアに確認したが、何の支障もないということだった――もともと、玩具(おもちゃ)扱いだからな……可能ならば、活躍の場を作ってやれるといいのだが……。


 これが、およそ年明けの(ころ)


 その後は、戦乙女(ヴァルキーエ)たちに稽古(けいこ)を願い出た。すると彼女たちは、待ち望んでいたかのように快諾(かいだく)し、晴れやかな笑顔を浮かべた。

 だが、ただ一人、レベッカだけが難しい顔をしていた。


 空を切り()く風のごとく俊敏(しゅんびん)で、鋼のごとき力を秘めた彼女たちとの稽古(けいこ)は、この上ない学びの場となることを予感させた。この好機を逃す手はない。


 風のごとく素早い剣術と、流れるような魔法(まほう)の動作を誇るマルセラ・セラフィーナ。彼女が戦場を駆ける姿は、まるで(あらし)の中心で華麗(かれい)に踊る舞姫(まいひめ)のようだ。


 鋼の盾を構え、雷撃を身にまとったレイリア・テンペストリアは、その威厳と力強さで、まさに戦乙女(ヴァルキーエ)たちを束ねるリーダー格だ。


 (ほのお)の剣を操るイグナティア・ブレイズアストラは、烈火のように激しい戦いぶりを見せ、その情熱が周囲を奮い立たせる。


 そして、月の光のように静謐(せいひつ)で美しいエリシア・ルナリス。彼女の月光魔法(げっこうまほう)は敵を迷わせ、仲間たちには安心感を与える。

 彼女らからもまた、多方面から稽古(けいこ)をつけてもらう。


 マルセラの戦い方は、僕の本来の戦闘スタイルととても似ている。

 稽古(けいこ)の最中、僕は剣を振るいながら、同時に六つの風刀ヴェントゥス・グラディウスを操り、彼女を驚かせた。


 だが、目の前のマルセラはそれ以上の数の風刀ヴェントゥス・グラディウスを自在に操り、僕の攻撃をいとも簡単に受け流す。その(たく)みさと圧倒的な技量には、まるで底が見えない。彼女が操れる数には、上限などないように思えた。


 僕は、猛烈なつむじ風に風刀ヴェントゥス・グラディウスを多数仕込む技を覚えた。


 普段のレベッカは、ほほ笑みを絶やさず、どんな相手にも分け(へだ)てなく優しさを向ける。長い髪を風に()らしながら見せるその横顔には、幼さの中にもどこか気品が(ただよ)う。このまま成長すれば、(だれ)もが(あこが)れる淑女(しゅくじょ)となるだろう。


 戦場に立つときのレベッカは、普段の(おだ)やかさをかなぐり捨て、太陽そのもののように力強く輝く。光の剣を振るい、敵を次々と討ち倒すその姿は、見る者に勇気を与え、仲間の士気を高める。

 さらに、彼女の手は(いや)しの光をまとい、傷ついた味方の痛みを和らげる。その両面の力が、彼女を戦乙女(ヴァルキーエ)たちの中でも特別な存在にしている。


 彼女の光の剣は、霊力(れいりょく)=生命エネルギーから創り出すものだった。僕は、この技を習ったが、優れものだ。仮に破壊されても、生命エネルギーが続く限り、何度でも再生できる。破損を気にせず使える武器というのも気持ちがいい。


 僕は、レベッカが難しい顔をしていたわけを薄々(うすうす)察せられた。

 エレシアの命令だったとはいえ、最初に僕へ(つば)をつけたのはレベッカだ。そのためか、その後も率先して、あれこれと面倒をみてくれている。


 ちょっとだけお姉さんというのも微妙だ。人竜(じんりゅう)は、二〇歳頃までは、人間とほぼ同じ速さで成長する。その後の全盛期が長いのだ。レベッカは、本当に一四歳だった。お姉さんたちの実年齢はあえて聞いていないが、二〇歳代前半くらいの外見をしている。


 稽古(けいこ)が始まり、姉たちが、僕のことを、ちやほやしだした。それで、僕を独占できなくなったことが不満らしい。


 ――僕は、レベッカ専用の玩具(おもちゃ)なのか? それとも、歳の近い可愛(かわい)い弟みたいな?


 今後のレベッカへの接し方が難しいと思った。

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