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棄てられ皇子の煩悶 :不遇の皇子は運命に抗い、自らの道を切り開く!  作者: 聡明な兎
第一部 棄てられ皇子の煩悶
20/31

星降る宮殿と戦乙女

 アストラリス宮殿、その名のとおり星空を抱く神殿の住人は、すべて女性だ。

 宮殿の主である聖エレシア、そして彼女が生み出した美しき娘たち。さらに、エレシアと娘たちに仕え、日々の務めを果たす人竜(じんりゅう)の女官たち。


 エレシアが産み落とした男児は、成長すると山の外へと旅立ち、独自のハーレムを形成する。エレシアの能力を引き継ぐ彼らは通常の人竜(じんりゅう)(はる)かに(しの)ぎ、そのハーレムは繁栄を極める。

 だからこそ、苦労を重ねて人竜(じんりゅう)の雄はアストラリス宮殿を目指すのだ。


 一方、女性たちの多くはアストラリス宮殿に留まり、アストラリス宮殿で守られながら、その知恵と技を(みが)き続ける。

 しかし中には、強い冒険心を抱く者や、外の世界への(あこが)れを捨てきれぬ者もいる。彼女らは宮殿を後にし、大地と風の広がる外界でその運命を切り開いていくということだ。


 聖エレシアの発する霊気(れいき)は、まるで星空そのものが吹き降ろす冷気のように強烈で、凡百の人竜(じんりゅう)の雄では近づくことすら難しい。

 そのため、宮殿を訪れる雄はごく(まれ)であり、たとえ到達したとしても、その耐久力では一晩が限度だ。

 その結果、悠久(ゆうきゅう)の時を生きるエレシアであっても、その子らの数は驚くほど少ないという。


 エレシアの娘たちの能力は破格だ。僕には、想像がつかない。

 彼女たちは戦乙女(ヴァルキーエ)でもある、甲冑(かっちゅう)に身を包み、羽飾りの(かぶと)と剣や盾などを装備して武装し、天馬(ペガサス)を駆って空を()ける。


 彼女たちは、美貌(びぼう)と気品、そしてどこか(はかな)ささえ(ただよ)わせる優雅な存在だ。

 しかし、いざ戦闘となると、その姿からは想像できないほどの果敢(かかん)さと決断力を見せる。戦乙女(ヴァルキーエ)――その名が語るとおり、彼女たちは真に天空の戦士たる存在なのだ。


  僕を助けてくれたレベッカ・オーレムブリリアは末の娘で、彼女も戦乙女(ヴァルキーエ)の一人だ。

 

 戦乙女(ヴァルキーエ)は、(いにしえ)の神話級、伝説級の英雄たちの魂をアストラリス宮殿の一画にある「英雄の館(エロイカ ドムム)」へと誘うことも(にな)っている。

 集められた英雄たちは、互いに腕を競い合うとともに、聖エレシアを(たた)える饗宴(きょうえん)を通じて(きずな)を深めている。


 確か、北方の神話で似たようなものがあった。古さからいって、彼女たちが原型なのだろう。そちらだと、英雄(エロイカ)たちを集めるのは、終末の日(ラグナロク)に備えることが目的だったはず。


 少しばかり不安を覚えたので、エレシアに直接聞いてみる。


英雄(エロイカ)たちを集めているようですが、目的は何なのですか?」

「あれは娘どもの玩具(おもちゃ)なり。此方(こなた)の霊力を間近にあび、力持て余したればぞ」


「そ、そうなのですね……」

 終末の日(ラグナロク)がないのは僥倖(ぎょうこう)だ。が、玩具(おもちゃ)扱いとは、いささか気の毒というもの。ならば、僕は、どうなのだろう?

 

其方(そなた)ぞ格別なる。其方(そなた)の潜在力は、彼奴(きゃつ)らの才を優に()えたり。此方(こなた)の娘どもにも(あや)しきものなり」と、即答された。エレシアには、僕の心などお見通しなのだろう。


「ありがとうございます」

「礼には及ばず。言ひけむ。与へられたるは、此方(こなた)の方なり」


 エレシアに持ち上げられても、答えに詰まる。むずがゆい気持ちだ。

 

 英雄(エロイカ)たちは、()えのある剣技を備えたカイウス・アキエスフルゲンス、(やり)使いのマキシムス・ハスティファー、戦斧(せんぷ)使いのルフス・セクリフェル、魔法を得意とするアレッサンドロ・マグスルクスなど……英雄譚(えいゆうたん)馴染(なじ)み深い名前ばかりで、身震いする。

 一も二もなく、英雄たちへ稽古(けいこ)をつけてもらうよう頼んだ。

 

「なんだ。まだ小僧じゃねえか。女みてえな青病単(あおびょうたん)が、なに強がってやがる」と、戦斧(せんぷ)使いのルフスが(あざけ)り顔で言う。


 確かに、僕の外見は色白で、女と間違えられるような顔立ちだ。過剰(かじょう)に筋肉をつけないようにしているので、マッチョにも見えない。筋肉をつけすぎるとスピードが落ちる。


 僕の生命エネルギーは格段に増していたが、これを隠蔽(いんぺい)している。相手に強さを(さと)らせない術策なことは当然だが、ずっと気弱だった僕の(くせ)のようなものでもある。(くだ)けて言えば、「影が薄い」というやつだ。


 どう応じるか思案していたとき……、


「ルーカスを外見だけで判断するなんて、天下のルフス・セクリフェルも落ちたものね。お酒の飲み過ぎで二日酔(ふつかよ)いなのかしら?」と、レベッカが助け舟を出してくれた。


(というか、もはや挑発(ちょうはつ)だな……これは……)


「なにっ! エレシア様の娘とはいえ、俺を()めると痛い目をみるぜ」

 ルフスは、剣呑(けんのん)な空気を(ただよ)わせている。


「ルーカス。こんなやつ。遠慮なく、やっちゃいなさいよ」

「あ、ああ……わかった」

 

 経緯はともあれ、手合わせしてもらえることはありがたい。だが、この構図は……?


 ――もはや、レベッカの(しり)に敷かれているんじゃないのか?


 もともと、男尊女卑(だんそんじょひ)の価値観に毒されて、男だからと女に従順さを強要する権威主義は、僕の(しょう)に合わない。ならば、このくらいで、ちょうどいいのかもな……。


 ルフスは無造作に戦斧(せんぷ)を構えると、(すさ)まじい覇気(はき)を放った。霊視(れいし)能力のある僕には、(とげ)のある光を発する小さな太陽のように()える。

 対抗して闘気を練ろうとした僕は、戸惑った。想像もできないほど膨大(ぼうだい)な生命エネルギーが流れ込む感覚を覚え、(あわ)てて(おさ)え込む。


(一気に流し込んだら、何が起きるかわらない。とにかく、慎重にだ――少しずつ……)


「どうした? ビビっちまったか?」

 戸惑いを見取ったルフスが、()しざまに言う。

 

「いえ。だいじょうぶです」

 とりあえず、体で覚えている感覚の闘気に留める。後は、少しずつ増やしていけば……何とかなるさ。

 黒炎(ニグラフランマ)を抜刀すると、僕の魔力(まりょく)に反応して、暗赤色(あんせきしょく)に発光する。


禍々(まがまが)しい剣だな」

「慣れていますから、お構いなく」


「なら、いくぜ小僧! 俺様の力を、その身で味わいやがれ!」


 ルフスの戦斧(せんぷ)が振り下ろされるたびに、地面が(くだ)け散り、鋭い衝撃音(しょうげきおん)が森の静寂を引き()いた。

 舞い上がった土塊(つちくれ)砂塵(さじん)が視界を(さえぎ)り、風が(うず)を巻いて戦場全体を(おお)う。


 ルフスが大上段から、僕の脳天をめがけて戦斧(せんぷ)を振り下ろす。

 いつもどおり、真正面で受けず、横から合わせて受け流そうとするが――重いっ!


 戦斧(せんぷ)の重量なのか、攻撃力の大きさなのか……受け流しきれない。反射的に体をひねり、(すんで)のところで戦斧(せんぷ)を避けた。

 戦斧(せんぷ)は地面へ突き刺さったが、その余勢で、石や土塊(つちくれ)が弾け飛ぶ。

 そこまでは想定ができておらず、足に何発か()らった。結構なダメージだ。青(あざ)くらいはできただろう。


 構わずルフスの左サイドへ回り込み、牽制(けんせい)の一撃を放つ――ガキン!

 ルフスは、器用に戦斧(せんぷ)の柄で受け止めた。その間にも、体に込める闘気の量を増やしていく……。


 ルフスは反撃に移り、左サイドから鋭い一撃を振り抜いてきた。先ほどよりも、かなり力を込めて受け流しを試みる……今度は、攻撃の軌道(きどう)が少し外側へ()れたものの、(おの)(やいば)が空を切り()く音とともに肩先を(かす)める。その衝撃(しょうげき)がじわりと体を()さぶった。

 すぐさま、ルフスは、左サイドから一撃を放つ。返す剣をコンパクトに振り、ルフスの左前腕部を(ねら)う。


 斧を受け流した反動を利用し、返す剣をコンパクトに振る。(ねら)いは、ルフスの左前腕部――、

 ルフスは、なんとか反応したが、かわし切れない。

 ガリッ! と、黒炎(ニグラフランマ)刃先(はさき)が左前腕部の肉を()き、鮮血が飛び散った。

「ックッ……!」と、ルフスは顔をしかめる。


 深手ではないが、黒炎(ニグラフランマ)の刃には毒が()み込んでいる。この毒はじわりと体に回り、神経を(むしば)んでいく――冷静に観察すると、動きに陰りが見える。

 内心、勝利への道筋を描き始める。


 それでも、ルフスの一撃は地を震わせ、空を切り()くほどの威力だ。この男の攻撃をまともに受けることは、すなわち死を意味する。

 それを直感した僕は、 受けに(てっ)しつつ、(すき)を見て攻撃する術策を(じく)()えることにした。


 大きく受け流せば、そこに(すき)が生まれる。剣の軌道(きどう)を最小の限動きに(おさ)え、あくまで小さく速い動きで攻撃をかわし、コンパクトに反撃にする。

 攻撃の威力は小さくとも、連続して傷を刻み込むことで、確実にルフスの体力を(けず)っていけば、やがて戦闘不能に(おちい)るだろう。


 的を(しぼ)らせないよう疾風(はやて)のごとく動いてルフスを翻弄(ほんろう)する傍ら、黒炎(ニグラフランマ)繊細(せんさい)に操って攻撃を加える。

 剣の軌道(きどう)が残す暗赤色(あんせきしょく)軌跡(きせき)はまるで(ほのお)の尾を引く彗星(すいせい)のようで、ルフスの巨体に幾度も傷を刻み込んでいった。

 息遣いが荒くなる彼の呼吸が、まるで地鳴りのように重く響く。

 

 ルフスは、僕の執拗(しつよう)な攻撃に苛立(いらだ)ちを見せ始めた。

 特に左前腕部を(ねら)い続けられることで、攻撃の動作が鈍っていくのがわかる。その傷をさらに広げるように、僕は冷静に攻撃を繰り返し続ける。傷が増えていき、左前腕部血だらけとなった。


 それに(ともな)い、ルフスの攻撃力は落ちていき、逆に僕は体に込める闘気の量を増やしていく。毒も効き始めているようだ。

 ルフスは、苛立(いらだ)ちを(つの)らせているように見える。

 

「ちくしょう! 男なら、真正面から打ち込んだらどうだ!」


 答える義務はない。僕は、いつもの無表情を(つらぬ)く。彼は、かえって気味悪く思った様子だ。


 (あせ)ったルフスは、再び大上段から僕の脳天をめがけて、戦斧(せんぷ)を振り下ろす。彼にしてみれば、渾身(こんしん)の一撃なのだろうが、もはや当初の威力は失われている。

 これを余裕(よゆう)でいなすと、地面に突き刺さった戦斧(せんぷ)を左足で踏みつける。残った右足で、ルフスの胸めがけて、力を込めた()りをお見舞いした。


 体勢が(くず)れていたルフスは、受け止めきれず、後ろに弾き飛ばされ、(しり)もちをついた。

 逃さず、黒炎(ニグラフランマ)の切っ先を、ルフスの喉仏(のどぼとけ)に突き付ける。このまま突き刺せば、間違いなく致命傷だ。


「ま、まいった……」

 

 ルフスの顔には、脂汗が浮かんでいる。

 僕が剣を納めると、ルフスは忌々(いまいま)()に僕を(にら)んだ。


「これで、ルーカスの実力がわかったでしょう。これでも、本気の全力ではないのよ」と、レベッカはしたり顔で、胸を張っている。勝ったのは、僕なのだが……。

 

 ――普段は、(おだ)やかでおしとやかなのにな……いざ戦闘となると、これだ。

 

 この一戦で、英雄(エロイカ)たちは、僕の実力を認め始めた。

 剣術、槍術(そうじゅつ)、格闘術、馬術、魔術(まじゅつ)……多方面から稽古(けいこ)をつけてもらう。


 英雄(エロイカ)たちとの稽古(けいこ)場は、アストラリス宮殿の一角にある「試練の庭」だった。

 そこは果てしなく広がる草原のように見えたが、遠くには剣山のように鋭い岩山がそびえ、雲海がその(ふもと)(おお)い尽くしていた。空には常に白い光の筋が走り、それは雷とも稲妻ともつかない神秘的な現象だった。


 地面には無数の剣や(やり)が刺さっており、それぞれが長きにわたる戦いの歴史を物語るかのように()びついている。

 風が吹き抜けるたびに、それらの武具が(こす)れ合い、金属音が重なり合ってまるで戦場の残響のように響いた。


 僕は闘気を操れる量が日々増えているが、果てが見えない。生命エネルギーの器の大きさが、それを上回る速さで加速度的に増えている。

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