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棄てられ皇子の煩悶 :不遇の皇子は運命に抗い、自らの道を切り開く!  作者: 聡明な兎
第一部 棄てられ皇子の煩悶
19/31

天狐の試練と選ばれし者(2)

 そんな思いに(ふけ)っていると、再び天狐(てんこ)の声が響いた。

  

「力は手に入れき。されど、その力を何がために使ふ?」


 突然、周囲の景色が変わる。

 夢の中に送り込まれたような感覚があった。夢だと自覚しながら見る夢、明晰夢(めいせきむ)に近い。夢をある程度コントロールできるというが、そこは違う。いわば、自分が主人公の夢演劇か。

 

 そこでは、圧倒的な力を手にした僕は、無双(むそう)状態だった。敵対する者は武力で屈服させ、それでも抵抗(ていこう)する者は、残虐(ざんぎゃく)抹殺(まっさつ)して見せしめにする。そして、恐怖政治を()いて皇帝(こうてい)となった。

 ()り抜きの美女を(はべ)らせ、美食の限りを尽くし、多くの芸術家のパトロンとなり、贅沢(ぜいたく)放蕩(ほうとう)の限りを尽くす。文明は爛熟(らんじゅく)し、帝国(ていこく)は栄光の絶頂に至った」。自らの欲望のままに生きている未来だった。


 Cras(クラース) amet(アメト) qui(クィ) nunquam(ヌンクァム) amavit(アマウィト), quique(クィクェ) amavit(アマウィト) cras(クラース) amet(アメト).(愛したことがない者は明日愛し、愛した者も明日愛せ)


 古代に書かれた美と愛の女神 エリスの賛歌の一節を思い出した。この詩は、春の訪れや自然の豊かさ、愛のエネルギーを表現したものだ。愛の普遍性(ふへんせい)、 季節の循環(じゅんかん)や自然の再生への希望、愛や感情の解放を象徴している。

 しかし、実際にやっていることは、力――暴力に物を言わせた、いわば暴政だ。父、皇帝(こうてい)ガイウスと大差はない。


 けれども、僕の目には、とても魅力的(みりょくてき)に映った。まさに、「愛の永遠性」を象徴する理想世界……。


 続いて、また景色が変わる。


 今度は力を制御し、守る道を歩む未来だった。

 力を節度を持って使い、愛する人々を守り抜こうとする。


 直接愛する家族・親戚(しんせき)だけではない。

 近隣の人たち、エレシュポロンの町の人たち、ダキア管区の人たちと広がっていく。

 そして、この夢でも、僕は皇帝(こうてい)になった。


 守ることは難しい。武力で相手を従わせても、(うら)みを買う。それは、いつか復讐(ふくしゅう)の火種となる。

 やられれば、やり返す。(あらが)いがたい人間の(さが)だ。こうして復讐(ふくしゅう)の連鎖が生じ、世は乱れる。

 統一できるのは、圧倒的強者だけだ。


 国の強さは、君主のカリスマによるところが大きい。ところが、君主が安定して権力を振るえるのは、たかだか数十年。

 結局、国は離合集散を繰り返し、戦乱と平和の波が交互にやってくる。


 僕個人が力を振るっても、寿命(じゅみょう)が尽きたときには、あっという間に帝国(ていこく)は縮小するだろう。(ほろ)びることだってあり得る。


 そこで、夢から覚めた。そこは試練の空間だった。

 

 天狐(てんこ)は厳かに語る。

(こは)き者は、弱き者を従ふる免許(めんきょ)あり。それもまた(まこと)。されど、(なんじ)が何を選ぶやは自在なり――」


 一瞬、父のように力で全てを支配する夢に心を動かされた。

 守ることは難しい。他者を傷つけないことと表裏一体だ。だが、Ignem(イグネム) |extinguendumエクスティングエンドゥム antequam(アンテクァム) ardeat(アルデアト)(燃え上がる前に火を消さなければならない)、ということもある。


 だが、力による支配は、圧倒的多数の奴隷(ドゥーロス)農奴(コロヌス)の労働力や富の搾取(さくしゅ)を前提に成り立っていることに気づく。貴族(パトリキ)や第二階級の平民(プレブス)は少数だ。重労働だけをするのが奴隷ではない。先祖代々知的労働に(たずさわ)わっている奴隷(ドゥーロス)などもいる。

 対外戦争で領地を獲得し、住民を拉致(らち)して奴隷を補充することもしばしばだ。身体的特徴が異なる異邦人(バルバロイ)は差別の対象とされ、奴隷として重宝された。そもそも人間で亜人種(あじんしゅ)は言わずもがなだ。

 他人の痛みを(かえり)みない限り、これはあり得ない。


 結局、その道は最後には、大きな混乱を呼ぶだろう。

 

 仲間やエレシア、リリアの存在が頭に浮かぶ。このうちの(だれ)かが犠牲(ぎせい)になったとしたら……、

 想像しただけで冷汗が出る。


 性格的に僕が傲慢(ごうまん)になれないだけじゃない。

 守る力の方が、より良き社会を産み、愛する人をも守れるのだ。


 ――それこそが真の力だ!

 

 僕が「守る道」を選んだ瞬間、天狐(てんこ)はほほ笑みを浮かべた。

 

(なんじ)つきづきしき力を授けむ――調和と破壊、全てを見通す智慧(ちえ)の力を」


 そして、「ע(アイン)」が完全に輝きを放ち、新たな力が宿ったことを理解した。


「されど、この力を得しためしに、(なんじ)宿世(すくせ)を越ゆる宿世(すくせ)を背負ひき。真の戦ひはいまだ始まりたらぬ――」


 そう予言(よげん)めいた言葉を残して天狐(てんこ)は去っていった。

 ふと気づくと、僕は、もといた廊下(ろうか)に立っていた。






 試練を乗り越えた後、不覚にも僕はエレシアに(おぼ)れた。未熟で、欲望をコントロールできなかったこともある。


 交わったことで、僕の欲望が増した。それは、あらゆる欲望に及んでいく。それは、僕の霊力(れいりょく)=生命エネルギーが格段に増した結果のようだ。


 その疑問をぶつけてみる。


「エレシア様。僕は、エレシア様から霊力(れいりょく)を与えられているのですか?」

「何もわかれるまじきにはぞ。天下は、陰陽(いんよう)(ことわり)に支配されたり。雌は陰に雄は陽。雄の種は霊力(れいりょく)(かたまり)ぞ。もらへるは此方(こなた)の方ぞ」


「そんなことが! しかし、それでは僕の霊力(れいりょく)なんて、あっという間に枯れてしまうのでは?」

其方(そなた)の体は、此方(こなた)に種付けするために、天より懸命(けんめい)霊力(れいりょく)を集めたるにはろう。此方(こなた)と交はり通じ、その才が底上げせられしぞ」


「本当に、そんなことが?」

其方(そなた)皇帝(こうてい)の血筋。人は階級とやら作り、皇帝(こうてい)の血の入りし上位貴族はそれどうしのほかに交はらぬ。

 此方(こなた)が一人目の人と交はりたりより千年より上経れど、その間、すがらに近親婚続けおったわけぞ。

 先祖返りは(あや)しくはあれど、起こるべくし起こりきとひふかむと。其方(そなた)の額のオウムがそのしるしぞ。そは、天に選ばれし者なる(あかし)なるかな。

 こは、並の血筋には持ち得ぬもの。しかとその宿世を受け入れよ」


「天に……選ばれる?」


 エレシアの(ひとみ)が、真っすぐ僕を見据(みす)える。そこには、何かを見透かしているような重みがあった。


 さらに、エレシアは僕の手を見つめ、静かに(つぶや)いた。


「その手の(こう)ע(アイン)は、天狐(てんこ)の試練乗り越えしものかな。

 長き血の史によりたどり着きしオウムは、天や色につきての深き心得を示す一つのいらへ。それに絶対の真理はなく、私の超越(ちょうえつ)の見聞をもちて得られ、言の葉を越えし領域にあり。

 ע(アイン)は、すべてのものの根源、(まこと)を見る智慧(ちえ)(ひとみ)、再生や浄化(じょうか)(みなもと)なり。そは、(れい)と肉体の試練通じ、潜在(せんざい)才を引き出す助けとならん。 

 二つを具せし其方(そなた)は、やがてオウムの境地に至る。

 其方(そなた)の色そのものが、この天下の宿世(すくせ)に関はるものとならむ」


 彼女の言葉に、僕の中で眠っていた恐れと好奇心が同時に目を覚ました。額のオウムに刻まれた力、そして、天狐(てんこ)から(たく)された「ע(アイン)」――僕が選ばれた理由を、いずれ理解する日が来るのだろうか?

 

「そういうことなのでしょうか……?」


 思案顔の僕をよそに、エレシアは話題を(もど)す。

 

「種は肉体やうに注ぐばかりならず。(たましい)のつながり(ともな)ひ、かたみの霊格(れいかく)高め合ふものぞ。それに、其方(そなた)此方(こなた)の心ばへ濃く受け継ぎて資質ありしのう」

 

 確かに、僕にはエレシアの血が濃く出ているのだろう。

「そうですか……」と、言わざるを得ない。

  

「並の雄は、此方(こなた)霊力(れいりょく)(しの)ばれず、一晩に去にゆく。其方(そなた)は、此方(こなた)霊力(れいりょく)によほどならはむには。其方(そなた)の一物も凶悪なるにはし、此方(こなた)()けり。ここまで多く交はりしこそ初めてなれ」


 そんなことが僕に起きているとは、驚きだった。

 干乾びたミイラになっていない以上、それは本当のことなのだろう。

 



 そのまま冬に突入し、下山は難しくなった。

 皆の心配を思うと心苦しいが、下山は雪解けの時期まで待つしかあるまい。

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