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棄てられ皇子の煩悶 :不遇の皇子は運命に抗い、自らの道を切り開く!  作者: 聡明な兎
第一部 棄てられ皇子の煩悶
16/31

獣の心、英雄の刃

 黒炎(ニグラフランマ)を抜刀すると、僕の魔力に反応して、刀身が暗赤色(あんせきしょく)の光を放ち始めた。さらに魔力を込めると熱を帯び、微かな振動が手の中で脈動している。

 闘気を練り、身体能力を強化すると、フェロックスらが三頭がかりで()みついているギガントサーペントを、大上段から切りつけた。


 黒炎(ニグラフランマ)で斬撃を放つ度に灼熱の残像が広がった(おうぎ)のように見える。それは、ギガントサーペントの分厚い(うろこ)を難なく切り裂いていく。熱せられた血が噴霧(ふんむ)し、赤い(きり)が周囲に漂う。


 だが、(へび)の生命力は(すさ)まじい。

 巨蛇(うわばみ)は頭を斬り落とされてもなお、分離した下半身がバタバタと大地を激しく(たた)きつけ、死に物狂いで抵抗を続ける。その動きには、(のろ)われた生命力の執念(しゅうねん)すら感じられた。


 頭のある上半身は、動きは鈍っても、戦意が衰える様子はない。切り口からは、ドクドクと大量に出血しているというのに……。


 やはり、やつらは山の霊気(れいき)で進化した個体なのだ。

 その巨体、(うろこ)の頑丈さ、力の強さ、(きば)が持つ猛毒……どれ一つをとっても並のギガントサーペントの比ではない。

 

 剣を振るう傍ら、並行して風刀ヴェントゥス・グラディウスで切りつける。こちらは両断するほどの威力はない。今の精神状態では、万全な状態の半分の三つを操るのが精一杯だ。


 ギリギリの極限での命のやり取りが続く中、ふと何かが胸の奥で弾けたように感じた。その瞬間、僕は(わら)っていた。

 最初は静かな(わら)いだったが、次第に抑えきれなくなり、腹の底から湧き上がる(わら)いが戦場に響き渡る。

 

「はっはっはっ……!」


 自分が本能的欲動(リビドー)に飲み込まれていくのを感じつつも、もはや止めることはできなかった。

 暗赤(あんせきしょく)色に輝く黒鉄の剣を振りかざし、(へび)を切り刻むたびに胸の中に湧き上がる悦楽――それを抑え込んでいた何かから解放される感覚だった。


「もっと……もっとだ……!」

 

 口をついて出る声が、まるで悪魔のようだ。

 止まらぬ笑いの中で、自分がすでに境界を越えていることを、どこか冷静に理解していた。


 刀身を振るうたび、視界が(にじ)み、世界がゆがんで見える。

 (へび)のうねる姿が、次第に何か別のもの――黒い影のような抽象的な存在に変わっていく。幻覚なのか……?


 頭の奥で、何かが(ささや)く声が聞こえた。


「もっと……力を……解き放て……」

 

 声の正体は自分の内なる「本能的欲動(リビドー)」だと気づいていながらも、抵抗する(すべ)がない。

 感覚が壊れ始め、自分がどこにいるのかさえわからない。


 刀身を握る手に力がこもりすぎて、指先が白くなる。

 黒鉄の剣黒炎(ニグラフランマ)が暗赤色に光を放つたび、胸の中に熱い高揚感が湧き上がる。

 

「足りない……もっとだ……!」

 

 人間離れした野生のごとき笑い声が漏れ、意識が黒い泥沼の中に沈み込んでいく。

 切り裂いた(へび)の断末魔や飛び散る赤い(きり)が、まるで祝福の花火のようだ。


 だが、その快楽の裏で、上空から冷静に戦況を見つめる、もう一人の自分のような存在を感じた――彼が(ささや)く。

 

「このままでは、戻れなくなるぞ……本能的欲動(リビドー)にのみ込まれたら終わりだ……」


 警告を理解しながらも、僕は狂戦士(ベルセルク)のようにギガントサーペントを切り刻み続ける。荒ぶる神か凶悪な悪魔にでも憑かれたように……朦朧(もうろう)とする中で、自我(エゴ)が薄れていく……。


 もはや、僕の戦い方は、本能と反射神経で動く木偶人形(でくにんぎょう)のようだ。

 戦術も何もあったものではない。剣と魔術を併用する複眼(マルチファセテッド)思考もできていない。


 ギャン! と、野太い犬の悲鳴が聞こえた。マグナスだ。

 著しく戦闘力が低下した僕をかばい、ギガントサーペントに()みつかれたのだ。


「マグナス!」


 反射的にギガントサーペントの脳天を、黒炎(ニグラフランマ)で突き刺した。

 それでマグナスはなんとか解放されたが、もはや傷だらけで、完全に動きが鈍っている。


 その傍らでは、フェロックスが僕たちを守って奮戦しているが、やはり満身創痍(まんしんそうい)だった。


「フェロックス……くそっ!」


 従魔たちは、僕を信じて戦ってくれているというのに……。


 危機感が募るが、精神は崩壊寸前だ。

 いったい、どうすれば……?

  

 そればかりか、霊力(れいりょく)の消耗で、喚起(エヴォカティオ)したアンデッドが一人、また一人と消滅していく。


 戦力の減少に肝を冷やした。事態は深刻だ。


 ――このまま終わってしまうのか……?


 僕は、深刻な虚無感に直面した。


 その隙に、僕は、ギガントサーペントに巻きつかれた。容赦なく絞め上げられて、呼吸もままならない。


 意識が混濁していて、これが現実なのか、無意識(イド)の中の夢なのか……もはや……何が何だか……。


 意識が薄れて行く中……ギガントサーペントの姿は、僕の恐れが実体化したものではないか? と、閃めく感覚を覚える。


 胸の奥に残る微かな理性が、僕を呼び覚ました。


 息が荒れ、視界は血の色で染まっていた。

 手の中の黒鉄の剣が冷たく感じられた。狂気に染まった自分を拒むように――。


 手の(こう)に刻まれた古代文字「ע(アイン)」がうずく。額の帝王紋が熱を帯び始めた。 


 恐れるもの――残虐な本能的欲動(リビドー)は、姿も知らない実父の象徴だ。僕を棄てて、殺そうとした実父の。僕が殺す運命にある実父の……。


 この絡み合った解決不能なトリレンマ――恐れの元凶であり、ずっと避け続けてきたもの。これが僕の心を歪めてきた核で……弱い自分と表裏一体。分離不可能なのだ。


 ならば、弱い自分と同様、自分の一部と認め、赦すしか道はないのではないか?

 僕の理性と悟性は、本能的欲動(リビドー)を制御できないほど(やわ)じゃないと信じたい……ほかに、生きる道はないのだから……。


 そう覚悟を決めたとき、僕を絞めつけていた巨蛇(うわばみ)がふっと消え、意識がクリアになった。どうやら夢だったようだ。


 麻薬による意識の脈動はほぼ収まり、ようやく気分が落ち着いてきている。

 しかし、ギガントサーペントは、まだ半数近くが生き残っている。


 まずは、残った仲間たちの戦力を整えることが先決だ。治癒魔術の詠唱を始める。


「風を司る者にして、慈愛に満ちし風精霊(シルフィード)セレスティアよ。我の声を聞け! ――」


 セレスティアが中空に姿を現した。

 白いドレスを纏った白い髪に青い瞳の美少女は、慈愛に満ちたほほ笑みを浮かべている。白く透きとおった肌の身体は細くて軽やかで、まるで天使のようだ。

  

「――満々の霊力(れいりょく)(たた)えたる天空より生命の息吹を宿した風を送り、かの者らの傷を癒し、安らぎを与え、気力を回復させよ! ――」


 セレスティアは、両手を天に向けて広げる。大宇宙に漂う生命エネルギーを集めると、その身が暖かい光に包まれていく。

 

「――世々限りなきエレシアと神々の統合のもと、実存し、君臨する風と空の神カイラを通じ、ルーカスが命ずる。風の癒やしサナツィオ・ヴェンティ!」


 命を芽吹かせるかのような穏やかな春風(しゅんぷう)が吹き渡る。風を受けた従魔たちの傷が、みるみるうちに塞がり、目には活力が戻ってきた。

 

 元気をもらった僕は、従魔と残る不死の軍団へ檄を飛ばす。

 

「我が忠勇なる配下たちよ! 恐れるな――あの(へび)どもは、見かけ倒しの蠢く鉄屑に過ぎぬ!

やつらの弱点は頭だ。鋭き(きば)と爪でその首を砕き、息の根を止めろ!

おまえたちの猛威で、この戦場に勝利を刻むのだ!

さあ行け! その先には、我らの勝利と栄光が待っている!」


 オォォォォッ! ガルゥゥッ!

 雄叫びと獣の唸り声による不穏な轟音が、再び戦場を支配する。


 上空に感じるもう一人の自分を見失わないよう集中した。

 味方の勢力が減った今、冷静に戦況を見極め、常に最適な戦術を選び続けなければ、正気はない。

 

 まずは、ギガントサーペントの体温を下げる攻撃だ。蛇は変温動物だから、確実に動きが鈍るはずだ。


 今度は、水の魔術を詠唱する。

  

水の精霊(ウンディーネ)フォンターナよ、我に力を貸せ――」


 中空にフォンターナが姿を現した。

 青いドレスを纏った青い髪に紫の瞳の美少女は、優しく穏やかな性格だが、今日ばかりは瞳から感情が消えている。冷酷な刑の執行者のようだ。

 

「――極寒の虚空から、数多の氷の投槍を呼び寄せん!

 我が敵を、凍てつく投槍の鋭鋒(えいほう)により穿(うが)ち、その身を凍りつかせ、極寒の熱的死をもたらせ! ――」


 フォンターナが右手をたかだかと天へ向けると、数多の氷の投げ槍が虚空から現れた。空中で静止し、射出されることを待ち受けている。

 あまりの冷たさに、周囲の空気が凝結した白い煙が滝のように流れ落ちていく。


「――世々限りなきエレシアと神々の統合のもと、実存し、君臨する水と氷の神べリスを通じ、ルーカスが命ずる。氷投槍(グラチェス・ハスタム)!」


 氷投槍(グラチェス・ハスタム)が、一斉にギガントサーペントへ疾風の(ごと)く襲い掛かる。

 フォンターナの長くてサラサラな青い髪が、攻撃の余勢で吹いた風になびく。まるで、水が流れているようだ。


 氷投槍(グラチェス・ハスタム)の第二派、第二派……と、次々にギガントサーペントに突き刺さる。

 あまりの巨体に、凍結させるにはいかないまでも、確実に体温を下げていく。


 ある程度のところで見切りをつけ、黒炎(ニグラフランマ)を抜刀すると、直接戦闘に加わる。

 

 氷投槍(グラチェス・ハスタム)の効果は劇的だった。明らかに、敵の反撃に勢いがない。

 戦況は僕たち優位に進み、敵はじりじりと数を減らしていく。

 

 もはや、僕が相手をしている個体が最後だ。

 

 黒炎(ニグラフランマ)をギガントサーペントの頭頂部へ一気に突き立てた。それでもなお、ギガントサーペントはモゾモゾと動きを止めない。


 しかし、それも時間の問題。ここから復活することはあり得ない。

 そう思ったとき、緊張の糸がプッツリと切れた。


 辺りを包んでいた喧騒が嘘のように消えた。耳に残るのは、激闘の余韻のように響く自分の荒い息遣いだけだ。

 森の中には静寂が戻り、倒れた蛇の死骸から漂う鉄錆に似た匂いが鼻を突く。


 沈みかけた夕陽が血のように赤い光を落とし、戦場の跡を陰影深く照らし出している。


 戦いの興奮が遠のき、どこか現実味のない虚無感が胸を満たす中、僕は地面に膝を突いた。


 もはや、僕の体は限界を超え、精も根も尽き果てた。

 視界が暗転し、全身から力が抜けると、僕は荒れた大地の上にドサリと崩れ落ちた。

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