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棄てられ皇子の煩悶 :不遇の皇子は運命に抗い、自らの道を切り開く!  作者: 聡明な兎
第一部 棄てられ皇子の煩悶
15/31

毒と牙の死闘

 感動の気持ちを味わって後、再び探索(たんさく)を続ける。

 知恵で腹は(ふく)れない。体が空腹で悲鳴をあげている。

 

 (ほこら)のすぐ近くに、かなり水量のある沢が流れている。銀鱗(ぎんりん)()らすイワナたちの(むれ)が見えた。

 木の枝を(けず)って、即席の(もり)を作る。

 イワナは上流を向いて泳いでるので、下流から身を低くして(しの)び寄る……電光石火(でんこうせっか)の速さで(もり)を打ち込むと、二匹ほど捕らえた。


 第二の修行場へ(もど)る。

 まず(たきぎ)を集め、火を起こした。()き火の上に(くり)()でる(なべ)をかけ、()き火の(かたわ)らで、イワナを遠火でじっくりと焼き上げる。

 その(かたわ)らで、野イチゴをつまんでいた。


 そのとき、突然、精神に異常を感じた。

 地面が消失し、意識が奈落(ならく)に落ちていく……気が抜けて自失(じしつ)してしまいそうな奇妙な感覚が繰り返し襲ってくる……何度も襲いかかる奇妙な感覚に、気力を振り(しぼ)って耐え(しの)ぶ。


 ――毒……なのか?


 だが、墓戸(はかべ)の一族として幼少の(ころ)より毒耐性を(きた)えてきた僕には、単なる毒とは思えない。何なんだ? これは?


 視界の端に、見覚えのある迷彩服を着た二人組の人影が映り込む。


 ――カオス教団か? まさか、ここまで追ってくるとは!


 浅黒い(はだ)とた(とが)った耳――ダークエルフ、(やみ)魔術(まじゅつ)呪詛(じゅそ)()けた種族だ。人間より霊気(れいき)への耐性があるとはいえ、ここまで足を()ばしてくるとは……。

 

 そのうちの一人が、呪文(じゅもん)詠唱(えいしょう)している。それで、僕は(ひらめ)いた。

 毒ではなく、精神に作用する麻薬(まやく)(たぐい)だ。それで精神を弱らせたところで、黒魔術(まじゅつ)(のろ)いの(たぐい)で、僕の精神を支配する魂胆(こんたん)なのだろう。


 聡明法(そうめいほう)で力を獲得した僕の精神を乗っ取り、操り人形として利用する(ねら)いか? なんとも卑劣(ひれつ)なことを考えるものだ……。


 とにかくに、何か行動しないと、僕の精神が持たない。

 しかし、この精神状態で魔術(まじゅつ)は無理だ。肉弾戦をしようにも、(すき)だらけになってしまう。


 だが、敵は二人ともふらついている。この高所まで登っては来たものの、限界なのだろう。ならば……、


 手にした即席の(もり)を振りかぶり、詠唱(えいしょう)を続けるダークエルフに向けて渾身(こんしん)の力で投擲(とうてき)した。

 (もり)は、意表を突かれた敵の腹部をみごとに(つらぬ)く。だが、自身の力では、これ以上どうしようもない。


「マグナス!」


 漆黒(しっこく)の毛並みの双頭(そうとう)の犬が、僕の影から飛び出した。マグナスは、低く(うな)りながら四つの鋭い金色の(ひとみ)で残る敵に(ねら)いをつける。しかし――、


 獲物は横から強奪(ごうだつ)された。

 突如(とつじょ)、山の上から巨大な影が(すべ)り降りてきた――(うろこ)(はがね)のように硬質(こうしつ)な光を放つギガントサーペント。やつは敵の頭を一息で()み込んだ。


 それでも全身の一気()みは無理だ。体を半分近く()み込まれた敵は、苦境から逃れようと足を懸命(けんめい)にバタつかせている。

 ギガントサーペントは、容赦(ようしゃ)なく(きば)を立て、ゆっくりと()み込んでいく……やがて、全身が()み込まれた。


 ところが、それで終わりではなかった。


 山(はだ)の斜面が()れるように感じた次の瞬間、ギガントサーペントが次々と姿を現した。

 森の木々をなぎ倒しながら山(はだ)(すべ)り降りる巨蛇(うわばみ)たちは、この場の支配者のような威圧感を放っている。


 太陽の光がその(うろこ)に反射し、冷たい金属のように鈍く光った。

 近づくたびに地面を()う音が振動のように伝わり、周囲の空気はどんよりと重く沈んでいく。


 二匹、三匹……その数は増え続け、やがて周囲を()め尽くすまでになった。それらは、僕らを見つけると鎌首(かまくび)をもたげる。

 キシャーッ! と、威嚇音(いかくおん)を放った。

 ざっと見積もっても、三〇匹はいる――この地獄(じごく)絵図に震えが走る。


 通常、ギガントサーペントは単独行動で、群れることはない。例外は、繁殖期だ。雄は、優秀な雌へ受精するため、数十匹もが群がり、絡みあって争奪戦(そうだつせん)を繰り広げる。

 運の悪いことに、ギガントサーペントの繁殖期は秋。今が真っ盛りだった。


 敵の詠唱(えいしょう)がなくなって楽にはなったが、麻薬(まやく)の影響が消えず、意識が自失しそうな脈動は続いている。とにかく、今はあらゆる手段を使って対抗するしかない。


「マグナス! フェロックス!」


  影から飛び出した黒い巨体が森の中に(うな)り声を響かせる。二匹の漆黒(しっこく)の獣――双頭(そうとう)の魔犬マグナスと、屈強なダイアウルフのフェロックス――が、僕の声に応じてギガントサーペントに(ねら)いを定める。

 さらに、従魔(じゅうま)たちは、それぞれの率いる群を呼びだした。


 グルーッ! 低い(うな)り声で威嚇しながら、双頭(そうとう)魔犬(まけん)マグナスが鋭い(きば)をむき出しにして勇猛に襲いかかる。

 フェロックスとその群れが後に続き、低く(うな)りながらギガントサーペントの長大な体に食らいついた。

 従魔(じゅうま)たちの(きば)(うろこ)に食い込み、血の(にお)いが辺りを満たしていく。


 だが、これでは足りない。相手は長大な体躯(たいく)で、数も多い。

 脈動する意識に苦しみながらも、やっとの思いで死霊魔術(ネクロマンシー)詠唱(えいしょう)する。

 

(むくろ)となりし戦士たちよ。冥界(めいかい)の門より、()が声を聞け!

 ()が呼び声に応じ、冥府(めいふ)深淵(しんえん)より、闘いに舞い(もど)れ!

 骸骨兵(スケルトン)屍鬼(グール)復讐の怨霊(レヴァナント)不死の魔術師(リッチ)冷酷(れいこく)なる死者の軍勢よ。(われ)(なんじ)らの友であり、(なんじ)らは我が盟友である――」


 声を(しぼ)り出すように呪文(じゅもん)を唱えると、大地が震え、地面から冷気が立ち上った。

 

「――今ここに(つど)い、敵に恐怖と混乱をもたらし、これを駆逐(くちく)せよ! ――」


 前駆物質(アストラル)から創造した暗赤色(あんせきしょく)魔法陣(まほうじん)不気味(ぶきみ)に発光し、その中心から黒い(もや)(うず)巻き始める。

 冥界(めいかい)への門が開いた。

 

「――世々限りなきエレシアと神々の統合のもと、実存し、 君臨する冥界(めいかい)女王へサロアを通じ、ルーカスが命ずる。喚起(エヴォカティオ)!」


 数瞬の後、不気味な音とともに朽ちた骨の骸骨兵(スケルトン)が現れ、屍肉(しにく)屍鬼(グール)らが(うごめ)く。

 それぞれが武器を(たずさ)え、空洞(くうどう)眼窩(がんか)に赤い光を宿したアンデッドの軍勢が姿を現す。

 その数、およそ五〇体。今の悪いコンディションでは、これが限界だった。


 オォォォーッ! 雄叫(おたけ)びをあげながら、冷酷(れいこく)なる死者の軍勢は、ギガントサーペントの(むれ)へ突撃する。

 冷たく澄んだ空気に、不気味な叫び声と(へび)たちの威嚇音(いかくおん)卍巴(まんじともえ)と入り乱れ、不穏(ふおん)轟音(ごうおん)が谷あいに響く。


 たちまち(すさ)まじい乱戦となった。

 複数で襲いかかるも、巨大な(へび)の尾が(うな)りを上げ、襲いかかるアンデッドたちを次々と()ぎ払う。


 巻き付いた蛇体(じゃたい)()めつけるたび、アンデッドたちの苦悶(くもん)の声が響き渡る。

 鋭い(きば)を持つ巨蛇(うわばみ)(あご)四肢(しし)を食いちぎり、その破片が地面に散らばる。


 (へび)の生命力は無尽蔵(むじんぞう)に思えた。多少の傷を負わせても、ものともしない。


 大量のアンデッドを冥界(めいかい)から喚起(エヴォカティオ)させた僕は、大量に霊力(れいりょく)を消費した。

 自失しそうな脈動は、意識をぼんやりと(かす)ませている。 視界はぼやけ、周囲の木々が()れて見える。

 頭の奥を突き刺すような鈍い痛みが走り、聡明法(そうめいほう)衰弱(すいじゃく)して体中に力が入らない。


 それでも、生に執着(しゅうちゃく)する本能的欲動(リビドー)は、僕が死を甘受(かんじゅ)することを許さない。

 戦場の空気はすでに血の(にお)いで満ちており、退(しりぞ)く余地などどこにもない――僕も身体(からだ)と精神に(むち)打って参戦する。

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