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棄てられ皇子の煩悶 :不遇の皇子は運命に抗い、自らの道を切り開く!  作者: 聡明な兎
第一部 棄てられ皇子の煩悶
13/31

霧の中の審判者

 より清浄(せいじょう)な地を求めて、再び山を登る。体が衰弱(すいじゃく)し、黒炎(ニグラフランマ)がやたらと思い。


 そんな僕の前にある大きなフキの葉の上に、ナンフがふわりと姿を現した。陽気で好奇心旺盛(おうせい)な性格なので、僕に興味を持ったのだろう。

 彼女は、(あわ)れむような眼差(まなざ)しを僕に向けている。


「あんた、だいじょうぶなの? 今にも死にそうだけど……」

「山の清浄(せいじょう)霊気(れいき)が僕を(いや)してくれる。僕は、死んだりしないよ」

「ふ~ん。ま、それも、そう……か……」


 久しぶりに(だれ)かと言葉を交わして、心が軽くなった。ナンフのかわいらしい姿も(いや)しだ。


 不意に、マンティコアが襲いかかってきた。尾の毒針が風を切って飛んでくる。


 (すんで)のところで回避すると、反射的に黒炎(ニグラフランマ)を抜刀して構えた。


 マンティコアは、碧眼(へきがん)で人のような耳を持つ四足(しそく)の人面獣だ。

 赤土のような()色の毛並みのライオンのような体で、足には肉食獣らしい湾曲(わんきょく)した鋭い(つめ)がある。

 大きな口には、サメのような内向きの歯が三列あり、一度()みついたら逃さない。


 最大の特徴は、(さそり)のような尾で、尖端(せんたん)二股(ふたまた)の刺し針は腕以上の長さはあり、尾の背には足ほどの長さの刺し針が二列に幾つも(つら)なっている。この針を発射すると、射程距離は教会の尖塔(せんとう)の高さほどもある。


 グァォォッ! と、大きく咆哮(ほうこう)し、マンティコアは僕を威嚇(いかく)した。その個体は異常な巨躯(きょく)だった。ライオンどころか、頭胴長(とうどうちょう)だけで僕の身長の倍以上ある。


 大きく開けた口で唾液(だえき)が糸を引く。生きている肉食獣の()き出しの食欲が感じられて、現実感が弥増(いやま)し、恐怖をそそる。狩の獲物は、(まぎ)れもなく僕なのだ。

 

 正直(しょうじき)衰弱(すいじゃく)した体で肉弾戦はきつい。

 (おの)ずと魔術(まじゅつ)主体の攻撃を試みようと、風精霊(シルフィード)のセレスティアを呼び出すよう念じた。


 すると、マンティコアは即時に危機を察し、突進してきた。


 ――速いっ!


 面食らった僕は、咄嗟(とっさ)簡易詠唱(かんいえいしょう)魔術(まじゅつ)を放つ。

 

風刀ヴェントゥス・グラディウス!」


 風刀ヴェントゥス・グラディウスがマンティコアを襲ったとき、すでに長槍(ロングスピア)の長さほどまで接近されていた。しかも――、


 グァォォッ! と、マンティコアが再び()えると、風刀ヴェントゥス・グラディウスはかき消されてしまった。


「まさかっ! 山の霊気(れいき)で進化したのか……?」

 マンティコアは咆哮(ほうこう)魔力(まりょく)を込め、蠟燭(ろうそく)を吹き消すように、風刀ヴェントゥス・グラディウスをかき消したのだ。通常のマンティコアにはできない芸当だ。


 想像もできなかった事態に、僕は驚きを隠せない。

 だが、それで(ほう)けている暇はない。


 次の瞬間、マンティコアが高く跳躍(ちょうやく)すると、僕へ(おど)りかかる。

 前足の鋭い(つめ)の一撃を黒炎(ニグラフランマ)で何とか受け止めたが、あまりの威力に後方へ弾き飛ばされてしまう。


 無様(ぶざま)に地面を転がったが、すぐに体制を立て直して戦闘態勢をとった――と、同時に従魔(じゅうま)を呼び出す。

 

「来い、マグナス! フェロックス!」


 二頭とその率いる群が影から姿を現し、マンティコアの左右から挟撃(きょうげき)しようと(ねら)いをつける。


 そのとき、またしても想定外のことが起きた。

 仲間のマンティコアが追加で四頭、姿を現したのだ。最初の咆哮(ほうこう)威嚇(いかく)だけではなく、仲間を呼び出す知らせでもあったということか……?


 マグナスとフェロックスは、追加で出現したマンティコアの応戦に回る。

 戦況次第だが、この個体は僕が応援せねばなるまい。


風刀ヴェントゥス・グラディウス風刀ヴェントゥス・グラディウス……」


 近接戦闘は不利なので、魔術(まじゅつ)を連発する。

 しかし、ことごとくが素早く避けられてしまう。


 マンティコアが走る速さに、詠唱(えいしょう)のキャストタイムが()しい。しかし――、


 しばらく交戦してみて、魔術(まじゅつ)行使の際、前駆物質(アストラル)の操作が、断然に上達していることに気づく。聡明法(そうめいほう)を通じて、意識より深い前意識や無意識の扱いに()けてきたのだろう。

 これまでも簡易詠唱(かんいえいしょう)はできていた。それなら――、


 頭にイメージを描くだけで、詠唱を破棄しても魔術(まじゅつ)を発動できた。

 それでも、当たりそうになると咆哮(ほうこう)でかき消されてしまう。ならば――、


 試してみると、詠唱破棄なら風刀ヴェントゥス・グラディウスを二つ同時に操れる。これは、言葉を口に出していてはできないことだ。

 それに、複眼(マルチファセテッド)思考も加速しているようだ。


 ()しものマンティコアも、一回の咆哮(ほうこう)で二つの風刀ヴェントゥス・グラディウスは消せない。

 攻撃の(たび)に、傷が増えていく。


 マンティコアは、足でかき乱し、ときに毒針を放ってくる。反撃の(すき)を見つけようと必死だ。


 片や、対照的に僕は冷静になっていた。


「ここは、練習台になってもらおうか」

 なんだか、捕らえた獲物をいたぶる(ねこ)の気分だ。


 上達するにつれ、操れる数は増えていき、六つ同時も可能になった――これが限界か?


 そして、(つい)にマンティコアの巨躯(きょく)を地面に沈めた。

 

 マグナスとフェロックスは奮闘していたが、敵もしぶとい。群の中には、毒針の犠牲(ぎせい)も出ている。

 

 ()えて急所を少し()けて攻撃し、援護する。

 それで弱ったところを、二頭の群がなぶり殺し、()さを晴らしていた。

  

 その後、(わし)の翼と頭、獅子(しし)の体を持つグリフォンにも(おそ)われた。知らずに縄張(なわば)りを(おか)してしまったようだ。

 だが、六枚の風刀ヴェントゥス・グラディウスの敵ではなかった。


 一つ目巨人のサイクロプスの仲間にも遭遇(そうぐう)したが、体が巨大なだけだ。難敵とまでは言えなかった。

 これらは、いずれも進化した個体で、以前の僕なら苦戦したことだろう。




 さらに山を登っていくと、突然、辺りが(きり)(おお)われ、空気が(こお)りついた。まるでその場の霊気(れいき)が全て吸い取られ、冷たい(やみ)に包まれたかのようだった。


 (きり)の向こうからゆっくりと現れたのは、漆黒(しっこく)(ひとみ)漆黒(しっこく)の髪を持つ一人の女性――ノア。

 その薄いほほ笑みが、まるでこちらの命運を掌握(しょうあく)しているかのような冷酷(れいこく)さで、僕を見つめていた。


「ルーカス。こんな小手先の修行(しゅぎょう)で、”博覧強記”を得られるとでも思っているのかしら?」

 ノアの声は、低く冷たい響きを帯びている。


「僕は、エルフの長老たちの教えを信じます。それに、”博覧強記”は、心の深淵(しんえん)(ひそ)む真実に迫る手段の一つに過ぎません」


 天狗(てんぐ)になるために”博覧強記”を求めているわけじゃない。それは、あくまでも過程の一つだ。それは、心得ているつもりだ。

 

「真実を見つけたいの? あなたはただ、過酷(かこく)な山中で苦しんで、苦しみを努力だと勘違(かんちが)いしているだけじゃないの? そんなもの、何の意味も持たないわ」


 (つら)くても努力をすれば(むく)われる――それは、確固たる効果の裏付けがある信念なのか? 根拠に(とぼ)しい妄想(もうそう)に基づく願望なのでは……?

 心の中で、静かに積み上げてきた信念が()らぐのを感じた。

 

 それでも――、

「僕は、自分のためにやっているんだ。(だれ)に何と言われようと、これは僕の道だ」と、反論しようとした……、

 が、それはノアの言葉で(さえぎ)られる。


「知っているわ、ルーカス。あなたの中には父の血が流れている。残虐(ざんぎゃく)残忍(ざんにん)な猛獣のごとき本能(イド)を持つ血が……。

 あなたがどんなに否定しようと、それがあなたの本質なのよ」と、ノアは冷笑を浮かべて断定する。


 感じたことをズバリと言い当てられ、返す言葉がない。


「あなたが“博覧強記”になりたいと思うのも、結局はその(のろ)われた血を払拭(ふっしょく)したいだけなんでしょう?」


 僕は絶句した。内なる恐れを、ノアはまるで見透かしたように語り続ける……。


「でも無駄(むだ)だわ。あなたは父親と同じ道を辿(たど)るのよ。殺し、(うば)い、そして自らの欲望に(おぼ)れて破滅(はめつ)する。それが、あなたの運命なのだから」


「僕は……そんな人間じゃない!」

 と、我慢ならずに声を張り上げたが、動揺(どうよう)のあまり声が(ふる)えていることに気づく。


 ノアの言葉が心の奥に刺さり、かつて自分が見ないふりをしてきた恐怖が、頭の中で(うず)巻く……。


「もし、ノアの言うとおりだとしたら? 僕はこのまま……」

 内なる声が(ささや)きかける。信じてきた修行(しゅぎょう)の道すらも、その瞬間には何の意味もないものに思えた。

 

「こんな絶望の(ふち)にあっても、やっぱり僕は、一人ぼっちだ……」と、僕は嘆息(たんそく)した。


 無常感に打ちひしがれ、思考する気力も底を突こうとしている……このまま(やみ)に沈むのだろうか……? 行き着く先は……「死」なのだろうな……。


 そう考えたとき……、(ほお)に熱いものが(つた)った。僕は泣いていた。

 それが、イリスの(かな)しげな涙を想起させた……。


「そうだ……僕は、一人じゃない」


 僕の頭に、イリスのほほ笑みが浮かぶ。彼女の存在は、いつも冷たい風の中で心を温めてくれた。


「僕は……イリスのためにも、(あきら)めて死ぬわけにはいかない。成し()げなければならないんだ!」


  僕はゆっくりと顔を上げ、ノアを真剣に見つめ返した。


「たとえ父の血が僕の中に流れていようとも、それが僕のすべてじゃない。僕は僕で、父とは違う人間だ。人は、自分の選んだ道を進んで生き方を定めるべきだ。それが(いばら)の道であろうとも」


「……ようやく、本当の意味で立ち上がれたのね」と、ノアが言った。その言葉は冷笑ではなく、どこか優しさが含まれている。


「ノアさん……?」

 

「私もまた、あなたの力となるわ」

 

  戸惑いながらも、彼女の手を取る。

「僕のことを試していたんですか……?」

「そうよ、ルーカス。私が試練となり、そして支えにもなるわ。行きなさい、この先のさらなる高みへ……」と、ノアはほほ笑む。


「ありがとう、ノアさん」

「私を信じて。いつでも……あなたを見守っているから……」


 そう言い残して、ノアは霧の薄暗闇(うすくらやみ)の中へと姿を消した。




 そこからかなり登ったところで、太い古木を見つけた。高いところの枝の付け根に、いい感じの(うろ)がある。

 そこを第二の修行(しゅぎょう)場にして、聡明法(そうめいほう)を再開することにした。

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