8 報告会2
本日もよろしくお願いします
「おじさん、どこかで“円環術式”をみたの?」
「ええ、これをご覧ください」
斎藤さんの言葉に、テーブルのモニターに目をやれば、真っ暗闇の子供部屋が映っている。そこへ灯りを持った2人の人間が入って来る。よく見ると、ひとりは侯爵夫人だ。もうひとりは灰色のローブを頭から被っており、容姿は見えないが男の様だ。
『こっちの子よ』
侯爵夫人が赤子のオニール君を指し示すと、ローブの男が『うつ伏せにして尻を出して下さい』と言った。声からやはり男の様だ。
侯爵夫人がローブの男の指示通りに、やや手荒にオニール君の尻を露わにすると、ローブの男は掌をオニール君に翳してボソボソト何かを呟いた。その後、見ただけでは用途の分からない片手持ちの器具を使ってオニール君の太ももの付け根近くのお尻に何かを描きこむ様な動きをしている。まるで、入れ墨を施している様にも見えるが・・・それにしては、オニール君は泣き出しもせず、微動だにしない。
やがて、作業を終えたローブの男がオニール君から離れると、オニール君の尻には魔法陣、いや“円環術式”が描かれているのが見えた。
『これでこの子の魔力があちらに送られるの?』
『ええ。この歳でこれだけ潤沢に魔力を有しているお子から分けて頂けて、先方も心強いでしょう。謝礼の方は明日にでも奥様の口座に振り込まれると聞いております』
『そう。分かったわ』
『睡眠の魔術は明朝には切れていると思います』
「そう」
そんな会話を交わしながら、侯爵夫人とローブの男は去っていった。
「ビンゴじゃん!」
意外にも、オニール君に興味の無さそうだった星野君が最初に声を上げた。
「どこまで行っても胸糞だな」
俺も普段より一段低い声になった。
「な、何これ!魔力が盗まれてるって事?侯爵夫人がオニール君の魔力を誰かに売ったって事?ありえないんですけど!」
彩音さんも非常に憤っている。優しい。
「それで魔力欠乏・・・」
木下君は納得した様子。
「光君!あの“円環術式”を消しちゃえば魔力が盗まれるのを防げるのかな?」
「簡単に消せるかどうかはやってみないと分からないよ。仮に消せるとしても、でもお姉ちゃん、あれ直ぐには消さない方が良いかも」
「え!? 何でよ!魔力を盗まれてるんだよ!」
木下君と彩音あやねさんの会話を聞いて、俺も木下君の懸念が理解できた。
「ああ、そうか。侯爵夫人は誰かと取引して、あの“円環術式”を書かせたんだよね?魔力を受け取っている相手は侯爵夫人と交流があって、そして侯爵夫人が納得できる位の謝礼を払う財力がある人物か、その家族だ。急にオニール君からの魔力供給が遮断されたら、当然その原因を調べに来る筈だ。
オニール君は自分の身を守る術はないし、守ってくれる大人もいない。家を出奔してもひとりで生きていける歳でもない。
魔力を今後ともオニール君から搾取したい誰かがどう言う手に出るか分からない。場合によってはどこかに閉じ込められるかも知れないって訳だ」
「たぶんね」
「そ、そんな!ねぇ、どうにかならないの?
オニール君が虚弱なのは栄養不足だけじゃなくて、魔力欠乏も関係しているんでしょ⁉
このままじゃあ、大人になっても真面に生きていけないかも知れないじゃない!」
「う~~ん、何か良い案はないかな?木下君」
「お尻に書かれている“円環術式”の意味を読み解ければ何か方法があるかもね。それには“円環術式”の事を勉強しないとだよ」
「そんなの1日2日では無理じゃない!そもそも魔力欠乏のせいで学習が進まないんだから!」
彩音さんの指摘に、皆押し黙って悩む・・・
(ああ、侯爵家の書庫がこの部屋にあったらなぁ・・・)
そう、心の中で呟いた俺の視線の先の壁に突如として新たな扉が出現する。扉の上には【コルタベント侯爵家書庫】の文字が。
「っ!!皆さん、あれ!書庫が出てきました」
思わず叫んでしまった俺の声に、皆が俺の視線の先を追う。
「なに?【コルタベント侯爵家書庫】だって?」
慌てて立ち上がり、新しく出現した扉に駆け寄って開くと・・・そこは、オニール君の体に入った時に行った侯爵家の書庫そのまんまの空間が広がっていた。
一歩、書庫に足を踏み入れると鼻腔を擽る古い紙特有の匂いまでもがリアルだ。
歴代の侯爵家当主が揃えてきた蔵書はなかなか見ごたえがある。見上げるほどに背の高い本棚が何列も並んでいて、その奥行きは目視できない程広い。そこに、隙間なくびっちりと本が並んでいる。
書架の列に歩み寄る。蔵書は分野別に分類されて列毎に整理されており、棚の上部に、納められている分野名の表示がある。
俺は歴史の列を見つけて書架の間を進んでいく。目に付いた書籍を1冊抜き出して、ページを捲ってみると、記載されているのは知らない文字であるにも関わらず、その意味が読み取れる。不思議な感覚だ。
他の人たちも、それぞれの担当する分野の列に入って、書籍を手に取っている様だ。
それにしても、蔵書が多い。これに全部目を通すのは骨だ。必要な書籍を効率よく読んでいきたいが、日本の図書館の様に蔵書検索する機械もなければ、司書もいない。
暫く蔵書を眺めて歩いていたが、会議中だった事を思い出し、皆に声をかけて円卓に戻った。
「どうやら俺は、オニール君の中に入らずにこちらで勉学を進められそうです。蔵書が多すぎて大変なので、斎藤さんも手伝って頂けますか?」
「承知しました」
「矢崎さん、私もお手伝いさせて頂きますよ」
「私も!」
俺の依頼に、斎藤さんは快く承諾してくれて、さらに九条さんや彩音さんまで手伝いを申し出てくれた。
「九条さん、中野さん、ありがとうございます」
「僕、魔術と“円環術式”の勉強に集中するよ!でも、時々はオニールの中に入って、“魔力操作”の訓練もさせて欲しい」
「木下君、宜しくお願いするよ。中野さんはまずは木下君を手伝って、魔術の蔵書のピックアップをして下さい。読み解くのは木下君で。
そして九条さんは、俺の勉学範囲に関係する蔵書のピックアップを手伝って下さい。
斎藤さんは経済方面の勉学をお願いします」
俺の指示に、皆さん頷いて同意してくれた。
「ねぇ!書庫が出せたって事はさぁ!トレーニングルームとかシミュレーションルームとか、音楽スタジオとかも出せるんじゃない?」
そう、木下君が発言した途端、新たに3つ扉が出現する。それぞれ、【トレーニングルーム】とか【シミュレーションルーム】とか、【音楽スタジオ】と扉の上に名前が書かれている。
「ほら!中を見てみよう!」
また皆でぞろぞろと部屋を順番に覗いてみる。
【トレーニングルーム】は、日本人が普通に思い浮かぶ、トレーニングマシーンが並ぶジムだった。
【音楽スタジオ】は楽器を練習するための防音室で、中にはピアノやドラムや弦楽器などが並んでいた。
【シミュレーションルーム】はただの白い広い空間。
「【トレーニングルーム】と【音楽スタジオ】は分かりますが、【シミュレーションルーム】だけ、よく分からないですね」
俺がそう言うと、木下君が「たぶん、こう言う事だと思う」と言って、何もない空間に向かって指示をするように声を出した。
「今日のオニールの剣術訓練、1回目の打ち合い。山田のお兄さんが対戦」
すると、剣術鍛錬でいつもオニール君を滅多打ちにしている教官の剣士が目の前に現れた!そして、山田君の手には模擬剣が握られている。
剣士はいきなり山田君に打ちかかって来た。
山田君は慌てて剣士の剣を避けてから自分の剣を正眼に構える。
間髪入れずに剣士が打ちかかってくる。
それを打ち返して相手の剣を跳ね上げる山田君。
そうやって、何度か打ち合っていると、木下君がまた指示を出した。
「終了」
一瞬で消え去る剣士と山田君の模擬剣。
山田君は肩で息をしながら、「はぁ、はぁ、なる、ほど、自分の、ための、施設、ですね、はぁ、はぁ」と答えた。
「僕の魔術の訓練もここでできると思うよ。
『火弾』!」
山田君の言葉に答えた後、木下君は皆が居ない方向に向かって手を伸ばして、魔術の名前らしき言葉を発した。すると、木下君の伸ばしたてから火の玉が飛び出し、真直ぐに飛んで行ったのだ!
「やっぱり!やったー!僕、魔法が使えたよ!魔法使ってみたかったんだ!」
木下君、嬉しそうだな。
まぁ、魔法なんて子供が憧れるのも分かるな。
って言うか、俺も魔法使ってみたい。
大人だからやらないけど、いや、夜中にでもこっそりやってみようかな?
「おーおー、喜んじゃってまぁ。まほー少年、爆誕ってかぁ?」
星野君はそうやって茶化しているけど、木下君の放った『火弾』の魔術が飛び出た瞬間に目を輝かせたのを俺は見逃さなかったぜ。奴も絶対夜中にこっそりやってみるつもりに違いない。
しばらく話した後、再度、円卓の部屋に戻った。
「何か、この部屋、広くなってない?」
彩音さんの言葉に見まわしてみて、そう言えばと思った。
「扉の数が増えて壁に余裕がなくなったせいでしょうか?それに合わせる様に白い空間が一回り広くなったみたいですね」
斎藤さんが冷静に分析した。
「まぁ、ここは何でもありですから」
山田君も続いた。
これで年内最後となります
拙作をお読みいただきありがとうございました
来年もよろしくお願いします
皆さまが良作に出会えます様にお祈り申し上げます
明日は休んで、明後日更新する予定です