6 アーカイブ調査
本日もよろしくお願いします
俺はオニール君の勉学時間を抽出してアーカイブ鑑賞を始めたのだが・・・ここでも胸糞満載だった。
生活面を視聴している斎藤さんが一番多く虐待現場を観る事になるのかと思っていたけど、とんでもない。オニール君の人生は部屋で寝ている以外は全てが虐待漬けなんだ。
まず、教師は5歳の少年相手に碌々授業もしないで、やたら難しい課題を与えている。当然、そんな問題は解けない。そして、それを論って徹底的に言葉で貶すのだ。
『こんな簡単な問題も解けないのですか?』
『習っていない?予習と言う言葉をご存じありませんか?甘えたことは言わないで下さい』
『はぁ~っ、侯爵の子弟がそんな事では困ります』
『お兄様はスラスラ解いていらっしゃいますよ?双子だと言うのに、こんな能力に差が出るなんてあり得ませんねぇ・・・あなた、どこかで拾われてきた子なんじゃありませんか?』
『愚鈍な方の教師をさせられて、とんだ外れクジだ!』
こんな言葉責めに5歳のオニール君はシクシク泣き出してしまう。
鶯色の瞳に涙を溢れさせて顔を歪めるオニール君に心が痛む。
それなのに、教師はさらにオニール君を責め立てる。
『泣けば許されるとでも?侯爵家の子弟ともあろう方が、簡単に泣いては行けません』
はっきり言って、それは勉強の時間ではなかった。オニール君を貶すためだけの時間だった。
こうなると、授業内容も正しい知識を教えているとは限らないんじゃないか。つまり嘘の知識を教えておいて、後で恥を掻かせようとしている可能性さえある。
最初はじっくり見ていたものの、だんだん見ていられなくなって、途中からは飛ばし飛ばしで見てみたが、5年間の授業は殆ど同じような感じで終始しており、観る価値のない内容だった。
そして時間経過とともにオニール君の表情が抜け落ちて行くのが分かった。
最近のオニール君は教師が何を言っても、聞いているのか聞いていないのか分からない、ぼーっとした様子で授業を受けている。
責められれば、機械的に「申し訳ございません」と繰り返すだけだ。
この子はもう心が壊れてしまっているのかも知れない。
こんなアーカイブを観ていても勉強にはならなさそうだ。方針を転換しよう。
取り合えず、授業で使われている教科書や課題内容をアーカイブでリストアップして学習すべき範囲を見定めておいて、屋敷の書庫(侯爵家だしあるよな?)で本を読んで独学する事にしよう。
そんな風に学習計画をたてていると、
「ひっどぉ~~い!!」
同じようにアーカイブを視聴していた彩音さんが憤った声を上げた。
「矢崎さん、ちょっと聞いてください!いま乗馬の授業を観てたんですけど、9歳の初心者に凄い気性の荒い馬を宛がってるんですよ!それでオニール君が怖がっちゃって馬に中々乗れない横を、ソーン君が穏やかな馬を用意して貰って簡単に乗って見せて、オニール君の事を見下して笑ってるんです!しかも!笑ってるのはソーン君だけじゃないんです!指導の教官とか従者とか厩員とか、全員で笑ってるんですよ!あり得ない!!」
「俺の観ているのも、授業とは言えない内容だよ。オニール君を貶すための時間だ。
アーカイブでは学習すべき内容だけ確認して、独学の時間を持とうと思ってるよ。後でオニール君の余暇を見つけて書庫を覗きに行ってみようと思う」
「はぁ~っ。そうなんですね。私も鞍の違いとか乗馬姿勢の確認をしておくだけにします。音楽の授業も似たような感じなんですよねぇ・・・」
他の面々が観ているアーカイブの内容もそれぞれ似たような感じらしく、呆れ果てたり憤ったりしている。
特に九条さんと山田君の表情は険しい。
星野君は・・・飄々としてイマイチ何を考えているのか分からないなぁ。
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俺達はそれから、1週間ほどかけてアーカイブの視聴を行った。
それはそうと、俺たちは恐らく“思念体”の様な存在なんだと思う。
なんたってお腹も空かない、喉も乾かない、眠くもならない。24時間起きていても、何も口にしなくても、何の問題もないのだ。
そうなると問題になるのは、時間の経過が曖昧になってしまう事だ。下手したら何日、何ヶ月、何年経ったか分からなくなってしまう。
まぁ・・・この空間に来て「何日経ったか」なんて、客観的に見ればあまり意味が無いのかも知れないけど、でも俺達には重要な事だと思う。それにオニール君の世界の時間や暦との差を知っておきたい。
そこで、時計と日本の暦の日めくりカレンダーを設置した。時計は24時間表示のデジタル式だ。俺達が死んだ日が8月30日だったので、カレンダーもその日がスタートだ。
そして生活リズムを崩さないために、お腹が空かなくても1日3食と3時のティータイムを取る事にした。
直ぐに判明したのはそれぞれの世界での1日の長さの差。日本とオニール君の世界とでは微妙に差があった。オニール君の世界は日本の25時間と23分で1日だ。
それで、時計は少しゆっくり動く様にして、オニール君の世界の1日で時計が24時間動く様に設定した。
あちらの暦が何日で1年なのかはこれから判明するだろう。
個室を作り出すことも簡単にできたので、夜はそれぞれの個室で寝る様にしている。
いや、寝てはない。寝てる人もいるかもだけど、それぞれの部屋でぼーっとしたり、趣味を謳歌したり、兎に角オニール君の人生から離れて自分だけの時間を持つようにしたのだ。オニール君の人生が胸糞過ぎて、俺たちの精神衛生上必要な時間だと思ったのだ。
個室は各自が思い描いた通りの内装で出現した。
俺は死ぬ直前に住んでいた実家の俺の部屋だ。
斎藤さん、九条さんもそれぞれのご自宅の再現で、彩音さんや星野君、木下君はそれぞれの理想の部屋になっているそうだ。
彩音さんは、女の子の夢が詰まった部屋。
流れるBGMはクラシック音楽。毛足の長い絨毯、巨大な縫いぐるみ、フカフカのソファー、天蓋付きのキングサイズベッド、お風呂に猫足のバスタブなんかもあるらしい。
星野君は、タワマンの最上階部屋。
BGMはR&B。開放感あふれるリビング、モノトーンを基調とした内装、本革張のL字型ソファー、大理石の床。寝室にはキングサイズのベッド。アイランドキッチンもある。リビングの壁二面は総窓ガラスになっていて、お台場・レインボーブリッジ・東京ゲートブリッジを一望できるらしい。
木下君は、魔法使いが住んでいそうな部屋。
BGMはケルト音楽。高い天井には薬草が沢山干されていて、床には様々な魔道具が所狭しと置かれている。部屋の中央には作業台があり、薬研や乳鉢、乳棒、薬さじ、篩など調薬道具が並んでいる。二方の壁は棚で埋三尽くされ所狭しと大小の瓶や壷がならんでいたり書籍がぎっしり詰まっている。もう一方の壁には暖炉があり、鍋が掛けられていて薬草が煮られている。最後の一方の壁には窓があり、窓の外には魔の森が広がっていて、時々魔獣が通り過ぎるらしい。
そして、山田君は何もない空間にパイプベッドがあるだけの簡素な感じらしい。ストイックだなぁ。
そうして、学習すべき内容やオニール君の状況をだいたい把握できた俺たちは、それぞれに得た情報を共有するための会議を開くために円卓に集まった。
ちょうど3時のティータイムの時間だから、各自好きな飲み物や軽食を出している。
九条さんと彩音さんは紅茶、斎藤さんと俺はホットコーヒー。
山田君と木下君はコーラ。
星野君はビールだ。
軽食はそれぞれの飲み物に合いそうな、和菓子やらケーキやら、ポテチや酒の肴などだ。
俺と斎藤さんは発言内容を纏めた用紙も手元に用意している。
今回も俺が進行役を務める。
「では、始めましょうか」
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年内にもう一度更新します