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4 アーカイブ

本日もよろしくお願いします

オニール君が虐げられている理由が・・・

 目の前のモニターが木下君の声に従って写し出したのは、豪華な内装の西洋風の部屋だった。女性らしい淡いピンク色と白色に統一された部屋の中央にキングサイズの天蓋付きベッドが据えられている。

 その部屋には数十人の人間がいるが、やはり全員が西洋風の容姿の老若男女だ。

 ベッドには薄茶色の髪の女性が一人力なく横たわっており、その傍らには白髪初老の医師が彼女の目に光を当てて反応を見ている。ベッドの女性は亡くなっている様だ。医師は無言で「もう駄目だ」と言う様に頭を左右に振った。

 少し離れた場所では侍女らしきお仕着せ姿の女性が泣いている赤子を抱っこしている。

 この映像がオニール君の最初の過去映像(アーカイブ)だとすれば、あの赤子がオニール君で、亡くなっている女性がオニール君の母親なのだろうか。


 医師の助手らしき数人の女性達がベッドに横たわる母親の下半身から出たのであろう大量の血液を拭ったり、汚れた布を回収したり、医者が使っていたであろう器具を片付けたりしている。

 壁際には数人のお仕着せの女性が立ち並んでおり、そのうちの1人が『旦那様を呼んでまいります』と断って、部屋を出て行った。


 暫くして慌てたように30代くらいの男性が部屋に飛び込んできた。男は白金色の髪に灰青色の瞳でかなりのイケメンだ。上等なスーツに金のカフスが光っている。


『ティーチ!ああ、何てことだ!ティーチ!目を開けておくれ。私を置いて行かないでくれ!可愛いティーチ・・・

 おい!医者ならティーチを助けろ!何でティーチは何も言わない?目を開けない?何でなんだ!』


 あの男性がオニール君の父親なのかな。


『閣下、ティーチ様は非常に難産で中々お子が出て来ず消耗していました。そしてやっとお子の頭が出始めた頃から出血が多くなり、出産後も出血が止まりませんでした。止血の薬草なども使いましたが、力及ばず、残念でございます』


 医者はそう言って頭を下げた。


『う、嘘だ。ティーチは陣痛が始まるまであんなに元気だったんだ。何かの間違いだ、ティーチ、ティーチ!起きなさい。今すぐ起きるんだ!起きろ!起きろ!起きろ!』


 閣下と呼ばれた男は亡くなったオニール君の母親、ティーチさんの肩を掴んで揺さぶりながらが怒鳴る。

 

 そんな閣下を制止する様に赤子を抱いた侍女が声をかけた。


『旦那様、あまり大声を出されるとお子様が怖がってしまいます。ティーチ様さまが命を懸けてお生みになられた男の子のお子様でございます。お顔を見て下さいませ』


 そう声を掛けられた閣下が赤子に向けた顔は憎悪に歪んでいた。そして低い声で唸る様に詰った。


『・・・それが、ティーチの命を奪ったのか?何と、忌まわしい・・・』


 男に我が子の誕生を喜ぶ様子は皆無だった。

 そこへ別な女性が赤子を抱いて室内に入って来た。ピンクブロンドの髪に碧眼の美人さんだが、釣り目のせいか少しキツイ印象を受ける。シルクの様な光沢のある紺色のドレスを身に纏い、後ろに5人の侍女を引き連れている。

 その女性は亡くなったティーチさんに縋って嘆く男に冷たい声をかけた。


『あなた、ティーチさんが亡くなられたそうですわね』


『エルティ・・・』


『いくら貴族が妾を持つことは許されていると言えど、通常は正妻の子ができてから、妾を迎えると言うのが常識ですわ。正妻である(わたくし)が出産した1週間後に妾が出産するなど、社交界に知られたらとんだ醜聞。それはご理解されていらっしゃいますか?

 冷たい言い方かも知れませんが、ティーチさんが亡くなられたのはコルタベント侯爵家にとって良かったのです。

 その子供はソーンの双子の弟と言う事で、(わたくし)の子として育てます。宜しいですわね?』


『・・・かまわん。好きにしろっ』


『そうですか。では好きにさせて頂きます。では、(わたくし)は失礼いたします』


 女性は男(侯爵と言ったか?)の正妻らしい。そしてティーチさんはお妾さん。

 正妻の女性、侯爵夫人は自身の侍女とオニール君を抱いた侍女を連れて部屋を出ていきかけて、立ち止まって振り返る。


『ああ、それと。ティーチさんは、葬儀は行わずにどこか森にでも密に埋葬して下さいませね。間違っても侯爵家の墓地には入れないで下さいまし。それと、墓標には名前以外は記載しないで下さいませ』

 

 そう言い捨てて、今度こそ部屋を出て行った。オニール君はもう泣いておらず、すやすや眠っている。

 侯爵夫人は絵画や骨とう品が並ぶ豪奢な廊下を進み、とある部屋に入った。緑を基調とした温かみのある子供部屋だ。天井にモビールの様な玩具がいくつかぶら下っている。

 侯爵夫人は自分の子(ソーン君)を赤子用のベッドに下ろして、そっとその頭を撫でた。


『はぁ。その子は床に布でも敷いてそこに寝かせておいて。さて、その子の名前は何にしようかしらね?』


 侯爵夫人の指示に、床に敷かれたたいして厚くもない布の上に赤子を下ろした侍女が進言する。


『恐れながら、ティーチ様が男の子ならオニールと名付けたいと仰られておりました』


『そう・・・オニールね。分かったわ。オニールはソーンの双子の弟よ。良いわね?ティーチなんて女性はこの屋敷には居なかったの。1週間前に、(わたくし)が双子を生んだの。皆にはそう徹底して』


 侯爵夫人が指示を出すと、彼女の侍女が返事を返す。


『畏まりました』


『オニールの乳母を至急探しなさい。(わたくし)のお乳もあなたの乳もソーンだけの物よ』


 5人の侍女の内の1人は乳母だった様だ。


『畏まりました』


『疲れたわ・・・私は部屋で休みます。後は宜しくね』


 ソーン君の乳母にそう指示して、侯爵夫人は部屋を去って行った。

 オニール君は床に置かれたにも関わらず、癇癪を起す事なくすやすやと寝ている。さっき抱っこしていた侍女がもう一度オニール君を抱き上げて「強く生きて下さいませ」とそっと声を掛けた。





「ストップ。ほらっ!これで見て行けば、必要な情報は集まると思うよっ!」


 木下君が映像を止めて、得意げに言った。


「凄いね。アーカイブを見るなんて発想をよく思いついたね」


「うん!過去の出来事を映像で見れたら良いのになぁって思ったら、モニターが出てきたんだぁ。

 日付を指定したり、“勉強風景”とか“自分の部屋で過ごしている時間”とかキーワード検索で関連動画を纏めて呼び出したりもできるみたいだよ!」


「なるほど。助かるね。

 ・・・しかし、オニール君の出生の経緯が不憫すぎる。父親も義母も彼の誕生を祝福していないなんて。ほんっと、胸糞だな」


 声がいつもよりも低くなっているのを感じながら気持ちを吐き出せば、山田君も同意した。


「ええ、エルティって呼ばれていましたっけ?あの侯爵夫人は夫の不義に対する腹いせをオニール君にぶつけているって事なんですよね。そしてソーン君も親の刷り込みでオニール君を虐めていると。

 ソーン君の服装や成長度の違いからして、金の掛けられ方に明らかな差がありますし。

 オニール君には何にも罪はないのに」


「でも、オニール君を森にでも捨てる、なんて事されないで良かった。ひとまずは命を繋げられたのは良かったのかも」

 

 彩音(あやね)さんは悪い事ばかりではない、と言った。心が天使だ。



 そして、暫く誰もが黙り込んだ。それぞれの中で、いま見たことを消化している様だった。星野君でさえ難しい顔をしている。

 と、九条さんがぽつっと呟く様に口を開いた。


「侯爵夫人にも・・・何か、辛い過去があるのでしょうか?」


「えっ!? 九条さん、侯爵夫人の肩も持っちゃうんですか?いくら夫の不義の犠牲者だからって、子供を虐待して良い理由にはなりませんよね!? 信じらんないです!」


 彩音(あやね)さんが非難の声を上げた。


「あ、い、いえ、違うのよ。侯爵夫人を含め、オニール君の周囲にいる大人たちに情状酌量の余地はございません。

 (わたくし)が言いたいのは、時代背景であるにせよ、この世界の貴族の行動原理であるにせよ、侯爵夫人がオニール君を虐げる様な事をすると言う事は、もしかしたら侯爵夫人も彼女の人格を尊重されずに育ってきたのかも知れません。“暴力は繰り返す”と申しますから。で、あるならば、断罪すべきはコルタベント侯爵家の一族郎党に留まらず、侯爵夫人の実家の一族郎党にまで及ぶかも知れないかと思いまして」


「あれ?むしろ逆?と、言うか、“断罪”って不穏なキーワードが出てますけど、何かするつもりですか?苛烈!九条さん、お口許は微笑んでいらっしゃいますけど、目が笑っていませんが!? 」


 穏やかそうな九条さんの雰囲気から、“罪を憎んで人を憎まず”と心から言いそうな、まるで聖女の様な感じの人物像を勝手に描いてたんだけど・・・華族っぽい苗字である事から考えると、意外と魑魅魍魎の社会を生き抜いてきた人なのかも知れない。


お読み頂きありがとうございます

週1更新を予定しています

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