2 自己紹介
海外青年〇力隊の略語をそのまま載せていい物か分からなかったので、一応ちょっとスペルを変えています
「失礼ですが、年功序列で宜しいでしょうか?」
斎藤さんはそう言って、高齢女性に掌を差し出した。
「はい。私は九条 菊子と申します。67歳でございます。夫に先立たれ、娘も手を離れ、悠々自適な老後を過ごしておりました。思い残すことはそう多くはございませんでしたが、やはりこの様な突然の死は残念無念でございます。宜しくお願いいたします」
九条さんはそう言って、自身の白い服を藍色の和装に変えた。
次は俺だろう。
「矢崎 泰敏です。30歳になります。ZICAの職員です。警官隊が突入してきた時、強盗犯が無差別に猟銃を乱射して、それの犠牲になった様です。宜しくお願いします」
何となく流れに乗って、自己紹介してから服を変えた。ラフな白T—シャツにベージュのスラックスだ。
「ねぇねぇ、ZICAって何?」
小学生の質問に、できるだけかみ砕いて答えた。
「海外青年〇力隊の事だよ。発展途上国で道路や井戸を掘ったり、農業や工業技術を教えたりってボランティアをやってる団体だよ」
「へぇ・・」
元車椅子の女性はまだ話せそうにない。
全員の視線がイケメンに向くと、つまらなさそうにだらけて腰かけていた青年が少し姿勢を正して声を出した。
「星野 聖夜。24歳っす。ホストしてまーっす。歌舞伎町にある店でナンバーワンっす」
星野君はそう言って、光沢のある臙脂色のスーツに着替えて、指を閉じたピースサインを額の横で掲げる。中のシャツは黒、ネクタイは黄色だ。両手にはジャラジャラと派手な指輪やブレスレットが揺れる。
全員が納得した様な表情をして、次に小学生に全員の視線が集まる。
「僕、木下 光です。小学6年生です。お母さんが来てなくて良かったです」
木下少年は黄色のポロシャツと黒い短パンに着替えた。
全員の眉が下がった。
子供を無くした母親の慟哭を想像し、そんな母親が一緒に死後の世界に来ていない事を喜んでいる少年の健気さに心が抉られる思いだ。
「さて、お嬢さん。お辛い事とは思いますが、お名前を教えて頂いても宜しいでしょうか?」
斎藤さんの呼びかけに、のろのろと顔を上げた元車椅子の女性が、ぼそぼそと自己紹介をする。
「中野 彩音と言います。チェリストをしていました。けど、ALSを発症してしまって・・・今は何もしていませんでした」
「ねぇねぇ、ALSって何?」
木下少年がコソコソ声で山田君に質問するが、彩音さんにも聞こえていて、先ほどよりははっきりした声で彼女が答えた。
「筋萎縮性側索硬化症って病名の略よ。
手や足の痺れから始まって、徐々に全身の筋肉が痩せて力が入らなくなる病気なの。もっと進行して喉の筋肉に力が入らなくなるとお喋りできなくなるし、水や食べ物の飲み込みも難しくなってしまったり、最期は呼吸するための筋肉も弱まって人工呼吸機を付けないと生きていけなくなる怖い病気」
「ふーん。だから車椅子に乗ってたんだ。でも、ここでは歩けるんだね」
「そうね・・・ここだとまたチェロも弾けるのね・・・」
白い服のまま、そう言った彩音さんの腕の中にチェロが現れた。
「ぜひ、中野さんのチェロをお聞かせ頂きたいとこですが、先に、皆さんが一番気になっていらっしゃるだろう存在について話しておきましょう」
斎藤さんがそう言って舞台に視線を向ける。他の皆もそれに吊られて舞台を見た。
先ほどから少年が教師に鞭で手を叩かれながら授業を受けているのだ。教師は少年に殊更厳しく接していて、『こんな事も分からないのか?』とか『双子のお兄様は簡単に解いてしまわれますよ?』とか『できの悪い生徒を教えるはめになって、私は不幸だ!』とか散々な事を言っている。
教師も金髪少年も西洋人の様な容姿だ。そして彼らの話す言葉は日本語ではない。
仕事柄、英語が話せ、フランス語や数か国の発展途上国の現地語も片言なら話せる俺だが、聞いた事も無い言語だ。だけど、不思議な事に言葉の意味が分かる。
「あの少年がこの舞台で上演されている物語の主役です。彼はオニール君と言う名前で、コルタベント家と言う貴族の子弟の様です。
オニール君は日本語を話していませんが、私たちは何故か彼の言葉の意味が分かります。
オニール君が場所を移動すると背景も動きますし、脇役の方々は掻き消えます」
?????
情報量が多すぎて理解が追い付かない。
次に山田君が話を引き継いだ。
「オニール君の家族は、両親と双子の兄、弟と妹の6人家族ですが、その家族にも教師にも侍従や侍女と思われる者たちにも虐げられていて、はっきり言って胸糞な物語です。
こちらから声をかけてみましたが、あちらには聞こえない様で、ただ見守るしかない状況です」
多すぎる情報を皆が飲み込んで咀嚼する時間を待つように暫く黙った後、山田君が再び話す。
「この不思議な状況は何か意味があると思います。ただ可哀そうなオニール君の物語を見守るだけなんて事はないのではないでしょうか?舞台に上がれば彼を助ける事ができるのかどうか、まだ試していません。こちら側に戻れなくなったら困ると思って」
その後、誰も声を発せず、沈黙が白い空間を覆った。
舞台では授業が終わったのか、オニール少年が席を立って、教室になっていた部屋の出口に向かう。彼は瞳の色は鶯色で鼻筋が通っており、中々の美少年だ。服装は質素だけど質の良い物だと分かる。だけど、彼の暗い表情と虚弱な体格が残念な感じだ。
ここで不思議な事が起こった。
彼が部屋を出た途端に舞台の背景が一瞬にして変わって、オニール少年が歩く廊下の風景になったのだ。少年が歩くのに合わせて背景も動いていく。突然、舞台袖に現れたお仕着せを来た女性がオニール少年とすれ違い、反対側の舞台の袖まで行って、また突然にその姿が掻き消えた。
その不思議な光景を眺めていると、今度はオニール少年に似た別な少年が数人の従者や護衛を従えて舞台の袖に現れた。護衛兵は剣を腰に凪いている。
新たな少年はオニール少年と顔は似ているが雰囲気は全然違う。煌びやかな服装をしており、輝くような金髪碧眼で肌艶も良く、オニール少年よりも大柄だ。廊下は広いにも関わらず、新たな少年はオニール少年を通せんぼする様に立ちはだかった。そしてオニール少年を見下ろして馬鹿にしたように笑っている。
「あの少年はオニール君の双子の兄でソーン君と言う名です。彼は何かとオニール君に突っかかってきます」
山田君の解説が入った。
『おい、オニール。邪魔だよ。何でまだこの屋敷に居るんだよ。みんな役立たずのお前の事を邪魔だと思ってるの気を付いてないのかぁ?』
『・・・・・』
オニール少年は暗い顔をして俯くだけで言い返さない。
『おい!聞いてるのかよ!根暗!』
ソーン少年は、黙ったままのオニール少年に怒鳴って肩を小突いた。
オニール少年は、本当にソーン少年と双子なのかと思うほど虚弱な体格をしており、ソーン少年の小突きに蹈鞴を踏んで尻もちをついてしまった。
『ひ弱!根暗!役立たず!』
ソーン少年が罵倒しながらオニール少年を足蹴にする。
オニール少年は横倒しになり、体を小さく縮めて耐えるばかりだ。
反撃が無い事を良い事に、何度も何度もオニール少年を蹴る。
確かに、胸糞だ。
こちら側の皆が眉を潜めていると、惨状に耐えきれなくなった九条さんが、「やめてあげてー!」と叫びながら舞台へと駆け寄った。
皆が「あ!」っと思った時には九条さんは舞台に上がり、少年を庇おうとして・・・
次の瞬間、ソーン少年に蹴られているのは九条さんで、オニール少年は舞台の外、さっきまでは無かった筈の場所に現れたソファーに横になっていた。
全員が呆然としてその光景を見つめていたが、ソーン少年に蹴られている九条さんが呻き声を上げているのを見た山田君が慌てて舞台に駆け上がり、九条さんを助けようとして・・・
次の瞬間、ソーン少年に蹴られているのは山田君で、九条さんは舞台の外で倒れていた。
ソーン少年はオニール少年が老婆に代わったり、筋骨隆々の青年に代わったりしているのに、その事に何の疑問も呈さずに蹴り続けて、やがて蹴り疲れたのか、「ふんっ!」と鼻を鳴らして去って行った。ソーン少年について侍従や護衛兵も一緒に去って行って、そして舞台袖で掻き消えた。
週1の更新、頑張ります