表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/26

1 白い部屋

本日もよろしくお願いします


基本的に矢崎視点でお話は進みます

 真っ白い空間だった。

 俺はぼんやりと辺りを見渡す。

 壁も床も天井も、真っ白。染み一つない。

 広さは二十畳ほどだろうか、全てが白いため、感覚を掴みにくい。

 照明の光量は十分で、そもそも部屋全体が白で統一されているため、圧迫感を覚えることはないのだけど、その代わり、どうにも現実感が希薄だ。

 部屋の中央には、白い楕円形の円卓。

 それを囲む様に座る、白い服を着た6人の男女。

 そして自分もまた白い服を着て、円卓に座っている。

 出口はない。

 扉も窓もない。

 ただ一か所に演劇の舞台の様な場所がある。そこにだけ、色が存在した。

 舞台は中世西欧風の屋敷の室内の様なセットが組まれており、くすんだ金髪の少年が机に向かって勉強をしている。下を向いているので瞳の色は分からない。

 そばには教師が立っており、手に持った鞭で少年の手をいきなりビシッと打ち付けた。


(ここは、どこだ?さっきまで確か、銀行に居て、強盗事件に遭遇して・・・)


 理解の及ばない状況に、狼狽する。

 よく見ると、円卓に座っている男女には全員、見覚えがあった。


 俺の左隣は、人の良さそうな中年男性。彼は銀行員で2番目に射殺された人だ。中肉中背で、頭髪はやや寂しくなりかかっていて白い物も混ざっている。彼は死んでいる様には見えない。

 その隣に座るのは和装の高齢女性。髪は染めているのか妙に黒々としている。投資窓口で行員に相談をしていた方だ。しゃんと背筋を伸ばして矍鑠(かくしゃく)とした雰囲気だ。

 その隣、中年行員の正面に20代後半の金髪イケメン男性。ホスト君だ。彼は肩を撃たれた筈だが、傷も血も見当たらないし、痛そうなそぶりも見えない。

 そして俺の正面に、体格の良さそうな短髪黒髪の生真面目そうな青年。彼は最初の犠牲者だった筈だ。やはりぴんぴんしている。

 次が小学生の少年。怪我をしている様子も、母親の姿も見えない。

 最後に俺の右隣り。銀行では車椅子に乗っていた女性が今は椅子にきちんと腰かけている。彼女も撃たれていた筈だが怪我をしている様子はない。

 そして――俺。確か、胸を撃たれた記憶があるが、怪我も痛みもない。


 “死後の世界”

 不意にその言葉が頭浮かんで、消えた。


(まさか・・・)


 皆も俺と同じように、周囲を見渡したり他の人間を観察したり舞台を見ていたりしていたが、そこで銀行員の男性が声を出した。


「皆さん、現状が理解できずに混乱されているかと思いますが落ち着いて下さい。

 まずは紅茶でもお飲み下さい。多少は、気持ちが楽になります」


 気が付くと、淹れたての紅茶が入ったティーカップが全員の目の前に置かれていた。

 言われるままに、湯気をあげる褐色の液体に口をつける。

 たちまち広がる柑橘の香り。レモンティーだ。

 しかし、レモンティーなんて咄嗟にどうやって用意したのだろう。

 さっきまでは、それらしきモノは何もなかった筈だけど・・・。


 皆が紅茶を飲んで一息ついた所で、銀行員の男性が再び話し始めた。


「私は斎藤 順一と申します。強盗に襲われた銀行の支店長をしておりました。

 私たちは、恐らく、死んだのだと思います。

 私は強盗犯に撃たれて、気がついたらここに座っていました。

 その時、この円卓はもう少し小さくて、向かい側には彼、山田 力也君が座っていました」


「ああ、自分は最初に撃たれたんです。たぶん即死です。気がついたらこの白い部屋にひとりきりで座ってたんですが、暫くして直ぐに斎藤さんが来ました」


「し、死んだって・・・嘘よ!私、怪我をしていたけど、助かった筈だわ!警察が突入してきたもの!これは夢よ!今頃緊急手術を受けて病院で昏睡状態でいるだけだわ!」


 元車椅子の女性が立ち上がって、悲鳴の様な声を上げる。


「君、車椅子に乗っていましたよね?立てないんじゃないのですか?」


「っ!・・・私、立ってる?」


 彼女は恐る恐る円卓と椅子の間から横へ出て、数歩歩いた。ふらつく様子はない。それを確かめた彼女はスタスタと歩き始めた。


「歩ける!歩ける!私の足が動いてる!手のしびれも無い!」


 彼女はそこらを歩き回りながら両手をぐーぱーぐーぱーさせた。

 一頻り興奮した様に歩き回っていた彼女は、しかし突然立ち止まって、次に弱弱しい声を出した。


「私、ALSなの。2年ほど前からつまずく様になって・・・最近は手が痺れ始めて・・・歩けなくなって・・・治るはずなんて無いの。それこそ夢の中か、もしくは死んででもしなきゃ。

 夢・・・なのよね?夢だって言って!誰か!これは夢だって・・・そのうち目が覚めるんだって・・・私、死にたくない・・・まだやりたい事があるの。死んでる場合じゃないのよ・・・ううっ」


 彼女はその場で蹲って床に顔を伏せて静かに泣き始めてしまった。


 それを痛ましそうに見ていた目を反らせて、山田君が話の続きを進めた。


「自分は早いうちにここに来ましたから、皆さんが来る前に色々と検証して過ごしていました。

 この空間では、イメージして念じさえすれば、何でも手に入るし、実現できます。

 例えば・・・コーヒー」


 円卓を指差して言うと、次の瞬間、指差した先には湯気を立てるコーヒーカップが出現する。


「ロールケーキ」


 その次は、ロールケーキだ。甘い香りが胸をくすぐる。


「ベッド」


 部屋の端を指差すと、そこにはシングルベッド。


「アーミーナイフ」


 そう宣言すると、その手にはちゃんとアーミーナイフが握られている。


「全部、消えろ」


 言った瞬間、コーヒー、ロールケーキ、ベッド、アーミーナイフの全てが、消える。


「何でもアリでしょ? ここは、現実でありながら現実ではないのです。そういう意味では、とても便利で、とても快適です。

 ここは死後の世界と考えて間違いはないと思います。

 そして死者である我々は、二度と現世に戻ることはできない」


 一瞬の沈黙の後、支店長の斎藤さんが続けた。


「皆さん、良ろしければ自己紹介をいたしませんか?ここでどれくらいの時間を過ごさなければいけないのか分かりませんが、短くない期間になると思われますので。

 あと、着替えましょう。この白い服はどうにも落ち着かない」


 斎藤さんはそう言って、白い服から一瞬にして銀行員風の(いや、銀行員なんだが)スーツに変わった。


次の更新は1週間後を予定しております

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ