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17 山田 力也1

本日もよろしくお願いします

震災の表現ができてきますので、ご注意ください

 カーン!と高い音をたてて、(オニール)が先ほどまで握っていた筈の模擬剣が宙を舞うのを目で追う。両腕が重く痺れている。教官の攻撃を受け流そうとしたのが失敗した様だと気付いた瞬間、襲われる腹部への衝撃。


 「かはっ」


 息が止まる。体は自然とくの字に曲がり、膝を付く。胃から酸っぱいものが込み上げてきて、抵抗敵わず口から薄黄色の液を吐き出した。

 咳き込みながらも何とか目をこじ開けて滲む視界を確認すれば、教官の靴先が一瞬見えて、景色が回転した。先ほどまで酸っぱかった口の中が、こんどは鉄臭くなる。右頬がじんじんと痛みを訴えた。


「立てっ!早く立たぬか!」


 教官に怒鳴られるが、呼吸の整わない状態で、しかも腹部の痛みのせいで体が言う事を聞かない。

 この(オニール)体の何と脆弱なことか。


「ええい!いつまで地面に這いつくばっている気だ!立つんだ!」


  これ以上、立たないままでいれば追撃がくる。

 痛む腹部に手を当てながら、何とか両足に力を込めて立ち上がるが、体はくの字に曲がったまま背すじを伸ばす事は叶わなかった。


「模擬剣を拾え!」


 教官の言葉に先ほど宙を舞った剣を目で探すと、50m程向こうの茂み近くに模擬剣を見つけた。

 痛む体に鞭打って模擬剣を拾いに行く。


 【シミュレーションルーム】ではこの教官に何度か打ち勝っている。しかし、オニール君の体は体力、筋力、持久力の何もかもが足りていないのだ。

 模擬剣の重さに耐えきれず正眼の構えを1分も維持できない。オニール君の膂力不足で剣先が下がってきてしまうのだ。それを自在に振り回し、教官の剣を受け止め、あるいは受け流し、打ち返すなど到底できる筈もなく。

 一方的に打撃を入れられて地面に這いつくばる日々が続いている。


 「早く強くならなくては」と思う。

 早くこの子(オニール)を理不尽な暴力から救ってやらなければと焦りばかりが募る。




▲▽▲▽▲▽


 山田力也は関西出身で実家が兼業農家だった。小学生の頃はやんちゃだった。勉強にはあまり熱心でなく、野山を走り回って過ごした幼少期だった。


 人生の初めての転機は7歳の頃だ。父親と2つ下の妹を亡くしたのだ。

 あの夜、妹は「お兄ぃちゃんと一緒に寝たい」と部屋へやって来たのだ。でも自分は断った。夜中にこっそりと漫画を読むためだ。

 妹が傍に居ては漫画の世界に浸る事はできない。妹はお喋りなのだ。

 就寝時間と言う自覚はあって最初はコソコソとしているが、自分がおざなりな返事をしていると「聞いてる?ねー!ねー!」とだんだん声のトーンが高くなって、徐々にヒートアップしてしまう。

 何度も、「しーっ!」と声を抑える様に注意しても、言う通りできるのは一瞬で。そんな繰り返しをしている間に、両親が「いつまで起きてるんや!」と注意しに来る。

 お決まりのコースだ。


 だから「部屋で寝ろ」と追い返した。

 何でもない明日がまた来ると疑う事もなく。

 それは繰り返される毎日と同じ行動で、何ら問題はなかった筈だった。

 

 当たり前に明日が来る、それが決して当たり前ではなかったのだと気付いたのはその数時間後。

 早朝に発生した大地震で自宅は倒壊した。

 父親と妹は倒壊した家の下敷きになり亡くなった。即死だったと思われた。

 自分と母親は倒れた家具の隙間によって助かった。奇跡の生還だった。


 あの夜、自分はなぜ妹と一緒に寝てやらなかったのか。何故邪険に追い払ったのか。

 自分と一緒に寝ていたら、妹の命は助かった筈だ。妹を死なせたのは自分だと、何度も後悔した。

 贖罪が欲しくて己の罪を告白した。

 けれど周囲の誰に話しても、擁護の返事しか返ってこず。


「あんたは悪くない」

「仕方なかったんや。自分を責めたらあかん」

「妹さんとお父さんは運が悪かったわね」

「あんたが助かったんは奇跡なんや。貰った命を大切に妹さんの分まで生きなな」


 そんな言葉を掛けられるばかりで、誰も自分の事を責めない。

 その事に絶望した。

 そのうち、この話をする事を止めてしまった。

 自分は一生許される事はない。

 許されてはいけない。

 許されては、妹にも父親にも顔向けできない。

 死んで楽になる事も許されない。

 十字架を背負って生きていくのだ。

 そう自分を諫めた。

 

 高校は三重県の農業高校へ行き、卒業後は自衛隊に入隊した。これが2回目の転機。

 自衛隊は給料は良いし、武道もできる。さらに運転免許を始め色々な免許を無料で取得できるから母親を楽させてあげられると思い入隊した。

 何より、妹を死に追いやった分、誰かを助けたかった。

 

 東北で起こった大震災では救援に自衛隊員として参加した。

 助ける事ができた命もあったが、それ以上にたくさんの死に向き合った。

 その中には子供も少なくはなかった。

 何度も妹の顔が浮かんで、震える体を叱咤してご遺体の収容作業を行った。


 翌年には、スーダンに派遣された。これが3回目の転機になった。

 南スーダン共和国がスーダン共和国から独立したことを受け、国連南スーダン共和国ミッションが設立された。自衛隊は、南スーダンにおける平和維持活動への参加と首都ジュバ市内で道路工事に従事した。

 発展途上で内戦後の荒れた国、シンナー中毒のストリートチルドレン達の淀んだ瞳、幼くして兵隊として戦わされた少年兵士のトラウマ。

 そんな悲しい現実を目の当たりにしてショックを受けた。

 荒廃した国を建て直して子供達に明るい未来を見せてあげたい。「希望」や「夢」を与えてあげたい。そんな思いを強くする。

 しかし自分には任務があり、ひとりひとりを助ける事はできない。勝手な行動はできない。

 葛藤に苛まれる日々。

 だけど、決断してしまえば迷いなどなく。そして除隊した。


 青年協力隊や個人でのボランティア活動など、世界で子供たちを救う活動をしている団体や個人は数多くあった。それらを調べながら吟味している時に、あの銀行強盗に遭ってしまったのだ。

 あの時、銀行には小学生の子供を連れた母子や車イスの女性がいた。他にも若い女性が客にも銀行員にもたくさんいて、何とか無事に逃がしてあげないとと思った。

 元自衛隊員の自分が何とかしなければと。自分にはその義務があると。

 そして焦って行動して、結局自分が最初の犠牲者になってしまった。


 自分には、結局誰の命も助ける事はできないのか。

 誰もが理不尽にその命や人生を奪われる事なく、ただ穏やかに生きて行って欲しい。その手助けをしたい。

 簡単そうで簡単でないその夢が、儚い蜃気楼のように消えてしまう。


 無力感に押しつぶされそうだ。

 胸に開いた穴を隙間風が吹き抜けて寒い。

 体を両腕で掻き抱いても、凍えた体は温まってはくれない。

 水中にいるかのように呼吸ができない。

 苦しい。


 しかし妹の苦しみはこんな程度ではなかった筈だ。

 自分だけが楽になろうだなんて許されない。許されて良いはずがない。

 誰かを助けて、罪を償った気になって、許された気になって、楽になろうだなんて良いはずがない。

 自分は死んでも尚、十字架を背負っているのだ。


 いまはただ、オニール君を救う事だけを考えろ。

 自分が楽になるためではなく、ただ、彼の幸せを考えろ。

 そう自分に言い聞かせて、回収した模擬剣を構えた。オニール君の膂力でもできる剣先を下に下げる構えの型を取る。



お読みいただきありがとうございます

週1更新予定です

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