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10 矢崎 泰敏

本日もよろしくお願いいたします

 俺はオニール君の勉学を進める傍ら、できるだけ【舞台】に上がって、オニール君の思い出せる限り幼少の頃からの記憶を探った。

 客観的な状況は分かったが、オニール君自身の記憶や気持ち、そして内に秘めた夢などがあれば知りたいと思ったからだ。


 自分(オニール)に愛情を向けてくれたり優しく接してくれた人を思い出してみると、乳母(サリー)が唯一愛情を注いでくれた人だった。その存在は暖かくて、彼女(サリー)の腕の中は一番安心できる場所だった。

 でも、その安心できる場所の記憶は今は遠い。

 乳母(サリー)は6歳頃、「オニールを甘やかすから」と言う理由で解雇されてしまった。勉学や鍛錬の時間のあまりにもの理不尽さに苦言を呈したからだ。

 そこからは冷たい侍女に最低限の世話をされるだけになった。

 乳母(サリー)が居なくなって暫くは、寂しくて、悲しくて、部屋の隅で泣いてばかりいた。

 侍女にも、そして5歳ごろから付いた家庭教師や剣術の教官にも罵倒される日々。


「泣き虫で弱虫で、本当にコルタベントの血をひいているのか疑わしい」


双子の兄(ソーン様)と比べて出来損ないの役立たず」


「優秀な(ソーン様)の出涸らし」


「コルタベント侯爵家のお荷物」


「少ない魔力しか持たない、貴族の恥さらし」


 繰り返される辱めの言葉。

 脳内に強く刻み込まれてきた評価。

 日々低下して行く自己肯定感。

 暖かかった乳母(サリー)の記憶も辛い虐待の記憶の数々に埋もれて、記憶の箱の一番深い場所に沈み込んでしまった。

 最近では思い出す事も無い。

 涙は枯れて、心も枯れて、いまは周囲からの暴力にも辱めの言葉にも心を揺さぶられる事が少なくなり、ただ俯いて耳を塞いで目を閉じて、嵐が過ぎるのを待つだけだ。


 加えて慢性的な魔力欠乏と、更に栄養も足りておらず、生きる気力と言う物が全くない。

 毎日絶望の中を何とか生きている。

 いや、自死する気力もないのだ。

 ただ機械的に体を動かすだけ。

 「希望」も「夢」も何も持っていない。

 そんな言葉は自分とは関係ない遠い存在だ。


 それでも記憶の箱の底を丁寧に探って行くと、乳母(サリー)に読んでもらった本の物語にまつわる記憶を見つけた。それはお姫様を助ける騎士の物語で、そんな騎士に憧れて「僕も強くなってお姫様を守るんだ!」って乳母(サリー)に話していた。

 物語の騎士は物理的にも姫を外敵から守るし、政治の部分でも助けて、立派で平和な国を作る手伝いをするのだ。

 それがオニール君の夢だ。


 こんな小さな子供が夢を忘れて、生きる気力を()くしているなんて心が痛む。生まれた環境で人生が左右されるなんて許せない。コルタベント侯爵家の者たちに怒りを覚える。

 それは最早、殺意にも近い。

 オニール君の代わりに虐待を受けていると、俺自身の気力まで削られていく。そして心が黒く染まり、良くない方向に思考が流れていく。

 だから【控室】へ戻った時は、自室で映画を視聴したり音楽を聴いたりして、舞台の世界の事を一切遮断して過ごす。映画はコメディか勧善懲悪のアクションものが良い。音楽はしっとりと聴かせるバラードだ。

 リセットが必要なのだ。それくらいオニール君の日常は辛い日々なのだ。


 俺のメンタルは(はがね)ではできていない。

 俺は普通のサラリーマン家庭に生まれ、普通に育ち、普通に生きて来た。幸い虐待や苛めなんて物には遭遇しなかった。

 大学院の国際学研究科を卒業して海外青年〇力隊として海外赴任を数年経たあと、ZICAの職員として就職。2年目を迎える。政治、経済、行政などに詳しいと自負している。

 また、発展途上国ではよく問題になる公害についても詳しく、取得の難しい“公害防止管理者”の資格も持っている。

 

 協力隊の活動で行った発展途上国で出会った子供たちは瞳がキラキラ輝いていてとても可愛かった。“物質の豊かさ=幸せ”ではないと思えた。

 でもそれは比較的ちゃんとした家族がいる子供達だ。スラム周辺やゴミ捨て場で見かけたストリートチルドレンは厳しい環境に置かれている。

 育児放棄や家族に見捨てられて帰る家がない、家庭が貧しく食べるために日中は路上で働く子ども、家族はいるが家に居場所がないなど様々な理由でストリートに子どもたちは出てくる。

 ストリートでは、警察当局の取り締まりなどの大人からの暴力・差別、性的搾取、感染症、貧しさから空腹を紛らわせるため安価なドラッグを使用する生活、ギャングに使われてスリをさせられるなど、子どもたちにとって常に危険と隣り合わせの環境なのだ。

 彼らも生まれた環境で人生を左右された子供達だった。

 そんなストリートチルドレン達とも、根気よく付き合っていって打ち解けてくると、無邪気な一面を見せてくれる。その笑顔はやはり可愛くて、それなのに悲しくて、心が痛んだ。

 力が及ばず、彼ら孤児の為の保護施設の建設までは手が回らなかったが、ZICAは孤児院を運営しているNPO法人に寄付などを行っている。

 

 オニール君も早くあの虐待家族から遠ざけたい。ただ、俺達【代役】は彼の手を引いて歩ける訳ではない。今あの家を出奔してしまったら、それこそストリートチルドレンになるしかなく、大人の食い物になるだけだ。

 オニール君は貴族の子弟らしくとても美形なのだ。一部の特殊な性癖を持つおっさんやマダムなんかに捕まってしまうと、囲われて()しからんあんな事やこんな事、いわゆる性的搾取をされてしまうに違いない。

 それこそトラウマだ。絶対そんな目に遭わせるわけにはいかない。

 オニール君が誰かに搾取される事なく、自分で選んだ道を、自分で望んだ人生を、悔いなく生きていける様に俺はやれることは全部やる。


 【舞台】の世界の成人は16歳だ。あと6年弱の期間に生き抜く力を身に着けさせて、オニール君の幸せを探しに行けると良い。


お読みいただきありがとうございます


海外青年〇力隊は話の流れ上、良いように書いていますが、

まぁ“完璧な支援活動”“住民・貧困層ファースト”と言う訳にはいかない大人の事情もある様で・・・

(批判していると言う事ではなく、団体の活動には色々制約があるのだろうと言うことです。現地に行かれて活動されている方々には率直に尊敬を感じます)

賛否両論あるかとは思いますが、フィクションと言う事で流して頂けると幸いです


週1更新ペースに戻ります

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