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9 【代役】たちの日常

明けましておめでとうございます

本年もよろしくどうぞ、お付き合いくださいませ

 【コルタベント侯爵家書庫】や【シミュレーションルーム】、【音楽スタジオ】を設置した事で、学習や技術習得の効率が上がり、精力的に情報収集をやって行けるようになった。

 こちらの空間でできる事はできるだけこちらで行い、オニール君の体で行う必要がある場合や、体罰や苛めが酷い時には俺や山田君、斎藤さんそして意外にも星野君までがオニール君に代わった。


 そうしていく中で、色々な事を決めていった。

 まず名称について。

 オニール君の世界の人物達の事を【出演者】と呼ぶ。

 俺たちの事を【代役】

 オニール君の世界を【舞台】

 こちら側を【控室】

 円卓のある部屋を【会議室】と呼ぶことにした。

 オニール君の中に入る事を、【舞台に上がる】と言う。


 虐めや体罰からオニール君を守るために【舞台に上がる】のは、成人男性が交代で無理のない範囲で行う事。

 特定の【代役】に負担が集中しない様にする事。

 オニール君が急に賢くなったり、できる事が増えたり強くなったりしたら不審がられるので、徐々に成長する様に調整する事なども決めた。



▲▽▲▽▲▽


 今日の俺は【会議室】の円卓で『兵法の基礎』と言う書籍を読んでいる。いつもは【コルタベント侯爵家書庫】で勉学をしているのだけど、今日はちょっと「気分を変えて」ってやつだ。

 【会議室】には他にオニール君を抱っこする九条さんと『魔導書』を読んでいる木下君、【舞台】を観戦している星野君が居る。

 【舞台】には山田君が上がっていて、剣の鍛錬を受けているのだ。

 斎藤さんは【コルタベント侯爵家書庫】、彩音さんは【音楽スタジオ】だ。


 俺達【代役】が舞台に上がっている間は、オニール君はソファーで九条さんに抱っこされながら眠っている。

 そう、こちらでは全く起きていないのだ。

 今も九条さんの腕の中で眠っている。その姿はまるで幼児の様で、親指を指しゃぶりしながら反対の手で九条さんの服を握って、体を丸めて只管眠り続けるのだ。

 そんなオニール君を九条さんは何時間でも抱っこして、背中や頭を優しくポンポンしたり、擦ったりしながら声をかけてあげるのだ。


「あなたの心は休息を必要としているのよ」


「心が安心を十分感じられるまで眠ってていいからね。その間、私が守ってあげているからね」


「大丈夫よ、大丈夫。ここは安全な場所だからね。好きなだけ休んでいて良いのよ」


「お荷物でも恥さらしでもない。あなたは大切にされるべき人間よ」


「あなたは精一杯頑張っているわ。偉いわね」


「人はね、生まれてきたってそれだけで奇跡みたいな事なの。要らない人間なんてひとりとしていないのよ」


 聖母なんて存在がいるなら、それは九条さんだなと思う。魑魅魍魎の世界を生きて来た人にはとても見えない。

 果たしてどちらの九条さんが本来の姿なのか。


「おばあちゃん、オニールって【控室(こっち)】じゃ全然目を覚まさないね」

 

 木下君がオニール君の様子をそっと覗きながら九条さんに声をかけた。


「ええ、心が消耗しているのでしょうね。ここではオニール君も(わたくし)達も思念体の状態でございましょ?心も体と同じで消耗しておりますと休息を求めるのでございましょうね・・・

 (ひかる)君は大丈夫ですか?」


「大丈夫って?僕元気だよ?」


「ご無理はしていませんか?ご家族と引き裂かれて、お友達とも会えなくなって、知らない私たちとの生活はお辛い事もございますでしょ?」


「僕は大丈夫だよ?」


「そうですか。(ひかる)君はお強いのですね。でも辛いときや悲しいときは誰かにそれを伝えて下さいね。内に抱えてはいけませんよ」


「うん、何かあったらおばあちゃんに一番に話すね」


「俺や中野さんでも良いんだよ」


 俺も話を聞く姿勢を示す。


「・・・うん」


 ん?何か妙に間があったけど、どうしたのかな?余計なお世話だったか?

 いや、きっと皆に順番に心配されて照れてるのだろうな。


「俺には振るなよー?オタク君の悩みには寄り添えないしー」


 ここで星野君が余計な一言を言う。

 さっきまで【舞台】の山田君に向かって、「そこだっ!いけぇっ!右!惜しいっ!」とやんややんやひとりで盛り上がっていたのに、ちゃんとこっちの話も聞いていた様だ。


 星野君は、ハッキリ言ってチャラい。そしていつも斜に構えてて、【代役】の皆を揶揄ってくるんだ。

 揶揄いのターゲットは大抵木下君だけど、時々山田君や俺の事も揶揄ってくる。最初は良いんだけどたまに調子に乗り過ぎてしつこくしてくる時があって、イラっとするんだよな。

 それに彩音さんにちょっかいを出すのも頂けない。彩音さんはやつのペースに巻き込まれないで冷静に受け流しているから、大丈夫だとは思うけど。・・・まさかあんな奴に惚れないよな?大丈夫だよな?

 九条さんや斎藤さんに対しては大人しく振舞ってる。年上だからか?俺だって星野君より2コ上なんだけどな?


「星屑なんか相手にしてないしっ!」


 木下君も負けてない。


「星屑って俺の事かぁー?」


「そうだよっ星野クズ男って意味だよっ」


「ぶふっ」


 やばい、ツボった。


「ザッキー!笑ってんじゃねぇーよ」


「ザッキーって俺の事?」


「矢崎の(ザキ)でザッキーっしょ」


「まあ、良いけど。星屑君」


「ザッキーザキ、ザキ、童貞ザーキ」


「ちょっおまっ。違うわ!なに人聞き悪い事言っちゃってんの⁈」


「お?図星かなぁー?顔が赤いぜ、ザッキー」


「あーはいはい、もうそう言う事で良いよ」


「あぁー!開き直ったぁ!詰まんねぇやつぅー!」

 

 彩音さんがこの場に居なくて良かった。童貞とか思われたくない。・・・いや実際のところ童貞だけど。


 彩音さんは美人だ。誰に対しても優しいし、朗らかに笑い、きめ細かく周囲を気遣う。最初の取り乱しようが嘘のように穏やかに毎日を過ごしている。

 でも自室では毎夜、枕を濡らしているに違いない。俺が傍で彼女を慰めて支えてあげたい。その奇麗な瞳に俺だけを写して欲しい。そしてあの柔らかく甘い唇に吸い付いて・・・おっと、俺ちょっとキモかったか?いかん、いかん、自制せねば。

 彩音さんの事を妄想している時って、な~んか木下君にジト目で見られてる気がするんだよね。俺が見返すとすっと視線をそらされるから、俺の思い込みかも知れないけど。幼気(いたいけ)な少年に大人のイヤらしい部分を見せない様に気を付けないと。


 ドサッ。

 その時、山田君が【控室】に転がり出て来た。

 鍛錬が厳しすぎて意識が落ちちゃったのだろう。【舞台】ではオニール君がぐったりとして倒れ込んでいる。ソファーには九条さんだけが取り残されている。

 そこへ星野君が無神経な声をかける。


「はい!山ちゃんの負けぇ~~!」


「・・・悔しいです」


「星野君は黙れよ。山田君お疲れ。君は頑張っているよ。オニール君の体では限界があるからね」


 慌てて星野君を黙らせて、労いの言葉を掛けるが、山田君は「いえ・・・」っと言葉短に言ったきり立ち上がって直立不動で“舞台”を睨みつけている。


 【舞台】では剣術の教官がオニール君に魔術だろうか、手から出した水をかけて、足でつんつんしている。

 教官の刺激でオニール君が目を覚ますと、山田君は再度【舞台】へと上がって行った。


 山田君はザ真面目って感じだ。常に誰に対しても木下君に対しても、そして星野君に対してさえ礼儀正しい。

 それに子供が好きそうだ。ちょっと生意気な木下君の事も、オニール君の事も、そしてソーン君の事さえ、見つめる眼差しは優しい。

 一方で、武術に向き合っている時の山田君は人が変わった様になる。その集中力、ピリつく空気、背中から湧き上がる覇気。同性の俺から見ても恰好良い。非常にストイックに鍛錬を(こな)している。そのストイックさは生来の物なのか、オニール君の境遇に焦っての事なのか、どっちだろうな。

 いずれにしても、山田君はちょっと根を詰めすぎかも知れない。


 でも、俺が根を詰めすぎるなと助言したとして、山田君が受け入れるかな?

 あとで斎藤さんに相談してみようかな?

 最初に2人きりで過ごした時間がけっこうあったからか、山田君は斎藤さんの意見を素直に聞く傾向があるんだよね。父親的な立ち位置なのかもな。

 俺にとっても斎藤さんは頼もしい。経済に強く、オニール君の勉学を進めていく中でアドバイスを求めると的確な助言を下さる。

 ご自分の事はあまり話さないが、あの年代の男はそんなもんだろう。奥さんと2人のお子さんがいると言う事は教えてくれた。

 時々思いつめたように考え込んでいる時があるが、こんな理不尽な状況だ。思いつめない訳がない。一家の大黒柱を失ったご家族の事を想っているのかも知れない。


 これが最近の俺たち【代役】の日常だ。




お読みいただきありがとうございます

明日も更新あります

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