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「うーん……。」

なんと言ってよいか分からず、モニはとりあえず両手を頭の後ろに回した。叔父も顎に手を当てて考え込んでいる。

「これがいつの手紙なのかな?」

「10日くらい前。僕……行けないって返事したんだ。お父さんはまだ忙しくてあんまり帰れないし。それに僕、お父さんに、夜中にお母さんに何かあったらすぐに知らせるように言われてるから出かけられないよ。妹たちもいるし……。」

「どんな文面で書いたの?」

「『お母さんに何かあったらいけないので、行けません。お昼に街中でならいいよ。』って書いたよ……。猫の首輪に手紙は無かったから、手紙は受け取っているはずなんだ。書き方が悪くて怒らせちゃったかなと思って、ごめんねって何度か手紙を書いたんだよ。でも返事が返ってこないんだ……。」

ロビンは目に見えてしょんぼりしている。青春の1ページは始まる前に終わってしまうのか。

「結構やり取りしているけど、お互いの名前とか住んでいる場所は書かなかったんだね。」

叔父が手紙をテーブルに並べながら言う。

「書かなかった。最初の方で二人とも言わなかったから、途中で名前を聞くのも違うなって。なんていうんだろう……、格好よくないっていうか。」

「無粋な感じ。」

「へえ、そう言うんだ。」

無粋、無粋と繰り返すロビンのカップに温めなおしたホットミルクを注ぎ足す。

「じゃあ君は猫を追いかけて文通相手を見つけ出そうとしていた訳か。それでうちの庭に引っ掛かったと。」

「そういうこと。引っ掛かったことはもう言わないでよ。」

ロビンがむすっとした顔で叔父を睨む。ごめんごめんと叔父が笑った。

「でも、意外とこれ、誰だか分からないな。」

モニは呟いた。決して大きな街ではないが、住民全員を把握しているわけではない。出稼ぎに行っている住民もいるし、逆もそれなりにある。特に今は冬を目前に控えた収穫期であり、普段は見ない顔も多い。また、叔父の家は中心街のはずれにあり、他の集落の子供とはあまり関わりがないうえ、街の子供たちと顔を合わせる機会もそう多くはない。モニ自身、社交的な性格かと言われるとそうでもない。自宅に友人を招くことは皆無といっていい。

「一人っ子、母親存命、父親遠方であり不在、ペットなし。確実な情報ってこれくらいじゃないですか?手紙の量の割には情報が少ないですね。あとは、多分女の子で多分10歳以下。猫を追いかけたくなる気持ちも分かりますよ。」

「そうだなあ。」

叔父がしばらく考え、ちょっと失礼、と席を外す。

モニは心当たりがないか頭をひねってみたが、同世代の友人以外の子はそもそも知り合いが少ない。その子に兄弟がいないならこの線から探すのは難しいだろう。ロビンにも見当がつかないならモニにはお手上げだ。戸棚からクッキーを引っ張り出して二人でつまみながら喋るうち、相手はどんな人なのだろうかという内容に話が移っていった。

「僕、やっぱり女の子だと思うんだよね。」

ロビンがぼんやりと手紙を眺めながら言う。

「どんな女の子だと思うの?」

意地悪な質問をしてしまったとモニは思ったが、ロビンは気にする風でもなく答える。

「年齢は僕と同じか少し年下かな、って思う。とってもきれいな文字を書くよね。これってお母さんが厳しいからかな?だからあんな手紙を書いたのかなあ。もっと話を聞いてあげればよかったな。」

「ロビンはちゃんと返事書いてるじゃない。僕は相手がロビンに甘えてるなあ、と思うけどね。文章でこんなこと送られても返事しづらいでしょ。僕だったらうんざり……いや、大事な友達が悩んでいるんだからそりゃあ心配になるよね。」

あわてて取り繕う。幸いロビンはぼんやりと聞き流していたようで抗議はなかった。

「名前だけでも聞いておけば良かったな……。家でも考えてたんだけど、ほら、この手紙で僕、学校の話しているじゃない?この時にどこの学校に通ってるか聞いておけば良かったんだよ。そしたら探しに行けたのに。」

元気かなあ、友達はいるのかなあ、とロビンが呟く。

「また手紙をくれないかな。会いたいなあ。」

「でも、なんで夜中に会おうと言ってきたんだろうね。お母さんが厳しいなら、日中の方が外出できそうだけどね。」

そんなことを話していると、叔父が両手に荷物を持って戻ってきた。

「お待たせ様。猫を追いかける前にちょっと情報を整理してみようか。」

テーブルにどさどさと荷物を置く叔父に向かって顔をしかめながら、モニは飲み物とクッキーを避難させ、窓を開けて埃を逃がす。叔父はそんなモニには気付かず荷物を広げる。

「まず、文通相手の候補がどのくらいいるのか、大まかに推測してみよう。町の人口が9000人ちょっとかな?大雑把に0歳から70歳くらいが均等にいるとすると、5歳から10歳は7%くらいか。630人だね。実際は老人より子供の方が多いから、多く見積もって700人ほどかな。こうしてみると意外と多いね。でもほとんどの子が中心街に住んでいるはずだ。」

先ほどまでロビンが手紙を書き出していたペンを取り、叔父は数字を書いていく。

「教会の学校に通っているロビンなら、同じ年ごろの街の子供たちとは知り合いじゃないかな。それらしい子はいないんだね?」

「多分、いないと思う……。でも、向こうも秘密にしているのかもしれないよ?」

「それはあるかもしれないな。でも、ロビンは猫を追いかけてうちまで来たんだよね?もし中心街の子が文通相手なら猫はここまで来ないと思うな。猫を追い立ててきたわけではないんでしょう?」

「確かに!僕、昨日、いったん手紙を結んで、最初は追いかけずに放したんだ。しばらくして橋の手前で見かけたから、そうだ、追いかけてみようと思ってこっそり後をつけたんだ。」

「尾行を始めてそんなすぐに失敗したのか……。いだっ。」

モニがテーブルの下で叔父の脛を蹴っ飛ばす。目に涙を浮かべながら叔父は続ける。

「ここからは本当に推測なんだけど、700人のうち450人か500人くらいは中心街かその周辺に住んでいると思うんだよね。郊外の集落に住んでいる子と仮定したら、候補は250人くらいだ。」

叔父が紙に『250』と書いて丸く囲う。それから、と叔父はつづけた。

「手紙はどのくらいの時間で相手に届くのかな?つまり、ロビンが手紙を送ってから返事を受け取るまでに何日かかるかなんだけど。」

「日によるよ。翌日に返事が来ることもあるし、2,3日かかることもあるかな。」

ふむ、と頷いて叔父が丸まった紙を広げる。

「少し昔のだけど、ここら一帯の地図だ。うちがここで、あ、端を抑えるものはあるかな?」

四隅にインク壺や鍋敷き、先ほど抱えてきた箱を置いていく。箱を開けると中身はチェスの駒だった。もう一つにはコンパスが入っていた。

「うちはここだな。ロビンの家がこのあたりか?猫はロビンの家の前に来るのかな?」

チェスの駒を地図に置いていく。

「まずは猫の行動範囲だね。猫って実はあんまり動かないんだよ。一般的に飼い猫は家から200m、多くても500m程度しか移動しないと言われている。野良猫はもう少し行動範囲が広いが、せいぜい2㎞くらいじゃないかな。今回は餌をくれる拠点が2か所あるからね、もう少し広くてもいいかもしれない。でも返事が翌日に来るってことはそう遠くはないはずだ。なので、南側のこの二つと西のここ、この3つの集落は除外してもいいと思う。片道5㎞以上ある。」

コンパスをくるりと回す。

「ロビンの家から猫はうちを通って去って行った。この先にある集落は二つ。やや北のここも含めてもいいかもしれない。」

駒をぽんぽんぽんと3つ置き、叔父はつづける。

「主だった集落が10個あるから、250人いる子供がそれぞれに均等に住んでいると仮定すると、1集落あたり2、30人程度だね。まずはこの3つの集落で探すなら、合計100人にも満たない。」

ほうら、と叔父は顔をあげてモニとロビンを見る。

「猫を追いかけなくったって、案外範囲を絞り込むことはできるんだよ。」

ロビンが奇妙な昆虫を見る目つきで叔父の顔をしげしげと眺める。

「モニのおじさんってこんな人だっけ?お母さんが言ってたのと全然違う。」

「僕がロビンのお母さんにどう評されているかは怖いから聞かない。もっと褒めてくれてもいいんだよ?」

「さすがですよ叔父さん。運動をしたくないという気持ちは中年男性にこんなにも脳みそを絞らせるんだと知って、僕は感動しました。」

すごいとは思ったが素直に褒めるのは癪だったので、モニは言い捨てる。

「全く二人とも素直じゃないねえ。」

にやにやと笑いながら叔父が言う。

「さてお二人さん、残念ながら今日はもう時間切れだ。外を見てごらん。」

確かに日が暮れようとしている。ロビンが慌ててミルクの残りを飲み干し、立ち上がる。

「ごちそうさまでした。また明日来てもいい?」

「明日はちょっと用事があるから、また今度でいいかな?近々ハーブティーを届ける予定があるから、その時に声をかけるよ。それと、この手紙もその時まで預かってもいいかな?調べたいことがあってね。」

叔父は少しだけ考えて続ける。

「この手紙のことは引き続き誰にも言わない方がいいかもね。相手に僕たちが探していることがばれちゃうと、恥ずかしがって隠れちゃうかもしれないから。送り主を発見するまでは秘密にしておこう。」

「誰にも言わないよ。」

「また手紙が来たら教えてほしいな。ただ、もし会いたいという手紙が来ても一人では行かないように。僕かモニがお母さんのことを気にかけられるよう、僕たちに教えてね。」

「わかった、ありがとう。もし手紙が来たら、すぐに持ってきていい?」

「もちろん。モニは僕と違って女心をよく解っていらっしゃるようだし、返事も一緒に考えようか。」

「嫌味ですか。」

じろりと睨むモニの視線をさらりと躱し、叔父が席を立つ。

「僕はロビンを橋の向こうまで送ってくるよ。帰ったら一緒に夕飯を作ろう。」

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