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そろそろ外套を出しておこうか、とモニは思う。日中でも寒いと思うことが増えてきた。こういうことを後回しにすると、一気に寒くなってひどい目にあうことをモニは経験上知っている。
「明日、衣装替えをしましょう。ついでに大掃除も。台所の戸棚も整理して、ピクルスの状態も確認しておきましょう。」
「もうそんな時期か。早いね。」
ハーブを束にして紐で括っていた叔父が顔を上げる。
「冬服かあ。モニ、去年のコートはもう入らないんじゃない?週末新しいのを買いに行こうか。」
「いいですよ別に。まだ入ると思います。」
「いや、この夏で結構背が伸びたよ。姉さんが見たら驚くだろうな。明日着てみて、小さいようだったら買いに行こう。袖とか肩が厳しいんじゃないかな。」
「じゃあ、掃除が早めに終わったらそうしましょう。」
「ついでに他の買い物もしよう。紙を少し買い足しておきたいから。」
叔父がそう言ってブーケガルニを作る作業に戻る。モニは先ほどまで読んでいた本に目を戻す。
しばらく黙って各々の作業を続ける。きりの良いところで本に栞を挟み、モニは伸びをする。叔父もちょうどブーケガルニを作り終わったようで、テーブルに散った小枝を片づけ始める。
「紅茶でも淹れましょうか。」
「いいね、お願いしてもいい?」
モニは立ち上がり、小鍋にお湯を沸かす。ポットとカップを温めるのを忘れない。
普段通りの生活だ。街も特に変わりはない。先日、事件の続報が新聞に載った。動機が明らかになったため、街ではかなり話題になったようだが、今は落ち着きつつある。事件発覚の経緯だが、ロビンに相談された住民が不審に思って警吏に通報し、警吏の調査によって事件は未然に防がれた、というようにやや脚色されて発表された。これは叔父の提案だ。叔父は新聞に自分が載ることを阻止でき、警吏は事件解決を自分たちの手柄にできる。両者協議の上、速やかに合意に至ったそうだ。
続報が発表された後、神父は引責辞任を表明した。だが住民から反対の声が多数上がり、最終的に辞任に反対する署名活動まで始まってしまったため、引き続き職務を継続することになった。辞めて責任を取るくらいなら続けて責任を取れ、という意見には神父も反論できなかったらしい。この間見かけたが、別人かと思うほど痩せていた。以前は減量がなかなかうまくいかないと悩んでいたのだが。まあ、これから冬になる。野生動物が肥える季節だ。神父のもとにも解体の仕事がたくさん舞い込んでくるだろう。忙しくしていれば気も晴れるだろうし、美味しい肉をたくさん食べて、また元気になって欲しい。ハーブもたくさん届けなきゃいけないな。モニはブーケガルニを小袋に詰めている叔父を見ながら思う。
事件はまだ調査中だ。グリュンワルド家は一応被害者なので、調査体制が整った頃には手を引き、完全に外部に任せている。叔父も事情聴取が終わったので、情報はもう入ってこない。
サラ先生はひっそりと街を去って行った。引っ越しの費用と当面の生活費はグリュンワルド家が負担したらしい。両親と妹のいる北方に向かうそうだ。夫とはどうなったのか分からないが、新しい土地で幸せに暮らしてくれたら、と思う。
グリュンワルド家は来月、首都に引っ越す。あれから数回、モニと叔父はグリュンワルド邸に遊びに行った。夫人ともヘレナとも、今は非常に気安い間柄だ。
ロビンだが、モニが心配していたほど気落ちはしていなかった。母親の悪阻が終わり、元気になったのもあるだろう。首都のすごい学校に進学するんだ、と勉強に精を出しているようだ。恋とは人にここまで活力を与えるのか、とモニは驚いたものだ。ヘレナ本人に聞くに、彼女の方はただの友人としか思っていないようだが。
猫は猫で、気ままに街をうろついては餌を貰っているようだ。猫、と呼ぶのも味気ない気がして、ローズマリーと呼ぶべきかマリーゴールドと呼ぶべきか迷った結果、モニは「靴下」と呼ぶことにした。自分だけの呼び名だ。
紅茶をカップに注ぎ、一口飲む。うん、とモニは一つ頷いた。完璧だ。
カップを両手に持ち、食卓を振り向く。ブーケガルニを袋に詰め終えた叔父がクッキーを食卓に出している。
「夕飯までそんなにありませんけど。」
「たまにはいいじゃないか。紅茶にはクッキーだよ。キャラメルかケーキでもいいけど。サンドイッチもありだな。」
「全部じゃないですか。今回は結構いい感じに淹れられたと思うんで、冷める前に飲んでみてください。」
カップを一つ叔父の前に置き、少し緊張しながら感想を待つ。叔父が一口紅茶を飲んだ。
「モニ。」
「はい。」
「今までに飲んだ紅茶の中で一番おいしい。」
「さすがにそれはないと思いますけど、美味しいなら良かったです。」
「本当だよ。モニは天才だ。」
思っていた以上に褒められて、モニは少し照れてしまう。
「そんなに褒めたってなにも出ませんよ。……今日の皿洗い当番は僕がやってもいいです。」
「よし、これからは毎回天才と褒めよう。」
「何か言いました?」
「何も言っていません。」
紅茶を飲みながら叔父と喋る。さっき読んだ本のこと、お菓子屋さんで見かけた新作ケーキ、収穫期が終わって住民の顔が明るいこと、今日の夕飯はどうするか。
「クラムチャウダーにしない?この季節、無性に食べたくなるんだよね。」
「だからアサリを買ったんですね。」
「クラムチャウダーの話をしていたらなんだかおなかが空いてきた。そろそろ夕飯を作ろう。モニは先にお風呂に入ってきなよ、ちょっと時間がかかるから。」
叔父がいそいそと立ち上がり、人参やじゃがいも、ベーコンを引っ張り出す。鼻歌を歌いながら根菜を剥き始める叔父の背中をしばらく眺めて、モニはくすっと笑った。
「じゃあ僕、先にお風呂に入ってきます。」
モニはそう言って紅茶を飲み干し、カップを置いた。




