31
その2日後。モニと叔父は再び廃屋を訪れていた。時刻も同じ、9の鐘が鳴る前である。
2日前とほとんど同じ位置に毛布を敷き、二人で横になる。モニは手袋を、叔父は枕を持参していた。天気は晴れで、前回同様、美しい星空が視界を覆っている。
「枕は持ってこなければ良かったな、寝てしまいそうだ。」
「僕が使ってあげましょうか?」
「いや、遠慮しとく。というか、モニは今からでも帰るべきだ。」
叔父がぶつぶつ言うのを無視して、モニは手袋をはめた両手をこすり合わせた。寒いからではない。緊張しているのだ。
「犯人、本当に来るのかな。」
モニが呟く。
「来るだろうね。」
叔父が言った。
「見つからないといいんですけど。かなり近くに隠れてますよね、僕ら。」
「大丈夫だろう、暗いし。見つかったとしても小屋に踏み込む手間がなくなるだけさ。」
ロビンを待っていた時は毛布を敷いて横になっていただけだが、今夜は毛布を敷いて横になり、薄緑色の毛足の長い織物を胸元まで掛けている。犯人が来る気配があれば頭までさっとかぶる予定だ。さきほど叔父に試してもらい、遠くから眺めてみたが、思った以上に目立たない。
「僕、やっぱり小屋の中で待っていた方が良いんじゃないですか?」
「絶対だめだ。」
叔父がきっぱりと言う。
「小屋に誰もいなかったら犯人帰っちゃいません?」
「ヘレナがスムーズに家を抜け出せるかなんて犯人には分からないだろう?きっと待つよ。それか僕が小屋で待つかだね。」
「身長が倍くらい違いますけど。」
「しゃがむから大丈夫。」
「犯人がかわいそうですね。女の子かと思っていたら叔父さんがいるなんて。」
軽口をたたいて緊張を紛らわす。二日前は星を眺めているだけであっという間に時間が過ぎていった気がするが、今夜は違った。時間がまとわりつき、息が苦しく感じる。モニは深呼吸をした。冷たい空気が肺に満ちて、少し呼吸が軽くなる。
「さ、そろそろ10の鐘が鳴るころだ、静かに待とう。」
叔父が言って毛布を直す。
二人で並んで星空を見上げる。前回よりも防寒が整っているため、眠ってしまわないか心配だ。とりあえず流れ星を探す。見つからなかったので、見える範囲で一番明るい星に願いを託した。どうか誰も怪我をしませんように。
10の鐘が鳴り始めた。モニは一つずつ鐘を数える。最後の鐘の余韻が消え、再び池に静寂が訪れた。風が枝を揺らし、落ち葉が草を撫でて駆けていく。梟だろうか、どこからか鳥の羽音がする。
そのとき、モニの耳が異質な音をとらえた。規則的な足音である。叔父が織物を引っ張り上げ、モニの手を握った。落ち葉を踏み分ける足音は、やがて振動として背中で感じられるようになった。
足音が小屋の前で止まると、織物の布目越しにランタンの明かりが周囲を照らすのが分かった。モニたちの頭上を明かりがさっと通り過ぎる。しばらく待ったが二度照らされることはなかった。引き戸が開く音がする。窓の隙間から明かりが漏れる。引き戸が閉められる音がして、モニと叔父は織物から顔を出した。
小屋まではすぐである。さすがの叔父もこの距離で打ち合わせをする気にはならなかったらしく、今後の段取りをあらかじめ教えてくれていた。とはいっても大した作戦はない。犯人が小屋に入ってしばらくしたら、叔父が小屋に突撃する。以上だ。作戦ですらない。
叔父がそろりと立ち上がった。踏んで音が鳴りそうな枝などはあらかじめ取り除いてあるが、慎重に小屋の前まで行く。モニはゆっくりと手袋を外し、ランタンを灯す用意をする。叔父が取っ手に手をかけ、一気に引き開けた。明かりの中、小屋の中心にいる人物がさっとこちらを振り向く。
「こんばんは。こんな時間にこんな場所でお会いするなんて、珍しいこともありますね。先生。」
叔父が言った。モニはランタンを灯し、叔父の後ろ、少し離れたところに回り込む。
小屋の中央に人が立っている。栗色の髪で背が高い。前回会ったときは優しそうに見えたこげ茶の瞳は、今は背筋が凍えるほど無表情だ。左手にロープの束を持ち、右手にその一端を握っている。一体何のためにそんなものを持っているのか、考えるのが怖くてモニは目を逸らした。
「どなたかと待ち合わせですか?実は僕らもそうなんです。よろしければご一緒させていただいても?エドワード・マイヤー先生。」