30
翌日。
時刻は夜、9の鐘が鳴る少し前である。モニと叔父は厚着をして、廃屋の裏手に座り込んでいた。
「モニは今からでも帰るべきだ。」
叔父がぶつぶつと文句を言う。モニは無視して両手をこすり合わせる。手袋を持ってこればよかった。夜は冷える。
「暇なので、なにか面白い話をしてください。」
「この状況でよくそんなことが言えるね。」
叔父は溜息をついて少し考えた。
「どこかの島に、血を流す木があるんだって。」
「待ってください、この状況でそんな話します?」
「とっても変わった木でね、木を切り倒すと切り口から樹液が出てくるだろう?樹液が空気に触れると赤くなるんだ。それがまるで血を流しているように見えるから、竜血樹なんて呼ばれているそうだよ。竜の生まれ変わりの木だと、地元の人たちは信じているらしい。なんかかっこいいよね。しかもとても大きく育つんだって。一度は見てみたいよね、竜血樹。」
「思っていたより面白い話でしたけど、この状況でする話ではないですね。」
「難しいな。じゃあ、昆虫を食べる植物の話は?楕円を二つ折りにしたような形の植物なんだけど、葉っぱに生えている毛に感覚があるんだよ。毛に虫が触ると、罠みたいにぱたんと閉じて、閉じ込めた虫を食べちゃうんだ。この触り方というのがまた面白くてね、一回触っただけでは閉じないんだけど……。」
「もういいです、大丈夫です。黙って待ちます。」
「ここからが面白いんだけどな。モニは植物に興味ない?」
「美味しい植物は好きです。」
「植物、面白いと思うんだけどなあ。」
叔父がぶつぶつ言っているが、そのうち静かになる。しばらく二人とも沈黙する。
「犯人、本当に来ないのかな。」
モニが呟く。
「来ないだろうね。」
叔父が言った。
「なんだか、来ないと分かっている人を待つって、変な感じがしますね。」
「来ないことを確認するのが重要なんだよ。」
「僕らはいいですけど、ロビンがかわいそうですね。寒い中家を抜け出してくるのに。」
「事が終わってヘレナに会わせたら、すぐに忘れてしまうよ。さ、そろそろ10の鐘が鳴るんじゃないか。静かに待とう。」
叔父とモニは黙って夜空を見つめる。池の周囲は林が途切れており、ぽっかりと星空が覗く。寒い中ただ座っているのは苦行のはずだが、星空を眺めていると特別な行事という感じがする。惜しむらくは、隣に座っているのが叔父ということだ。10の鐘が遠くで鳴っている。
流れ星でも現れないかとモニが視線を彷徨わせていると、叔父がモニの肩を叩いてひそやかに言う。
「来たよ。ロビンだね。」
低い位置で揺れながらランタンの明かりが近づいてくる。廃屋に着いてすぐに、二人は明かりを消していた。月明かりに慣れた目は、ランタンに照らされた少年の顔を容易に識別する。池の近くまで来ると、ロビンはゆっくりと足元を確かめるように小屋に近づく。小屋の入り口付近でうろうろと歩き回る足音がしばらく聞こえていた。この廃屋に入るのは勇気がいるよな、とモニが同情していると、ようやく引き戸が開く音がした。ランタンが中に移動し、窓の隙間から明かりが漏れる。
ロビンには可哀そうだが、出て行って慰めるわけにもいかないので一旦忘れ、モニは流れ星を探す作業に戻る。首が痛くなってきたので毛布に横になる。横になった方が足音の振動や草木の揺れを感じ取れることに気づいた。薄明りの中、キャラメルの包み紙をはがそうと苦戦している叔父の太ももを突っつき、横になるように手振りで示す。叔父もごろんと横に寝そべって、二人はキャラメルを舐めながら夜空を眺める。じっとそうしていると、夜空が自分を中心に回っているように錯覚する。
30分も経っただろうか。窓から漏れる明かりが大きく揺らめく。小さな足音が入り口に向かい、ふわりと明かりが周囲に広がった。ロビンが小屋から出たのだ。来るときは顔の前に掲げていたランタンを、力なく左手に下げてとぼとぼと来た道を戻る。モニは心が痛んだ。
明かりが林の中に消え、完全に見えなくなるまで待ち、モニと叔父は立ち上がった。モニは伸びをし、叔父は首をぐるぐる回している。叔父が地面に敷いていた毛布を拾い上げてばさばさと払い、畳んで鞄にしまう。
「さて、帰ろうか。大分冷えたね。温かいものを飲んで寝よう。」
ランタンを点けながら叔父が言い、あくびを噛み殺しながらモニは頷く。遠くで11の鐘の音がした。




