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少し早めの夕食を摂りながら、モニと叔父は今後どうするか頭を悩ませていた。

「明日の夜ですよね、犯人が指定した日って。」

「そうだね。」

「犯人、分かると思います?」

「難しいかもしれない。」

叔父が珍しく弱音を吐く。

「何かあると思うんだけどなあ、何か見逃している手がかりが。今まで考えていなかったことは……目的?目的を考えなきゃいけないのか?でもそんなこと分かるわけない、誰が文通をしているかなんて犯人も最初は分からなかっただろうし。」

ぶつぶつと叔父が呟く。モニはモニで、この三日間の出来事を頭の中で再生する。何も思いつかない。誰も怪しそうな人はいなかった。みんな善良な市民だ。いや、ミクリッツ商会の青年は善良かどうか分からないな。一番ありえそうにない人物が犯人だったりして。となると、グリュンワルド夫人?モニは頭を横に振った。いくらなんでもそれはない。

「というか、夫人にはああ言ったけど、やっぱり情報が漏れているんじゃないかなあ。当主の不在は、たまたま本で情報を持っていた僕ですら推測だったし。あまつさえ夫人の頻繁な出張なんて外部の人間が推測できるかなあ……。でもそんな、部外者にぺらぺら喋るような人はいなさそうだし。マルセン?彼がそんなことを知り得るのか?」

叔父はまだぼそぼそと呟いている。皿洗いを押し付ける気だったが、今声をかけるのも忍びないと思ったのでモニは食卓を片づけた。お湯を沸かし、紅茶を淹れる。ポットとカップを温めることを忘れない。

考え込んでいる叔父を横目に、モニはとりあえず鞄の荷物をテーブルに広げた。夫人からもらった使用人と出入りの業者の一覧。街の地図。家庭教師協会の資料。新品の紙袋と文具。紙袋と文具を片づけようとして、そういえばこれは見ていなかったなとモニは小冊子を手に取った。家庭教師協会の資料である。店主の手作り感あふれる冊子で、協会の理念や各種講座の案内、簡単な講師の紹介、実際に利用した客の感想、最後のページには参考としての料金が書かれている。モニが試験を受けていた際、叔父と店主がやり取りしたのだろう、いくつか書き込みがみられる。ぱらぱらとめくると紙が二枚挟まっていた。一枚はモニの成績をまとめたもので、総評とともにおすすめの科目や授業時間が書かれている。『文学において、人物の心情描写が主な場面になると答えに詰まることがあります。日常生活でも自身の感情を言語化する習慣をつけると、成績のみならず人生が豊かになりますよ。』余計なお世話だ。モニは舌打ちして成績表を脇に押しやる。もう一枚はサラ先生の詳しい紹介が載っていた。実際に面談を行い、候補とする教師の情報だけを渡しているのだろう。かなり細かい内容まで記載されている。確かにこれは、誰にでも渡すような紹介冊子に載せるには不適切だなとモニは思った。紹介文には名前や生まれ年、出身、家族構成、学歴などが記載されている。家族の情報なんて教師としての能力には関係ないだろう、と思ったが、グリュンワルド家など高貴な家の子女と関わるともなると、親族の身元がしっかりしているかどうかも採用基準になるのだろう、と考え直す。

内容を読んでいく。サラ・クラウゼ、24歳。南方都市出身。女子家政学校、教員養成過程修了。卒業時、文学史において次席として表彰。卒業後、女子高等教育学校にて教鞭をとるが、文学界の裾野を広げたいと初等学校に転任。しばらく南方都市に勤めるが、2年前に転居。当協会に家庭教師として登録。家族構成は父、母、兄、妹。父親は南方で橋の設計に携わっていたが、鉄道敷設計画の関係で北方に転勤。兄は西方にて神に仕え、妹は北方にて教師として研修中。当人、親族ともに罰歴なし。

得意科目は文学、歴史、教養一般。他、中等学校クラスまでの一般科目および社交舞踏の指導が可能。現在までに家庭教師として20人以上の教育実績あり。その内訳として……。

ここまで読んで、モニは紅茶を放置していたことを思い出し、あわててカップに注いだ。一口飲んで、うん、と頷く。ミルクティーにしよう。自分と叔父のカップに牛乳を注ぐ。両手にカップを持って食卓を振り向くと、先ほどまでモニが眺めていた資料を叔父が読んでいた。

「すごく細かく書かれてますよね、それ。」

言いながらカップを食卓に置く。

「貴族が結婚するとき、身辺調査をするって聞いたことがあります。こんな感じで報告書を作るのかな。」

叔父は何も言わない。じっとサラ先生の資料を眺めている。

「……叔父さん?」

「モニ、今なんて言った?」

資料に目を向けたまま、叔父が鋭く言う。

「……すごく細かいですね。」

「その後。」

「貴族が結婚するとき、身辺調査を……。」

「モニ。」

これ以上ないほど真剣な顔で叔父がモニを見つめる。

「はい。」

モニも叔父を見つめる。妙に色気を放つ紫の瞳に見つめられ、そわそわと落ち着かない。なぜか不安な気持ちになって来た。

「……ごめんね!」

ぺし、と片手で自分の頭を叩き、片目をつぶって叔父が言う。いや、本当に一体なんなんだ。ふざけた調子の叔父に、モニは無性に腹が立ってきた。食卓に置いたカップを握る。牛乳で薄めてはいるがそれなりに熱い。

「……人を不安にさせて一体なんなんですか。」

「とりあえず、カップをテーブルに置いてください。説明はそれから致します。」

本気で怯えている。モニの怒りは伝わったようだ。

「で、なんですか。犯人でも分かったんですか。」

「犯人かもしれない人物を思いついた、くらいの状態だよ。」

叔父が言った。モニはしばらく沈黙する。今、モニの中で叔父の信頼度は無に等しい。

「さっきも言った通り証拠なんて何もないから、本当に推測だけどね。あ、ミルクティー、いつもより美味しい気がする。」

「……最初から説明してください。」

「説明しちゃっていいの?」

「……やっぱり待ってください。というか、ごめんって、一体何がですか。」

考えようとするが急すぎて頭を整理できない。額に手を当てて顔をしかめ、瞬きを繰り返すモニを見て叔父が言う。

「今日は寝よう。どっちみち待ち合わせは明日の深夜だ。ここ数日、足も脳みそも使いすぎだ。ゆっくり休もう。」

「今この状態で眠るなんて無理です。」

「じゃあ、ミルクティーを飲みながら答え合わせをしようか。なにかつまむものでも取ってくるよ。」

叔父が言った。

「モニの意見も聞かせて欲しい。本当に、思い付きの推測だからね。」



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