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計算と書き取りを終えて文章を読んでいると、扉のベルが鳴って女性が入って来た。この人がサラ先生なのだろう。女性にしては背が高く、栗色の髪を丸くまとめている。優しそうな雰囲気を醸し出しているのは、薄いレモンイエローのワンピースか、少し垂れ目のこげ茶色の瞳か。身のこなしもどことなく上品で、確かにグリュンワルド夫人に採用されそうだな、とモニは思った。

「こんにちは。面談希望と伺ってまいりました。こちらの方が……?」

女性はモニを見て微笑む。叔父と喋っていた店主が立ち上がった。

「サラ先生、お休みのところをすみませんね。モニ君、叔父上、こちらがサラ先生です。サラ先生、こちらが面談希望のモニ君です。10歳で、上の学校に進学するため、文学と歴史をお願いしたいそうですよ。お父様がご多忙で、今日は叔父上とご来店いただいています。」

店主がお互いを紹介する。モニはぺこりと頭を下げた。面談が始まって、採点と口頭試問が流れてしまわないだろうか。

「さあさあ、サラ先生、荷物を置いてくださいな。こちらのテーブルでまずは叔父上とお話しされてください。先生の経歴の説明も、軽くお願いします。私はその間にモニ君の採点を済ませてしまいますから。」

そう上手くはいかなかった。店主がモニの向かい側に座る。

「読み終わったかな。じゃあいくよ。文章を見ながら答えてもいいからね。まず、主人公の男性が今置かれている状況について、簡潔に私に説明してほしい。」

「……主人公の男性は、奥さんに先立たれて、商売もうまくいかなくて、とても悲しんでいます。その時、自分が今まで格下だと思っていた友人が良い職に就けたので、自分の人生に意味があったのかと考えています。」

「そうだね、正解だ。文章の最初の方、ここだね。この部分で男性が『地獄からの使者が手紙を運んできた』と思っているが、この使者とは具体的には何を指していると思う?」

「取引先の代表……、いえ、雨の日に来た女性ですね。」

「正解だ。では女性と話しているときの、主人公の男性の心情について、喜怒哀楽の変化を教えて欲しい。もちろん、自分の言葉で説明してもらっても構わないよ。」

「……ええと、ちょっと待って。」

どうにかこうにか口頭試問が終わって店主が採点をしている間、モニは叔父とサラ先生のやりとりに耳をすませた。子供とのかかわり方、という切り口で、叔父が何かしら情報を引き出そうとしているらしい。採点が終わったのだろう、店主が別紙を取り出し、何かしら書き込みながらモニに話しかけた。

「モニ君はなかなか優秀だ。特に計算はかなりのものだね。この街の教会学校に通っているのかい?」

「いえ、僕、最近引っ越してきたんです。しばらく叔父に教わっていました。」

「そうなのか。叔父上もなかなか良い教師とみえる。」

店主がちらちらと叔父を見る。その人を登録しても何も良いことはないと思いますよ、と言いたいのをこらえてモニが店主に声をかける。

「僕もサラ先生と話したいんですけど。」

「ああ、そうだね。向こうに移動しようか。」

モニは叔父の隣に座り、店主はサラ先生の隣に座った。

「こんにちは。サラ・クラウゼといいます。叔父様からお話を伺ったわ。文学と歴史は得意で、長く教えてきたから分かりやすい授業ができると思うわ。でも、家庭教師って相性も大切だから、モニ君のことを色々聞かせて欲しいの。例えば、好きな科目や苦手な科目、どこが好きで、なぜ苦手なのか。どんな時に勉強を楽しいって思えるのか、どういったことが気分転換になるのか、とかね。」

これは困った、先生のことを聞きたいのに。自分の話は適当に切り上げよう。作り話をするのも面倒なので、モニは正直に、簡潔に答えていく。隣にいる叔父が興味深そうに聞いているのが癇に障る。

「先生のことも教えて欲しいです。今まで、何人くらいの生徒を教えてきたんですか?」

「20人以上は教えてきたわ。6歳から15歳くらいまでで、女の子も男の子も半々よ。」

「小さい子を教えるのって、大変じゃないんですか?言うこと聞いてくれなさそうだし。」

「大変ではあるけれど、その分やりがいもあるわよ。勉強は楽しい、と思えるようなきっかけを作れたら、すごい勢いで吸収してくれるもの。そのきっかけを上手く見つけ出してあげるのが、教師の役割だと思っているわ。」

「さっき、先生はグリュンワルド家でも教えていると聞きました。そこにも小さい子がいるの?」

「ええ。良い子よ。ところで、モニ君は自宅で集中できるタイプかしら?」

「はい、まあ、できると思います。」

「それは素晴らしいことね。自宅に出向くこともできるし、ここの事務所で教えることもできるから、日によって決めてもいいわ。たまには場所を変えるのも、いい気分転換になるわよ。」

「そうなんですね。どうしても授業に乗り気になれないとき、どうしているんですか?」

「できるところまで頑張って欲しいけど、どうしても無理な日もあるわよね。雑談をすることが多いわ。何が原因か分かることもあるし。」

「小さい子を教えていると、雑談することも多くなりますか?」

「どうかしら。人それぞれね。モニ君はどうしても気乗りしないとき、どうしている?私はよく散歩をするわ。」

「よく家に来る猫がいるので、その子をなでたりします。先生は、猫は好きですか?」

「ええ、好きよ。子供の頃は猫を飼っていたわ。とてもいい気分転換ね。モニ君はいつもどの時間帯に勉強するのかしら?朝の方が集中できる?夕方がいいかしら?」

モニはグリュンワルド家の情報を引き出そうとするが、サラ先生はするりとやり過ごし、出向先の事情は決して漏らさない。グリュンワルド夫人の見る目は確かだった。サラ先生の爪の垢を煎じてミクリッツ協会の青年に飲ませてやりたい。

モニはしばらく粘ってみたが、これ以上続けていて得るものはないだろうと叔父が判断し、面談を終えることにした。最終決定権はモニの両親にあるので、いったん持ち帰って義兄に報告します、と叔父が言うと、とくに引き留められることもなくあっさり解放された。

「相性が大事ですからね、他の店も見てみるといいですよ。その上でうちに決めていただければこの上なくありがたいですが。」

店主とサラ先生が店の外まで見送ってくれた。商魂たくましいが、公正な人だとモニは思った。叔父と礼を言い、大通りに向かって歩き出す。

「とっても疲れました。」

家庭教師協会の建物が見えなくなると、モニはぼやいた。

「お疲れ様。成績良いって褒められていたね。」

モニは叔父を睨む。

「サラ先生、どう思いました?」

「悪い人には見えないし、雇い主の情報も決して口外しないね。モニが試験を受けていた時、僕も結構探りを入れたんだけど、すべて躱されてしまった。あれ以上続けるとこっちが怪しまれるね。」

「夫人の見る目は確かでしたね。」

「そうだね。猫のことも知っているんだか知らないんだか。」

さてどうするか、と叔父が独り言つ。

「洋裁店の情報も貰ってはいるけれど、あまり関係なさそうなんだよね。3週間前に1度だけ屋敷を訪ねている。さすがにここはいいんじゃないかな……。時間もあまりないことだし。」

「採寸の間、夫人とヘレナさんは常に同じ部屋にいたと言いますし、怪しげなことはできないでしょうね。叔父さん、僕、ちょっと疲れました。今日はもう家に帰りませんか。早めに夕食を食べて、今日の出来事を考えましょうよ。」

「そうだね、そうするか。夕食はサンドイッチと、昨日採ったキノコのスープにしよう。」

日暮れが早くなってきた。この季節の夕方はどこか物寂しい気分になるな、とモニは思う。言葉数も少なめに、二人は街を西に歩いた。



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