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時刻は昼過ぎだった。今日中に2か所くらいはまわれたらいいね、などと話しながらモニと叔父は中心街へ向かって歩く。
まずは出入りの商店を当たってみる。地元で育てている作物は卸売市場に並ぶことが多いが、その他の交易品や日用品、食品は商店に並ぶ。グリュンワルド家に出入りしているのはこの街でも大手の商店で、社名をミクリッツ商会という。モニと叔父もよく利用する店だ。大手ではあるが店自体はこぢんまりとしており、店番をしている店員が一人奥に座っている。幸いにも他の客はいない。グリュンワルド家や他の地主、飲食店や宿屋など、大口注文者の御用聞きが主な商いだ。小さな店の裏側には大きな倉庫があり、ほとんどの従業員はそちらで働いている。
「いらっしゃいませ。今日は紙ですか?」
奥の店員が声をかけてくれる。18歳くらいの、茶色の髪にそばかす顔の青年である。モニと叔父はよくこの店で文房具を買うので、顔なじみである。
「やあ。紙もそうなんだけど、袋も買いに来たんだ。この間マチ付きの紙袋を買ったんだけど、あれが使いやすかったからもう少し欲しいなと思って。」
「サイズはどうします?小さいのから大きいのまで、6種類ありますが。」
「そうだねえ、ちょっと見せてもらっていい?」
叔父が店員と話している間、モニは店内を見て回る。
袋を選び終えた叔父が店員に切り出した。
「そういえば先日知ったんだけど、中心街西の川の、少し上流のほうにも橋が架かったね。」
「らしいですね。自分はあんまりあの辺には行かないんで知らなかったんですけど、倉庫のやつがありがたがってましたね。」
「結構便利なところにあるんだよ。ここは北の集落にも卸しているんだっけ?荷運びの効率が良くなったんじゃないか?」
「あのへんの三家はうちのお得意様ですからね。それはそれとして、もう少し早く橋を架けてくれても良かったんじゃないかと思いますよ。農道としても便利らしいですね。」
「そうなんだよ。僕も北の林にきのこを採りに行くときに使えるなって思って。そういえばこの前きのこを採りに行ったとき、地主のご婦人らしき人を見かけたなあ。すごい美人だった。あれは誰なんだろう……。」
「黒髪の美人ですか?だったらグリュンワルド家の奥様じゃないかな。倉庫のマルセンってやつがグリュンワルド家に出入りしているんですが、奥様を見かけた日は機嫌がよくてべらべら喋ってますよ。」
「そうなのか。そんなに頻繁にグリュンワルド家にいくのかい?」
「頻繁かどうかは分からないですけど、十日に1回くらいじゃないですか?生鮮食品は市場の方で料理人が選ぶでしょうし。うちは文具と日用品なんかですよ。ちょっと待ってください。」
青年がカウンター下から帳簿を取り出す。顧客情報をべらべら喋ってもいいものなのか、とモニは思ったが、末端の店員はこんなもんなのだろうか。とりあえずこちらには好都合なので黙っておく。
「月に3回ほど、多いときでも4回ですね。最近は6日前に行ってますね。ここ最近は特に機嫌が良いってわけでもなかったから、奥様には会えなかったんじゃないかな。まあ、屋敷の裏門から入って執事とやり取りするくらいだから、会えるって言っても窓からちらりと見かけるくらいでしょうけどね。注文品の受け渡しと、新規注文の確認。20分もかかりませんよ。」
「ちらりと見るくらいで上機嫌になるほどの美人なのか。興味があるね。マルセンて人は今日はいないのかい?」
「あいつは5日前から荷揚げですから、留守にしてますよ。次にグリュンワルド家に行くのが4日後ですから、それまでにはこの辺に帰ってきますけど。」
「荷揚げか、大変だね。忙しい時期なのかい?」
「荷揚げはいつでも忙しいですけど、まあ、もうすぐ冬ですからね。酒場にも来ないところをみると、疲れて寝てるんじゃないですかね。朝も早いし。」
「そうか、大変だな。ありがとう。そろそろ行くよ。マルセンによろしく。」
叔父は青年に礼を言って会計を済ませる。この人には自分たちの情報は与えないでおこう、とモニは固く決意した。