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ヘレナの部屋は階段を上って右に曲がり、一番奥の突き当りにあった。執事に先導され、3人は奥の扉に向かう。

「お嬢様、お客様をお連れいたしました。」

執事が扉を叩いて声をかけると、中からどうぞ、と声がした。執事が扉を開け、3人は部屋に入る。一人の少女が立っていた。

「はじめまして、ヘレナ・グリュンワルドです。お会いできて嬉しいです。」

少女がスカートをつまんでかわいらしくお辞儀をする。これは、ロビンに会わせたら彼、骨抜きになるな、とモニは思った。母親によく似ている。波打つ黒髪を、頭の高いところで一つに結んでいる。白いリボンとのコントラストがまぶしい。ほんのり赤みのさす頬も小さな唇も、まるでお人形のような少女だった。

夫人が執事にお茶の準備を頼んでいる間に、モニと叔父は本日3回目の自己紹介を済ませる。執事が部屋を出て扉が閉まると、さっそく叔父が本題を切り出した。ヘレナの前に膝をつき、目線を合わせる。

「僕たちが今日ここへ来たのは、ある人から頼まれごとをされたからなんだ。その人が餌をあげている猫の首輪に、ある日、手紙が結び付けられていてね。楽しく文通をしていたみたいなんだけど、最近うまく手紙が届かないらしくて。文通相手に何かあったんじゃないかと心配したその人は、僕たちに送り主を突き止めて無事を確認してほしい、と頼んできたんだ。猫を追いかけてここにたどり着いたんだけど、ヘレナさん、心当たりはあるかい?」

叔父の言葉に、ヘレナは驚いて口元に両手を当て、恐る恐る母親の方を見る。

「あら、お手紙を書くのは良いことよ。わたくしそんなことで怒ったりしないわ。突然のお客様で驚いたとは思うけれど、正直に話してちょうだい?」

ヘレナはゆっくりと口を開く。

「はい、お手紙を書いて、マリ……、猫ちゃんに運んでもらいました。」

叔父は笑顔で頷く。

「そうか、やっぱりヘレナさんだったんだね。お手紙を最初に書いたのは、いつ頃かな?」

「7月くらいです。猫ちゃんはもっと前から来ていたんですが、首輪をつけていたのはその時が初めてでした。」

「そうか。どんな首輪だった?」

「白くてレースが編みこまれていて、とってもきれいな首輪でした。だからわたし、どんな人が飼い主なんだろうって思って、『きれいな首輪ですね』って書いた手紙を挟んだの。」

「そこから文通が始まったんだね。なるほど。ちなみに、ヘレナさんは猫ちゃんに名前を付けているの?」

ヘレナはもじもじと恥ずかしそうにする。

「マリーゴールド、って呼んでます。わたしが勝手に呼んでいるだけだけど。」

モニは猫のふてぶてしい顔を思い出す。あの猫には分不相応なかわいらしい名前だと思った。それにあいつ、雄だった気がする。

「可愛らしい名前だね。マリーゴールドちゃんは今でも遊びに来るの?」

「はい。」

ヘレナが頷く。そうか、と叔父が口を開こうとしたところで扉がノックされた。お茶の用意ができたらしい。ヘレナの部屋だが、子供部屋らしい明るいクリーム色の壁紙と、屋敷全体で共通なのだろう、紺色の絨毯が敷かれている。部屋の中央に小ぶりな円卓があり、少し離れた壁際には机と本棚と衣装戸棚が置かれている。反対側の壁にベッドが置かれ、扉の正面にはテラスに出られる掃き出し窓があった。円卓には、おそらく教師を呼んで勉強するときに使っているのだろう、何冊か本が置かれていた。ヘレナが本をどかし、円卓にお茶を用意してもらう。4人が各々席に着き、メイドが部屋を出たところで話を再開する。

「もしマリーゴールドちゃんが運んできた手紙があるなら、見せてくれないかな?」

叔父が切り出した。意外にもヘレナは素直に頷き、壁際の机の上から小さな缶を持ってくる。

「わたくしも見ていいかしら?」

夫人がヘレナに尋ねると、ヘレナは頷いた。

缶から取り出した紙の束を円卓に並べる。ロビンが送った手紙の実物だ。3人は緊張の面持ちで手紙を読む。最初の方はモニと叔父が知っている内容とほとんど変わらなかったが、途中から様子が変わってくる。

『今日は本を読もうとおもっていたんだけど、妹たちがうるさくて読めなかった。最近自分のしたいことができなくて、心がもやもやする。頑張らなきゃいけないのは分かっているんだけど。誰かに話を聞いてもらいたい。』

『街の人たちが僕を見ると可哀そうな顔をするんだ。でも何も話してくれない。僕がなにも分からないと思っているのかな。そっちは辛くないの?』

『お母さんの具合がどんどん悪くなっていく。兄弟の面倒を見なければいけないのが大変だ。』

2日前にロビンが書き出した紙にはこんな内容はなかった。

「一番最近来た手紙はこれで間違いないかな?」

叔父が一通を手に取る。『4日後、スミソナ池の農具小屋で会わない?会えたら頑張れる気がする。』と書かれている。

「はい。それは昨日届いたものです。」

ヘレナが言った。

「お返事は書いた?」

「まだです。夜にお家を出られないし、なんだか最近、あんまり返事を書く気になれなくて。」

ヘレナが呟く。ロビンが感じ取れなかった胡散臭さをヘレナは察知しているようだ。

「最初はとっても楽しかったの。たまにお父様にお手紙を書くけど、お父様はお仕事が忙しいことと、しっかりお勉強しなさい、ってことしかお返事してくれないの。だから、わたしが出したお手紙に返事が来たときはとってもびっくりして、嬉しかったんです。3日に1回はお返事が来て。でも途中から少し、変な感じがして。」

「どのあたりが変だと思った?」

ヘレナが手紙を選んで差し出す。

「その子のお母様、おなかの中に赤ちゃんがいるんでしょう?最初の方に教えてくれたの。でもこのお手紙の書き方だと、なんだか病気みたい。あと、この手紙には妹たちと弟って書かれているけど、この子には妹は一人しかいないはず。」

モニは以前、叔父が話したことを思い出していた。我々男子がカエルをぶん回して遊んでいるとき、同じ年ごろの女子は恋愛小説を読んだり恋愛話をしたりと高度な心理戦を繰り広げている。ゆえに女子は、手紙の行間や発言の一端から驚くほど情報を読み取る訓練を常に行っている。この話の結論はいつも同じで、女性との口げんかに男は絶対勝てないので、喧嘩になった際には小火が広がらないうちに謝るのが吉である、というところに着地する。

「このお手紙、少し借りてもいいかしら?もちろん、終わったらちゃんと返すわ。わたくしもヘレナの話を聞いて少し怪しいなと思っているの。少し調べてみても?」

「はい。もっと早くお母様に相談しなくてごめんなさい。」

「いいのよ。一人で会いに行ったりしなかったヘレナは偉いわ。」

夫人がヘレナを抱きしめる。

「この手紙のことだけど、誰かに話した?」

叔父が尋ねる。

「いいえ、誰にも言っていません。」

「猫が遊びに来ていること、お家の人たちは知っているのかな?」

ヘレナが少し考える。

「分かりません。でもよく遊びに来るので、誰かが見ていてもおかしくはないと思います。」

「そうか。ありがとう。」

叔父が言った。

「もう一つお願いがあるんだ。ヘレナさんが書いた手紙の内容を、大体でいいので教えてくれないかな?この手紙だけだと、どういう話の流れか分からないから。」

ヘレナが素直に頷いて、ロビンの手紙を見ながら返事を書き出していく。ロビンにも同じことをしてもらったな、とモニは2日前のことを思い出していた。作業は思っていたよりも早く終わった。ロビンは徐々に手紙が長くなっていたが、ヘレナの手紙は一定の長さだ。

「調べた結果は必ず報告するから、これからも一人で行動せず、なにかあったらお母さんに相談してね。あと、このことは解決するまでは周りの人には秘密にしておいてくれるかな。」

「はい。」

ヘレナがかわいらしく頷く。叔父はにっこり笑う。少し考えてつづける。

「それと、もしまたマリーゴールドが来たら、会いに行きますって返事を書いて欲しいんだ。もちろん、実際に行く必要はないよ。」

叔父が言った。ヘレナははい、と答えて、少しためらうように口を開いた。

「あの、最初にお手紙を返してくれた人はどんな人なんですか?」

ああ、やっぱり気になるよね、と叔父は笑った。

「ヘレナさんと同じくらいの歳の男の子だよ。僕はその子の親御さんや兄弟とも知り合いだけど、とてもいい子だよ。」

「お手紙のことを調べ終わったら、その子に会えないかしら?とても丁寧な字を書く子よね。わたくしも会ってみたくなったわ。」

夫人が叔父に言う。叔父が笑顔で答えた。

「もちろん。彼もきっと喜ぶと思います。」

「あのね、お手紙がうまく届かなくて心配している、って言ってたでしょう?元気だから心配しないでね、って伝えてほしいの。お母様を心配してあげて、って。」

「分かった。伝えておきます。」

ヘレナは安心したように笑った。奇妙な手紙の謎を誰かと共有できて、心の荷が下りたのだろう。初めて年相応の笑みを見せてくれた気がする、とモニは思った。



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