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一口紅茶を飲み、叔父が口を開いた。

「そちらの紙に記載されている内容の通りです。知り合いの少年が猫を介して文通をしておりまして、文通相手と連絡を取れなくなった彼から送り主を探してほしいと我々に相談がありました。この手紙の送り主はこちらのお嬢様ではないかと思い、本日伺ったのですが……。」

「ええ、これは娘の文字に似ております。とても。」

グリュンワルド家に出かける前、叔父は事のあらましを簡潔に紙に記し、ロビンから預かった手紙を1通、貼り付けていた。先ほど夫人に渡したのがそれである。

「送り主を探すために、今までに少年が受け取った手紙をすべて拝見させていただきました。その中の何通かですが、内容が少し異質だと思われるものが混ざっておりました。お嬢様が書いたもので間違いはないのか、本人に確認できればと思ったのですが……。」

「その手紙を見せてくださらないかしら?」

叔父が口ごもる。偽物の可能性が高いとはいえ、おそらく、ヘレナの書いたものを勝手に母親に見せることに罪悪感を覚えているのだろう。内容が内容であるため、万が一本当にヘレナの書いたものだとしたら誰も幸せにならない。

「わたくしが手紙を見たことは娘には言いませんし、もちろん内容についてとやかく言うつもりもありません。その後で娘に確認してもらいましょう。その際、わたくしは何も知らないことにしておきましょう。」

叔父の考えていることを見透かしたように夫人が言う。夫人がくすりと笑った。

「わたくしにも少女だった時代がありましてよ。年々子供の気持ちが分からなくなっていくけれど、それなりに理解のある母親だとは思うわ。」

「夫人には隠し事はできませんね。」

叔父が手紙をテーブルに並べた。夫人が自分のティーカップを脇によけ、時系列順に並べられた手紙をのぞき込む。

「こちらは少年が送った手紙を、本人の記憶をもとに書き出してもらったものです。」

最後に紙を1枚テーブルに置いた。夫人は当初、あらあら、と笑顔を浮かべて手紙を読んでいたが、途中で眉をひそめ、最後は口元に手を当てて考え込んだ。夫人が口を開くのを叔父と二人で待つ。

「……少なくとも、この最後の手紙、これは娘が書いたものじゃないわ。あの子が夜中に勝手に家を抜け出せるような甘い警備はしておりません。」

夫人が断言する。さかのぼっていくつか手紙を取り、凝視する。

「ここまでかしら、娘が書いたものは。でも、よく気づいたのね。親のわたくしでも、言われなければ分からなかったわ。」

夫人が顔を上げる。

「あなたたち、少年から相談を受けたのよね。それがいつの話かしら?」

「一昨日です。」

叔父の答えを聞いて、夫人が驚いた顔をする。

「この手紙から1日で娘をみつけたの?」

「他にもいろいろと手がかりはありましたが。」

叔父が昨日の調査をかいつまんで夫人に説明した。夫人はぽんっとソファの背もたれに体重をかける。

「あなた、職業は探偵かなにか?」

「いえ、まさか。しがない無職ですよ。」

「しがない無職さんね。今度夫の素行調査でも頼もうかしら。」

夫人がいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。次いでまじめな顔になる。

「問題がいくつかあるわね。誰が、なんの目的で娘になりかわっているのか。何のためにその少年を呼び出しているのか。」

叔父が頷く。

「問題がこれだけかどうか確かめるために、是非お嬢様本人にも確認をさせていただきたいのです。」

「そう……、そうね、確かにそうだわ。」

夫人がテーブルに置かれたベルを取り、ちりんと鳴らした。ほどなくして応接室の扉が叩かれ、執事が現れた。

「お客様がヘレナにお会いしたいというので、そうね、15分後にお部屋にお連れしたいのだけれど。ヘレナに伝えて下さる?」

「かしこまりました。」

執事が部屋を出ていく。

「お嬢様のお部屋に我々がお邪魔してもよろしいのですか?」

叔父が尋ねる。

「しがない無職さんは気を遣ってくださるのね。部屋はいつでもきれいにしておくように言ってあるから、大丈夫よ。それに、手紙を見なければいけないのでしょう?あの子が素直に見せてくれるかだけど。」

夫人は微笑む。

「さあ、あの子の準備ができるまで、こちらはこちらでお話を続けましょうか。わたくしに聞きたいことがあるのではなくって?わたくしもあなた方には聞きたいことがたくさんあるわ。」

「では、交互に質問をしていきましょうか。」

叔父が朗らかに言う。この人は、とモニは目を剥いたが、夫人は楽しそうに笑った。

「確かにその方が楽しいわね。じゃあ、わたくしから。そうね……、モニ君はお茶とお菓子、楽しんでいるかしら?好きなお菓子があったら、持ってこさせるわよ。」

「あ、はい、あの、美味しいです。お気遣いなく。」

いきなり話しかけられてモニはびくりとした。

「そんなに緊張しないでちょうだい。わたくし、あなたの意見も聞きたいわ。ヘレナと歳が近いから、きっとわたくしたちよりも色々なことに気づくと思うの。モニ君はおいくつ?」

「10歳です。」

「あら、しっかりしているのね。わたくし弟がいるのだけれど、10歳の頃の彼より実家の飼い犬の方が賢かったわ。きっとあなたがいたから、しがない無職さんは1日でヘレナを見つけ出したのね。」

「そんなこと……。」

ないです、とモニは小声で言う。

「自慢の助手ですよ。」

と言う叔父の脛を蹴り飛ばそうとしたが、テーブルが低く夫人から丸見えなのでやめておいた。夫人は二人を見て笑っている。

「じゃあ、次はそちらの番ね。なんでも聞いてちょうだい。」

では、と叔父が少し考える。

「差し出がましい質問になりますので、ご不快でしたら答えていただかなくてもかまいません。ヘレナ嬢の健康状態についてですが、日光に当たることができないというのは事実でしょうか?」

「いいえ。そのような事実はありません。天気がいい日にはよく一緒に庭でお茶をしますもの。娘は至って健康です。今までに大きな病気をしたことはありません。」

「そうですか。ありがとうございます。」

叔父が考え込む。夫人も不愉快そうな顔をしながら言った。

「確かに、なぜあんなことを書いたのかしら。夜に呼び出す口実だとは思うのだけれど。」

「じつは、最後の手紙は本日の朝、少年のもとに届いたのですが、その前の手紙から10日ほど間が空いているのです。連絡を絶つことで少年を焦らせて、確実に呼び出せるようにしたかったのではないかと僕は考えていますが……。」

「悪質ね。」

夫人は吐き捨てるように言った。

「わたくしの番ね。スミソナ池にはわたくし行ったことがないのですけれど、その農具小屋って、どんな場所なのかしら?」

「廃屋、と言った方が近いでしょうね。地図を持ってきたのですが、広げさせていただいても?」

叔父の言葉に、夫人の顔がさらに渋くなる。どうぞ、と手紙をまとめ、テーブルに空きを作ってくれた。叔父が場所を指し示し、小屋について軽く説明する。夫人が少し考えて頷いた。どうぞ、とモニと叔父に質問を促す。

「これもまた差し出がましい質問になるのですが……。」

「その前置きはいらないわ。何でも聞いてちょうだい。何を聞きたいか、大体わかっているつもりよ。」

「ではお言葉に甘えまして。当主がご不在で、奥様もしばしば留守にされるというのは……。」

「それは本当よ。夫は今、首都の屋敷にいます。この家はもともと別荘だったの。義父が亡くなるまでは3人でここに住んでいたのだけれど、最近はほとんど娘と二人きりよ。私は月に2度ほど、首都やほかの地方の屋敷に出かけます。向こうではあまり相手をしてあげられませんし、長旅に娘を付き合わせるのもかわいそうだと思ってお留守番をしてもらっていたのだけど。さて、あなたの口からは切り出しづらいようだから、わたくしがこのまま喋るわね。この家の中に、娘のふりをして手紙を出している誰かがいると思っているのでしょう?」

夫人のなんとも直接的な言い方に、モニは思わず叔父の方を向く。叔父は答えない。

「途中で手紙がすり替わっている。一度のミスもなく、ね。この家や、その少年の家とは別の場所で手紙を間違いなくすり替えるのは難しい。だって相手は猫だもの。ヘレナか、少年に近しい場所に犯人がいると考えるのが自然よ。そして、手紙を書いている誰かはうちの事情に詳しい。だから、わたくしが用件を聞いたとき、口頭で説明するのではなく、書面で渡したのよね?使用人が犯人である可能性が高いと思ったから。そして次に考えることは、その犯人が少年にもなり替わっていないか、ということ。」

叔父は頷いた。この人が敵でなくて良かったと、モニは心底思った。

「我が家の使用人は、いずれも夫が当主に就任する前から働いてもらっています。先ほどの執事が最古参で12年前から、一番新参のものでも6年前に雇い入れています。わたくしは全員を信頼し、留守中の屋敷と娘を任せております。急にこのような話を聞かせられても、彼らを疑うことはわたくしには難しい……。」

黙りっぱなしだった叔父が口を開く。

「奥様のいう通り、この屋敷に犯人がいる可能性は高いと僕は考えています。ただ、内部情報といっても、実際には誰でも知りうる情報ではないでしょうか。ご当主が留守にしていることも、奥様が頻繁に屋敷を空けることも、屋敷を定期的に観察していれば分かることです。夜逃げのように人目を忍んで出立するわけでもないでしょうし。お嬢様が屋敷に留まっておられるなら、寂しい思いをしているだろう、と考えるのは自然なことですよ。……実際に寂しいかどうかも分かりませんし。」

思いつめたような表情の夫人に、叔父が慌てて補足した。

「そう、そうかもしれないわ。それには、娘が持っている手紙を確認しなければならないわね。さっきはわたくし、手紙のことは知らぬ存ぜぬで通すと言ったけれど、どうしようかしら。そんなことができる自信がなくなったわ。」

困った顔をしていた夫人だが、目を閉じて一つ深呼吸をし、カップの中の紅茶を飲み干した。腹をくくった様子である。

「娘に嫌われたっていいわ。これは大人の役割よ。さあ、行きましょう。あまり遅くなるとヘレナも困るでしょうし。」


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