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モニは10歳の少年だ。しばらく前からこの街で叔父と暮らしている。少しウェーブのかかった金髪、二重瞼の丸い目、紺の瞳。肌は以前は白かったが、叔父と暮らし始めてから庭仕事をすることが多くなったので、今は少し焼けている。身長があまり高くないことを気にしてはいるが、たくさん食べてたくさん眠ればいずれ伸びると信じている。父も叔父も背は高い方だ。モニは隣を歩く叔父をちらりと見上げる。

ホワイトブロンドの髪に紫の瞳をもつ青年だ。切れ長の涼しい眼もとを長い睫毛が縁取っている。すっと通った鼻筋に、形の良い眉。同性のモニから見ても相当な美男子である。背が高くひょろりとして見えるが、庭仕事をするので筋肉はある。モニ以上に屋外にいるくせに、肌は白いままだ。本人は赤くなるので嫌がっているが。

「早めに買い物に行くと、人が少なくていいね。ゆっくり見て回れる。」

叔父がきょろきょろとあたりを眺めながら歩いていく。頭の動きに合わせて、紐でくくった伸びかけの髪がひょこひょこ動く。定期的に切ればいいのに、床屋に行くのを嫌がって本格的に邪魔にならないと切らない。以前、自分が切ってやろうかとモニが提案したことがある。何も考えずに快諾した叔父はそれから3週間、フードを被って外出する羽目になった。モニは自分の髪を触る。バターを溶かしたような黄味の強い金髪だ。これは母ゆずりである。母と叔父はあまり似ていない。身長だけは叔父と父にあやかれますように、とモニは思う。

「重いものを買う前に、先に商店に寄っていいかな?紙を買い足しておきたいんだ。」

叔父が思い出したように言う。

「その後で食品を買おう。モニはなにか欲しいもの、ある?」

「石鹸があったらいいかな、と思います。一応まだありますけど、予備は無かったんで。」

よそ見をしながら歩いている叔父が荷車にぶつからないように、服の裾を引っ張りながらモニは答えた。二人がいるのは、中心街のそのまた中心にある卸売市場である。昼前なので人は多くはないが、それなりに賑わってはいる。道行く女性がちらりと叔父を振り向いた。

「石鹸は商店だね。紙と壺と石鹸くらいかな、商店で買うのは。その後市場に戻って砂糖と油を買って、ついでに今日のおやつも買おう。」

「夕飯、ポトフでいいですよね。パンも買っておきましょう。明日の朝用に。」

石畳を並んで歩く。時折顔なじみの店主を見かけては挨拶しながら、二人は街を進んでいく。商店で必要なものを買い、市場に戻った。よくわからない露店でよくわからない外国の置物を売りつけようとする店主を躱しながら、今日のおやつと明日の朝食を調達する。

「モニがいなかったら、僕、まだあのおじさんに捕まってたと思うよ。」

叔父がぼそりと言った。なぜだかは分からないが、叔父はこういった押し売りのカモにされることが多い。大体モニがそばにいるので何事もなく離脱できるが、叔父一人の時は逃げるのに時間がかかるようだ。人の好さが顔に出ているのだろうか、とモニは考え、すぐに首を横に振った。きっとぽやぽやした無防備な雰囲気がそういった人間を引き付けるのだろう。叔父は非常に恵まれた外見を持つが、いかんせん行動が伴っていない。今回の買い物の間、何度叔父の服の裾を引っ張っただろう。動かず、喋らず、おとなしく微笑んでいれば、文句なしにいい男なんだけどな、とモニは思う。

「叔父さんは注意力が散漫だから、ああいうのに標的にされるんですよ。もっとまっすぐ前を見て、堂々と歩いたらいいんじゃないですか。声を掛けられても無視ですよ、無視。」

「頭では分かっているんだけど、それが難しいんだよ。逆に聞きたいんだけど、モニはどうやってそういう技術を身に着けたんだい?」

「技術って、別になにもしてませんよ……。母さんが街を歩くときの行動を真似しているだけです。」

「それは押し売りも絶対に声を掛けてこないだろうね……。」

叔父がぼそぼそと呟く。モニにとっては普通の良き母親だが、叔父は実姉を非常に恐れている。最後に二人が一緒に暮らしていたときからもう10年以上は経っているが、未だに恐れられているとは、母さんは一体何をしたんだろう、とモニは思う。

買い忘れたものがないか二人で確認し、家路につく。街の西のはずれにある石橋を渡り、農業地域に入る。踏み固められただけの歩道の西側には麦畑が広がっている。そろそろ収穫の時期だ。麦穂が天に向かって伸び、風に揺れている。自宅からも見ることのできるこの景色がモニは大好きで、暑い夏の唯一の長所だとも思っている。さわさわと揺れる金色の波の向こうには一転して緑が広がっている。どこかの地主の牧場だろう。叔父と景色を眺めながら歩くとあっという間に家に着いてしまった。木製の低い門扉を開き、庭に入る。短い砂利道の向こうに、小さな平屋がある。築年数は古いが、玄関扉の握りや雨戸のつやを見れば丁寧に手入れをされていることは分かる。

「ただいま。さて、荷物を片づけたら来週に備えてガラス瓶を出しておこう。割れているものがないか確認しておかないとね。」

にこにこと荷ほどきをしている叔父から砂糖と壺を奪ってモニは言う。

「こっちは僕がやりますよ。こぼされたらまた買いに行くのが面倒なんで。」

「こぼしたりしないよ、気を付けて入れるし。……でもモニがやってくれるんなら任せる。」

こぢんまりとした台所で作業をしながら叔父と喋る。庭のナスが良く育っていること、市場で見かけた珍しい野菜のこと、最近人気の小説のこと、今日の昼食はどうするか。

「そうだなあ、昨日の残りのマッシュポテトをグラタンにする?夕食のポトフとじゃがいもが被るけど。」

「いいですよそのくらい。残り物を片づけてしまいましょう。何か乗せます?」

「朝食で使い切れなかったベーコンがあるからそれを乗せて、適当にトマトソースでもかけようか。僕が作るから、モニはお茶を淹れてくれないかな。ルイボスティーはどう?」

「いいですね。」

ベーコンを切り始めた叔父を横目に、モニは小鍋に湯を沸かす。二人で話しながら並んで食事の支度をする。穏やかな日常だ。窓から夏の日差しがじりじりとモニを照らす。食べたら眠くなりそうだな、とモニは思い、鍋に茶葉を入れて蓋をした。

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