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二人で手早く食器を洗い、お湯を沸かしてミルクティーを淹れる。モニは鞄にクッキーが入っていたことを思い出し、食後のおやつにと半分に割ってそれぞれのソーサーにのせる。

「送り主が分かったのは今日の夕方だよ。分校には送り主はいない、って分かったとき。」

クッキーをかじりながら叔父が言う。モニの頭にいくつもの疑問符が浮かぶ。

「どういうことですか?」

「学校に通っていない子が送り主だってこと。これ、美味しいね。」

「美味しいですよね。サクサクしてて。でも、今日行った分校に通っている子のなかにはいないってだけで、どうしてそんなことが分かるんですか?上級生かもしれないし、当てが外れただけで他の集落の子かもしれない。」

「確かに、その可能性はある。」

叔父は頷く。

「でも僕は昨日、あの3つの集落にいる子供うちの誰かだ、という仮説を立てた。我ながら、あながち的外れでもない推測だと思っている。上級生でない、と判断したのは、一つは手紙の書き方だ。1通目から丁寧に大人びた字を書いていただろう?もう少し学年が上なら、おそらく何も考えずに走り書きするんじゃないかな。もう一つは、学年が違うとはいえあまりにも情報が出なかったこと。上のクラスに兄姉が在籍している子は絶対にいるはずだ。あそこは子供が少ないから全員が顔見知りみたいなものだろう。それでも情報はほとんど得られなかった。だから、分校に通っていないんだろうなと判断した。

あの集落で普段から学校に通っていない子が何人いるのかは分からないが、その中でも一人に絞り込むことができた。その子が年齢や家族構成といった、ロビンとの手紙に書かれていた条件に合致したから、おそらく……。」

「ちょっと待ってください。」

椅子から腰を浮かしてモニが遮った。

「一つずつ行きましょう。上級生じゃない理由は理解できました。次が分からない。」

モニはロビンの手紙に書かれていた条件を思い返す。一人っ子、母親存命、父親遠方であり不在、ペットなし。昨日自分で言ったセリフだ。

「この条件に当てはまる子がいた、ではなく、送り主とみられる子がいて、この条件にも当てはまっていた、ということ?」

「そうだね。」

叔父がティーカップを優雅に口に運ぶ。非常に絵になる。この人はこういった所作は上品だ。

「そしたら、分校に行く前から誰が送り主か分かっていた、ということ?」

「いや。その時まではどっちか分からなかったんだよ。分校にいないならこっちだろうなって判断しただけだ。モニだって分校の子は違うようだって言ったじゃないか。僕もその通りだと思うよ。」

「じゃあ、その……ヘレナって子が怪しい、というのはいつから思っていたんですか?」

モニが恐る恐る尋ねる。ああ、と叔父が軽い調子で答えた。

「昨日の夕方かな。名前を知ったのは今朝だけどね。」

ゆっくり椅子にへたり込む。叔父がおやおやという顔をする。

「続きは明日にする?」

モニは首をふるふると横に振る。ここで中断しても眠れるわけがない。しばらく考えてモニはさらに尋ねた。

「まず、なんで学校に通っていない子のうち、そのヘレナって子が怪しいと思ったんですか。」

「字がきれいだから。」

モニはぎりぎりと歯を食いしばりながら言葉を絞り出す。

「もうちょっとこう、凡人にも分かるように説明していただけませんかね……。」

「いやごめん、そんなつもりじゃなかったんだ。」

殺気を感じた叔父がおろおろする。

「今日、中心街で神父さんに会ったじゃない?その時、モニが神父さんに尋ねたことを覚えている?」

「どうして残りの1割は学校に来ないのか、ですか?」

「そう。一つ目が親の無理解と放任、二つ目が生徒本人の特性、三つ目が体調の問題、だったね。もし送り主が一つ目の理由で通学していないのだとしたら、あんなに丁寧な文字を書けるかな。」

モニははっとする。

「二つ目の生徒本人の特性。これは結構判断が難しい。他人と文面で意思疎通ができて、文字も文法も習得している子なら集団教育には耐えられると思うけど、正直除外はできないからちょっと置いておこう。三つ目の体調の問題だけど、ずっと通学できないほど体調が悪いなら、首都に行って大学病院にかかった方がいい。病床の子供にすらあれだけちゃんとした文字を書かせる親なら、間違いなくそうするだろう。」

さてと、と叔父は一息ついて話し続けようとするが、モニが考え込んでいるのをみて黙る。

「……どれにも当てはまらない、それはおかしい。ヘレナは学校に通っていない、でも文字は書ける。なんで学校に通っていないんだろう?通えない?いや、通う必要がない?」

叔父が満面の笑みを浮かべる。モニは理解した。なんで今まで気づかなかったんだろう。僕だって学校には通っていないじゃないか。

「家に教師がいるんだ。家庭教師を雇えるのは富裕層だけだ。グリュンワルド家は北の大地主だ!」

「正解!」

叔父がぱちぱちと拍手をする。モニは茫然とする。

「叔父さん、昨日の夕方にここまで考えていたの……。」

「まあね。ミルクティーのお替り、いる?」

お願いします、とカップを差し出す。叔父が温めなおしたミルクティーを注いでくれる。カップを両手で包み込み、余韻に浸る。頭がどこかふわふわするようだ。

「僕は昨日の時点で北の集落の子か、地主の子のどちらかだろうとは思っていたけど、正直地主の子である可能性が高いだろうなとは思っていたんだ。手紙に使われている紙の質が良かったからね。だから今朝、役場に寄ったときに年鑑で地主の家系図を確認した。あのあたりに屋敷を構えている地主は、グリュンワルド家、ヤコブソン家、ケリー家の3つ。ヤコブソン家の当主は60代で、妻と独身の20代の三男の3人暮らしだ。子供が4人、孫が7人いるが、三男以外は全員他の都市に暮らしている。ケリー家は未亡人が長年当主を務められていたが、3年前に息子が結婚したことをきっかけに家督を譲っている。去年、初孫が生まれたそうだ。グリュンワルド家は1年前に当主が亡くなって、長男が家督を継いでいる。7歳になる一人娘がいるそうだ。」

「その子の名前がヘレナなんですね。」

「そういうこと。」

モニは絶句した。この人の頭の中は一体どうなっているのだろう。

「まあ、でも確定ではないからね。会いに行くにしても作戦が必要だ。相手は地主だからね、今日みたいな奇策は使えないだろう。」

「よくて叩き出されるか、最悪警吏に突き出されるかですね。」

「さて、この話の続きは明日しよう。今日は疲れたし、しばらくお菓子屋さんの話でもして休もうか。」

叔父の言葉にモニも頷いた。眠れる気はしなかったが、これ以上の情報を頭に入れるのは今は無理だ。ミルクティーのカップを空にし、お互いにおやすみなさいと言い合って二人は立ち上がった。


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