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木製の両開き扉が片方開いた。栗色の髪の青年がレンガを一つ持ち、扉が閉まらないよう地面に置いた。立ち上がってこちらに気付く。

「こんにちは。マイヤー先生ですか?」

叔父がにこにこと話しかける。

「こんにちは、ええ、そうですが……。」

青年は少し困惑した顔で答えた。身長は叔父より少し低いくらいで、細身の体型である。はっきりした目鼻立ちで、一重瞼の奥のこげ茶色の瞳に人の良さをにじませている。

「いやあ、お会いできてよかった。中心街の神父さんに先生のことをお聞きしましてね、待ち伏せするような形になって申し訳ない。まずは……っと、モニ!」

叔父がベンチの横に突っ立っていたモニを手招きして呼び寄せ、自己紹介をする。

「実は、おそらくこちらの分校の生徒さんだとは思うのですが、伺いたいことがありまして。」

その時、帰り支度を終えた子供たちがぞろぞろと扉から出てきた。

「先生、さようなら。……この人たちだあれ?」

普段見ない顔に子供たちは興味津々である。全員ロビンと同い年か、それより小さい子にみえる。下級クラスの授業日なのだろう。さっと人数を数えると32人だ。そうこうしているうちに、モニと叔父は子供たちに囲まれてしまった。

「皆さんこんにちは。僕たち、人を探しに来たんだ。ちょっと協力してくれるかな?すぐに終わるよ。」

いいですか?というように叔父がマイヤー先生を見る。何一つ状況を把握していない顔でマイヤー先生が頷く。この人、非常に押しに弱い。

「僕たちが探している人っていうのは、家族を助けてくれた恩人なんだ。僕はこの甥っ子のモニと猫のローズマリーと中心街に住んでいるんだ。でもある日、猫のローズマリーが散歩に出たまま帰ってこなくなっちゃった。大事な家族だから、僕とモニは一生懸命探したよ。白地に黒の、でっぷり太っている猫を見ませんでしたか?前足の先が靴下を履いたみたいに両方黒い猫を見ませんでしたか?って。」

ここで叔父が悲しそうな顔をして一呼吸置く。よくもまあ、いけしゃあしゃあと作り話ができるものだとモニはあきれたが、感情を顔に出さないよう努め、周囲の子供たちの様子を観察する。全員叔父の顔を見つめて話を聞いている。様子のおかしい子はいない。

「何週間たったかなあ……。頑張って探したけど、もう戻ってこないのかなと思ったとき、ローズマリーがひょっこり帰ってきたんだ!しかもつやつやのぽんぽこりんのままで!迷子になっている間、誰かがお世話をしてくれたんだろう。お礼をしなきゃいけないな、と思って、引き続きローズマリーのことを周りに尋ねていたんだよ。そしたらモニの友達の知り合いがこう言ったんだ、『名前は分かんないけど、北の分校に通っている子が撫でているのを見たよ』って。」

叔父は満面の笑みを作る。

「だから僕は今日、ここにやってきたんだ。皆さんの中で、僕たちの大事なローズマリーを助けてくれた人はいませんか?あるいは、誰が助けてくれたのか、知っている人はいませんか?お礼をしたいので、是非教えてください。」

そう言って叔父が鞄からぎちぎちに飴が詰まった袋を取り出す。わあ、と子供たちが沸き立つ。

「ほら、マリアのとこ猫飼ってるでしょ?ローズマリーちゃんが遊びに来たりしないの?」

「えー、分かんない、そんな猫見たことないよ。」

「僕、その猫見たことあるかも!でも遠くにいたから模様とかははっきり分かんなかったよ?」

「それは見たっていうのかなあ……。」

「このへん、牧場がいっぱいあるからボーダーコリーを飼っている家が多いんだ。色が似ているから遠くからだと見分けがつかないと思う。」

「俺んちのボーダーコリーも靴下履いてるよ!エンシェントマックスドラゴンって言うんだ!」

「お前んちの姉ちゃん、ジュリエッタって呼んでたぞ。」

わいわいと子供たちが喋りまくる。モニは引き続き観察を続けるが、何かを隠している様子の子供はいない。どの子も純粋に興味深々といった表情だ。ここまで上手に隠し事ができる子はいないだろう。モニはちらりと叔父の顔を見る。

「みんな、親切に色々教えてくれてありがとう!」

叔父がぱん、と手を一つ叩いて言った。

「お礼にみんなに飴をあげるよ。一人一つずつね、みんなが貰えるように。はい、どうぞ。並んでね。たくさんあるからね。はい、どうぞ。」

数人に配ったところで叔父はキャンディーの袋をモニに渡し、マイヤー先生に近づいた。

「本当に、いきなり押しかけて勝手なことをしてすみません。飴を配り終えたら退散しますので。」

叔父が頭を下げる。マイヤー先生はひらひらと顔の前で手を振る。

「いいえ、事情は分かりました。僕も小さいころ猫を飼っていたので、いなくなって不安な気持ちはよくわかります。見つかってよかったですね。」

「ありがとうございます。でも恩人を見つけるのは難しそうですね。ちなみに、今日は下級生の授業ですか?」

「そうですね。今日は7歳から9歳までの子が来てくれていますね。その子、性別などは分からないんですか?」

「それが、しゃがんで撫でている後ろ姿しか見ていないようで。ただ、結構小柄だったので下級生かなと。ちなみに、今日の授業を欠席している子はいますか?」

マイヤー先生が考える。

「欠席といえば欠席なのですが……。いつもはこの分校に通っている子が3人ほど来ていませんね。ですが、収穫期ですので親御さんに連れられて他の集落に住み込んだり、他の町の親戚の家に預けられたり、という理由です。この季節ではよくあることです。今日だけ偶然来ていない、という子はいませんね。もしかしたら、まだ通学していない年齢の子かもしれません。集落のどのあたりで見かけたのかはお分かりですか?上の子の授業中、下の兄弟が前庭で遊んでいることもあるので、就学前の子も顔見知りは多いんです。力になれると思いますよ。」

「そう言ってくださるとは、恐縮です。ただ残念ながら、どこで見かけたか詳しくは聞いていないので、帰宅したら確認してみます。先生に協力していただけるなんて、心強いです。ありがとうございます。ところで農繁期ですが、逆に他の学校から子供が来ることもあるんですか?」

「ありますが、大体みなさん他の集落に行かれますね。この付近は畑よりも牧場が多いので、繁忙期と農閑期の波が少ないんです。お住まいは中心街でしたね。中心街は子供が多いので、意外と身近な子がお世話をしてくれたのかもしれませんよ。猫は気まぐれですから。」

「確かに、あの太り方を見ると色々な人からご飯を貰っているのかもしれませんね。近所の子供たちにももう一度聞いてみます。ちなみに不在にしている3人はいつごろから……?」

「2か月ほど前ですね。そろそろ帰ってくる頃かと思いますが、正確な時期はなんとも。」

「そんなに長く留守にするんですね。親も大変ですが、子供も慣れない環境で大変ですね。」

「そうですね。ただ、めったに会えない親戚と遊んだり、遠方に友人ができたりと、悪いことばかりじゃないですよ。帰ってきた子はみんな、楽しいお土産話を聞かせてくれます。」

「そうなんですね。先生は子供たちによく慕われていると神父さんから伺いました。その子たちも先生に会えるのを楽しみにしているのでしょうね。」

「そんな、私なんてまだまだ未熟者ですよ。若いので気安く思われているだけです。でも、そう言っていただけて嬉しいですね。」

マイヤー先生がくしゃりと笑顔になる。

「その子についてなにか情報があれば、また教えてください。私もそれらしき子を見かけたらローズマリーちゃんについて聞いてみますので。」

「本当に助かります。先生も授業がお忙しいと思いますので、もし見かけたらで結構です。ああ、もう日が暮れますね。長々と喋ってしまいました。今日は突然すみません、ありがとうございました。」

叔父が再度頭を下げる。モニも飴を配り終わった。

「みんなも、今日はありがとう。もしローズマリーのことで何か新しい発見があったら、また教えてください。多分、僕たちまたこの辺りに来ると思うから。」

子どもたちは飴を舐めながら、はーい、と素直に返事をしてくれる。日が暮れようとしていた。子供たちは三々五々、家路につく。モニと叔父もマイヤー先生に別れを告げ、帰路に就く。

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