13
「右に行ってみようよ。」
林の中ほどで叔父が言った。
「今朝見た地図によると、新しい橋がかかったらしいんだよね。北の分校への近道になると思うよ。」
「ああ、確かに。行ってみましょうか。」
途中で進路を西にとり進んでいくと、林が開けてすぐに、確かに橋があった。手すりもない簡素な橋だ。
「いいところに橋を作ってくれたよ。ここにあったら便利だなって、常々思っていた場所だ。」
叔父が両手を合わせて橋を拝む。位置関係上では、この橋を渡って南に15分ほど歩けば帰宅できるはずだ。
「良かったですね。でも何のためにこの橋を作ったんだろう。」
「北の集落の住民が、北東の畑に行けるようにじゃないかな?ここよりもっと北にも橋はあるけど非常に遠回りになるし、中心街を通ると荷車で渋滞するしね。石畳もすり減る。子供たちにとっても危ないしね。」
橋を渡る前に埃で汚れた手を洗おうと、モニと叔父はそろそろと川岸を降りる。冷たい水が心地よい。ついでにぱしゃりと顔にも水を掛ける。澄んだ水がさらさらと流れていく。しゃがんだまま、指先を川面に浸した。きらきらと光る水面が自分の左手の周りで小さな渦を作り、また何事もなかったように流れて行くのをしばらく眺める。
「そろそろ冬だねえ。」
叔父が立ち上がり、うーんと伸びをした。少し名残惜しい気持ちはあるが、モニも立ち上がる。
橋を渡って北西に進むとジャガイモ畑が広がっている。青々と茂った葉を眺める。左手の奥には小麦畑の金色が、進行方向奥には牧場の黄緑が見える。美しい田舎の風景だ。景色を楽しみながらしばらく農道を進むと、小さな集落が見えてきた。
「さて、分校はどこだろうね。このへんのはずだけど……。あれかな?」
集落の中ほどに厩舎と思われる石造りの建物がいくつか並んでいるが、一つだけ窓がはめられており、周りにいくつかベンチが置かれている。
近づいてみると、中から若々しい男性の声と、元気な子供たちの声が聞こえてきた。
「もう少し待とうか。4時前には授業が終わるはずだ。」
叔父と一緒に集落内を散歩する。住民は農作業に出ているのだろう。ほとんど誰とも会わなかった。どこからか犬の吠える声がする。
「北の方は牧場があるから、牧羊犬かもしれないね。」
「牧羊犬って、すごいですよね。友達の家に遊びに行ったとき、実際に見せてもらったことがあるんですけど、本当に羊を守って誘導するんですから。」
「賢いよね。迷子になった羊も探し出せるというしね。」
喋りながら集落を歩いていく。このあたりの家は大体、広い庭をもっている。収穫期で忙しい時期にもかかわらず、花壇の花はきれいに手入れをされている。例の猫がひょっこり出てきたりしないだろうかと、モニは辺りを見回しながら歩く。塀の上で昼寝でもしていそうだけれど。
集落の端まで歩いたところで、叔父が言った。
「そろそろ戻ろうか。みんなが帰っちゃったら日を改めなきゃいけなくなるからね。」
来た道を引き返す。同じ道でも、逆にたどると見える景色が違って面白い。来るときはジャガイモの深緑と牧場の若草色が眼前に広がっていたが、今は歩けば歩くほど、小麦畑の金色が迫ってくる。
分校に戻り、外のベンチに座ってしばらく時間をつぶす。窓から漏れる声が次回の授業予定を告げ始めた。そろそろ下校だろう。さてと、と叔父が立ち上がる。
「よし、人間観察が趣味のモニ君に大事な任務を授けよう。」
「僕、そんな趣味あったんですか。初耳なんですけど。」
「これから適当に喋るから、その時の子供たちの反応をよく見ていてほしいんだ。じゃあ任せたよ。」
「大事な任務の割には事前打ち合わせが適当過ぎませんか?散歩しているときいくらでも時間ありましたよね?ねえ叔父さん、ちょっと!」