海にご注意 其之一
拙作をどうぞよろしくお願いします
ここは海に面した小さくも豊かな街【ジュペート】。
新鮮な魚や野菜、肉、フルーツなどが売られ遠い異国の地からやって来る者までいる、いわば観光スポットのような場所だ。
小さな町とは思えないほど立派に道路が舗装・整備され、警備隊が強力かつ善良であることから犯罪件数も驚くほどに低い。そのため【箱の中の理想郷】と呼ばれ親しまれている。
本人の気質に似合わない”武”と”殺し”の才能を持って産まれた、光の加減により赤みを帯びる黒髪の男性「レッド」。そして、そんな彼の剣技に惚れ込み、先生と仰ぐ赤い髪の少年「ゼフ」。二人は村から遠出してここへやって来た。
「この町の港に船が出ていてな、船頭にお金を払うと指定の場所まで漕いでくれるんだ」
「もぐもぐ……ゴクン。へぇ、それってどこまでも行ってくれるの?」
「流石に他国までは無理だが、ある程度離れた距離は連れて行ってくれるぞ」
「ふ~ん、何だか大変そうな仕事だ。あーむ、もぐもぐ………」
「さっきから食いすぎじゃないか、ゼフ?」
焦げ目のついた大きなソーセージを口いっぱいに頬張っているゼフは、その他にもたくさんの食べ物を抱え、満足げな表情をしている。ジュージューと食べ物を焼く音や匂いが食欲を煽り、生まれて初めて村から出たゼフはその魔の魅力に抗えるはずもなく、手あたり次第に買い漁っていた。
「臨時収入も手に入ったしまだまだ余裕あるも~ん」
「元々は俺の金なんだが……まあ、離島に着くまでには腹をすかしておけよ?」
「大丈夫大丈夫! オレってば成長期だからすぐに腹減るもん」
「ならいい。腹いっぱいで食っても美味しくないからな」
「んで、その離島にはいつ頃行けんのさ?」
「それがだな───……」
レッドは頬っぺたを搔いて苦虫を食い潰したような表情になった。というのも彼ら行こうとしていた離島は【レダ島】と呼ばれ、新鮮な魚介類が生のまま美味しくいただける場所なのだが、どういう訳かレダ島へ向けて出発した船が全て行方不明となる事件が発生している。捜索部隊が編成された現在でもなお解決の糸口すら見当たらないためレダ島行きの船は出せない状態だ。
「海には巨大な肉食生物がいるからそれに襲われたのかもしれん。船頭を付けられないとなると自力で漕いでいくことになるだろうな」
「その生き物ってどれくらい大きいの?」
「ゼフと同じくらいのもいれば建物数軒分の大きさをしたヤツもいる。正直、肉食の生き物は総じて美味しくないんだ……独特なエグみと筋張った肉が不協和音を奏でるから」
「食べることから離れなよ……。でもセンセーなら余裕で倒せるんじゃない? 最悪はオレたちで漕いでいけばいいんだし、もうちょっと待ってようよ」
もっともらしい意見を言うゼフだが、彼の目線は既に別の食べ物を捉えて口からはヨダレが零れそうになっていた。ちょっと困ったような呆れたような感じで眉を寄せたレッドは、そんな落ち着きのない教え子の様子をとがめるでもなく『そうだな』と同意する。
彼自身もこのジュペートへ初めて来訪した際にはゼフのように忙しなく動き回り街中を見て回った経験がある。盗賊山賊海賊騎士崩れに傭兵私兵憲兵と、道中まで出会ったほとんどの人たちとトラブルになっていた矢先にたどり着いたここはあまりにも穏やかで優しく、ちょっぴりへこんでいたレッドの心を回復させた街なのだ。
「よし───、一度舟渡のところに行って船頭を雇えるかどうか確認しよう。もしダメなら舟を一隻貸してもらえれば俺たちで漕げばいいだけだ」
「貸すのもダメだったら?」
「自作でもしていくだけさ」
この男ならやりかねないと思うゼフを連れ、レッドは人と人との隙間を縫うようにスイスイ歩いていく。曲芸じみた滑らかな動きは、普段から剣を振るときに使うすり足などの歩法の賜物だろう。淀みなく一定のスピードで歩いていく先生の姿を見ていた教え子は若干ではあるが「動きが滑らかすぎて気持ち悪い」と呟いていた。
そんなゼフも何故かは分からないが無駄な対抗心を燃やし、人の隙間を狙っては(ゼフ曰く)滑らかに入り込んでレッドに追いつこうとする。大量に買い込んだ食べ物を一気に食い尽くしながら何とか彼の後ろ姿を捉えているけれど、どんなに急いでも一向に追いつける気配がない。
「もぐもぐもぐ……………ゴクッ! よっしゃ、こうなったら裏技を使って先回りしてやるっ!」
きちんとゴミを所定の場所へ片付けたゼフはエネルギー満タンな顔をしてそう言うと、サルかと見紛うばかりの身のこなしで建物の天辺までよじ登るではないか。
「とう───っ!」
彼の裏技とは屋根から屋根へ飛び移るというひどくシンプルなものだった。
タタタッと助走をつけて勢いよく次の屋根へ飛び乗り、また助走をつけてを繰り返す。意外にもそのスピードは速く、恐らく同世代と徒競走をしても頭一つ抜きんでているのではと思わせるほどだ。
「センセー発見っ! お、あれが、あの水に浮いている白い乗り物が舟なのかな?」
教え子が離れているのにも気づかずにスイスイと人込みの中を進んでいくレッド。そんな男の背中を見つけたゼフはさらに遠くにある舟を見つけた。
キラキラと太陽の光を反射させた穏やかな波。その上に浮かぶのは少人数が乗れる白色の小舟、少し大きい黄色の舟、それから大人数用の赤色の舟が等間隔で並んでいる。
ジュペートまでの道中レッドから街や舟のことをある程度聞いていたゼフだが、やはり知識で知っているよりも生で見る経験のほうが何倍も胸躍るらしく、当初の「先回りする」ということを忘れ走るスピードをグンッと一段階上げた。
「うん。うん、うん、うんッ! 川と違ってふしぎな匂いがするなァー! 村の外ってこんなにワクワクする場所がいっぱいあンのかな!!」
馥郁とした海の香りが鼻腔をくすぐり山に囲まれた村とは別世界であると実感させられるゼフ。見るもの、聞くもの、触るもの、そのすべてがこれまでの人生で経験したことのない”新しい”ものばかり。八歳にしては少々達観している部分はあるが恐らく早くに両親と死別し、村人から半ば邪魔者扱いをされてきたせいであろう。しかし、根はやはり八歳の子どものようで五感で感じるすべてが楽しくて仕方ないようだ。───と、屋根の縁に足をかけさらなる加速をしようとした時のこと。
「───あ」
長年掃除をされていなかったのであろうその建物の屋根は、縁が雑草とコケが生えていた。運悪くゼフが足をかけた場所はコケの群生していた箇所のようで、ズルリとすべってしまい建物の間に頭から落下しそうになる。
(やばっ………!)
自由落下が始まると背中に冷や汗がブワッとあふれ出し、普段は座っている肝が底冷えして暴れ回る。魔獣から追われていた時よりはまだ幾ばくかマシだろうが、それでも人の本能に刻まれた理由なき恐怖というのは拭いきれない。
頭を守ろうとするものの、脳から両腕への命令は致命的な欠陥を起こしピクリとも動く気配がない。視界に映る全ての景色がスローモーションになる中、ある一人の人影だけがハッキリと彼目掛けて走った。
「むぐっ???」
「まったく、高所にいるのなら気を緩めてはいけないぞ少年?」
雲一つとしてない晴天に痛々しいほど青々と広がる草原から吹く一陣の風───。ゼフを助けた女性の声は清々しい風のようで、凛とした強さを持つ不思議な音色を奏でていた。
緑色のフードを目深に被り腰に大きなポーチ、手足に使い勝手のよさそうな複数のナイフ、履き慣れたであろうブーツと立派な身形をしているのに、何故かみすぼらしい古びた木剣を背負っていた。
しかし、そんなことよりも彼女のスタイルの良さ。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる、そんな理想的なまでの肉体美。
羨ましいかな、彼はそんな美しい声の持ち主のたわわに実った果実に顔を埋めて苦しそうにしている。
「おっと、すまない。強く抱きしめすぎてしまったな」
「ぷはっ! はー、はー、だいっ、大丈夫! ありがとう、お姉さん」
「うむ、ちゃんとお礼を言えるのは素晴らしいぞ。君の親御さんの教育がよい証拠だな」
「オレの親って二人とも死んじゃってるんだ。だからこれはセンセーのおかげかも?」
「そうだったか。知らぬこととはいえすまない。であれば、君の師がよい教育者なのか」
「は、ははは。そ、そうかも?」
ゼフは苦笑いを浮かべるしかできなかった。
目の前の人物は彼の目から見ても明らかに善人よりだ。そんな彼女が、教え子とはぐれたことさえ気づいていない先生のことを知れば面倒臭いことになると思ったからだ。
「ん? あっ、しまった」
「手作りのクツなのか? 随分と立派だが底がベロンベロンになってしまってはな………」
料理を任せれば毒キノコ鍋が出てくるレッド。そんな彼はどこから学んで来たのか、クツの作製技術を得とくしていたのであった。
稀に現れる魔獣を討伐し、その毛皮を丁寧な処理をした後いくらか残していたレッドは、一つ売れば村が一月は贅沢ができるであろう金額になるそれを惜しげもなくふんだんに使い、教え子であるゼフのクツを作り上げた。
両親が居なくなってからは誰かから何かをプレゼントされることなどなく、いつもあかりの灯っている家を羨ましく思っていたゼフはそのクツを見て、これまで貯めていた涙が一気にあふれ出しレッドを困らせた。
そんな思いでの詰まった大切なクツだが日頃の訓練などにより、とうとう寿命が来てしまったらしい。
当初の真新しく不格好でキレイな面影はなく、ボロボロのヨレヨレとなった素敵なクツへと姿を変えていた。
「随分と思い入れのあるクツなのだな」
「へ───?」
「ふふふ。君の悲しそうな顔を見れば誰でもそう言ったはずさ」
「……………うん。センセーに貰ったんだ」
「そうか、師に頂いたものなら大切に決まっているな。よしっ、では近くにある靴屋で直せないか相談しに行こうじゃないか!」
「ぅわ───っ! ちょっ!?」
彼女はゼフを丸太でも持つかのように抱え込むと勢いよくジャンプした。
タンッタンッと軽い身のこなしで壁を蹴り上げると、あっという間に屋根へ到達。道など彼女にはあってもなくても関係なく、ゼフより何倍も速く移動した。
「ほいっと、到着したぞ少年」
「い、生きた心地がしなかった……………」
「フフフ、何を言うか、こんなことで一々肝を冷やしていたら海になんぞ出られんぞ?」
「どうしてオレが海に出ようとしてるって分かったのさ?」
「多くの人間を見てきたからな。君のような性格の子は分かりやすい。海が初めてか、もしくは海に何かしらの憧れがある様子だった」
「そんなに分かりやすい?」
「分かりやすい。師と鍛錬しているときも表情に出てやしないか?」
「あっ、言われたな………」
「そうだろう、そうだろう。───と、本来の目的の靴屋がココだ。お代は私が出してやるから安心したまえ」
ゼフが振り返るとそこにはでかでかと「妖精の靴屋」と書かれた看板が掲げられた靴屋が目に入る。
チラっと店内の奥へ目をやれば、フワフワとしたイメージの妖精とはかけ離れた筋肉モリモリの小さなオヤジがいた。
ジュペートの地理に明るくない彼にとって目の前のオヤジ以外に頼れる場所などなく、仕方なしに店内へと歩を進めるのであった。
「───無理だな」
「え、無理? オッサンって靴屋なんだろ。それなのに直せないの?」
「この靴に使われてる素材はお前ぇさんが取って来たのかい?」
「私ではないぞ。恐らくこの子の師にあたる御仁がそうなのだろう」
「なんでぇ、お前さんら知り合いじゃねぇのかい。まぁ、んなこたぁどうでもいいけどよ」
オヤジは寂しい頭部を搔きながら、何度も何度も壊れた靴をあらゆる角度から観察する。
だが、反応としてはよろしくない。叩こうが引っ張ろうが何をしようが、それで変わるのはオヤジの難しそうな顔だけ。
「靴自体の出来は素人同然なのに、どうしてこの素材を加工できたのかが理解できん。ガキ───お前の師匠ってヤツァ一体何者でぇ?」
「何者も何もないよ。オレのセンセーってだけ」
「ただの武芸者がこんな種類の魔獣を倒して、あまつさえ加工しただって言いてぇのか? そんな化物が存在したんならどこかに仕官していてもおかしくねぇぞ」
「ふむ、彼の師について興味が出てきたな。一度手合わせしてもらいたいくらいだ」
何やら話が変な方向へと進んでいく。
オヤジは素材の具体的な入手経路や加工の仕方。フードの女は魔獣を倒したであろうゼフの師匠がどんな人物なのか。
置いてけぼりを食らったゼフは、このままでは埒が明かないと思ったのか、無理やり軌道修正へと入る。
「それで、結局この靴はもうダメってこと?」
「う~ん、職人として恥じだがそうなってしまうな」
「なら私が新しいのを買ってやろう。こう見えて意外と金はあるのだ」
「えっ? いやいやいや、そんな乞食みたいなことしたくないっ!」
「かぁーーー! いっちょ前に大人ぶるたぁマセた坊主だ。安心しろ、お前ぇがよけりゃあ素材を買い取って新しい靴と交換してやらぁ」
『子供用の上等な代物があってよかったぜ』と言って奥へと消えていく店主。
まだ交換すると言っていないゼフの言葉など訊かなくとも分かると言わんばかりにズンズン、ズンズン行ってしまうものだから彼は諦めた。
すると、自分の頭を撫でる感触がして驚くゼフ。フードの彼女が笑いながら優しい手つきで撫でていたのだ。
「驚かせてすまんな。どうにも子どもには怖がられてきたから、君のように普通に話してくれる子が可愛くて仕方ないんだ」
「ふ~~ん。まぁ、別にいいけど……………ところでお姉さんの名前ってなに? オレはゼフだよ」
「ゼフか、良い名前だ。私の名前は発音が難しくてな。みんなからは【スウィーリア】と呼んでもらっている」
「スウィーリア………何だか風が駆け抜けていく感じの名前だ」
「おっ、君はなかなかに見どころのある少年じゃないか。私の名前は爽やかな風という意味が込められているんだ。昔出会ったどこぞのバカとは大違いだ」
「何か─────嬉しそう? バカって言う割にその人のことが好きなの?」
「はっ、はぁ───ッ!?? べべべ、別にあんなヤツのことなんか何とも想っていないんだがっ?!」
(うわぁ………ここまで分かりやすい反応する人いるんだ? センセーなんて基本的に何考えてるか分からないアホ面で剣振ってるだけだから新鮮かも)
『オレの勘違いだった』と言い、ゼフは他人を気遣う大人にまた一歩成長した。
オヤジが来るまでの間ゼフは店内の商品を眺め、スウィーリアは真っ赤になった顔の熱を冷ましていた。
そうすることおよそ十分。棚から崩れた荷物を蹴っ飛ばしながらオヤジが帰って来た。
「おうっ、待たせたな。コレがお前ぇの新しい靴だ」
彼が奥から取り出してきたのは一目で高級品だと理解る代物であった。
紫の紐で結われた香りのよい木箱───竜涙木と呼ばれ、作るのに何年もかかると言われるそれの中にゼフの新しい靴は収まっている。
「意外とフツーなんだ。てっきりギラギラと宝石でも乗ってるのかと思ったのに」
「ンな悪趣味なもん置くか。見た目は普通の黒い靴だが、驚くべきは本人と一緒に”成長する”ってトコにある」
「成長………?」
「ああ、成長だ。育ち盛りの子どもってぇのは大人の予想より何倍も早く、大きく育ちやがる。コレはそんな悩みを持つ貴族のため、とある魔法使いが作ったんだとよ」
「待て待て、いま貴族と言ったのか?」
スィーリアの少し驚いた声が発せられた。
それもそのはず、どこの国でも【貴族】という称号は厄介事が絡んでくるものの総称でもあり、万が一にでも敵対すれば何年でも粘着されるであろうことが容易に想像できる。
しかし、彼女の心配をよそにオヤジは大丈夫だと言う。
「貴族から直接買い取ったんだ。言っただろう、子どもの成長は大人の予想より何倍も早ェって。コレが出来上がった頃にゃあ入らなくなってたンだとよ」
「何だ、てっきり扱いに困った盗品を押し付けようとしていたのかと勘違いしてしまった。すまない店主」
「愛娘に誓って汚ぇ仕事はしてねえさ。───で、坊主はこいつを早速履いて見せてくれ。どうやら本人に合わせて快適なサイズになるんだとよ」
「……………ん? 話の流れから察するにコレってマジックアイテム?」
「いや、マジックアイテムの製造方法は失われてるから違うな。それは【刻印】の魔法が使えるヤツが作れる【イングレイブアイテム】っつぅ代物らしい」
オヤジの指さすところを見ると何やら不思議な模様が描かれている。
他の場所にも似た模様があったり、まるで違うものがあったりと、一つの靴に対して割いている労力が半端なものでない事はゼフにも理解できた。
「じゃあ、この靴と交換してもらおうかな」
「よっしゃあ、交渉成立だッ! 余剰分の金は袋に詰めといてやる。また壊したりした時ァここに寄りな!」
「おう───! あんがとなオッサン、それにスウィーリアさんも!」
「うむ、私は何もしてやれなかったが礼は受け取っておこう!」
ゼフは黒く新しい靴へ履き替えるとオヤジの言った通り、彼の動きやすいサイズに変化したことに驚いた。その後、オヤジと固い握手をし、お金の入った袋を持って店を後にする。
スウィーリアはというと、途中まで方向が同じだということで一緒に船着き場まで行くことになった。
「魔法使いが作ったアイテムなんて滅多にお目にかかれない代物だ。ラッキーだったな、ゼフ」
「スウィーリアさんの連れて行ってくれたあの店が良かったんだよ」
「そう言ってもらえると、何だか救われる」
「救われる? それまた一体どうして?」
「昔、とある一件以前の私はトコトン運が無かったんだ。だから、こうして自分が原因で幸運が訪れると、あの頃の自分とはお別れできたんだなぁ~~……ってね?」
「────っ!」
その時である。悪戯な一陣の風がスウィーリアのフードをめくり、ゼフは生まれた隙間から彼女の顔を見たのだ。
(すっっっげぇ美人───!)
黄金と見紛うばかりに光り輝く金の髪。
うっとりするほど長い睫毛に縁どられた、エメラルドの宝石と星屑たちが躍る美しい目。
最も、何よりも特徴的なのがスラリとした長い耳。それは、この世で一番美しいと噂される一族の特徴である。
「……………………見たか?」
「………ごめん、見ちゃった」
「見ちゃったかぁ~~~……………内緒にしておいて?」
「誰にも言わないよ。『美人というだけで苦労する人はいる』ってセンセーが言ってたから」
「ふ、ふふ、はははははっ! つくづく君の師匠は人の気持ちが分かるお人だな! うん、その通り。私は容姿で苦労をしてきた一人だから無暗に公言されるのを嫌っている。ありがとう、ゼフ。君と君の師匠の心遣いが私はとても嬉しい」
フードを押さえ、爽やかな風のように微笑むスウィーリア。
一連の仕草にゼフは不覚にもドキリとし、妙に焦りながらそっぽ向く。
すると、遠くの方から何やら聞き馴染みのある男の声が彼を呼んだ。
「おーーーい、ゼーーーフ! どこに行ったんだぁーーー!」
ゼフが憧れ、目標にしている男───レッドの声だ。
彼はようやくゼフが近くにいないことに気づいたのか、声を張って教え子を探している。ただ、その声色に焦りは全くと言っていいほど無く、逃げ出したペットに語り掛けているみたいだ。
「はぁ………ようやくオレがいないことに気づいたのか。スウィーリアさん、じゃあオレもう行くね。スウィーリアさん?」
「この声───ゼフ、君の師匠の名前はなんていうの?」
「え、センセーの名前? レッドだけど、どうしたの?」
「レッド………同じだ。いやっ、でも彼は人間だからもう………」
名前を聞いた途端、先ほどまでの落ち着きのある様子から一変し、一人ブツブツと自問自答を繰り返すスウィーリア。
ゼフはそんな彼女の変化に怪訝な顔をしながら同時に、無性にレッドへ腹を立ててしまう。
恐らく彼が自分の気持ちを理解するまであと数年は時間が必要だろう。それまで、レッドには是非とも耐えてもらいたいものだ。
「スウィーリアさん?」
「……………あぁ、すまない、少し昔の知り合いと同じ名前だったから動揺してしまったんだ。じゃあ、ここでゼフとはお別れだな」
「うん………。またどこかで会えるとイイね、スウィーリアさん」
「そうだな、またどこかで会おう。今度は師匠も連れて来てくれ」
「ん~~~考えとく。じゃあね───っ!」
二人は笑顔で別れを告げた。
この広い世界で結んだ縁を頼りに、いつかまた別の場所で出会えると信じて手を振る。
海風に負けない爽やかな風が花弁を運ぶと、すでにスウィーリアの姿はなくなっていた。
少年は振り返ることなく一直線に目的地へと向かう。その足取りはより早く彼を進ませ、まるで風になったかのようだ。
「センセーーーーーェッッ!」
「ゴフッ───!? 腹に突撃するな、ゼフ!」
「ごめんごめん。それよりさ、オレって舟に乗れるのっ?!」
「ああ、乗れるぞ。無理を言って一隻融通してもらったんだ。俺が漕いでいくから酔い止めを買いに薬屋を探そう」
「やったーーー!」
次なる目的地はレダ島。新鮮なる食材と料理を求めて二人は歩き出す───薬屋に!
「新しいの靴を買ったのか、似合ってるじゃないか」
「そうでしょう、そうでしょう。これは魔法使いが貴族の子どもに作ったイン…なんとかアイテムってやつなんだ。オレの成長に合わせて大きくなるとか何とか」
「ほぉ、インなんとかアイテムはすごいな」