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教え子ができた 其之三

「センセー……………?」


 いつも一緒に居たゼフだからこそ感じれたのかもしれない。

 今のレッドからは普段の呆けた雰囲気がどこかへ消え、存在感が増している気がしてならないのだ。

 表情も仕草も声色も、何もかもが変わらないのにまとうオーラだけが異質。


「何をやっているんだ、と訊いているんだが?」

「へっ───。ちょっとした仕置きだよ。カワイイ弟子のゼフがよ~ぉ? 毎月の稽古代を滞納してやがったんで、それを徴収しただけだ。文句あンのかゴラァ……?」


 身長一八〇センチほどのレッドよりなお高い、二二〇センチのドッガスは彼の変化に微塵も気づくはずもなく、ズイっと威嚇するように顔を近づけた。

 弟子の三人も師匠の強気な態度を見た途端、威勢が良くなりニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。まさに虎の威を借るフォックス。

 だが、そんな彼らの態度などどうでもよさそうにレッドは質問を投げかけた。


「ん………? つまり、ゼフが…………えっと、名前は何だ?」

「チェンロウ流師範、ドッガスだ───。名前くらいは聞いたことあるだろう?」

「ああ、珍妙流のドカスだったな。で───、そんなアンタにお金を払わなかったからこうなったと?」

「チェンロウ流の! ドッガス様だクソ田舎剣士が!! ああ、そうだとも。技術ってのは無料じゃあねぇんだよ。オレ様が文字通り血と汗と涙を流して手に入れた技だ。弟子ならば師匠に稽古代を渡すのが筋ってモンだろーが!」

「ふむ…………となると、料金はソレだけで足りるのか?」

「な────っ! センセー何言って…………!」


 レッドから出たまさかの言葉に、ゼフはひどく狼狽した。

 信じていたはずのレッド(先生)がまさか相手に媚びるような言葉を言うだなんて、彼は聞きたくなかったのである。

 驚愕と失望の顔をしたゼフとは反対に、ドッガスは厭らしい笑みを浮かべ、無精ひげが生えたアゴをじょりじょりとなぞる。


「そうさな………このボロっちい袋に金貨二〇枚があるから、あと十枚は必要かもしれねえなぁ~?」

「センセー………けほっ。オレはコイツの弟子なんかになったりしてない! 嘘をついて」

「黙っていろゼフ、これは大人の話し合い……というやつだ。どれ、あと十枚だったな?」

「くくくっ、そうだぜぇ~~? 大人の話し合いってやつを田舎剣士ごときが分かっていて嬉しいなぁ。さあ、十枚の金貨を渡してもらおうか?」

「センセー───!!」


 一、二、三………十。軽い金属音が十回鳴る。

 ちゃりん、ちゃりんと、音が鳴るたびに喜ぶ者と鳴きだしそうになる者がいた。

 袋の紐をきゅっと縛ると同時に、レッドは教え子の傷の確認をする。


「触るな弱虫───!」

「動くな、傷の具合が分からんだろう?」

「何が傷の具合だ………やめろよ!」


 子どもの抵抗など大人であるレッドにはないも同然。

 弱虫と呼んだ相手にさえ好き勝手されてしまうことに、ゼフはどうしようもない悲しみに襲われた。

 もう涙を止めることなどできようはずもなく、ぽたぽたと悔しさが零れ落ちる。

 そんな二人の様子を見たドッガスたちは、そろって鼻で笑い、この場を後にしようとする。


「待て───。大人の話し合いはまだ終わっていないじゃないか」

「あ゛ぁ───??」

 

 しかし、それを止めたのは他でもないレッドであった。

 不意に立ち止まらせられたことに不快感を覚えたドッガスは、威嚇するように声を上げる。


「なんだ? まさか払い足りねえんじゃねえよな?」

「話の続きだ。ゼフの傷はお前らがやったのだろう?」

「お仕置きだ。オレ様も心が痛んだが仕方ねえだろ」

「それで、だ。ゼフの治療費として金貨五〇枚を払ってもらおうか?」

「は────? テメェ………馬鹿にしてンのか? あ゛ぁ……?!」


 思わぬ発言にレッドを除いた全員が驚いた。

 下手に出ているかと思えば、急にぼったくりもいいところの金額を要求してきたからだ。

 金貨五〇枚の治療費など魔法使いに頼むことでしか請求されようもない、大きな金額である。


「ふむ、まずコレで三〇枚。あとの二〇枚はどうやって払う?」

「は………? え、なっ、いつの間に奪いやがった!?」


 ゼフとレッドから奪った、三〇枚の金貨が入ったボロボロの布袋。

 ぽーん、ぽーん。ちゃりん、ちゃりん。次の瞬間には、目の前の田舎剣士の手で遊ばれていたソレ。

 ドッガスは慌てて右手を見ると、やはりそこには空気しか掴んではいなかった。

 誰しもが思ったことだろう、いつの間にあの剣士はドッガスからかすめ取ったのだろうか、と。


「っざけんな、返しやがれッッッ!!!」

()()─────()()()()?」

「セン……セー………?」

「ゼフ、()()()使()()()()()()()。ドカスの後ろの子どもたちよ、剣術に覚えがあるならば彼と一対一をしてみよ」

「ドカスじゃねぇ! ドッガス様だ─────!!」

「ずいぶんと剣の腕に自信があるようだ。ここは剣士らしく一本勝負でケリをつけようではないか。なに、もしお前が勝てれば金貨一〇〇枚をくれてやる。もちろん、全員にそれぞれ一〇〇枚だぞ?」


 突如としてレッドが勝負を申し込んだ。

 困惑する子どもたち四人と怒りに染まったドッガスであったが、何気なしに提示してきた金貨一〇〇枚という大金を前にゴクリと唾を飲み込む。

 「嘘だ」と言う言葉が出そうになるが、その前に彼の懐から大量の金貨が入った立派な財布が現れれば、もはや誰も文句は言えない。


「この場で勝負をしてもよろしいな、村長?」

「へ、へぇ………もちろんでございます剣士様」

「うむ、迷惑をかけて申し訳ない。さあ、子供らはここでやってくれ。オレたちは少し横にずれよう」

「村長さんよぉ~、オレ様がしっかりとこいつをぶっ殺すトコ、見ててくれよな?」

「見届け人としていてくれ。あ、あと試合開始の合図もお願いする」


 レッドとともに居た老人はゼフたちの村の村長であった。

 いつも鹿肉などを村に届けてくれるレッドとは知らない仲ではなく、ゼフの家まで世間話をしながら歩いてきただけなのだが、まさか大役を任されるとは思っていなかったようだ。


「おい田舎剣士。真剣勝負には事故が起きてしまっても……まあ仕方ないよな?」

「そうだな。それでケガを負ってもお互い納得の上、ということにしよう」

「安心してくれ。オレ様は一流の剣士だから、どこぞのへっぽこ剣士よりかは剣術を知っているからよ………くっくっく!」

「一つだけ聞かせてくれないか。どうして弟子たちにゼフを襲わせた。仮にも師を語るならば自分でどうにかできただろう?」

「どうして、だぁ? オレの教えはなぁ……弱肉強食ってヤツなんだよ! 弱ぇーヤツは強ぇーヤツの養分になンのが自然の摂理ってモンだろーが! だからゼフ(クソガキ)より強い兄弟子たちが暴力(きょういく)してるだけだ!!」

「……………試合の開始を」

「へ、へい! かか、開始ィ~~~!」


 しわがれた声で勝負の幕が上がった。

 レッドとゼフは木剣。対し、ドッガスたちは真剣という状況。

 余裕の表情をしていた。ドッガスたちではなく、レッドたちが、である。

 木剣であっても真剣が相手では、安易に受け止めてしまえば木剣ごと斬られかねず、誰から見てもハンデはレッドたちにあると思うだろう。

 この状況をハンデとすら感じ取っていない様子の彼らに、三人の子どもは少しだけ言葉にできない恐怖を覚えた。


「死ねエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!」


 しかし、それは子どもたちだけの話。

 他者を踏みにじることに愉悦を見出すドッガスは、そのような恐怖心など微塵もあるわけがなく、真剣を上段に構え猪突猛進。

 チェンロウ流の師範を名乗るだけの実力はあり、巨体から繰り出される素早い動作は子どもたちの目では追うことすら難しかった。

 一撃で決まる。レッドは死ぬ。誰もがそう思った。


「ゼフ、多少の骨折程度までにしてやれよ?」

「なっ────うわああああああああああああああ!?!???」


 だが、現実は全くの予想外。

 斬りかかったはずのドッガスが、数メートルも上に投げられていたのだから。


「よし………、覚悟しろよ自称兄弟子ども!」

「う………ぁ…………か、囲んで袋叩きにするんだ!!」

「お、おう………!」

「わわわ、分かった………!?」


 自分たちの師が目の前のいかにも強くなさそうな剣士に敗れた。

 具体的な手段までは理解できなかったものの、たった一つの結果だけは嫌でも思い知らされた兄弟子(自称)たち。

 呆けていたところにゼフの怒りを孕んだ声が聞こえ、慌てて陣形もどきを形成したところ。


「くたばれゼフ───!」

「うおおおおおおおおおおおお!!」

「え、えーーーーーーーい!」


 前、右後ろ斜め、左後ろ斜めからの攻撃。縦、横、突きが同時に放たれる。

 剣術を習っていたとしても複数同時に、しかも武器は真剣であるという恐怖から、並の大人ですらケガをしないで回避するのは困難。

 薄皮一枚で勘弁してやろう。少し痛い目を見れば学習するだろう。逆らう気も起きなくなるだろう。そのような甘ったれの気持ちをゼフは見抜いていた。


「ハ──────ッッッ!!!」

「あが───ッ!?」

「ごふ………………!?」

「ギッ─────!!?」


 まず、真正面の縦に斬りかかってきた相手の手首を、木刀でもって叩き折った。

 次に、右斜め後ろの相手の胴体に一撃を加え、アバラを二本奪う。

 最後、左斜め後ろは顔面に蹴りを入れ、天狗になっていそうな鼻を曲げた。


「……………オレ、強くなってる……?」

「それ、自分で言ってて恥ずかしくないのか?」

「う、うるさい! それじゃあ、オレよりカッコ良く勝って見せろよバーカ、ハゲ、ワキガ!」

「あ、お前、バカは認めるがハゲとワキガは違うぞ! くそぅ……見てろ、お望み通りカッコ良く勝って訂正させてやるからな!」

「カッコよく勝つ───だとぉ? テメェ………本気の本気でオレ様を怒らせちまったようだなぁ!!」


 ドッガスの言葉は嘘ではなかった。

 彼の持つ真剣が青白く染め上げられ、バチバチと放電を始めたのだ。


()()()()()()()()だったのか」

「がっはっはぁっ! その通り! 田舎クソ剣士でも知っているほど有名なこれらのアイテムは、たとえ魔法使いじゃなくても魔法が扱えるアイテム! コレでテメェをぶっ殺してやるぜぇ!!!」


 マジックアイテム───。一体誰が、何処で、どのような目的で作成したのか。その一切が不明なまま遺跡などで稀に発掘される一品。

 ドッガスの持つサンダーの魔法が込められた剣や、水があふれ出すコイン、無限の空間を持ったバッグなど、戦闘から日常生活にまで幅広い効果のある品々ばかり。

 過去、大国が一夜にして滅亡したことさえあるアイテムも存在する。

 有用性・希少性・芸術性において満点を出すマジックアイテムは、各国のオークションなどで高額な値がつくのは想像に難くない。

 酒・女・ギャンブルで万年金欠状態のドッガスがマジックアイテムを買うだけの貯金をしてきたかといえば怪しいが、現実として人ひとりの命を奪うには十分すぎるモノが彼の手にある。

 ゼフは初めて見る魔法にマジックアイテムに興味と恐怖が湧いた。

 ドッガスの弟子三人は、自分たちの師が初めて人を殺めることに戸惑っていた。


「殺す、などと強い言葉を使うんじゃない。……まったく、これでは子どもたちが気の毒だ。心身ともに成長を促すのが師の役目だろうに、こうして陰険なことばかり教える」

「ごちゃごちゃウルセーなぁ?! マジックアイテムにビビって時間稼ぎかぁ? ああ!?」

「そんなことする訳ないだろう。はぁ……、お前のような(やから)は言葉では何も伝わらないのだったな。よしっ───先ずは自慢の(ソレ)を壊してしまおう。来い、ドカス!」

「ドッガス様だクソボケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」


 凶刃が迫る───。


「な、何で………何で倒れないんだ?」

「速い………? いや、でも、えぇ……?」

「雷が───()()()()()()()!?」


 声を出したのはドッガスの弟子たち。

 三人がかりでゼフに負け、それぞれ痛烈な一撃をもらった直後のこと、彼らの師がレッドへとマジックアイテムを使用し斬りかかったのだ。


「ハァハァハァ………! クソッ、何で当たらねえ! あのボケ老人、不良品を後生大事に持ってやがったってのか!?」


 二二〇センチの巨躯から繰り出される連撃。

 青白い稲妻が込められた「サンダーソード」は、使用者の身体能力を底上げし、振るうか攻撃の意志で地面を抉るほどの威力を持つ雷を放つ。

 常人はもちろん、剣の達人であろうとも不可避の攻撃。()()()()()()


「───おっと、少々大げさに避けてしまったな」


 七発の雷光。空気を裂き、岩を焦がし、草木を砕く。

 マジックアイテムはさながら小さな災害と成りて、レッドを襲う。


「マジックアイテム……。噂以上の脅威だが、一つのモノに込められる魔法は一つのみか。あるいは、本体のサイズによっては複数の魔法が入れられるのかもしれんな」


 涼しい顔。飄々とした態度。傷一つ、汗の一滴(ひとしずく)すら確認できない。

 最初の一撃で勝敗は決する───アイテムの持ち主はそう考えていた。

 だが、現実は予想の斜め上を行く。最速の一撃、フェイント、不意打ち、数の勝負、面での制圧。どれもこれも、結果が伴わない。


「………よし、余計な魔法(モノ)は無さそうだ。もう壊してしまうが……弁償はせん。覚悟しろ」

「くっ─────!」


 レッドは初めて構えをとった。そう、ここまで来てようやく、初めて戦闘の意志を見せたのだ。

 何も変わらない。彼のまとう雰囲気だとか、やっつけてやろうという気迫だとか。そういったモノは何も感じなく、構えをとる前と全く同じなのだ。

 この場で彼の言葉、本来不可能なマジックアイテムの破壊という発言が、数秒後に現実のものとなることを確信した者は二人。ゼフとドッガスだ。


(当たらねえ……! 何とかして野郎をぶっ殺さねえと気が済まねえのに、その前に(コレ)が壊される未来しか見えねえ。どうする…どうする、どうする! ───あ、()()()()()()()()()()!)


 邪悪な選択を容易に選ぶことができる者を悪人と呼ぶ。

 そして、まさしくドッガスは悪人に片足を突っ込んでいた。

 師であった老人夫婦の家に忍び込み、マジックアイテムのサンダーソードを盗み出そうとしていたところを見つかってしまう。

 捕まって牢に入れられることを恐れた彼は、あろうことに人質をとった。


『マジックアイテムをよこせ!』

『渡せば妻の命は助けてもらえるんだな?!』

『あ……ああ! だから早くこっちに投げろ!』

『わ、わかった……そりゃあ!』

『なっ………! クソ、放しやがれジジイ!!』

『ぐわっ─────』

『あ、あなたーーー!!』

『お、おお、おおお、オレ様のせいじゃねぇ! お前が飛び掛かってくるから……!』


 アイテムを投げると同時にドッガスへと飛び掛かった。

 しかし、純粋な力で勝てるはずもなく壁へと投げ飛ばされ頭を強打。ズルズルと崩れ落ち、壁には赤いラインが引かれ老人は二度と目を覚ますことはなかった。


「─────っ! お前どこを狙って」

「サンダァァァァァ………ソオォォォォォォォドォォォォォォォ!!!」

「「「へ……………?」」」


 片足だけにとどまっていた彼は、ついに超えてはいけない一線を越えてしまった。

 掛け声とともに今日一番の輝きを放ちながら放たれた一撃は、これまでの球状の雷ではなく、斬撃と成りてゼフと弟子たちに飛来した。

 青白い色から一転、血に濡れたのかと思わせるほど真紅の雷。これこそサンダーソードの本領なのだろう。

 踏み固められた地面を易々と抉り斬り、球の状態とは比較するのも馬鹿らしくなるほどに速い。


(くひ…くひひひひゃハハハハハ! アーーーーハハハハハハッハッハヒヒヒ!!! 知っていたぜ甘ちゃんがよォ! テメェがゼフを気に掛けていることくれぇ見てりゃあ分かる! だから撃った、ゼフに!! オレ様の放った斬撃のほうが一瞬だけ早い! どう考えても手遅れよ! 次は間に合わず絶望に染まったお前の首にこれをお見舞いしてやる!!!)


 ドッガスの勝利を確信した笑顔は悍ましい気配(モノ)をまとっていた。

 勝利を手にするのならば手段を問わず、それが自身の弟子たち諸共の命すら軽々と天秤に乗せられてしまうほどであった。

 凶刃に呑まれるのはゼフだけではない。そのすぐそばに居た弟子たちですら対象になってしまっている。

 叫ぶことも逃げることも許されない刹那───。


殺して(斬って)やる─────」


 男の声はよく通った。

 絶叫に似た雷鳴が轟くなか、それでもなお耳に響く音。

 喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも。何もかもが無い、ただの宣言。

 この場において何を殺す(斬る)と云うのだろうか。

 人か? 家か? 地面か? 岩か? 木か?

 否。殺すべきは「(いかずち)」である!


「な───なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!??」


 ───斬ッ! ドゴオォォォォォォンッッッ!!

 男は……レッドは宣言通り、迫りくる()をその一撃で以て切り裂いたのだ。

 雷の斬撃は、レッドの少し前の地面から二又に別たれ後方で爆発する。

 ゼフもドッガスも、その弟子たちも彼の一撃を目で追うことは叶わなかった。

 一体全体、どれほどの技術があれば、力があれば雷を斬れるというのだろうか。曲がりなりにもマジックアイテムから繰り出された攻撃は「魔法」なのだ。人類という種が長年研究してもなお、その原理の一パーセントも解明できていないと言われる世界の法則(ルール)。対抗しうる手段は同じマジックアイテム化魔法のみだというのが常識だった。

 それをこのレッドという男は覆したのだ。たった一度、一撃、一つの実例で以て、この場に居る全員に叩きつけたのだ。


「───ほえ………………?」


 ───スパンッ。

 有り得ないものを目の当たりにしたとき、人間は一瞬だけ思考が停止する。

 余分な空白を縫うかの如く乾いた破裂音がすると、ドッガスの視界は空を捉えた。

 「投げられた」と理解したのは、目の端にレッドが木剣を上段に構えているのが見えたときだ。脂汗か冷や汗か、またはその寮歌は分からないが、全身をひどい悪寒が奔りぬける。

 ドッガスは、それはもう必死でサンダーソードを胸に寄せ防御の姿勢をとった。何せ相手は雷の魔法を切り裂いた男。そんなやつが攻撃しようと構えているのを見て、必死にならずにいられようか。

 

「た、助けっ…………」

「問答無用─────」


 上段から木剣が振り下ろされる。

 ───バギィィィッッッン…………!

 何千、何万、何億と振り続けてきたレッドの一撃は見事、マジックアイテムを破壊せしめた。


サンダーソード(こんなもの)に魅了された愚か者に師を名乗る資格などない。その精神と剣術を鍛え直すことをおススメする」


 木剣の切っ先をドッガスの首筋に、片足を胸に乗せてそう語るは完璧なる勝者。

 レッドは珍しく怒り交じりの声を出す。彼の知っている「師匠」という存在があまりにも人間的にできた御仁であったからだ。

 もはや遠い昔の記憶ではあるが、彼の根底にある師匠像はそこからきている。同じ「師」であっても、ここまで性格に落差があれば怒りが湧いてこよう。


「か───……ふんっ! まあまあじゃないの?」

「判定が厳しすぎやしないか? まぁ、最後は私情が混ざった一振りだったのは認める。俺もまだまだ未熟だなぁ………」

「未熟って………まあいいや。それよりセンセー、この傷を早く治して───」

「な、何をする気ですか師匠!」

「死ネエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェ!!! オレ様がクソ田舎剣士に負ける筈がねえんだよおおおおおおおお!!!!!」


 驚くべきことにドッガスは隠し持っていたナイフを片手に、レッドを後ろから強襲したのだ。

 彼の弟子のひとりが叫んだことによりゼフもその姿を確認する。だが、視認できたときには既に振り下ろしている最中であった。

 剣術で負け、奥の手は効かず、命乞いまでした。それにもかかわらず、彼の胸の内には燃え盛る憎悪が渦巻いていたのだ。

 ドッガスの人生でここまでコテンパンに負けたことなど一度たりともなかった。恵まれた体格に剣の才能を持っていた彼だが、忍耐と魔法の才だけはなく、自分にないものを持っている他人が許せない。それゆえ、マジックアイテムを求めたのだがレッドとの勝負で失ってしまう。

 許せない。許してなるものか。勇気や蛮勇を通り越して湧き起ったのは、目の前の憎い相手を殺すという選択。

 圧倒的な実力差を見せつけられてもなお歯向かっていく気概は称賛されるべきであろうが、それは痛々しいほど邪悪に染まっていなければの話である。


「よ───。ほいっと………!」

「がっ─────………!」


 ───が、しかし。レッドはほんのちょっぴり後ろに下がり、振り下ろされた腕の勢いを利用しドッガスを背負うかたちで投げ飛ばした。


「……………よし、気絶したな。今度こそ俺の勝利で間違いないはずだ。マジックアイテムを壊した程度で油断した俺が悪い。反省反省っと」


 勢いそのままに地面へと叩きつけられた巨体は、肺に入っていた空気を吐き出して気絶してしまう。あまりにも綺麗な体術に、見ていた者たちは全員口を開けて苦笑いを浮かべるしかなかった。


「は……ははは………。腕をつかんで投げ飛ばした? センセーって剣がなくても強いのかよ………」

「師匠が………あんなに手も足も出ないなんて」

「田舎剣士じゃなかったのかよ……イテテ………」


 完全勝利。いっそ清々しいまでの勝利を収めたレッドであったが、その表情は曇っていた。

 木剣を腰に差し直し、手を顎に当ててうんうん唸っている。

 どうしたのだろうかと、全員がそう思った。ゼフは代表して聞いてみると、レッドはこう述べた。


「いやな? 剣術の勝負であった筈なのだが、トドメは体術になってしまったなぁ~~っと。もしも、ドカスの剣術に”不意打ち”が入っていたら「珍妙流恐るべし」と、そう考えたまでのこと」


 どこまでいってもマイペース。ドッガスの弟子たちですら最後の攻撃は試合の範疇を超えた、ただの”殺人”であったことに気が付いている。

 それなのに、この男とくれば勝ち方までこだわる始末。もはや驚きを通り越して呆れるほかない。


「あ、そうだそうだ。どうだゼフ、これはカッコ良かっただろう。さあさあ、試合前の言葉を撤回するんだ」

「……………?」

「嘘だろう………。お前、まさか勢いそのままに言っただけで何も覚えてないのか?」

「………あぁ、バカとハゲとワキガね」

「何気ない一言が先生を傷つけることもあるんだぞ。……………真面目に悩んでいた俺がバカみたいじゃないか」


 ゼフは知っている、この常軌を逸した強さを持つレッドが意外にも面倒臭さいのを。

 直近で彼が拗ねた時は機嫌を直すのに二時間ほどかかった。理由は自分だけ肉を食べられなかったからという、なんとも子供じみたものだったが。

 ゼフはまた始まったかと思うと不意に忘れていた痛みに襲われる。


「痛むか?」

「……………かなり」

「ふむ………。骨に異常は無さそうだが………遠出は止めにするか」

「え、やだ! 行く! 絶対に行く!」

「悪化したらどうする。大人しく言うことを聞け」

「行かなかったら何か、こう……………負けた気がする!」

「何に負けるというんだ。子供のうちから無理をするもんじゃないぞ」

「じゃあ、さっきの言葉は撤回しないし、何なら一人でも出て行く」

「はぁ………、何故そこまで遠出がしたい? ケガが治ってからでもいいだろ」

「行きたいっていう気持ちのまま出かけたいんだ………。センセーの剣を振りたいっていうのと同じだよ」


 レッドの過去を聞いたことで起きた遠出という提案。方々を周り様々な体験をしてきたレッドにとって何気ないものであり、今日明日必ず出立しなくてはいけないものではない。

 だが、両親を亡くし村からもあまり良い扱いをされてこなかったゼフにとって、その提案はあまりにも魅力的過ぎた。それこそ、痛む体に無理をさせてでも行こうとするほどには強く願っている。


「…………………………」

「……………………センセー」


 レッドは悲しげに自分のことを見つめるゼフに思うところがあったのか、頭を搔いてため息を吐く。もう一度、目の前の傷だらけの子供を観察して再度ため息を吐いた。


「………傷薬はないから道中の町で買い足すか……………。応急処置だけするから近くの川まで歩け」

「……………え? てことは………?」

「魚を食べに行こう。お前に大事があってはいけないからと思ったんだが、どうやら休ませるほうが毒になりそうだ」

「─────ッ! や、ヤッターーーーー!!!」

「あ、コラッ、急に走り回るんじゃあない!」


 喜びが痛覚を忘れさせることなどあるのだなと、レッドは思った。

 心配そうな顔とは裏腹に口元には笑みが宿る。


「というわけで村長、俺とゼフはしばらくの間この村から出るが………よろしいな?」

「へ、へぇ………。お気をつけて」

「うむ、では行ってくる。はぁ………、あのバカを追いかけねばなぁ………」


 彼は小走りで自分を置いていってしまった生徒を追いかける。

 その顔は困っていながらもやはり笑みが宿っていた。


「あっ、お待ちくだせえ! あなたが雷を斬ったせいでゼフの家が燃えとりますぞ!」

「え゛? あ、くそっ、ゼフーーー! ゼフーーーーー! 戻ってこーーーい!」


 笑みは消え、やってしまったという表情が残った。

 ぼうぼう、ぼうぼうと屋根が燃える。遠出をする前に鎮火作業に移るレッドであった。


「ギャアアアアア! オレん()が燃えてるううううう!??」

「叫ぶ暇があるなら手伝ってくれゼフ!」

 


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