棒を振り始めた
拙作をお読みいただき誠にありがとうございます。
のんびりと進めてまいりますので温かな目で見てくださいませ。
昔は昔、大昔。
ある貧しくもなければ富んでいるワケでもない村があった。
その村には一人の少年とその母親が仲良く元気に暮らしていた。
「先生、どうか私の息子に剣の稽古をつけてはもらえないだろうか」
「うむ、よろこんで受け入れよう。お前さんの魔法には世話になっているからな。傷を治してくれているお礼と思って金はいらないぞ」
「ありがとうございます。ほら、お前もお礼を言いな」
「ありがとうございます、先生」
村で唯一の魔法使い。それが少年の母親であった。
魔法は天からの贈り物とされ受け取った魔法使いは、それはそれは重宝されたとか。
「数年前に戦争も終わり、これからはいよいよ平和な世の中が来そうだ」
「はい。そう願うばかりです」
「剣で斬るのは誰かを攻撃したいからじゃあダメだ。誰かを守るために刃を振るうのだぞ。わかったな?」
「はい。母ちゃんを守るために頑張ります」
「いい返事だ。それでは早速、道場へ行こう」
戦争がなくなっても人の争いごとは絶えることはない。
たとえ人でなくとも魔法を使うケモノ───魔獣がいる。
石の壁に守られている国ならばさほど脅威はないだろう。しかし、少年の村のような、なんとも頼りない木の柵だけを防御壁としているところでは魔獣の一匹だけでも恐ろしいのだ。
「気を付けるんだよ、レッド!」
「わかったーーーー!」
少年の名前はレッド。光の加減で赤く見える髪が特徴などこにでもいる普通の子ども。
彼は先生に連れられて道場までやってきた。
自己紹介の必要などない。全員が顔見知りだからだ。
「わぁーーー、レッドも来ることになったの?」
「けっ、お前じゃムリだよ」
「何をしてもダメダメなんだから」
「まともにお手伝いも出来ないんだろ」
「すぐにダメと言われてこなくなるさ」
反応は概ね最悪。
それもそのはず。レッドは欠点が余りにも多かった。
畑仕事をさせれば種を腐らす。洗濯物を洗わせればボロボロに。料理の手伝いをさせると必ず食った人がお腹を壊す。
あれもダメ、これもダメ、全部ダメ。「ダメレッド」が彼のあだ名。
「ええい、うるさいぞバカ者。ここではみな平等だ。レッドにも今日からここで剣を振るうことになる。仲間外れは許さんぞ」
男子三人、女子二人、そこにレッドを合わせて計六人。
ところどころ開いている穴をよけて、雑巾がけから稽古は始まる。
だが、ダメレッドはここでもその力を発揮した。
「ああっ、レッド大丈夫!?」
「ふざけんなよレッド!」
「あ~ぁ、もう一階拭かなきゃ」
「お前ひとりでやれよな!」
「ごめんね、みんな」
───ガンッ! バシャッ!
拭いたばかりの床ですべったレッドは、そのまま汚れた水の入った桶にぶつかってしまい、中身をぶちまけてしまった。
「扉が外れちゃったよ!」
「なんで何もないところで転ぶんだ?」
「階段から落ちるな!」
「誰かあいつの持っている水を取り上げろ! ………あ、こぼしちゃった」
その後も、事あるごとに何かしらのハプニングが発生。
ついには生徒たちの自主性を育むため、じっと動かない先生ですら手伝う事態に。
しかす、そのおかげでようやく剣を振るうことができるようになった。
「では、いつも通り………始めェッッッ!!」
レッドを覗いた全員がビクリと肩を震わす。
毎度のこととはいえ、何度聞いてもこの掛け声は慣れないようだ。
(なんとか始められたか。噂通りの子だ。きっと剣の才もないのだろう………)
運動神経が悪いだとか、運が悪いだとか、そういった類のものではないことを先生は理解していた。
レッドは足も比較的早く、知能に何か生まれ持っての障がいがあるワケでもない。
戦争から生き残り、国から表彰されるのを嫌ったため、この寂れた村までやってきたという異色の経歴を持つ先生。
名のある指導者としての側面も持つ彼の、その観察眼は伊達ではない。
(な────に───?)
「………キレー」
「……………ふんっ!」
「うそ…………」
玄人の先生はもちろんのこと、素人の生徒たちから見ても理解できた。
(レッドの才能はコレだったか………! だが………むぅ………残念なことだ。生まれてくる時代が悪かった)
剣を上から下へ振り下ろす。ただそれだけの動作。
先生が教える剣術の基本の動作であり、最も重要な型の一つ。
それが余りにも美しかった。
才能。これぞ本物の才能だ。
他の追随を許さない、ブッチギリの才能がそこにあった。
(剣の才能………よりも尚、優れた殺しの才能。無用……とまではいかないが、平和を歩み出した世界では持て余す。あと十年………いや、五年も早ければ英雄として名を残せただろうに。神様よ、どうしてこんなにも優しい子に残酷な仕打ちをするのです)
数々の戦場を経験してきた彼だからこそ理解できるものがあったのだろう。
悲しげな表情を浮かべながらレッドの美しい姿を眺めていた。
★ ★ ★
あたり一帯は暗いのにそこだけは夕焼けが置いてけぼりをくらっているようだった。
「キャアーーーーーー!!」
「たっ、助けて…………!」
「えーーん、えーーん」
「俺の子を見なかったか! 誰か……誰かァーー!」
「お母ちゃん……ぐすっ、死んじゃヤダよ!」
悲鳴、怒号、絶叫────。
およそマイナス方面で人間が出せるすべての声。それが村のあちこちで木霊する。
夕焼けの正体は家や人にまで及んだ焔だった。
「グルルルルゥ………………!」
「でで、で、出たぞーーー! 狼の魔獣だ---!」
数多くいる赤い瞳をした狼の群れ。その中で特別大きく、下手をすれば小さな家ほどはあろうか、全身を周りの焔と同じ色をした一匹の狼───クリムゾンウルフ。
「に、逃げろ! 先生がやられちまったらオレらには何もできねえ!」
「う、うわあああああああ………ガフッ……!」
「グァ………! うぅ……腕……腕が………!」
村を守るものはすでにいない。
魔法が使える魔獣は知能が高い。村で一番の実力者を察知し、不意打ちでもって先に殺害していた。
目の前で強いと思っていた存在が殺されてしまえば頼りにしていた者たちのなんと脆いことか。
狼らは統率の取れた集団行動で人間を殺しにかかる。
「母ちゃん………?」
「ごめんね……ごめんねレッド。子供を一人で残して逝く悪い母ちゃんで……」
「……………………」
実力者には当然、レッドの母親も入っていた。
回復の魔法が使える彼女はむしろ先生より優先しては序の対象だった。
先生がやられたのもレッドの母親を庇ってのものだった。
目の前の大切な存在がただの、糞のつまった肉塊へと変貌していく様を見たレッドの心境はどのようなモノだったのだろうか。
握っていた剣がズルリと零れ落ちる。
「「「グルルルゥ………」」」
「アォーーーーーンッ!!!」
「「「アォーーーーーンッ!」」」
「……………………」
クリムゾンウルフは馬鹿にした様子で、器用に前脚を使って腰を蹴り上げ、レッドへとぶつける。
いつの間にか村中に響いていた声はなく、ぼうぼうと焔が元気な音だけが聞こえる。
そして勝利宣言、勝鬨でも上げているのか、リーダーが吠えると群れ全体もそれに連動してノドを震わした。
レッドは動かない。目の前の人であったモノの頭を大切に、大切に、割れ物を扱うように両ひざへ乗せてギュッと抱きしめる。
「グルゥアァァァァァ────!!」
柔らかい子供の肉を好んで食す傾向があるクリムゾンウルフ。
大人でも一呑みできそうなほど大きな口を開き、グラリと光る鋭利な牙が顔をのぞかせた。
次の行動は当然、目の前にいるレッドにその牙を突き立て、柔肌を突き破り臓物を外界へ露出させることだった。
しかし───。
「─────……………???」
「「「「─────?」」」」
「■■■■■■■────ッッッ!!!」
魔獣と群れは声を上げることも叶わぬまま息絶えた。
頸を、腕を、脚を、尻尾を、胴体を………。生き物は十七分割の肉塊へと変えられた。
「あ……あぁ………アアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッァァァアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
少年は、レッドは自身の才能───「殺し」の才をこの瞬間に遺憾なく発揮したのだ。
魔獣よりもケモノらしく、声にならぬ声を出し全ての命をその手で奪った彼は泣いた。
自分の強さに早く気付くべきだった。自分は守る側だった。そう口に出しながらの慟哭。
やがて降ってきた雨。
手も足も傷だらけになりながらたった一人の子どもは、村の人全員のお墓を作った。
「……………さようなら、みんな」
彼は母親が好きだった。
彼は死んだ父親が好きだった。
彼は剣を教えてくれた先生が好きだった。
彼はみんなが好きだった。好きだったのだ。
「………剣…………がある」
彼は剣が好きだった。
剣を振ると喜ぶ人がいたから。
いつしか喜ばせるよりも、ただ剣を振るのが好きになった。
『どうしようもなくなったら剣を振りなさい。お前に一番似合ってて必要なことだよ。母ちゃんが死んだら剣を振って生きていくんだ。そうだね………最悪、一生棒を振っててもいいよ』
「剣を振ろう………。いつか役に立つかもしれない。剣を振るのだけは好きだ」
泣き腫らした顔を上げれば雲一つとてない快晴。
吐く息は白く、家だったものが巻き上げる煙とは対照的だ。
少年は歩いた。
まだ見ぬ土地を目指して。
きっと、そこで剣を振るのだろう。
役に立つ立たぬではない。自分の好きなことなのだから。
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