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海にご注意 其之七

「ギョギョ!」

「ギョ、ギョ、ギョォォ?」

「シャアァァァァッ!」


 レダ島は未曽有の大災害に見舞われていた。

 海から現れてくる筋肉質な両手足を生やした「魚の化け物」。これまでも何度か戦ってきた相手だがその量が尋常ではなかった。島民の集まる船着き場や砂浜では魚たちの黒い影がひしめいており、恐らくレダ島周辺で同様なことが起きていると思われる。

 さらに、上空を覆う漆黒の暗雲。そこからガラスでも割って出てきたかのような神々しい光は灰色の御手───『()』をともなって現れた。レッドを除いたほとんどの人物が彼の神の出現と同時に膝を崩し、どうしようもない「根源的な恐怖」に駆られ震え恐れている。


「た、助けてっ………」

「怖い…怖い……怖い………」

「れ、れれ……レッド殿ぉ……たしゅ、けて」


 各々武器をもってレッドたちを逃がすまいと囲んでいた島民たちは神の放つ神性にあてられ、もはや這いつくばるだけしかできない亡者と化し戦う意志など微塵も残ってやしなかった。助けを求められたレッド本人は腰に差していた木剣を片手に持ち、後ろの三人を守ることだけに注力している。

 というのも教え子であるゼフがピピを庇うかたちで守ろうとしているため、なし崩し的ではあるが守らざるを得ないのだ。


「一体何なんだ。何故この島を───この島民たちを執拗に狙う。こいつらはお前に何をしたというんだ、神よ」

「ギョギョォォォォォオオオオ!! ギョ………?」

「うるさいっ、人が足りない頭で必死に考えている時は邪魔をするな」


 凛───。

 美しい鈴の音が聞こえると化け物の(たい)は縦に両断される。さらに、おまけとばかりにレッドは木剣を横薙ぎにはらうとその軌道にそって魚たちの胴体がぶった切られた。


「イズナ……?」


 上空に見える灰色の御手とはまた異なった気配を感じ取ったレッドは、チラリと後ろを振り返ってみる。妙な気配を発しているのはイズナであった。相変わらず顔色は優れないなか背筋をピンと正し、何やら指を交差させて「印契(いんげい)」を結んでいる。


「ふぅ───……ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン」


 寡聞にして聞き慣れない呪文のようなものを詠唱したイズナの背後、ちょうど人ひとり分のスペースが空いたところにはぼんやりと大きなナニカが立っているように見える。詠唱が終わると最初からそこに何もいなかったように消え失せ、代わりに彼女の背後を守るかの如く赤い炎が円を描いて現れた。

 すると、先ほどまで優れなかった顔色に生気が戻り多少フラついてはいるものの、正面の敵を見据えて野性味あふれる笑みまでこぼす程度には回復したようだ。これには()しものレッドも驚くほかない。数日前まで「神性」により一歩も動けなかった少女が、まさか戦う気力を湧き上がらせるまでになろうとは予想だにしていなかったからだ。


「ハアハア……師匠、後ろはこのイズナにお任せください。魚どもにゼフらを傷つけは……させ………ませぬ」

「そうか、なら任せる。あと───俺は師匠じゃない!」


 もう一度木剣を横に薙ぎ払い、黒い波のように押し寄せてくる魚どもの黒い影を大きく減らしたレッド。彼はゼフの守りを一人の少女に託すと一気に神の元まで大跳躍する。


「ははっ、やはりスゴイお方でござる。動けるようになったとはいえまだ『神』とやらを直視できない自分が恥ずかしい」

「ギョギャギャギャッッ!」

「黙れ雑魚ども」


 人懐っこい笑顔はすでにむき出しの獣性に呑まれ消え失せていた。魚の首を胴体と泣き別れにさせれば血の雨が降りそそぐ。真っ赤に濡れた黒髪は恐ろしいくらいの艶をまとい見るものすべてを魅了せしめんとする。しかし、その黒髪の暖簾(のれん)から覗く肉食獣のごとき眼光は敵の命に狙いを定め、自分たちが不利な状況にあるにもかかわらずその口元は三日月のように笑っていた。


「日輪の灯りとどかぬ幽遠なる水底より参られし来訪者よ、心より歓迎つかまつる。拙者の名はイズナ───貴殿らに悠久の眠りを馳走しに刃を振るうもの(なり)


 およそ恐怖とは無縁であろう魚たちが一斉に退いた。

 彼女の向ける刃。その切っ先が自身に向けられた瞬間、先の同胞がやられたものと同じ光景を再現させられると本能で察したから。胴体から切り離された首が冗談のように高く高く舞い上がり、砂浜にポスっと力なく落ちる様は化け物であっても恐ろしいのだ。


「ノウマク サンマンダ バザラダン カン───……覚悟せよ。死を覚悟せよ。罪を覚悟せよ。汝に潜む悪を滅するは我が(かいな)に抱かれし()(ひかり)。さあ……貴様らの首級(しゅきゅう)を寄こせ」

「「「ギョギャギャギャ───ッ!」」」


 再びの詠唱と印契を結ぶとイズナの背後に現れた円形の炎が姿を変え、彼女の左腕にまるで蛇のごとく巻き付くと両刃の(つるぎ)ができあがった。血振(ちぶ)りの要領で炎を払えば、同時に全身に浴びてしまった血が発火して跡形もなく消えた───二刀流の完成である。

 目の色は灼眼となり敵を見据え、後ろで一本にまとめた黒い長髪の先には(ほむら)が宿った。この刻、この瞬間からイズナは武神と化す。


「二刀流・壱ノ型《木漏(こも)()》───!」

「ゲギョ……………ッ!?」


 敵の攻撃もなんのその。イズナは自身の持つ二振りの刃をこすり合わせるとさも当然のように刀身へ炎をまとわせ、まるで魚たちの隙間を縫うように攻撃を繰り出す。「木漏れ日」のごとく敵の隙間から襲い掛かる炎の攻撃は、多対一を想定した彼女の剣捌(けんさば)きによって真価を発揮し、近づいてくる敵の首をことごとく切り離していく。だが、魚たちも負けじと今度は島民を狙い始めた。


(ちっ、本当なら見殺しにしているところでござる……が)


 ”仕方なし”と言ってチャオたちを狙う魚までも討伐するイズナ。

 彼女の心情としては自分たちに危害を加えようとした彼ら島民たちを許すことはせず、このまま魚のフンにでもなればいいと考えている。しかし、それをしないのは何もイズナが彼らを憐れんだゆえの行動ではなく、ただ単にあの灰色の御手の思い通りになるのがイヤだったからである。

 呪文を詠唱して戦えるまでになったはいいものの未だに直視することがはばかられる相手。ただ其処に居るというだけで精神的に追い詰められるデタラメな存在に、対抗心を燃やすのは流石は異常者(バーサーカー)か、並の精神力ではない。だが……だからこそ人一倍悔しい。多少強くなったところで人が背伸びをしても天に揺蕩(たゆた)う雲に手が届かぬように、イズナもまた神と戦う資格が得られなかったからだ。

 故に、器量が小さいと言われようが構わずあの上空から(かお)を覗かせている『神様』とやらの邪魔ができれば、たとえ助けるに値しない連中でも守ってやろうと考えたのだ。


「二刀流・弐ノ型《烈火抱擁(れっかほうよう)》! 参ノ型《呵責大球(かしゃくだいきゅう)》!」


 《烈火抱擁》───炎をまとった刃でもって敵の薄皮一枚を斬りつける。攻撃というにはあまりにもお粗末なものと思うだろう。だが、その切り口から突如としてイズナの刀と同様の炎が勢いよく噴出する。


「ギョッ……ギョギャギャギョォォォォォオオオッ!?」

「シャアアアァァァァァァァァァァァッッ!!!」


 胴体の細長いウナギの外見をした化け物はたまらず鳴き声を上げて、自分の体から噴き出てくる炎を鎮火させようと海へもぐりこむ。仲間であるサメの化け物にドンッとぶつかれば、また同じ炎がサメにも移り彼もまた海へと急ぎ走った。

 それだけではない。他にもウナギやサメに触れてしまった魚たちは全員もれなく発火し、海へと飛び込むが彼らの悲鳴は終わることはなかった。何故なら、まるで長い間離れ離れになっていた恋人が抱擁してくるかのごとく、まとわりついた烈火は海へ飛び込んだ程度では消えてくれなかったからだ。


「ひっ……火ィィィィイイイイイイイイイッ!?」

「イ…ズナ殿……ワシらまで、ハァハァ……殺す気ですか!」


 次に悲鳴を上げたのはなんと島民たちであった。

 彼ら彼女らを覆うように大きな火の玉が形成され、その中にチャオたちが閉じ込められている。一見すれば丸焼き、蒸し焼きにでもされているかのようではあるが誰一人として燃えている者はおらず、衣服ですら焦げ目がついていない。


「ちっ……《呵責大球》は貴様らを閉じ込め守る技。斯様に大きな声で騒ぎ立てるな。耳がやられて敵わんでござるからな」


 眉間にシワを寄せて嫌そうな顔をするイズナ。もう一度でも騒ぎ立てようものなら神に嫌がらせ云々(うんぬん)と言わず、そのまま見殺しにでもしてしまおうかと考えている。

 島民も彼女の苛立ちを察したのかこのままでは本当に守ってもらえなくなると考え、極力イズナの機嫌を損ねないよう注意を払い、黙って石造となることを選んだ。


「あぁ、気を付けよ。いまは()かれんで済んではいるが、直接触れでもすればあの魚たちのように骨の髄まで焦げるゆえ」


 ここにきてより一層石造のモノマネが上手くなったチャオたち島民は、イズナのその言葉でピクリともしなくなった。脅しとも取れる発言をしたのは彼女がこれ以上騒ぎ立てて面倒を起こしてもらいたくなかったのと、シンプルに嫌った相手から(すが)られるのを嫌ったためである。


「飛び回れ……二刀流・肆ノ型《(くれない)大鷲(おおわし)》───ッ!」


 左右に切り開く斬撃は大きな大きな大鷲をかたどった焔を形成。頭部や胴体に当たった敵はその箇所がえぐれて消え、翼と鉤爪(かぎづめ)に当たれば溶断し、舞う火の粉に触れようものなら勢いよく燃え広がる。それだけではない、一度放てば終わりかと思いきや右に旋回すれば敵目がけて突進し、左に旋回すればその翼で溶断していくではないか。

 もはや魔法の領域に片足を突っ込んでいるイズナの二刀流。しかし、強力な技には相当のリスクがあるのか毛先に宿っていた焔が明滅し始め、滝の汗を流しながら肩で息をしてしまう。


「ハァ……ハァ………ッハァ! ここ……まで……体力を………ハァ……持っていかれるとは。……正直………予想外……でござる」


 (ひたい)から流れる汗をごしごしと拭う。

 ゼフとピピ、それからチャオら島民たちを守ること十数分。敵との間にはわずかばかりのスペースが生まれつつあったものの、それでもひっきりなしに海から這い出てくる魚たちにはほとほと困った様子のイズナ。

 目に見えて敵の数を減らしたとて、後からやってくる魚の数が同等のものであれば意味がない。むしろ、この数を相手にたった一人で立ち向かっていること自体が自殺行為に等しいのだ。いかに身体能力に秀でた彼女とはいえ生身の人間であるのには変わりなく、鋭い牙や毒の針を食らってしまえば一溜(ひとた)まりもない。それでもこうして戦えているのは(ひとえ)に師匠と呼んでいる男が敵の首魁(リーダー)である『神』を退かせてくれると信じているからである。


「ギュギュギュ~~~~~ッ」

「イズナ……うし……ろ……!」

「なっ────」


 蚊の鳴くようなゼフの声で後ろを振り向くと、そこには赤い体のカサゴが太い両腕を上げていた。ゾクっと悪寒がイズナの背筋でドリフトする。地面を爆発させるように大地を蹴り上げると驚くべきスピードでカサゴとゼフたちの間に割って入った。状況的にはイズナの背後にゼフたちがおり、正面にカサゴの背中が見える。

 すると、彼女の野生の勘は的中してしまった。魚は体を丸めてあげた腕を自身の前でクロスさせマッスルポーズをキメると、背中の針が一斉に発射される。


「ウオオオオオォォォォォォォォォォッッッ!!!」


 二振りの刃でことごとくを打ち払っていく。弓矢の矢のように太く鋭い毒針は金属音を奏で打ち落とされつつあるが、やはりそれでもスタミナの減少激しい彼女が全て防ぐことは叶わない。

 針が出尽くした瞬間に首を刎ねるイズナだがその身体には無数の針が痛々しく突き刺さっていた。両腕に一本、左わき腹に一本、右足に二本、左足に一本の計六本が刺さっている。


「ノウマク サンマンダ バザラダン カン………ぐぅぅっ」


 一度、印契を結べばあとは必要ないのか詠唱のみで毛先に焔を宿す。加えて毒針には激しい炎がまとわりつき一瞬にして灰となって消え、傷口は青い炎がゆらゆらと揺らめいている。


「……イズナ………?」

「大丈夫でござる、ゼフ。多少の痛みはあれど心配には及ばない。それよりも拙者、少しだけ其方(そなた)のことを……ハァハァ……見直したでござるよ」

「………?」

「理由はどうあれ……ぐっ………娘を守ろうとした気概は認めるという意味でござる」

「ギョギョギョギョギャッ!」

「シャァァァーーーーーーーック!!!」

「二刀流・伍ノ型《青鹿獅熊(せいろくしゆう)》……敵を屠れ眷属(けんぞく)どもよ!」


 青い炎が形を変えて三体の動物となり敵を襲い始める。鹿(しか)はその立派なツノで魚どもを高く上空に突き上げて落下死させ、獅子(しし)は鋭い牙で噛み殺し、(くま)はその剛腕と爪で叩き潰す。かすりでもしようものなら即座に青い炎がまとわりつき、その身が亡びるまで延々と灼熱の痛みを味わうことだろう。


「この件が終われば拙者も少しだけピピを救うため知恵を貸そう。ゆえにゼフはしっかりと娘をまもるのでござる」

「……………わかったっ」

「よし、ではもうひと踏ん張りしよう。───さあ、魚ども覚悟せよ。このイズナが貴様ら化け物の首を刎ねて神とやらに供えてやろうぞ!」


 赤く、紅く、朱く。どこまでも真っ赤な焔が宿った一人の少女は刃を構えた。

 久しく忘れていた熱を取り戻すかのように己を鼓舞する。そして、その熱は眼前の敵を食らい尽くす牙となりて刃に宿るだろう。

 

 



 

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