プロローグ
「あいつらはちゃんとお目当てのものを買えただろうか。どこぞで余計な出費をしてくれなければいいんだが………期待はせんでおこう」
男には他に四人と一翅の仲間がいる。皆それぞれ一癖も二癖もある連中ばかりだが、彼の人生でもっとも気を許せる相手でもある。愚痴をこぼすものの、その口の口角はうっすらと上がっており、言うほど嫌がってはいないようだ。
「旦那、旦那、ちょいとそこの旦那!」
「……………?」
「そう、アンタだよ旦那! いやっ、これはもうスゴイ実力をお持ちの方だとあっしは見抜いたね。そんな旦那に見せたいものがあるんだ。だから少しだけ見てってくんな!」
白い煙を吐きながら人混みをスイスイと滑るかのように通り抜け仲間のまつ宿へ向かっている最中のこと、ずいぶんと古びた骨とう品やらアクセサリーやらを扱っている店の店主が声を出して男に話しかける。男は声がした方向に顔を向けていたのが自分だけと知り、恐る恐る自分のことかと指をさすと店主はニコニコな笑顔でそうだと言った。
まだ集合時間まで余裕はある。彼は怪しげなモノを扱っている店主に警戒心をもちつつ、見ろと言ってきた代物に目をやった。ネックレス・アンクレット・イヤリング・指輪・笛……どれもこれも店と同じように古びている。
「どうだい!」
「どうだいと言われてもなぁ……」
頬っぺたをポリポリと搔いて返答に窮する男。木の台の上から少し上等な布をかぶせ、その上に並べられたアクセサリーの数々。端から端までまんべんなく見渡したが、やはり古びただけのガラクタであった。たまに掘り出し物として魔法がかけられているモノが紛れ込んでいたりするのだが……どうにもこの店主、目利きが無いように男は見えた。ふぅっと一息吐いて答える。
「見たところ古びただけのアクセサリーたちだ。これらを俺が買うことはまずないだろう。すまないが他をあたってくれ、売れるように祈りはしておくから」
そう言って踵を返し、再び仲間たちのところへ帰ろうとしたときである。
”まったァ───!”と店主の声。予想外に大きい声量に驚いたのは男だけでなく周囲を行き交う人たちも同様であった。みな一様に声の主のほうへ変なものを見るような目を向ける。
「にひひひひっ」
「な…なんだ、いきなり大声を出したかと思えば、今度は突然笑いだすなんて。……もしやオヤジ、お前さん危ない薬でもやっているんじゃあないだろうな?」
「ばっ………バカ言わんでくれよ旦那! あっしゃもう薬物なんてやってねェよ!?」
「いや、昔はやってたんかい」
ビシっとツッコミを入れられれば今度は店主が返事に窮する。
このままだと話が進まないと思ったのか、あるいは図星をつかれたのを有耶無耶にしたいのか、コホンと咳ばらいを一つして本題に取り掛かる店主。
「流石は旦那だ、ここに並べてあるものがぜーんぶガラクタだってのはお見通しってわけかい」
「………だから?」
「中へ入っておくんな。無理やり買わせようとはせんから中の品物を是非とも見てくれ」
「おわっ、人の腕をつかんで引っ張るな! オヤジには俺のもっている荷物が見えないのか!?」
なおも強引に腕を引っ張られる力は加減されず、ついには店の中へと引きずり込まれてしまった。薄暗い部屋には二つのランプしか光源はなく、目を凝らさなければ奥まで見えない暗さだ。
ガラガラ…ガラガラ…ドスン。音からして重そうな箱をもってきた店主はいそいそと中身を放り出してくる。またもやガラクタかと思われる古びたアクセサリーの数々。男は買った食材がホコリにさらされないよう上着をかけて一つずつ見ていけば、彼の眉間にシワが集まってくる。シワはじわりじわりと深さを増していきこのままだと海溝ができそうなほどだ。
そんな男の様子に店主は満足げな表情をしたまま黙っていた。腕を組み、イスに腰かけ、灰皿からタバコをとってそれに火をつける。一吸いしたあと、ようやく男が店主に向かって言葉を発した。
「何故…これを俺に?」
「なんとなく」
「それだけではないだろう。これらは一つ一つに魔法がかけられたマジックアイテムだ。ただの店主が趣味で集められる範疇を逸脱している」
「旦那、本当になんとなくなんだ。なんとなく今日、倉庫の奥に眠っていたソイツらがな? 本当に輝く日がくる……って思っちまったんだ」
しんみりとした雰囲気でそう言った店主の頬っぺたには一筋の涙が流れる。まるで並べられたこれらのアクセサリーが誰かの形見のように、他人では思い図ることの出来ない気持ちが込められているようにも見えた。
「───で、本音は?」
しかしながら、ここに空気を読まない男がいた。
誰もがその心中を訊くことが憚られそうなタイミングで綺麗にバッサリと、店主のまとう雰囲気を両断したのであった。
「いやははははは! 流石の旦那には通用しねえか。並の客人なら自分が選ばれた存在かもとか、雰囲気とかで流されて買ってくれるんだがね」
「うん? この紋章……お前、まさかコレ全部が全部どこからかかっぱらってきた盗品だな!?」
「頼むよ旦那ぁ~! メチャクチャ安くしとくからさぁ! それにソイツらを盗んだのだって十数年前なんですぜ? もう貴族様の捜索依頼は取り下げられたし効果も本物なんだ。今月は全然売れなくて借金取りが怖いんだよぉ!」
予想の数倍はどうしようもないヤツであった。
だが、店主の言う通りこのイヤリングなんかは「矢除け」の魔法効果が刻印されている。装着するだけで遠くからの投擲物を外れさせる効果があるため、普通の価格帯であれば男が容易に手を出せる代物ではない。
「えーっと……いろいろと差っ引いて、これでどうだ!」
「たっか、帰る」
「からのぉ~半額! あれもこれも同一の値段だ!」
「………六人で金貨九〇枚、か」
安い、とんでもなく安くなった。一つ金貨五〇から七〇枚はくだらぬであろう品々が、一つ一五枚で買えるとは破格も破格の値段である。男は顎に手を当てて少しだけ思案した。盗品の捜索依頼は取り下げられたからと油断はできない。むしろ、何気ないところで盗品だと露見すればまた面倒ごとが増えるだけだ。
うんうんと唸ること数分───彼は決心をする。一つ二つ三つ……計六つの商品を手に取って店主に差し出した。
「コレらだけ買ってやる。金貨八〇枚でいいからこれ以上は俺に求めんでくれっ」
「まいどっ! へへへ、良い買い物しやしたね旦那?」
「何が良い買い物だ、商品ばかり良くて他はてんでダメダメじゃないか」
「まあまあまあ、そう言わんでください。ほらっ、上等な香水もおまけしますから!」
「借金取りには本当に気を付けろよ、あいつら根こそぎ奪えるなら奪っていく畜生だからな? それじゃあ元気でなオヤジ」
「あっしもそろそろこの国とおさらばでさぁ。またどこか縁があればお会いしましょう、旦那」
ホコリっぽい古びた店から出れば肌を刺す寒風が吹く。厄介なことに出会ってしまったとつぶやく男の手には少しだけ重みのある布袋が新たに握られ、代わりに軽くなってしまった財布が何とも悲しくなった。
「さて……帰ろうか」
はぁー……っと白んだ息を吐いて歩き出す。目指す場所は仲間のまつところ。今日は彼にとって仲間にとっての記念日となる日。心なしか歩くスピードも速くなり、何だか男は早く帰りたくなった。
★ ★ ★
暖かいオレンジ色の光がテーブルに反射して柔らかい雰囲気が部屋一帯に伝わる。並べられたイスに座る五人と一翅は、光の加減で赤色にも見える黒髪の男に注目していた。
並べられた肉や魚、パン、サラダ、ジュースにお酒といった豪勢な食事に手を付けている一翅を除き、誰かが零した男の過去について興味津々といった具合だ。
「なに? ”俺の話が聞きたい”だって?」
ヒューム族の男がそう訊き返した。
「うん、センセーってあんまり自分の過去話さないじゃん?」
「そりゃあ訊かれないからな」
「だから拙者たちが訊いてるんでござる! どこで人を斬り、首を刎ね、悪党を両断したのか!」
「俺をどこぞの人斬りと一緒にするな、異常者め」
同じくヒューム族の子どもと少女が言った。
「私もあまり貴方のことをよく知らないんだ。昔、助けてもらったときにも訊かなかったから」
「右に同じく。儂もお前さんが恐ろしい男だということ以外てんで知らん。どこで産まれてどこで育ち、どこで何をしていた」
「うへぇ! どーせこのヒュームのことだからロクでもないわよ! きっと、か弱いアタシ様みたいなのをいたぶって遊んでいた…イファファファファッ!? ごめんなふぁい、ごめんなふぁい!」
耳の長いエルフ族の女に背の低いドワーフ族の男も賛同した。
翅のはえた小さいフェアリー族は頬っぺたを引っ張られた。
「聞いてもつまらんぞ。何せ人生のほとんどは棒を振ってきただけだからな」
事も無げにそう言った男はそそいだワインを一口飲む。今日は旅人たちが初めてパーティーを組んだ記念日なのだ。だからこそこの”ののほん”としたマイペースを崩さない男の過去を知らねばならない。この場に集まった全員は少なからず男と縁を結んだか、あるいは因縁をもったか、浅からぬ関係で出会った者たちの集まりだからだ。
「───あ、そうだそうだ。忘れないうちにお前たちに渡したいものがあるんだ」
一瞬、全員が怪訝な顔をした。自分のことを詮索されたくないから話を別の方向へもっていこうとしたんじゃないかと考えた。しかし、男の様子からするとどうやらそうではなく、本当に純粋な気持ちでプレゼントをあげたいのだと分かった。
「まずは………ゼフ」
「んぇ? お、オレから?」
ヒュームの少年は最初に呼ばれたことで驚いた。付き合いとしてはエルフの女性のほうがはるかに長いため一番に呼ばれるのは彼女だと思っていたからだ。
スッと差し出された手の平を見やる。男の手にはイヤリングが握られており青色の美しい輝きを放っていた。
「「魔除け」の魔法がかけられている。おまえはすぐにトラブルに巻き込まれるから着けておけ」
「トラブル云々(うんぬん)はセンセーも負けてないでしょ? でも、ありがとセンセー」
「ふっ……次はイズナ。お前にはコレだ」
「はっ! ありがたく頂戴するでござる」
ゼフの赤髪をわしゃわしゃと乱暴に撫でまわし、次に読んだのは同じくヒュームの少女イズナ。肌の露出が激しく場所によっては「痴女」としてお縄を頂戴しそうである。そんな彼女に渡したのは足首につけるアンクレット。宝石の類は一切ないのに見るものを惹きつける何かがそれにはあった。
「「水面渡り」の魔法だ。水に類するものならほぼ歩けるようになり、加えて多少なりとも足が速くなるおまけつきだ」
「ほうほう……拙者の脚がまさに韋駄天の如くというわけでござるか。感謝いたします!」
イズナは貰ったアンクレットを早速装着し見事なI字バランスをとってみせた。あまりにも恥ずかしげのない様子に隣のゼフが空気を察して、やんわりと彼女の足をおろさせる。
「勿体ぶるのはやめにしよう。スウィーリア、ガッツ、エルミーシャ、お前たちの分はこれだ」
「おぉ………私のは指輪か」
「儂のは何じゃ、お守りか?」
「ふーん、この太さに長さだとアタシ様の髪紐として使えそうね。褒めてあげるわ!」
エルフ族のスウィーリアには「守護者の指輪」を。
ドワーフ族のガッツには「踏破のお守り」を。
フェアリー族のエルミーシャには「拘束の紐」を。
それぞれ手渡し、付与されている魔法の説明も行えばエルミーシャ以外は全員満足げだ。どうやらエルミーシャにとって可愛くない名前は気に入らないらしく後日、名を改めるようにと言った。
「全員に渡すものは渡したし改めてこの俺、レッドの昔話をしようか。最初は───……」
寒い季節。
温かな食事に手を付けながらレッドは語り出した。
棒を振り続けて幾星霜。教え子と旅をし始めた時より彼の物語は始まった。