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陽炎と氷華  作者: 柚みつ
本編
6/31

6.

 次の日から、シャノーラのスケジュールは変わった。変えざるを得なかった、と言うのが正しいのかもしれない。

 オズウェンの婚約者であることは、王太子妃とイコールだ。だが、オズウェンが学園を卒業するまでは変更される可能性があるとは、貴族の誰もが知っている。

 知っているからこそ、シャノーラと繋ぎを取ってオズウェンに紹介してもらいたいという子女からの声かけが後を絶たなかったのだから。

 氷姫、とシャノーラが呼ばれるようになった理由のひとつは、その声かけで今まで一度もオズウェンに繋がらなかったからという逆恨みからだ。


「こちらです」

「ありがとう、シャノーラ」


 オズウェンについては、療養として学園を一時離れることとした。もちろん、記憶を失っていることは伏せて。

 落馬したのは事実で、まだ襲撃した人物に繋がる手掛かりは得られていない。けれど、きっと手ごたえを感じているはずの襲撃者は、この様子のオズウェンを見て焦るだろう。

 目元を包帯で覆っているとはいえ、自分の足で動き回ってみせたのだから。


「世話をかけるね。君にも、ラウルにも」

「そう思うならさっさと治してください。王太子が蜂に刺されて目を腫らしたなんて、笑い話にもなりませんよ」

「それは、困ったな」

「ほら、馬車に着きましたよ。段差ありますからね、気をつけて」


 いつもよりも遅れてやってきて、学園が賑わっている昼食の時間に帰る。オズウェンの姿を見て、労りの言葉をかけてくる人達に感謝を告げて回っている様子は、さほど時間をかけずに広まるだろう。

 そうして、馬車に乗り込んだオズウェンとラウルを見送るのは、シャノーラだ。こちらも、まだ一仕事残っている。


「それでは、私は先生方から課題を頂いてまいります」

「シャノーラ嬢、お手数おかけして申し訳ありません」

「畏れ入ります」


 目の不自由なオズウェンに、ラウルが付き添うのは何らおかしなことではない。シャノーラが後から追いかけるという理由も、それなりに納得できるだろう。オズウェンが途中で足をもつれさせたことで、ラウルの両の手は空いていないと対応できないと思わせた。

 深く頭を下げたシャノーラとの別れを惜しむかのように、オズウェンは馬車の中から手を振っていた。



「はい、お疲れ。ちょっと気を抜いていいぞ」


 馬車の中、御者まで声が聞こえないことを確認してから、ラウルがオズウェンに向かって告げる。すると、今まで背筋をピッと伸ばしていたオズウェンが、背もたれに深く体を預け、疲れたように息を吐いた。


「ラウル様、いかがでしたか」

「んー、さすが影だなって思ってた」

「声だけは、あまり似ていないんですよ。あとは瞳の色も」

「そこは生まれ持ったもんだから、変えられないだろ。だから、そうやって包帯巻いてもらってるんだし」


 赤ちゃんのようなオズウェンを、学園に連れて来られるはずもない。この場にいるオズウェンは、彼の影だ。有事の際は、その身をもってオズウェンを守るように教育されていた影は、出番もないままここまで来た。

 このまま、表に出る事がなくてもいいと思っていた矢先の出番。それも、想像していた使われ方ではなかった。

 背丈と髪の色は同じ。けれど、王家の色を持つオズウェンとは瞳が違う。そこを隠すためと、学園を正当な手続きを踏んで休むために作り上げたのが、蜂に刺されてしまった、という理由。


「オリバーが蜂に刺されることはなかったんだがなあ」

「目元だけ、というのもいささか不自然でしょう。この程度なら、問題ありませんよ」


 真っ赤に腫れた手首をそっとさすりながら、オリバーは緩く首を振った。影となると決めてから、多少の毒には体を慣らしてある。二度目だと死んでしまう可能性があるから、と避けられていた蜂の毒。今回は話により信憑性をもたせるためにリベール領までわざわざ出向いて刺されてきたのだから、役に立ってもらわなければ痛み損だ。

 オリバーから見たら、オズウェンを診察した医師に付き添ってもらっただけでも十分なのに。ラウルは、一度納得したはずなのにそこまでしなくても、とまだブツブツ言っている。


「……長期戦だ、俺も出来る限りサポートする」

「ありがとうございます」


 苦しいだろうが、ひとまずオズウェンが学園に顔を出せない理由は作り上げた。けれど、それは持って半月がいいところだろう。

 無くした記憶を取り戻す方法など、どこを頼ればいいのかも分からない。オリバーはオズウェンとして過ごさなければならない時間が一日の大半なので、調べるにも限度はある。

 事情を知る何人かが内密に動いてしか調べることが出来ないのだから、時間がかかるのは想定内だ。諦めるという選択肢はない以上、どんな事でもやってみるべきだろう。

 馬車が王宮に着くまでの間、ラウルとオリバーは意見のやり取りを続けていた。



「気遣いがありがたくないなんて、思うとは思わなかった……」

「オズウェン様の影としては、誇らしいのですが……」

「お力になれず、申し訳ありません」


 学園が通常に終わってから、シャノーラは教師たちにオズウェンの状況を説明して、課題をもらってから王宮へとやって来た。

 腫れているだけで、目が見えない訳ではないと伝えたけれど、教師からはほとんど課題を出されなかった。オズウェンが、きっちりと勉強していることを知っているからこそ、無理をさせずに療養に集中するようにとの言葉と共に。


「シャノーラ嬢は何も悪くありません。全く隙を作らなかったオズに責があります。

 とはいえ、そうしなければならない立場ですけどね」


 頭を抱えて悩み始めたラウルを見て、オリバーも同じように考え込んでいる。もちろん、シャノーラもそうだ。

 学園には通わずとも、王宮の中ではオズウェンとして振る舞わなければならないオリバーに、少しでも気の抜ける時間を作るために使いたかった、シャノーラが届ける学園の課題。

 もちろん、王宮にオズウェンがいるのだからシャノーラが通って来ても何の問題もない。けれど、蜂に刺されたという理由がある以上、あまりにも長居をすると悪く言われてしまうのはシャノーラの方だ。


「王妃様の方でも、シャノーラ嬢を少しでも長く留められるように協力いただけるそうですが」

「期待は出来ないでしょう。王妃様も、ご多忙ですから」


 シャノーラが王宮に通う事になった理由は、オズウェンが見せた笑顔だ。

 最初こそ泣き喚いたものの、次に顔を合わせた時には笑顔を見せた。それから、シャノーラのようにしゃがみ込んで姿勢を低くしたメイドが話しかけてみたけれど、そこまでの変化はなかった。

 記憶を失っても、シャノーラが一番であることは忘れていないんだな、とラウルの軽口に、周りからひとしきり笑いは起きたが。


「シャノーラ様」


 オズウェンに会いに行くとなり、立ち上がったシャノーラにオリバーから声がかかった。

 今から向かうのは、オズウェンの私室。出入りが出来る人物は限られるが、途中の廊下は誰だって通ることが出来る。そこでの振る舞いは、オズウェンでなければならない。


「影とは言え、オズウェン殿下でもないのにその身に触れることを、お許しいただけますか?」

「何を仰っているのですか。オリバー様がいらっしゃるから、オズウェン様をお守りできているのですよ」


 オリバーの事は、オズウェンからすでに紹介されている。何度も顔を合わせたこともあるので、シャノーラにとってオリバーは、ラウルと同じ位置にいる。

 今、記憶喪失のオズウェンを守ることが出来るのは、オリバーが影としての役目を果たしてくれているからだ。それが理解できないシャノーラではない。


「あなたは、ウィン様の大切な方です。何を拒むことがありますか」

「ほらな、シャノーラ嬢だったら大丈夫だって言っただろう?」

「そうですね。……ずっと、見ていたはずだったのに」


 そっと差し出された腕に通る手はほっそりとしているが、一度ぐっと握られたことで力強さを痛感する。

 自身の婚約者が記憶を失くして、赤ちゃんのように泣いている姿を見ているのに驚かないばかりか、積極的に関わろうとする。

 知っていたはずなのに、知らなかったシャノーラの一面。自分も、頑張らねばならないとオリバーは改めて決意した。



「オズウェン殿下、シャノーラです」


 オズウェンの私室は、今までの雰囲気からがらりと変わっている。学園に通っている時間は、医師が付き添って体の動かし方や言葉の発し方を教えているそうだ。一度は身につけたものだからだろうか、覚えは早いらしく、オズウェンの成長を見るのが楽しみだと医師は笑っている。

 記憶を失ってから二日、まだ意味のある単語にもならないけれど、声を出すことは思い出したようだ。


「シャノーラ嬢、見てくださいよ。オズ寝てます」

「寝顔を、拝見してもよろしいのでしょうか」

「いいんじゃないですかね。こんな無防備な顔、滅多に見られませんよ」


 ニヤリと笑うラウルに、くすくすと穏やかな笑みを見せるオリバー。二人の反応は違っていたが、顔を見てもいいとの意見は一致した。

 ゆっくり休んでいるのだったら、とこっそり顔を覗いたシャノーラは、気持ちよさそうに眠っているオズウェンの表情を見て嬉しそうに笑う。


「起きたら歩きの練習だって。また俺、クッションになるのかなあ」

「ラウル様は、主人に潰されるのがお好みですか」

「いろんな意味でごめんだな。さっさと思い出してくれないと」


 軽快な言葉の応酬は、オズウェンが目を覚ますまで続いた。





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