宝物を見つけた日
オズウェン視点。
僕と彼女の初めまして。
あの瞬間の事を。きっとこの先ずっと忘れはしないだろう。そう感じた時の胸の熱は、今も。
「オズウェン殿下は覚えが早いですね。ここは、先日お教えしたばかりだというのに」
にこにこと目元にしわを作って僕を褒めてくれるのは、乳母。先日教えてくれたのは乳母ではないけれど、話はきちんと通してくれていたのだろう。そうできる人だったからこそ、今この場にいないのかもしれないけれど。
「僕は、第一王子ですから。このくらいは出来ないといけないのでしょう?」
そう言われた言葉は頭の中に貼りついたように消えてなくならないのに、そう告げた時の乳母の顔は見たくなくて。
わざと本から顔も視線すら上げずにさらりと声に出してみた。きっと、傷ついている顔をしているだろうから。
「誰だそんなこと言ったやつ」
「あ、こらラウル。お前はまた」
しん、と静まり返った自室に突然響いたのは、不機嫌を隠さない声。ハッとしたように硬直から解けた乳母は、その声の主を叱っている。
くるくると変わる表情、気楽な態度を崩さない彼は、乳母の実子だから将来が決められてしまった。基本的に僕の傍を離れることはないラウルだけど、今のうちに手伝いと称して王宮のあちらこちらに顔を繋げておいた方がいいと判断した乳母によって、時々お使いに出されている。
それが、本人の望みかどうかも分からないうちに。
「なんだよ、ちゃんとした用事だって。王妃様からオズを呼んで来いって言われたんだよ」
「全く……この部屋以外ではそんな話し方をしていないだろうね?」
「もちろん! 怒られるのは嫌いだからな!」
ラウルは胸を張っているけれど、そんな器用な真似が出来るような年頃でもないはずだ。同じ年齢だけど、僕には第一王子という肩書がある。優秀でなくてはならない僕と違って、ラウルはそんな事をしなくてもただ笑っているだけで周りから愛されていていいはずなのに。
「はあ……オズウェン殿下、愚息が申し訳ございません。お気に障ることがあれば、いつでも仰ってくださいませ」
乳母が申し訳ないと頭を下げるのだったら、僕だって同じだ。いくらでも道を選べたはずのラウルの先を定めてしまったのは、僕なのだから。
「オズウェン殿下だ」
「この間の学者の話に混じっていたというのは本当なのかしら」
「新たな作物の栽培方法を見つけたと聞いたぞ」
「だから教育係をまた探しているのね。大変なこと」
「あんな小さいのにね」
「ああ、末恐ろしいな」
ラウルが伝言をもらって来たのは、王妃様。つまり、僕の母上からだ。ラウルも一緒に来るように、と言われたから急いで僕のところにやって来たらしい。王宮は僕の家でもあるけれど、さすがに子供二人だけで移動することは出来ない。乳母も教育係の代わりとなってくれているけれど、他にもやることはあるのだし。
伝言を任せたとはいえ、子供の足。僕たちが部屋を出ようとしたときには、すでに騎士が外に待機していた。
「……聞こえていないとでも、思っているのかな」
「オズ……」
「大丈夫だよ、ラウル。気にしてないから」
僕らに聞こえていて、彼に聞こえていないはずはない。先導している騎士がほとんど話さないのは職務に忠実だからではなく、あの声達と同じ意見だからなのだろう。
こそりと呟いた言葉に、即座に心配そうな声を上げてくれるラウルだって何も思わないわけではないだろう。ただ、僕が隣にいるから何も言わずにいてくれるだけだ。
「それにしても、王妃様の用事ってなんだろうな」
「さあ、何だろうね?」
こうして相手に何も情報を与えないような話を振ってくれることといい、本当に年齢らしくない育ちをさせてしまう環境にいることを、申し訳なく思うよ。ラウル。
そうして向かった先には、一人の女の子がいた。緊張しているのか顔はこわばったままで、それでも隣にいるだろう父親の手を取らずに一人で立っている子だった。
同じような感じで女の子と会ったことがある僕はまたか、と溜め息を吐いてしまった。その音にびくりと肩を揺らした女の子の様子を見て、少しだけ申し訳ないとは思ったけれど。
婚約者を選ぶために、こうして場を設けられたのは、何度目だっただろうか。それでも僕に選択権があるようで、今まで一度も首を縦に振ってはいない。だって、どう考えても面倒だろう。第一王子がこれからずっと隣にいなくてはならないなんて。それに、今まで会ってきた子の誰もが、僕を王子としてしか見ていなかった。まあ、それが当然なんだろうと諦めたのは何回目だったか。
「シャノーラ・リズローでございます。オズウィ、失礼いたしました!
オ、オズウェン殿下にお会いできましたこと、嬉しく思います……」
たどたどしい口調なのも無理はない。僕の名前、綺麗に発音しようとするのにはまだ少し難しい年齢だろう。といっても僕とあまり変わらないようにも見える。
アイスブルーの髪は伸ばし始めたばかりなのか、肩にかかるくらいで切り揃えられている。癖もないストレートの髪は、彼女が俯いた動きに合わせてさらりと揺れる。
一瞬だけ僕を見た紫の瞳が隠れてしまったことが惜しいと、そう素直に思えた綺麗な瞳。
「オズウェン殿下、申し訳ございません。娘にはもう一度勉強させ直します。シャノーラ、下がりなさい」
「はい、お父さま」
入って来た時とは違う理由で赤くなった顔は、自国の王子に会える機会を得たのにもかかわらず、名前を間違えるという己の至らなさを恥じているのだろう。
名前を噛んでしまったとはいえ、まだ幼い令嬢にしては礼儀をしっかり弁えている。僕に礼を取った後はそっと控えて、声をかけられるまでそのままでいるくらいだし。
「シャノーラ嬢」
「は、はい」
「僕の名前、難しいよね。また来てくれると嬉しいな」
にっこりと笑って見せたけれど、シャノーラ嬢は顔色を変えなかった。それが、社交辞令であると分かったのかもしれない。宰相を父に持つ彼女だったら、きっと僕の話も少しは耳にしているだろうから。
けれど、またという言葉にははにかみながら頷いてくれた。
僕が退室するシャノーラ嬢にゆるく手を振っている間にもラウルの視線を感じるけれど、それ以上に母上からの視線が刺さる。今までにない反応を見せたのだから、無理もない。
「決めました、僕の婚約者はあの子がいい」
頭の片隅には止めておけ、彼女に申し訳ない、という言葉がぐるぐるとめぐっている。けれど、王家の婚約者など、この先の自由を奪うのとイコールなのだから。それと同じくらい、彼女でなくては嫌だという気持ちが胸の奥にくすぶっている。
もしかして、これが一目惚れと称されるものだろうか。僕の、あの紫の瞳が綺麗だと思った気持ちが。
「オズウェン、本気で言っているのか」
「もちろんです。僕の隣にいて欲しいのは、シャノーラ嬢です」
あの子でいい、ではなくてあの子がいいと言ったのだから、母上も父上も分かっているのだろう。ただ、子供のひと時の戯言ではないかという確認をしたかっただけだ。
「分かった。ただし、これはあくまでも打診だ。むこうにも断れる余地は残す。それでもいいな?」
「ありがとうございます」
僕の顔を見たラウルが、うわあなんて呟いていたけれど、聞こえないふりをしておこう。僕はこれから、どうやってシャノーラ嬢と次の機会を持とうかを考えなくてはならないからね。
「シャノーラ嬢、こんな本を手に入れたんだけど……」
次の機会は、思ったより早くやって来た。今まで二度目はなかった王子の婚約者選び。初めて二度目を手に入れた令嬢は、周りの創造よりもはるかに普通の、女の子だった。
ただ、こちらの事情に深入りしてこない話し方、媚びるような態度もなく世間話をするような関係は、存外心地よくて。
気付いた時にはシャノーラ嬢が夢中になっているという刺繍の、珍しいパターンが載っているという本を手にしていた。僕は不得手だけれど、シャノーラ嬢の手の先から一刺しごとに鮮やかな世界が広がっていくのを見ているのは、楽しかった。
「シャノーラ、君に教えてもらった花だと思うものを買って来たんだ。合っているか、確かめてほしい」
初めて王都を離れて地方への視察についていくときには、向こうの地域で咲いているという花を教えてもらった。
王都の気候では根付けず、育てることがとても難しいのだけど地方だとありふれた花。柄にもなく抱きかかえられるくらいの花を買ってしまった僕を見て、ラウルは指をさして笑っていたけれど。
「……シャーリー?」
「おはようございます、ウィン様」
もぞりと動くと肩から何かがするりと落ちる感覚があった。とっさに受け止めようとしたけれど、それよりも早くシャーリーが巻き込むようにして回収してしまう。くしゃりと紙のよれる音がしたのは、僕が執務机にうつ伏せるような体勢をしていたからだろう。
手触りの良いブランケットを抱いているシャーリーを見て、自分が眠ってしまっていたことに気が付いた。
「お疲れのようでしたので、そのままにさせていただきましたが……次からはお声をかけた方がよろしいでしょうか」
「そうだね、次がないようにしたいけれど。その時は、君の声を聞きたいな」
「ウィン様、寝ぼけていらっしゃいますね?」
くすくすと幸せそうに笑うシャーリーが、口元に添えた手にはきらりと存在を主張する指輪がある。
ああ、そうだ。僕はずっとずっと希っていたものを、手に入れたのだった。
「ウィン様?」
「ねえ、シャーリー。僕は、幸せだよ。
……ありがとう」
ブランケットごと抱きしめたシャーリーは、あの頃よりもずいぶんと髪も伸びた。もう僕の名前を噛むことはないけれど、あの日の事を忘れないような愛称で呼んでくれる。
そして、綺麗だと思った紫の瞳は真っ直ぐと僕を捉えて離さない。
ありがとう。僕を、見つけてくれて。受け入れてくれて。
僕のすべてで幸せにするよ。だから、ずっと隣で一緒に幸せになろう。
シャノーラを大好きだと公言するオズウェンの、始まり。




