表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陽炎と氷華  作者: 柚みつ
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/31

29.

 シャノーラの目の前で跪いているのは、オズウェン。はっきりと見えるように、捧げるようにシャノーラに差し出しているのは、指輪の入った小さいケース。

 オズウェンの後ろに控えているラウルと、その少し後ろにいるモニカは笑顔だ。戸惑ったような顔をしている生徒からの視線は真っ赤になったシャノーラと、跪いたままのオズウェンに集まっている。


「オズウェン、様……」

「どうかな、シャノーラ。僕と、これからも共に歩いてくれないかな」


 この婚約は、オズウェンの一目惚れから始まった。もちろん、シャノーラには断る権利もあったし、打診もあった。けれど、受け入れたのはシャノーラの意志。オズウェンにも話した事はないかもしれない。シャノーラも、オズウェンに一目で気持ちを奪われたのだと。

 さらさらなびくブロンドの髪は、太陽の光を反射しているかのように輝き、王家の色と言われている深い蒼をその瞳に宿した王子様。まるで、寝物語から飛び出してきたような王子が自分を見て微笑んでいる。幼いシャノーラの気持ちが傾くには、十分すぎるだろう。

 今だったら、シャノーラが婚約者になると言った時に両親が安堵した顔と同時に、少しだけ不安そうな目をしていた理由が、理解できる。


「私が氷姫と呼ばれていること、分かっていました」

「うん」


 答えもせず目をつむっていたシャノーラの事を、ずっと待っていてくれたオズウェン。生徒たちもいる前だから、と一度は飲み込んだはずの言葉は、思っていた以上にスルリと口から飛び出した。

 見守るように周りを囲んでいる中には、気まずそうに視線を逸らしたり視線をさまよわせたりしている生徒がいるが、もうシャノーラが気にすることではなくなるはずだ。


「けれど、対処もせずにその程度なら、と放置していました」

「うん。知っているよ」


 フィネというミドルネームは、王太子にしか付けられない。だからこそ、王子であったオズウェンがその名を継いだ時には国全体が賑わったものだ。そして、シャノーラに向けられる視線と、悪意が増えた時でもある。

 幼い頃から婚約者であったのだから、普通であれば対抗しようとは思わないだろう。けれど、この国の王族には、学園を卒業するまでならば婚約者を変更することが出来るという、慣例がある。

 先ほど、騒ぎを起こした令嬢のような物言いは数えきれないほど受けているし、それよりももっとひどく、王太子の婚約者として立てないような傷をつけるといった、直接的な行動に出られたことだって少なくない。オズウェンは、シャノーラが報告していないこともすべて把握していたようだから、きっと思っていた以上に数が多かったのだろうけど。

 オズウェンは、シャノーラが氷姫と呼ばれていることは当然知っていた。知ったうえで、シャノーラがそうならざるを得なかったのだと理解していたから、様子を窺っていたにすぎない。


「オズウェン様から言われていても、態度を示してくれていても、婚約者の立場はいつか変わるのではないかという気持ちが捨てきれなかった私です」

「シャノーラがそう思うことは当然だ。それでも、ここまでずっと僕の婚約者として立ってくれたこと、本当に感謝している」


 それは、オズウェンもシャノーラの態度から感じ取っていた。小さい頃はシャノーラから取ってくれていた手も、今はオズウェンが差し出さなければ握られることはない。自分から距離を詰めてしまったら、離れるときが怖いのだと思う感情は、オズウェンにだってある。王家の慣例が破れないのであれば、せめて同じ思いはさせまいという一心でシャノーラに接していた。

 けれど、不安になるのは当然で、シャノーラが悪いわけではない。


「そんな私でも、隣を歩ませていただけるのでしょうか」

「僕は、それでも君が隣にいる未来しか描けないんだ。どうか、受け入れてくれないだろうか」

「……こちらこそ、よろしくお願いいたします。オズウェン・フィネ・ハルナード殿下」


 今度は、先ほどのように長い時間はかからなかった。深々と頭を下げたシャノーラは、その場に跪いてオズウェンと目線を合わせる。そうして、指輪の入った小さなケースを、それはもう宝物のように大切に受け取った。

 きょとんとしたオズウェンと、嬉しそうに笑うシャノーラ。二人のその表情が見えた瞬間に、ホール中から歓声が上がった。


「オズウェン殿下、シャノーラ様、おめでとうございます!」

「おめでとうございます」


 興奮した生徒たちに囲まれそうになったオズウェンとシャノーラは、さっと立ち上がってその場を離れた。壁になるように動いたモニカとラウルによって、ひとまずもみくちゃにされるという危機から脱した二人は、ほっと息を吐く。


「オズウェン殿下、用意していた甲斐がありましたわね。シャノーラ様が断らないと思っていなければ、さすがにこの生徒たちの前で告白は出来ませんでしょうけれど」

「モニカ嬢は、オズに辛辣だな」

「大丈夫、それもシャノーラの事を心配しているからこそだと分かっているからね」


 オズウェンはさらりと告げたが、ラウルは目を丸くしている。単純にオズウェンの事が気に食わなくて、とげとげしい言葉を使っていたとでも思っていたのだろうか。

 モニカは、学園でシャノーラがずっと一人で過ごしていたのを見ていたのだ。時々声をかけたり、共に授業を受けたりもしたけれど、そこまで親しいという状況でもなかった。それでも、王太子の婚約者という目に晒されているシャノーラの事は、心配していた。見抜かれていたのは悔しいけれど、そうでなければシャノーラを任せられない。


「……当然です。シャノーラ様を幸せにするのであれば、これくらい受け流していただきませんと」

「そこは、訂正させてもらおうかな。モニカ嬢。

 シャノーラを幸せにするのではない、シャノーラと幸せになるんだ」

 

 シャノーラの細い指には、付けたばかりの指輪が光っている。オズウェンの蒼とシャノーラの紫を一粒ずつ飾ったシンプルなデザインだったが、とてもよく似合っている。


「ありがとうございます、オズウェン様。私も、オズウェン様と幸せを見つけたいです。これからも、ずっと」

「もちろんだよ。一緒に、いろんな事を分け合おう」


 今まで、公務で見せていた笑顔のなかにも、どこか不安で揺れているような感情が見え隠れしていた。けれど、今のシャノーラにはそんなものが全く見受けられない。

 言葉でも態度でもなく、約束が形あるものとして見えるようになった事も大きいのだろう。今までの二人とは違う空気に、ラウルは眩しいものを見るかのように目を細めた。


「いいものですねえ。卒業パーティーで、愛を誓う二人。こんなに大勢の前で約束したのですから、違えることもないでしょうし」

「……!」


 わざと声を張ったラウルの思惑通り、生徒たちにざわめきが走る。一部行動力のある生徒は、意中の相手や婚約者を呼んではオズウェンの真似をして愛を誓っていた。

 オズウェン達に声をかけようと機会を狙っていた生徒たちは、あっという間に人の波に飲み込まれていった。


「ラウル様……いいご判断です」

「半分は本音ですけどね。俺にも、いいご縁欲しいものですよ」


 それからというもの、学園の卒業パーティーで愛を告白すると末永く幸せでいられるというジンクスが伝わり始めたのは、まだ誰にも分からなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ