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陽炎と氷華  作者: 柚みつ
本編

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28/31

28.

 学園の卒業だから、と普段よりも豪華な食事が並べられていたが、今運ばれてきた料理はさらに華やかだ。

 こうなるだろうことを見込んでいたオズウェンが、学園に自分のわがままだと言って用意していた料理は、生徒たちの目を輝かせるには十分すぎた。


「シャーリー、向こうでゆっくり食べようか」


 注目の的だった令嬢は教師がホールの外へと連れて行ったとはいえ、オズウェン達に視線が集まらないはずがなく。

 それは、今までとは違った側面を見せたオズウェンへの恐怖も、少なからずあった。オズウェンは気付いていて黙殺しているが、シャノーラに向けられた視線にはひとつひとつ、圧をかけている。それが、氷姫と呼んで嘲笑していた者が謝罪をするために様子を窺っているものでも、ころころと変わる表情に心奪われたものでも、等しく。


「あの、シャノーラ様……」

「リズロー侯爵令嬢!」


 呼び止める声などまるで聞こえないような素振りで、オズウェンはシャノーラをホールの所々に用意されているソファーへとエスコートした。

 シャノーラの交友関係はモニカを通じて把握している。今声をかけてきたのは、そのどこにも当てはまらない生徒たち。ただ自分の罪悪感をなくしたいがために声をかけてきたのだろうとは、簡単に想像がついた。


「オズウェン様、あの方々は」

「シャーリーが気にすることはないよ。あとで、ちゃんとに話を聞いておくから」

「それなら、良いのですが」


 せっかく自分の色を纏わせているのに、シャノーラが気にするのは別の人物の事。そんなシャノーラの優しさも愛おしく思うオズウェンだったが、今この時くらいは自分だけを見ていてほしい。そんな独占欲がむき出しになっていたのだろう、気が付けばシャノーラに声をかけたそうにしている生徒たちの視線を遮るように自分の位置を変えていた。


「シャーリーは優しいね」


 オズウェンが前にいることで、シャノーラからはこちらを見ている生徒の姿はほとんど確認できない。それなのに、ちらちらと視線を向けているシャノーラの紫の瞳には、心配の色が見て取れた。


「優しくなど……オズウェン様に、嫌われたくないからそう見せているだけです」

「僕がシャーリーを嫌いになるなんて、想像もつかないな」


 オズウェンに言われた優しさ、が自分の保身から来る打算なのではないかとも考えていたシャノーラは、思ってもみなかった反応に目を丸くする。

 それからくすくすと笑い出す。オズウェンにとっては当然で当たり前のことを言ったはずだったので、どこが笑いのツボだったのかが分からず、思わず首を傾げた。その様子も面白かったのか、シャノーラの笑いはまだ止まらない。


「それなら、私達はずっとお互いを嫌うことはありませんね」

「ああ。嫌われないように努力は怠らないよ。だから、シャーリー。どうか僕が道を踏み外しそうになったら引き留めてくれないだろうか」

「……ウィン様が道を踏み外すなど、それこそ想像もつきませんわ」

「はい、そこまでー!」


 ベリっと音が鳴りそうなくらい勢いよく割り込んだのは、ラウル。その後ろには呆れたような顔をしたモニカがいた。


「シャノーラ様が優しいからといって、そのような重責を担わせないでくださいませ。オズウェン殿下が道を踏み外すのであれば、蹴り飛ばしてでも元に戻して差し上げますわ」

「うん、モニカ嬢は僕に少しばかり厳しいのではないかな?」


 口ではそう言いながらも、オズウェンが気分を害した様子はない。ラウルともまた違う遠慮のない接し方が、新鮮で楽しいのかもしれない。

 初めの頃こそシャノーラは少しだけハラハラしながらそのやり取りを見ているが、どちらもちょうどいい距離を分かっているのだろう。きっとこれが二人なりのコミュニケーションなのだ、と今では微笑ましく見守ることが出来るようになっていた。


「さ、シャノーラ様今のうちにお食事をいただきましょうか」

「ラウル様も召し上がってくださいね?」

「もちろんですよ。あ、これ美味しかったですよ」


 にこにこと笑顔で差し出されたのは、どれもシャノーラが好んでいる料理ばかり。よく見れば、オズウェンに出した皿にはまた違った料理を並べている。

 たくさんの生徒がいるなかで、追加された料理から綺麗に取ってきたうえ、自分も味を確かめているその素早さはさすがとしか言いようがない。


「ありがたく、いただきますね」

「そうしてください。この料理も、オズが選んだんですから」

「ラウル。君はそろそろ口を閉じようか?」

「あれ、聞こえてましたか」


 にやにや笑っているラウルに、オズウェンが少しだけ低い声で静止をかける。その声を聞いても態度を変えないラウルに、オズウェンから視線をそらした。ブロンドから覗く耳がほんのりと赤くなっているのを見たのは、シャノーラだけだ。


「……あの令嬢は、どうなるのでしょうか」

「学園内だけで、収めようとは思っているよ。家がどうするかまでは、僕の範疇ではないけれどね」


 ひと通り食事を楽しんだ後、シャノーラがぽつりと零したのは先ほどの騒ぎの原因となった令嬢の処遇について。

 あれだけの人数の前で自分の事を嘲笑した相手を心配しているのだから、やはりシャノーラは優しいと思うのだが、それを口にするとまた堂々巡りとなってしまうのでオズウェンは別の事を口にした。

 王太子の婚約者を侮辱したとはいえ、所詮学園内での些細な出来事だ。それで何か王族の公務として不都合が生じたわけでもない。あの令嬢を使って、シャノーラの不名誉な呼ばれ方を無くそうと画策したのも事実。明日からはきっと、この学園で氷姫という声は聞こえなくなるだろう。

 多少は役に立ってくれたのだから、重い処罰にはしないという温情くらいは与えてもいいはずだ。それに何か裏があると思った彼女の家が別に処罰を与えようとも、それはオズウェンのあずかり知らぬことだ。


「あのように騒ぎになってしまったのですから、難しいのは承知していますが……

 学園の卒業は、迎えられるといいと思います」

「そうか。シャーリーが望むのであれば教師たちに、それとなく話しておこう」

「ありがとうございます、ウィン様」


 シャノーラも、これは王太子妃になるものとしてあまりよろしくないことだとは分かっている。けれど、氷姫という呼び名が定着してしまうくらい、自分が表情を見せてこなかったのは事実。

 顔は見覚えがなかったけれど、この学園を卒業できないことは貴族子女にとってかなりの醜聞となってしまう。せめてそのくらいは、と願ってしまうのを優しさと呼ぶのであればそれでもいい。


「モニカ様は、ベン様とお話出来ましたか?」

「ええ。おかげさまで。ドレスも無事に見せることが出来ましたわ」

「それは良かった。今日のモニカ嬢はいつも以上に綺麗だからね」


 そっとホールの入り口近くにいるベンに視線を向けると、まっすぐに前を見て職務に忠実な姿勢を取っているが、時々ちらりと目線を巡らせている。何も知らない者からすれば、それは単純にホール内に何か問題がないかと確認しているようにしか見えない。

 巡らせた視線の先には必ずモニカがいて、その姿を見ては安心したようにほっと息を吐いているのを、同僚に気付かれているとはベンは夢にも思っていなかった。


「さて、そろそろかな」

「ええ。丁度よく料理もなくなってきたことですし」


 学園の用意した料理も、オズウェンが追加した料理もどちらも同じくらいなくなって、生徒たちが談笑している姿の方が目立ち始めたころ。

 軽い調子で立ち上がったオズウェンは、意味ありげな視線をシャノーラに向ける。卒業パーティーの最後に、卒業生の代表として成績優秀な生徒がスピーチをするのが慣習になっているが、今年はその役目はオズウェンに回ってきた。

 それを事前に聞いていたシャノーラだからこそ、オズウェンが向けてきた視線を正面から受け止めても応援の意を込めて微笑んだだけ。


「それじゃあ、シャノーラ。一緒に来てくれるかな?」

「私が、ですか? よろしいのでしょうか」

「卒業だからね。正式に君が僕の婚約者だと伝えたいんだ」


 それは、学園の生徒には一足先に伝えたいということだろうか。そう理解したシャノーラは頷いてオズウェンの腕を取った。オズウェンの意思が変わらないのであれば、シャノーラは明日から正式に王太子妃となる。

 オズウェンの色を纏ったのも、朝から気合いを入れて身支度をしたのも、このためだったようだ。ラウルが口を滑らせた準備というのも、きっとオズウェンの発表があると分かっていたからだろう。

 生徒たちが一人、また一人とオズウェンに注目していく。それと同時に話し声がだんだんと小さくなり、オズウェンとシャノーラがホールの前方に立った時には、ざわめきは聞こえなくなっていた。


「さて。卒業のこの場で挨拶をする名誉を頂いたのだが、僕からは一つだけ、皆にお願いしたいことがある。どうか、最後まで見届けて欲しい」


 たった一声。それだけで生徒たちの注目を集めたオズウェンの顔には、公務として人前に出るときと同じような微笑みが浮かんでいた。

 その顔を見て、生徒たちから安心したような声がもれる。あの令嬢の前で見せた感情をそぎ落とした表情は、どこにもなかったから。


「シャノーラ・リズロー侯爵令嬢」


 一歩離れてオズウェンの様子を見ていたシャノーラは、その声にピンと背筋を伸ばした。背中を丸めていたつもりはないが、オズウェンのこの声は、体をピッとまっすぐにしなければならないと思えるような、凛としたものだった。


「君を、愛している。どうか僕と結婚してくれないだろうか」




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