23.
「こうして話すのは、久しぶりですね」
王宮に呼ばれたのに、オズウェンだけでなくモニカまで別行動となったことに首をかしげるシャノーラを待っていたのは、王妃だった。
オズウェンが記憶喪失だった時、情報のすり合わせなどで毎日のようにやり取りはしていたけれど、直接会うのは言われたとおりに久しぶりだった。
話すことを楽しみにしていたらしい王妃の綻んだ表情に、申し訳なくなったシャノーラは頭を下げた。
「なかなかお会いできずに申し訳ありません。王妃様」
「あなたが謝ることではありませんよ。オズウェンがなかなか会わせてくれないんですもの」
ころころと笑い、不貞腐れたような様子さえ見せる王妃は、子供が二人いるのだと分かっている身からしても、少女のような愛らしさを無くしていない。
王妃に言われて思い返せば、最近王宮に来るときにはオズウェンがずっとエスコートしてくれていた。言われないと思い至らないくらい、オズウェンのエスコートを当たり前のものとして認識してしまっていることに、シャノーラはきゅっと肩をすぼめた。
ずっと隣にいたいと願っても、この立場はまだ変わる可能性は十分にあるのだから、と自分に言い聞かせるように。
「今日、こうして時間を作れて本当に良かったわ」
「私も、一緒に過ごせて嬉しいです」
そんなシャノーラの様子には触れずに、優雅な仕草でメイドから紅茶のサーブを受けている王妃は、じんわりと上がる湯気の向こうでゆっくりと目を細めて笑う。
王妃と一緒に過ごせる時間は、シャノーラにとっても大切な時間だ。本心からの言葉を口にしたはずだったのに、どうしてだか王妃にはそうとは見えなかったようだ。
「あら、嬉しいと言っているのに、どうしてそんなに曇った顔をしているの?」
嫌いなものでも載せてしまったかしら、と首をかしげる王妃は、きっとシャノーラが浮かない顔をしてしまった理由がそこではないことを分かっている。
テーブルにセットされた軽食には、シャノーラの嫌いなものなどひとつもない。好き嫌いを直接王妃に話したことはなかったが、何度か食事を共にしたときに手の進みが遅かったものは、シャノーラが得意でないものとして認識されているのだろう。
顔にも態度にも出さずにいた、つもりだったのはシャノーラだけだったようだ。その心遣いが、今は少し苦しく感じてしまう。
「おおかた、一人で抱え込んで出来た気になっている、あの子の事でしょうけれど」
「王妃様、あの、それは……」
「あの子ったら、シャノーラを大切にするなんて豪語したのに、肝心なところがダメねえ」
あの子、と王妃が称するのはオズウェンの事で間違いないだろう。アントスはシャノーラを姉のように慕ってはいるが、大切という扱いまでにはいっていない。
オズウェンが出来た気になっている、というのはおそらく、今シャノーラに知られないようにして動いている件のことだろう。シャノーラがそれを知りえたのは偶然で、自分の考えでオズウェンがなにかを隠していることに辿り着いたわけではないから、直接聞けずにいるだけだ。
そして、こうしてお茶を共にしている王妃も、オズウェンがシャノーラに隠していることを知っていて、協力もしている。
「ねえ、シャノーラ」
「はい」
ただオズウェンが何かを隠しているだけだったら、気にしなかった。王太子として、シャノーラに言えないような事があるとは理解しているから。
けれど、王妃まで関係していて、きっと今離れているモニカは話を聞いているか関わりを持った。そう思ったら、胸の奥がチクリと痛むのだ。王太子妃として、感情を面に出さないようにと教え込まれたシャノーラでも、無視できないほどに感情が揺らいでいるのが分かる。
「もう少しだけ、あの子を待ってあげてくれないかしら?」
「待つ、ですか?」
「ええ。不安にさせてしまうことは、私から謝るわ。けれど、決して悪い話ではないのよ。どうか、信じてあげて」
自分の感情を押さえこむように、短い返事しかできなかったシャノーラに向けて、王妃は優しい声で語る。
オズウェンから話を聞いている王妃は、何のために計画をしているのか、シャノーラに伝えてしまうことは出来る。けれど、それをしないのはオズウェンが今までのどの公務よりも真剣に取り組んでいるのかを見たから。
だからといって、これから先も隣にいて欲しいと切望しているシャノーラに、このような顔をさせてしまっていることとは別問題だけれど。
シャノーラとのお茶会が終わってからの算段を描き始めた王妃に、先ほどまでの返事の弱弱しさなどまるでなかったようなシャノーラの声が届く。
「お言葉ですが、王妃様。私はオズウェン殿下を、疑ったことは一度もありません」
胸は、痛む。どうしてだろうという不安だってある。けれど、オズウェンを疑おうとは、たった一度も考えたことはない。
シャノーラは、幼い頃からずっとオズウェンが約束を守る姿を見てきた。どんな小さな約束だって、決して反故にすることはなかった。それは、とても小さなことかもしれないが、積もり積もったものは、信頼と呼べるにふさわしいものだろう。
だから、シャノーラはオズウェンを疑わない。それは、積み重ねてきた時間から成る、確かなもの。
「気持ちを顔に出してしまったのは、私の努力が足りなかったのですわ」
「あなたはもう十分すぎるほどに努力を重ねてくれているわ、シャノーラ。あんな慣習がなければ、大切な時間を無駄にするかもしれない、なんて不安を抱かせずに済んだのに」
不安がないわけではない。けれど、その不安は婚約者が王族でなくても持ち得るものだ。
王妃はあんな慣習と言うけれど、それがなかったら今後の人生に苦労するのは王族ではなく、婚約者側だ。王族から婚約破棄された子女、どう考えても次はないだろう。
まさか王妃まで慣習にそのような感情を持っているとは思わなかったシャノーラは、思わず目を瞬かせる。そうして、今までだったら黙って飲み込んでいただろう気持ちを、ひとつ言葉にした。
「王妃様も、そのようなお気持ちを?」
「まあ、この国の貴族であれば多少なりともね。でもね、私はあの方が選んでくれると信じていたもの。だから、周りから何を言われようとも気にも留めなかったわ」
国王と王妃のなれそめを聞いたのは、これが初めてだ。ふふっと可愛らしく笑う王妃は、その当時を思い出しているのだろう。ほんのりと頬を染めた姿は、同性のシャノーラでも愛らしいと思うほど。
「そうですね。それは、私も同じかもしれません」
「きっとそうであると、私も願っているわ。あなたを娘と呼べる日が来るのを、ずっと待っているのよ」
「母と呼べずとも、私は王妃様の事をお母様のように思っています。幼い頃から、とても良くしていただいていますから」
オズウェンがどんな立ち位置になったとしても、共に歩むと決めたのは、シャノーラからだ。だから、目の前で嬉しそうに微笑んでいる王妃の事を、今後呼ぶことは出来なくなってしまったとしても、母のように慕っているということは伝えたい。
それは、王妃も正しく受け取ったようだ。
「あなたがそう思っているのなら、きっと大丈夫よ。シャノーラ、自信を持ちなさいな」
それから、シャノーラと王妃はたくさんの話をした。王妃の学生生活は、今のシャノーラとあまり変わらなかったようだ。シャノーラは知らなかったけれど、学生時代の王妃は、自分に何か悪質な噂を流された時には力づくで解決したことがあったそうだ。
若気の至りだと王妃は苦笑いだったが、その一件から何かにつけて騎士たちから力試しを申し込まれてしまって大変だったらしい。
シャノーラではさすがにその方法で解決できないだろうけれど、と王妃も笑っていたけれど。もう少し筋力をつけたほうがいいのか、とシャノーラが自分の腕を軽くつまんでいた時に、オズウェンが迎えに来た。
「シャーリー、母上から何か言われた?」
「あら、どうしてそう思われましたか?」
今まで自分のなかにしまい込んでいた感情も、王妃に伝えたからだろうか。シャノーラのなかには、爽やかな風が吹いているかのような穏やかな気持ちしかない。
そして、そんな変化に気付かないほど、オズウェンは鈍感でもないし見て見ぬふりをするようなタイプでもなかった。
「来た時よりも、表情が明るくなっているからね。気になるのは当然だろう?」
「ふふ。ウィン様にも秘密と言われておりますの」
オズウェンがシャノーラに対して何かを隠そうとしているのだったら、こちらもそんな事を作ってしまえばいい。まるで子供のいたずらのような王妃の提案だったけれど、不思議とシャノーラの中にはその言葉がすとんと落ち着いた。
きっと、シャノーラはこうして自分が秘密を作った時に、オズウェンがどう反応するのかを見たかったのかもしれない。そう思えるくらいに。
「それは、どう頑張っても聞けそうにないな」
「ええ、ですので諦めてくださいませ」
「シャノーラ様、楽しそうですね」
諦めたような口調なのに楽しそうに笑うオズウェン。それを見たシャノーラもくすぐったいような気持ちになって、自然と笑みが浮かぶ。
二人の様子を見ていたラウルは、苦笑いだったが。




