21.
「さっきの、わざとだろ。オズ」
「何のことかな? 僕は本当のことを言ったまでなんだけど」
「それを聞いたモニカ嬢の反応まで計算してただろうが」
ギャスパー侯爵が退出した後、オズウェンは何気ない調子でシャノーラに聞いたのだ。今日も、王宮に泊まっていくかと。今回、初めて王宮に上がったモニカはどうしていいのか分からず、シャノーラがどう答えるのかを待っていた。
悩むそぶりを見せたシャノーラに、オズウェンは泊まっていくなら夜に自分の部屋においで、と笑って告げた。それは、誰にも聞かれないように今回の件を説明するという理由もあったし、シャノーラもそのつもりなのだろうと受け取った。
けれど、言葉をそのまま受け取ったのは場に不慣れなモニカ。ガタンッと椅子を倒す勢いで立ち上がり、目をぱちくりさせているシャノーラの手を取ってさっさと出て行ったのだ。
ラウルが慌てて案内に飛び出していったけれど、その役目は部屋の外に待機していた護衛騎士たちが担ってくれた。
残されたのは、くつくつとこらえきれなかった笑いを漏らすオズウェンに、呆れ顔のオリバーとゴーディー、そしてそんな様子を見て驚いているアントスだ。
「うまくいったと、思っているだろ」
オズウェンの私室に向かっている途中に切り出したのは、ラウル。やる気を刺激されたアントスは、まずは今までの教師に謝りに行くと自分から部屋を出て行った。
今までからは考えられないくらい素早い動きに、ゴーディーすら感嘆の声を上げていたのはアントス本人だけが知らない。
「……アントスの反応は、正直意外だった」
「それは思いましたな。成長なされたようで良かったではありませんか」
「そうだね。もっとも、そうならなかったら緩やかに表舞台からは遠ざける予定だったみたいだけど」
オズウェンはさらりと何でもないことのように告げているが、それが出来るだけの人物など、思い当たるのは一人しかいない。
「……国王陛下か」
ラウルの低い声に頷いたのは、オズウェン。ふうと息を吐いたのはゴーディーで、オリバーは目を細めてきゅっと口を引き結んだ。
オズウェンと比べられているのは少しだけ同情したいけれど、その環境に甘んじていたのは、与えられていた勉強の機会を選ばなかったのは、アントス本人。他のところでも、王子としての資質を問われていたのかもしれないが、今回の件もまた、国王としては見逃すわけにはいかなかったのだろう。
「アントス本人にそうだと自覚はなくても、ギャスパー侯爵が傍にいたというのが、後々響く可能性があるとね」
「見つけたのが、オズウェン殿下の騎士で良かったと言うべきなのでしょうな」
きい、と小さく音を立てたドアは、静かに閉められる。そうして各々が落ち着くように腰かけているからか、ゴーディーの声は重く聞こえた。
リベール領でオズウェンが襲撃され、それが誰の手によるものなのかを必死で探していたのは、襲撃を許してしまった護衛騎士たち。その場に残りたかったというラウルの思いも汲んだ彼らの働きにより、ギャスパー侯爵が関わっていると手繰り寄せた証拠は、国王陛下の元へ集まっている。
ほんの少しだけ、見つけた証拠に手を加えたのも、オズウェンの護衛騎士たち。もちろん、それはオズウェンが記憶を取り戻したら即座に報告がなされて、責任はすべてオズウェンが持つことになったけれど。
指示がなくてもそんな動きが出来たのは、オズウェンがアントスを疎ましくも邪魔だとも思っていないと知っているからこそだ。
国王陛下はこの一件で、オズウェンと護衛たちが良好な関係を築いていることも、知った。
「そうでなかったら、アントス殿下は即座に退場でしょうね」
「オリバーでもそう思うか。まあ、本人にそのつもりがなくても、そうなるよなあ」
オズウェンを射るはずだった矢から、ギャスパー侯爵に繋がる証拠を見つけ出したのが、護衛騎士だったから。
それが、ラウルから報告を受けて密かに動いていた国王の手の者だったら、ギャスパー侯爵はもちろん、アントスだって無事では済まなかった。
父として、家族としての情を疑うつもりはないが、国を守る立場としては譲れないものがある。
それは、オズウェンだけでなくこの場にいる誰もが良く分かっている。
「きっかけはなんであれ、アントスが成長するのであれば喜ばしく思うよ。兄としてね」
穏やかな笑みを見せるオズウェンは、本当にそう思っているのだろう。そのきっかけ、は自分が襲撃を受けて記憶を失ったことに繋がっているのに、そこを恨んだりという気持ちはないらしい。
王太子としては十分すぎる働きをしているのに、自分の身の事となるとあまり頓着しないオズウェンに、ラウルとオリバーは揃ってため息を吐いた。
「騎士たちの処遇は、どうなさるおつもりですかな」
「役目を果たせなかったのだから、護衛騎士だなんて名乗れない。そう皆から言われてしまってね。けれど、すぐに代わりになれるような人材もいないから、困っているよ」
王太子の護衛を任されていながら、その身を危険にさらしてしまうだなんて、騎士としては何よりも屈辱だろう。だからこそ、護衛騎士の任から外してくれ、と言われるのは分かる。
けれど、だからといってすぐに代わりになれるような人材が確保できるはずもないと説き伏せたのは、他でもないオズウェン。
ゴーディーは聞きたいのはそこではないとばかりに、ジト目で言葉を続けた。
「少し前から、騎士たちがまるで行き倒れるように医務室にやってくるのですが」
「どれだけやりたくないと言われようが、代わりがいないのだから、仕方ない。彼らにそのまま残ってもらうしかないだろう?」
やりたくない、ではなく今のままでは胸を張って護衛だと言えない、と騎士たちは嘆願しているのだ。オズウェンは結局自分は無事だったのだし、記憶だって取り戻したのだから騎士たちを解任しなくてもいいと思っているし伝えている。これがシャノーラの身に起こっていたら、話はきっと違っていたが。
オズウェンを守れなかったことで騎士を辞めたり、ひっそりと野垂れ死にしようとしていた者は理由をつけて呼び戻したほどだ。
そんなオズウェンの姿を見て、二度とその身を危険にさらすことなどないように、と騎士たちが追い込むような訓練を始めるのは、無理のないことだろう。
「ほどほどにするように、伝えてくれませんかな。私たちも、自分の限界を超えて走り込む奴らを丁重に治療するほど暇ではないのですよ」
「僕から伝えても、きっとすぐに改善はされないだろうけれどね。話しておくよ」
今度こそ、はっきりと迷惑だと告げたゴーディーに、オズウェンは苦笑いを返すしかない。本人もそう思っている通り、騎士たちが納得するまではずっと、医務室に駆け込むだろう。それでオズウェンの護衛に支障が出るようであれば指摘も出来るけれど、その機会はまだ訪れていないし、きっと当分の間ないだろう。
騎士たちの気持ちはとても良く分かるけれど、医務室を預かる身としては言っておかねばならないと思っていたゴーディーは、話はこれで終わりだと一息ついた。
ラウルもオリバーも、役目さえなければ騎士たちと同じように自分の身を削るような行動は厭わなかっただろう。それを押さえこんでいたのは、側近であり影であるという自負があるから。
当のオズウェンだって、その気持ちが分からないようであればラウルやオリバーを傍に置いていないし、ゴーディーを頼りにもしていない。
「さて、後は学園を休んでいた間に進めていた公務を、どうするかだが」
ひとつ息を吐いて切り出したオズウェンに、ラウルは怪訝な目を向ける。蜂に刺されたと言って休んだ学園。さらに休みを伸ばすための方便として使わせてもらったのが、その期間の公務が滞ってしまったから、というもの。国王陛下にも許しをもらったその理由だが、本当に公務があったわけではない。
「そんなの、学園の生徒たちに伝える必要ないだろうが。オズ、何を企んでいる?」
口では公務と言いながらも、やけに機嫌の良さそうなオズウェンに、ラウルは遠慮も何もなく質問をぶつけた。それは、側近という立場ではなく乳兄弟という関係からくるもの。
答えるオズウェンも、王太子としてよりも、いたずらを思いついた時のような楽しそうな雰囲気をまとっている。
「企むなんて、ラウルは僕を何だと思っているのかな」
「この件に関しては、ラウル様に同意です。オズウェン様、さっさとお話しくださいませ」
「オリバーまで。まあいいや。皆に協力してもらわなければならないことだからね」
皆、と言われて部屋の中にピリッとした緊張が走る。王太子に、側近。そしてその影だけでなく王宮医師の力までもが必要な事とは、いったい何なのだろうか。
今までの話から全く連想出来ずにいた三人は、オズウェンの言葉を聞いて一様に肩から力を抜いた。
「それは、公務と言えなくもないのでしょうが」
「今までのどの公務よりも、気持ちは入るのでしょうが……」
「オズ、公私混同って知ってるか?」
ぽんぽんと、肩を叩いたのはラウル。ゴーディーは呆れたようにオズウェンを見つめ、オリバーは何かを思案するように頬杖をついた。
「ちょうどいい機会だとは思ったんだよね。僕ももう少しで学園を卒業だし」
学園を卒業するということは、王族の婚約者が正式に決まる。つまり、この期間が自分を売り込むためには最後の時間であり、一番狙われる時期でもある。
「僕が学園にいなくても、守れる術はこれしかないだろう?」
「オズウェン様らしいですな。その気持ち、大事になされよ」
ゴーディーの言葉に頷いたオズウェンは、どことなく誇らしげに見えた。幼いころからずっと一人を想い続けてここまできたのだから、どうやってもその感情が折れることはないだろう。
学園を卒業する前のこの時期は、いろいろと忙しくなるのに公務としてさらに抱え込もうとするオズウェンの原動力は、昔も今も変わらないようだ。
「シャノーラ嬢のためだもんな。さあ、オズ。俺たちは何をしたらいい?」
にやりと笑った男たちは、それから朝日が部屋を明るくするまでずっと話し込んでいた。




