20.
視線が、オズウェンの示した髪とギャスパー侯爵の間を行ったり来たりしている。それもそうだろう、オズウェンの髪はブロンドで、ギャスパー侯爵はグレー。年を重ねて変化したのか、それとも元からその色を持っていたのかが分からない。唯一それを知っているはずのゴーディーはただ静かに場を見守るだけで、口を開こうとはしない。
そんななかで、小さな行動を起こしたのはモニカ。注目を集めるように手をそっと上げてからの質問は、思っていた以上によく響いた。
「あの、ひとつよろしいでしょうか」
「何かな、フリーデン侯爵令嬢。まあ、聞きたいことは何となく分かるけど」
「おそらくはご想像の通りでしょうが、ギャスパー侯爵の髪色は、オズウェン殿下と同じ……ですか?」
オズウェンが自分を、わざわざ家名で呼んでいるのはいまいち理由が分からないモニカだったが、今聞くべきなのはそこではない。
今までの流れと、皆の視線の動き。これを見ていれば、オズウェンでなくともモニカの聞きたいことは分かるだろう。
もちろん、質問は想像通りだったのだろう。表情を変えることなく答えようとしたオズウェンを引き留めるように、静観の姿勢を見せていたゴーディーが動いた。
「オズウェン殿下。その質問への答えは私からでよろしいですかな」
「ああ、そうだね。僕よりも良く知っているはずだ。ゴーディー」
この場にいる誰よりも年上なのは、ゴーディーだ。立場は違えど、王宮で長く医師を任されているゴーディーには、ギャスパーもあまり強く出ることはしていない。
場の主導権を握れずにいるギャスパーは、苦々しい顔でゴーディーを見つめている。分かっているのに反応しないゴーディーには、ギャスパーがどう動いても押さえられるという余裕があるのだろう。
少し前の赤ちゃん同然だったオズウェンを、力ずくで押さえて診察していたゴーディーに驚いたことは、シャノーラもまだはっきりと覚えている。
「では、フリーデン侯爵令嬢。若かりし頃のギャスパー侯爵はそれはもう、女性が放っておかなかったのですよ。風になびくブロンドも、目を引き付けたのでしょうな」
オズウェンに倣い、モニカの事を家名で呼んだゴーディーは、懐かしむように目を細めたと思ったら、そのままぱちんとウインクをしてみせる。
茶目っ気のあるゴーディーに感化されたように、モニカはくすくすと笑いだす。この部屋に来て初めて、モニカから緊張が薄れたのが分かったシャノーラも、ホッとした様子を見せた。
そうして少しだけ、場の緊張がほぐれたタイミングで、ギャスパーが眉を下げながらやんわりと否定した。
「ゴーディー様、それは過分な評価にございます。ブロンドの髪は、珍しくはないでしょう」
「そう。ブロンドは珍しくはない。その色を持つのは貴族がほとんどだけどね」
「それでは、オズウェン殿下の影と私が同じ色だとは」
「僕は、なにも髪色だけが同じだとは言っていないよ。影と同じだと思ったのは、瞳の色だ」
突き詰めて調べていけば、ブロンドを持っている貴族が王家に近しい家だと分かるだろう。だからといって権力を与えられるかと聞かれたら、オズウェンは全力で首を振る。それは、国王陛下だって同じはずだ。
血縁だけで玉座の周りを固めた結果、待っていたものは国の衰退だったのだから。ブロンドを持つ貴族が、王家の周りに生まれ始めたのはそれからだ。最も、これは国の重要資料となっているから、この場で閲覧が許されているのはオズウェンだけだし、知っているのもオズウェンだけ。
「もちろん、髪の色も一緒だよ。僕の影なのだから、せめてそこは同じでないと務まらないからね」
シャノーラは、この場のどこかできっと話を聞いているだろうオリバーの姿を思い描く。オズウェンと同じブロンドだけれど、深みが違うのだ。ほんの少し、夕暮れのようなオレンジが混ざって見える髪。それは、瞳の色にも表れている。
とろりとしたオレンジがかった茶色の瞳は、ちょっとだけ人を拒絶したような、壁があるように見える笑い方をするのだ。今ではその笑い方をすることはなくなったオリバーだけれど、その理由が、少しだけ分かったような気がした。
「影が自分の血を引いているかもしれない。次に考えたのは、その影を使って自分が玉座の実質的な支配者になることだ」
シャノーラの父は、宰相を任されている。だからこそ、その玉座はただ輝かしだけのものではないと知っている。権力を欲する人はその象徴として玉座を求めるが、あの重みと孤独をはたしてどれだけ理解できているのだろうか。
シャノーラが正面に向けた視線の先にいるギャスパーは、オズウェンの言葉を冷静に聞いているように見える。けれど、隣のゴーディーが先ほどまでは向けていなかった意識を、ギャスパーに向けているのは明らかだし、ラウルもオズウェンの背後で控えながらもすぐに動けるような姿勢を取っている。
「影が光になるために、邪魔だった僕に刺客を差し向けた。僕が死んでアントスが王太子になっても、影がオズウェンとしてなり替わっても、どちらでもよかったんだろう」
アントスが王太子になることはあっても、オリバーがオズウェンの代わりを果たす日は来ないだろうというのが、ラウルとオズウェンの共通認識だ。
これは、オリバー本人にも確認しているのでおそらくこれから先も違えることはない。いわく、そんな明るいところに出たら目がくらんでしまう、とのことだ。
「アントスを王太子にする方が楽だろうね。優しくしていたのはそのためだろう?」
ずっと話を静かに聞いていたアントスは、ギャスパーがどうして今まで自分に寄り添っていてくれたのか、その本心を悟ったのだろう。ギャスパーに向ける視線が、明らかに今までとは違う。向けられたギャスパーも、アントスに対してフォローをする余裕がないのか、口を引き結んでいる。
それでも、今口を開かなかったらアントスに優しくしていたことも何もかも、すべてがオズウェンの言う通りだと皆が理解してしまう。ギャスパーは、黙ったままでは終われないのだ。
「オズウェン殿下のお話はすべて、推測にすぎません。私が関わっているとの証拠が、あるのですか?」
「証拠になるようなものは、僕の元にはないよ。それはあなたが一番よく知っているだろう?」
オズウェンは、証拠を持っているわけではない。けれど、ギャスパーが関わっているという確証は持っている。それは、これからギャスパーが手を尽くして一切に関わっていないと証明していかなければならないということだ。
アントスとの繋がりだって、今までのようにはいかなくなるだろう。わなわなと震えそうになる手を、握りしめることでどうにか繕ったギャスパーに、追い打ちのようなオズウェンの声が届く。
「だけど、そのような疑惑を持たれたという事実は受け止めた方がいい。この場は、国王陛下が認めているのだからね」
「陛下が、ですと……」
どうにかこの場を逃れられるかもしれない。そうわずかな期待を持っていただろうギャスパーは、愕然とした声で呟いた。オズウェンの言葉に、ゴーディーはおや、と目を丸くした。そこまで話が進んでいるとまでは思っていなかったのだろう。
それは、シャノーラやモニカも同じ。オズウェンの手際の良さは分かっていたつもりだったが、こんなに早く国王陛下まで話が上がっているとは。
「王太子だからといって、勝手にこのような場を作ることはできないからね。それに、陛下も話を聞きたいと言っていたよ。このあと、時間はあるかい?」
「……陛下からお声がけいただくなど、光栄ですな。もちろん、時間はございます」
「それは良かった。待たせるのも悪いから、ギャスパー侯爵は陛下の元へ向かってくれるかな。部屋の外に迎えがいるはずだから」
「かしこまりました。それでは、オズウェン殿下、他の方々も失礼いたします」
国王陛下が待っていると言われたら、そう答えるしかないだろう。結局、ギャスパーはオズウェンに言われるまま、部屋を出ていくしかない。
ラウルが案内するように先に部屋のドアをノックする。それが合図だったようで、ドアはすぐに開かれた。オズウェンの言う迎えはかなり物々しい装備をしていたが、部屋に残るシャノーラたちからは見えなかった。
ゆっくりとドアが閉じ、わずかな足音すら聞こえなくなってから、オズウェンは凝り固まった体をほぐすようにゆっくりと手を上に伸ばした。
「さ、これで面倒なところは陛下が上手くやってくれるだろう。皆、楽にしていいよ」
「オズウェン殿下、それは押し付けたというのでは?」
「ゴーディー、僕はまだ王太子であって、国王ではないんだよ?」
「まったく、親子揃って」
ゴーディーはオズウェンがどのような迎えを準備していたのかも、その先で国王がどんな顔で待っているのかも、何となく予想がついている。おそらくその予想は間違っていないとも。
けれど、ギャスパーが画策していたことは、決して簡単に許されていいことではない。未遂で終わったのは、運が良かっただけだろう。
モニカは少しだけ姿勢を崩して椅子の背もたれに寄りかかり、深く息を吐く。令嬢としてはあまりよろしくない姿勢だったけれど、誰からも咎めの声は上がらなかった。
隣のアントスの様子を伺っていたシャノーラは、うつむいたままで動かない姿を見て、静かに声をかける。
「アントス殿下?」
「僕、何も知らなかった……兄上の事も、ギャスパー侯爵の事も……」
「アントス、僕の事についてはすまなかった。誰が関わっているか分からない以上、言える人は限られていたんだ」
蜂に刺されて療養しているだけだと思っていた兄が、まさか自分の近くにいる人物から襲撃を受けていたというだけでも衝撃は十分だろう。それでも、アントスをこの場に呼ぶように指示したのは、オズウェンではなく国王陛下だ。父ではなく、国王としてアントスのこれからを見極めようとしているのだとは、すぐに分かった。
「それでも、僕がもっとしっかりしていたら、その言える人、に数えてくれたでしょ?」
「そうだね」
まだまだ無邪気なアントスだけれど、勘が鋭いといえばいいのか、それともこの短い時間で王族としての自覚を持ったのか。
どちらなのかは分からないが、ここで言葉を濁してはいけないと思ったオズウェンは、バッサリと一言だけを返す。いつもだったら兄にこのような対応をされたアントスは、逃げるような姿勢を見せていただろう。けれど、今日はそんなオズウェンに少し怯えた様子は見せたものの、背を向けることだけはしなかった。
「僕、もっと勉強する。あの人にも謝って、それからちゃんとに教えてもらうんだ」
「それはいい心がけだけど、どうしていきなり?」
「だって、僕も王子だもん!」
「そうか。なら、励みなさい。兄も応援しているよ」
優しく目を細めて笑うオズウェンの姿は、ただ弟を慈しむ兄としての笑顔だった。久しぶりに見た兄弟の穏やかな交流に、シャノーラもつられて笑顔を見せる。
やる気に満ちたアントスの声は、しばらくその部屋に響いていた。




