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陽炎と氷華  作者: 柚みつ
本編

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16/31

16.

 オズウェンとシャノーラがお互いを見て笑う、穏やかな時間。ゴーディーはぬるくなった紅茶を飲みながら、そんな様子を微笑ましく見守っている。

 そんななかで小さく鳴ったのは、空腹を主張する音。目をぱちくりとさせたシャノーラは、その音を鳴らして恥ずかしそうにしているオズウェンを見ている。


「オズウェン殿下」


 聞き逃さなかったゴーディーは、その一言だけでオズウェンに詰め寄った。シャノーラには分からないが、オズウェンが苦い顔をしているのは、ゴーディーにそうされるだけの理由があるからだろう。


「最低限の確認は済ませたよ。けれど、シャノーラに早く会いたかったから……」

「なりません、とあれほど申しつけておきましたのに。仕方のないお方だ」


 ばつが悪そうに視線を落としているオズウェンに、ゴーディーは隠さずため息を吐いた。自分がシャノーラとのお茶のために席を外すのだから、残るラウルとメイドに細かく指示をしたメモを渡してきたというのに。

 こうなっていると確認は済ませた、というのも怪しくなってくる。医師として、そこをスルーするわけにはいかないのだ。きちんと済ませればシャノーラとの時間も、しっかりと取っていいと思っていたが、これは状況によっては予定よりも早くこのお茶会を終わらせる必要が出てきた。


「もしかして、ウィン様お食事は」

「寝ている間は、どうだったのかな?」

「水や、果実を絞ったもの、それから喉に引っかからないよう十分に細かくしたものを、お渡ししておりました」


 ゴーディーが口を開くよりも早く、シャノーラがその質問と答えの意味するところに気がついた。遠回しにすることなく直球で聞いているシャノーラに、気まずいのかオズウェンはゴーディーに向かって質問する。

 寝ている間に十分な食事が出来なかったからこそ、空腹を感じているのだろうし、それは体調が戻りつつあるということだから、喜ばしくはある。寝ているオズウェンに、水だけでも摂らせることは出来ていたけれど、それ以上の物を与えることは難しかった。

 これを伝えたら、きっとシャノーラはオズウェンに自分と話すよりも食事を摂るように言うだろうなとゴーディーは思ったし、その想像は間違っていなかった。


「それは召し上がったとは言いませんわ。ウィン様、お食事になさいましょう」

「シャーリーに説明した後に、食べるよ。だから」

「私への説明よりも、ウィン様のお体の方が大切です。ゴーディー様、ご準備をお手伝いしてもよろしいでしょうか?」


 案の定、自分の事を後回しにしようとするオズウェンに、シャノーラはバッサリと言い切った。こういう時のシャノーラは強い。そして、オズウェンは基本的にはシャノーラの行動を遮ろうとはしない。

 それを分かっていないはずがないのだ。オズウェンの方が、ゴーディーよりも長い時間を共にしているのだから。ずっと眠っていて、目が覚めたのはつい先ほどなのだから無理もないのかもしれない、とゴーディーは頭の片隅にいったん片づけた。

 後ほどきちんと体調含めて確認しなければいけないとは留めたが、今やらなくてはならないことは食事の準備だ。

 張り切った様子を見せるシャノーラに、ゴーディーは嬉しそうに笑った。隣で、困ったように眉を下げているオズウェンの姿は、見なかったことにして。


「もちろんですとも。シャノーラ様と共に出来るなど、心強い限りでございます」

「はいはい、そうなると思っていましたよ」


 ゴーディーが答えてすぐ、部屋にやってきたのはラウルだ。どこで話を聞いていたのか、ガラガラとワゴンを押しているし、その上にはいくつか料理が並んでいるのが見えた。


「ラウル様」

「ラウル、準備は出来ているな?」

「もちろん。出来たから来たんですよ。さ、オズはこっちから選んで」


 驚いているのは、シャノーラだけではなくオズウェンも一緒だったようだ。変わらずにいるのはゴーディーで、ラウルにあれこれと指示を出している。それに頷きながら、ラウルは手早くオズウェンの前に何個か食器を並べている。どれも同じサイズだけれど、中にはそれぞれ違う味付けだろうスープが注がれている。


「ラウル、こっちって言ってもスープしかないんだけれども?」


 シャノーラがカトラリーの配膳を手伝っていると、オズウェンから不満気な声が上がった。ラウルが前に並べたのはどれもスープで、具材は細かく切られているか、煮込んでくったりとやわらかくなったものだけ。


「ずっと寝ていてすぐにがっつり食べられるわけないだろうが。ほら、さっさと選ぶ」

「僕の扱いが前より雑になっているようだけど、気のせいかな」

「ご自身に思うところがあるから、そういう気がしているんじゃないですかね。どう思います、シャノーラ嬢?」


 ラウルの言葉に頷いていたのはゴーディーで、シャノーラは納得したようにスープを見ていた。当然と言えばそうだろう。オズウェンがいつ目を覚ましたのかをシャノーラは聞いていないが、少なくとも五日は眠ったままだったはずだ。

 ゴーディーが水や果実を絞ったものを飲ませていたとは言っていたけれど、食事を摂っていたわけではない。いきなりいつもと同じように食事をするのは、体に負担になるのだとこっそりゴーディーが教えてくれた。

 興味深く聞いていたタイミングでいきなり自分に話を振られたシャノーラは、思わずカチャンと手元のカトラリーを鳴らしてしまった。注目が自分に集まったことで頬が赤くなっているのを隠すように両手で顔を包んだが、今更隠しきれるものでもなかった。


「え、っと……私は、ウィン様の気のせいだと思いますわ」


 恥ずかしさをごまかすのと一緒に、ラウルからの問いに答える。オズウェンとラウルの軽口の応酬はもうずいぶんと見てきているが、シャノーラだけが見たものは、きっとあの日の涙だ。それを知っているからこそ、ラウルの軽口が心配していたことの裏返しなのだと分かった。


「シャーリーまで、ラウルの肩を持つなんて」

「ずっと心配してたんだ、これくらいの軽口は許してくれよ」

「これくらいも何も、僕にそうやって接してくれるのはラウルくらいだよ」


 へらりと安心したように笑うラウルと、そんなやり取りを楽しそうにしているオズウェン。王太子と側近、だけではないその関係が、とても眩しく感じた。



「シャノーラ嬢、そろそろ」


 結局、スープだけしか食べることのできないオズウェンの前でしっかりとした食事をするのも気が引けたので、皆でたくさんあるスープを少しずつ食べ比べることにした。

 オズウェンが気に入ったのはかぼちゃのポタージュで、ラウルは具だくさんのミネストローネ。ゴーディーはコンソメスープとそれぞれに好みが分かれたのが、なんだか面白い。シャノーラは、さっぱりとしたビシソワーズが気に入った。

 ひと段落したと見たラウルが、シャノーラに声をかける。窓の外を見れば、もう夕暮れも近いようでオレンジ色に染まっている。今日は学園の休息日だが、明日は朝から授業がある。外泊だって届け出てはいないので、どれだけ離れがたいといえども寮に帰らなければならない。


「離れがたいな。ねえ、シャーリー、今日は泊っていかない?」

「こら、オズ。無茶言うな」

「分かっているよ。けど、シャーリーは? 僕と一緒にいたくない?」

「あ、あの……私は」


 オズウェンが同じ気持ちだったことは嬉しいけれど、この申し出に素直に頷いてしまってもいいのか。シャノーラを覗き込むように見上げるオズウェンは、真剣な表情をしているので冗談のつもりでもなさそうだ。

 困ったように口を開いたシャノーラに割入るように、ラウルがオズウェンを小突く。


「お前、記憶混ざってちょっと幼くなったんじゃないか? シャノーラ嬢を困らせるんじゃありません」

「ラウルだって、僕の事子供のように扱ってるじゃないか。でも、そうだな。シャーリー」


 子供に言い聞かせるような口調のラウルに引っ張られているのか、オズウェンも今日はくるくると表情が変わる。頑張って感情を表情に出さないようにしているシャノーラよりも、オズウェンは気持ちを顔に出すタイプだったが、今はいつも以上に表情が豊かだ。

 さっきまで笑顔だったのに急に真顔になったオズウェンが、シャノーラを呼ぶ。いきなりの変化に、シャノーラはピッと背筋を伸ばして次の言葉を待った。


「明日、お昼は一緒にしよう。学園の、いつもの場所で待っているから」

「もちろんですわ。楽しみに待っていますね」


 ふわりと、花が開いたような笑顔を見せたシャノーラに、オズウェンも嬉しそうに笑う。ゴーディーは何も言わずに見守っているが、シャノーラが退席したら即座に動き出せるように、頭の中ではやることが次々とリストアップされていた。

 シャノーラを無事に馬車止めまで送り届けた後、部屋に戻ってきたラウルは先ほどまでとは真逆の空気を漂わせている二人を見た。


「さて、明日の昼を何の憂いもなく楽しむためには、少々仕事が残っているかな」

「伸び切った鼻が、少々目についていたところです。剪定は殿下の仕事だと存じますが?」

「言われずとも、そのつもりだよ。ここから伸ばすところもないくらいにバッサリ切らないとね」

「おーおー、悪い顔しちゃって。シャノーラ嬢には見せられないな」


 そう笑っているラウルだって似たような顔をしているけれど、それは誰からも指摘されなかった。

 オズウェンの記憶が戻ったということは、あの日何があったのかを証言できるということだ。襲撃した相手はそれを恐れているからか刺客を差し向けようとしているようだけれど、王宮で事はそう上手くいくはずがない。ラウルもゴーディーも、オズウェンのそばを離れようとしないのには、そういった理由もある。

 深く息を吐いたオズウェンは、すうっと前を見据えた。

 焦りだした相手を揺さぶるのは気乗りしないが、今後のためにもやらなくてはならないことだ。王太子の証であるフィネを戴いている以上、今回の件に目をつむるなんて出来るはずもない。


「当然だよ。けれど、シャーリーだったらどんな僕でも受け入れてくれるとは思うけどね」

「惚気るのは全部が終わってからにしてくれ」


 ラウルの声は、思っていたよりも大きく部屋に響いた。


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