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マジックパンク&ブルームハンドル  作者: 相竹 空区
EP.1 過去を失くした女
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1-4 記憶喪失の女


 銃声が止み、戦いが終わったのだとネウマが安堵した様子でスクラップの影から這い出てくる。


「終わりましたか……?」

「あぁ、全部片付いた」


 サラが「ホレ」と顎をしゃくった先にはまだ新鮮な死体が転がり、ネウマはそれを見て顔を顰める。


「し、ししっ死!?」

「んだよ、そんなんじゃこの街で生きていけねぇぞ?」


 サラは足元に転がる死体──体格の大きなカルト兵の隊長のもの──を脚で転がし、腕をブーツの爪先でつつく。


「のぁ!?何してるんですか!?」

「ホレ、これだよ。タトゥー」


 しゃがみ込んだサラが銃で指すのは腕に彫られた黒いタトゥー。

 捻じ曲がったツノの生えた三つ目の恐ろしげな悪魔は牙を剥き、憤怒を湛えている。


「……これがこの方々の?」

「崇拝してる魔王の姿なんだと。このシンボルから〈トライアイ・カルト〉って呼ばれてる」


 秘密主義のカルト教団〈トライアイ・カルト〉について分かっている事は多くはない。

 ただ近頃この〈ストーンヘンジ〉にて起きる事件の幾つかで名前が上がり、しかしその実態や規模などあらゆる情報が足りずに、ただ彼等は魔王が復活してこの世を支配するのだと、そう信じている事だけが知られている。


「傍迷惑なイかれた奴らだよ」


 そう言ったサラは三つ目の悪魔のその向こう、何処か遠くを見るようで、ネウマにはその瞳に恐れがあるように見えた。


「っサラさん、あのっ……!」


 その恐れを取り除きたいと、そう思って声を上げたネウマの声は再び聞こえた車のエンジン音で止まってしまう。


「また来やがったのか!」

「そう言えば何処かと話してる感じでしたね!」

「クソ……2台?人数も結構いそうだな……」


 耳を澄ませたサラが敵の人数の分析を済ませ、手にしたリボルバーの弾倉を回転させて動作に問題が無いか確認して撃鉄を起こす。

 ネウマはあわあわと狼狽えて、側に倒れていたカルト兵の死体のベストからコンバットナイフを引き抜いて両手で握りしめる。


「くふっ……いや、お前は隠れてろって」

「え!あぁ、そうですね!……何処に!?」


 荒い鼻息と血走った目、臨戦体勢にしては腰が引けているネウマに思わず笑いが漏れたサラは肩や首を回して力を抜いた。


「そこら辺だな、なんか銃弾防げそうな……まあ無反動砲には無力か……あっそうだ」


 カルト兵が使おうとしていた無反動砲。

 弾が装填されたまま、血塗れで地面に転がるそれを見てサラが呟いた後、何かを思い付いたように使われなかった無反動砲を持ち上げてネウマへと手渡す。


「はいこれ」

「?はい……うわ!ばっちぃ!」


 元の緑に血の塗装が施されたソレを手渡され、思わず受け取ったネウマは乾いていない部分を掴んでしまい声を出す。


「この棒を肩に当てて、ここを覗き込む、そんで狙いを定めたらこれ押せば弾出るから、ヨロシク」

「え?!なんですか!?」

「やる気みたいだし仕事任せるわ。人来たら撃って、後は隠れてりゃいいから」

「は?はい!?あの初めて……使った事なんて無いんですけど!」


 ネウマの言葉を背にサラは歩き出す。

 サムズアップを残して跳び去った後には、血塗れの無反動砲を抱えて呆然とするネウマがポツンと取り残されていた。



◆◆◆


 

 盛大な銃撃戦のあと、更にやってきた増援に訳も分からず撃たれ続けたサラとネウマの2人は、まともに相手をしていられないと慌てて逃げ出した。

 裏路地を複雑に曲がりながら通り、時に建物の中を立体的に移動して。

そうしてサラとネウマは無事カルト兵達の追跡を巻く事が出来た。


「結構弾使っちまったな……金にもなんねぇ殺ししちまった」

「うぅ……ごめんなさいごめんなさい……」


 手を組み謝り続けるネウマにサラはニヤリと笑って背を叩く。


「おっ、もしかしてハジメテだったかぁ?」

「なな、何ですかその言い方は!」

「デカいのは気持ち良かっただろ?」

「卑猥な言葉選びやめて下さい!」


 顔を赤くして怒るネウマをからかってサラはケラケラ笑う。

 先程まで人殺しをしていたとは思えない、少女のような笑顔にネウマは言い表せない違和感を感じていた。


「サラさんはシスターなんで……いや違いますよね」

「失礼だな、これでもアタシはシスターだっての。傭兵が兼ねてるだけで」


 ネウマが訝しげに眉間へ皺を寄せてサラを見る。


「教会勢力の介入を嫌うこの街じゃそう珍しくないって」

「なぜ嫌うのでしょうか?」

「そりゃ後ろ暗い部分が多いし、頭を押さえつけられたくないんだろうな」

「なんと言うか……不潔ですね」


 うーん、と唸りながらネウマは記憶が無いなりに、自分の常識との齟齬を感じて考え込む。


「ま、なんにせよ追っ手はコレで多分大丈夫だろ」

「多分で大丈夫なんですか!?」

「多分に大丈夫があるって事だよ、うん。」

「こ、怖い!不安なんですけど!」

「まぁ一旦落ち着こうや。あの店入ろうぜ」


 そう言ってサラが顎でしゃくって見せたのは〈ドワーフのオートミトン〉という、髭を撫で付けるドワーフのコックが描かれたネオン看板が輝く店。

 雑然と折り重なる看板の中で、その店だけが綺麗に整えられた看板と店構えをしていた。

 

 夜の街で輝くネオン看板は、疲れた勤め人を誘蛾灯のように引き寄せる。

 サラとネウマも疲れ果てた様子のスーツ姿の女性に続いて自動ドアを潜る。


『いらっしゃいませ!ドワーフのオートミトンへようこそ!ご注文はお決まりかな?』


 ザラザラとした音質で挨拶をするのは白く塗装された金属製の箱にモニターが埋め込まれた接客マシンゴーレム。

 機械的機構と魔術的機構を併せ持つマシンゴーレムは、機械と魔術それぞれ単独では成し得ない機能を搭載する技術の最先端だ。


「アタシは飲み物だけでいいや」


 そう言ってサラはカウンターに据え付けられたモニターをタッチして、キャラメルから始まる呪文のような飲み物を選ぶ。

 ネウマにはソレが何か分からなかったが、取り敢えず習うように自分も注文する。


「へぇ〜なんか色々ありますねぇ」


 スライドする度に美味しそうな食べ物の画像が現れて、ネウマは目に留まった商品を幾つかカートに入れてゆく。


「これと……これと……あっこれ美味しそ〜」

「……」


 あらかた選び終え、注文画面に並ぶ商品名を見て目を輝かせるネウマ。

 反対にサラはジト目でネウマを見つめる。


「……」

「あ?んだよ」

「え?いえ別に」

「……金持ってんの?」

「無いですね」

「支払いどうすんの」

「はぁ」

「いや、はぁじゃなくてさ」

「えぇ!?奢ってくれるんじゃないんですか!?」

「なんでそうなるんだよ!」


 全くの予想外、信じられないものを見たといった表情でネウマは目を丸めるがサラは反対に頭を抱える。


「ハァ……代わりにアタシの質問に答えろよ?」

「そりゃもちろんですよ!」

「しゃーねぇか」


 支払い端末へと送金し、注文が確定した事を示す表示と共に席への案内が表示されるされる。

 それに従って店内を進めば白いテーブルが並ぶスペースに行きつき、他の客との距離を取った席へとテーブルを挟んで座る2人。


 座った席は窓の近く、すぐ横に厚めのガラス窓が嵌められたその席は外の景色がよく見える。

 景色といっても映るのはゴチャゴチャした街並みと、ビラやガムが張り付く道路、そして疲れきった昼の住人と街に溶け込む夜の住人くらいのもので、鮮やかさは広告の色使いくらいなものだ。


 それでもネウマは物珍しそうに景色を眺めて、店内もキョロキョロと首を振って眺めている。

 そんなお上りさん丸出しなネウマに呆れながら、サラは問いかける。


「なんか成り行きで助けちまったけどさぁ……マジでなんも分かんない感じ?」

「なんと……マジでなんも分かんない感じです……!」

「驚きだな」

「びっくりしちゃいますよねぇ」


 他人事のように言ってのけるネウマに、サラは思わず眉間を押さえる。

 どうしたものかと悩むサラの元へ、カタカタと音を立てながらゴーレムが近づいて来た。

 給仕用に開発されたそのゴーレムは、料理を運ぶカートに機械的な機構を融合させたものであり据え付けられたモニターには注文の品名が並ぶ。

 サラは自身の注文したドリンクを取って飲み始める。

 それを見たネウマはワンテンポ遅れてこの店のシステムを理解して、自分の料理をテーブルへと並べ出す。

 全ての料理をテーブルへと移動させた事をセンサーにて感知した給仕ゴーレムは、再びカタカタと音を立てて厨房へと戻って行く。

 これにもネウマは物珍しそうに目を丸くして見つめておりまるで子供のようだと、サラは口の中で蕩けるキャラメルと生クリームの甘さを楽しみながらそう思った。


「ほぇ〜……凄いですねぇ」

「危機感のねぇヤツだなぁ」

「焦っても仕方ないなぁって」

「それはもう冷静なんじゃなくて鈍感なんだよな」


 マイペースにゴーレムによって運ばれてきた料理を食べ始めたネウマに最早声は届かない。


「……それひと口くれよ」

「!?渡しませんが!?」

「アタシの金で買ったもんだろ!よこせや!」


  テーブルに広がる皿の中から手で取れるものを片っ端から引っ掴んで口に放り込むサラと阻止に躍起になるネウマ。

 人も閑散とは言い難い程度には入っている店内だが、特に咎める声などは無い。

 いくら肉体と別のモノを繋げて、電子の神経で他人の繋がる術を得ようとも、この街は他者への関心が薄い。

 ネウマは周囲を気にして手を緩めるが、サラは行儀悪く脚を隣の椅子へと投げ出して肘をつきながらポテトやナゲットを摘んでいる。


「ちょっとサラさん、そんな食べ方作ってくれた料理人の方に失礼ですよ!……あれ?そういえば店員さんが見えませんね」

「まぁ無人店だし」

「?なんですかそれ」

「ゴーレムのみで運営されている店舗って事」

「??看板のドワーフさんのお店なんですよね?」

「まぁ看板のアレは創業者の顔らしいけど社長は別だな」

「へぇー代替わりされているんですか。歴史がある上にこんな立派なお店、そうそう無いですよねぇ」

「この店舗はちょい前に出来たばっかだし、そもそもチェーン店なんだから大陸中にあるって」

「えぇ!?こんな美味しいご飯の立派なお店が大陸中に!?」


 本心から驚いた様子のネウマにサラは眉間の皺をより深くする。

 溜め息を吐き、呆れた顔でネウマを見れば彼女はトレーに敷かれた店の歴史を真剣な顔で読み進めている。


「てかマジで何も覚えてない……つか常識がねぇ。もしかしてここがどこかも分かんない感じ?」

「分かんない感じですねぇ……」

「ここは〈ストーンヘンジ〉。大陸でも有数の大都市でクズの巣窟」

「ああ確かに。今のところ襲われ続けてますし納得ですね」

「言葉より先に銃弾が飛び出す街だからな」

「その点、サラさんは奢ってくれるし良い人ですよね」

「……アンタの図太さならこの街でも生きていけそうだよ」

「えへへ」

「褒めてねぇって」

「えぇ!?」


 コロコロと変わる表情に、まるで子供を相手にしている感覚で少し苦手意識が芽生え始めたサラはそれを洗い流すようにストローを吸う。

 それでサラは癒されたような感覚になったし、ネウマも食事を取って満たされているように見える。


「まったく、人の心を弄ぶなんてこの街には思い遣りが足りませんよ」

「アンタが転がし易すぎるだけじゃないか?」

「転がす事がよろしくないのです!」

「街自体がそう出来てるからなぁ」


 からかわれた事に怒って食べる手を早めるネウマ。

 サラは黙ってそれを見て、偶に料理を手で摘んで口に放り込んだりする。

 そんな動作が数口分行われた後、ネウマは再び疑問を口にした。


「そういえばこの街を治めているのはどなたなんですか?」

「どなた、か……難しい質問だなそりゃ」

「首長を立てている訳ではないんですね!合議制とか?」

「いんや、土地の持ち主とかインフラを握ってる企業が強いて言えば治めてるって感じか?」


 〈ストーンヘンジ〉は企業が支配する都市だ。

 職人ギルドも参加する議会から、時代が進むにつれそのまま彼らの権力が大きくなって今の〈ストーンヘンジ〉が出来上がったのだ。


「へぇ、どこが1番偉いんです?」

「そりゃ〈ヘルメス社〉だな。都市の魔力網(レイライン)から義体(サイバネティクス)から薬品(ポーション)……そういや第一次産業にも関わってたか。生体パーツの生成技術を使った合成肉とか。最近は宇宙開発にもお熱だし」

「よく分からないけど凄いんですねぇ」


 呑気にドリンクを飲むネウマを見て、説明は無駄だったかもしれないとサラが後悔し始めた時、不意に視界へと飛び込んで来たメッセージ受信のポップアップ。


【警察機構からの応援要請──契約者へ送信】

「ん……」


 サラは不意に視線を慌ただしく動かして真剣な顔をする。

 サラの視界には警察機構からの傭兵に対する応援要請が表示されており、それが近くにいたサラにも送られたのだ。


「はぁ……仕事来たからもう行くわ、弾代稼がないとだしな」

「はい!」

「……そう、んじゃ」

「……えぇ!?置いてくんですか!?」

「ここの支払いもさせておいて図々しいヤツだな!」

「何も分からない私を置き去りにすると!そういう事なんですよ!」

「知った事か!頑張れよ!じゃあな!」

 

 それだけ言い残してサラは席を立ち、振り切るように店を飛び出す。

 ネウマも慌てて追いかけようとするが、食べかけの料理を前に逡巡し急いで全てをかき込むと、頬をリスのように膨らませながらサラを追いかけた。


「ふぁらはん!はっふぇふははーひ!」


 咀嚼しながら駆け出したネウマが喉を詰まらせないのは一種の特殊技能か。

 出遅れて、なおかつ見知らぬ街でサラを追いかけたネウマが苦労して辿り着いた時には、サラはヤク中の銃乱射犯を無力化した後だった──


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本日5回更新です。本日最後の更新は2時間後、21時頃となります。

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