2-11 過去
廃モーテルなどがあるような人気のない街区である為、魔術も使用した銃撃戦をしても人が集まってくる事は無かったのだが、一向は次なる追っ手が来る事も考えて早めの移動を行った。
夕陽に照らされた廃墟はその寂れた色合いを赤で塗り潰して、鮮やかに照り返して眩しい。
「この道をもう少し進むと古い地下トンネルがあってね。そこで護衛は終了だ」
「おぉ……中々ハードな1日でしたね」
「この後も何かあるかもしれないけど、そこでいいのか?」
「構わない。比較的安全なルートだ、迷わず帰れる」
そう言って先を進むユーノスの長く伸びる影を追って歩いていると、古い倉庫が見えてくる。
大型の搬入口と後ろからは線路が伸びてトンネルへと消えてゆくその場所は、物資を集積して運ぶ為の場所なのだろう。
「ここだ」
「こんな場所があったなんて知らなかった」
「大抵の場合そうだ。だからこそ秘密の抜け道にはうってつけと言える」
「浪漫ありますねぇ」
ヒビ割れ草花が顔を出したアスファルトを踏み締めて、倉庫を抜ければ入る経験など中々ないであろう線路が平行するエリアとなる。
「なんか背徳感ありますね……!」
「分からんでもないな。ハラハラ感もあるしよ」
「長い事使われていない場所だからレールの上で寝てても安心だがね」
ワクワクとした様子でレール上でバランスを取りながら歩くネウマと歩幅を合わせて2人は歩く。
「……ユーノス先生は悪魔憑きとか、そういうの詳しいのか?」
「その質問が君の問題を解決できる方法を知っているのか?という意味なら否だ」
絞り出すように、恐る恐るといった様子で聞いたサラの問いはユーノスによってバッサリと切り捨てられる。
「そう上手くはいかないって事か」
「必要以上に悲観的になる必要も無いさ。例えば今日、ネウマさんの法術によって悪魔由来の力が抑え込まれて制御が効いたわけだ。このような様々な可能性を検討してより良い方法を模索するのが大人というものだよ。」
「おっ!かっくい〜」
「ううむ……」
ネウマの茶化しで、恥ずかしそうにユーノスは過去を思い出しながら言葉を紡ぐ。
「これは私の先生から教わった事でね、あの人からは色々と影響を受けたよ。話し方とかね」
「ユーノス先生の先生か。どんな人なんだ?」
「エルフだから長生きでね、様々な事を実体験として知っていた。師事したと言えば格好つけすぎだが、あの期間で得たものは今でも生き続けているよ」
「学の無いアタシじゃどうにもなんないな」
「そんな事はないさ。別に知識を得たとかそういう体験じゃなくてもいいんだ、例えば……楽しかった思い出なんかが力となって諦めない心をくれる」
「素敵ですねそれ!思い出かぁ……」
「これから作ろうと思う気持ちも持っておくと良い。未来に待つ良い事の為に今を乗り切ろうと力を出せるからね」
レールの上を歩いて、やがて大きく口を開け暗闇を湛えたトンネルの前に辿り着く。
ユーノスは懐からライトを取り出して暗闇へ向けてスイッチを入れて、深い暗闇をくり抜いたように明かりが灯る。
「ここまでで大丈夫だ。今日はありがとう、助かったよ」
「ま、仕事だからな」
「ならばプロの仕事に敬意を示さなくてはな……送金した」
「あいよ、またなんかあったら使ってくれよ」
「お任せあれ!」
「あぁ、だが君達は君達でやりたい事をやったら良い。私の復讐に付き合う必要もないさ」
自嘲気味なユーノスの言葉は、後半は殆どが独り言のようで暗闇の中に溶けてゆく。
「さて、別れ際に話し込むのが苦手でね。そろそろお暇させて頂こう」
「寂しいですね……というかそのライト、エルダーさんの所で受け取ったライトじゃないですよね?」
「ハハ、バレてしまったか。アレは護身用、こっちはライトとして使っているんだ。機能としては同じ魔力光の投射を──っと、話し込んでしまうな」
「そうやってたい話してしまうのは別れが惜しいから、だからまた会いましょうって約束するんですよ!」
ネウマの言葉にニコリと笑い、ユーノスは襟を正す。
「改めて、ありがとう。君達のような人に出会えて良かった」
「こちらこそですよ!ねぇサラさん!」
「また色んな話聞かせてくれよ、ユーノス先生」
「あぁ……そうだな。先生が出来るように頑張るよ、ではまた」
そう言い残してユーノスは何処まで続いているのか見通す事の出来ない暗闇の中を、手にしたライト1本で歩いて行く。
サラは控えめにネウマは全力で手を振ると、ユーノスもアタッシュケースを掴んだ手を振ってトンネルの奥へと消えた。
「いやー波乱って感じの1日でしたね」
「だな。ゆっくり帰ろうぜ」
「ですねぇ……そうだ!せっかくだしユーノス先生が言ってたレールの上で寝る奴!やりましょうよ!」
駆け出したネウマが長らく動かされていないであろう貨車を避け、開けた場所を見繕う。
「ここにしましょう!夕陽が落ちて星空が見えるまで空を見て待つんです!」
「テンション高いな。そんなに楽しいか?」
「そりゃもう!サラさんと一緒だと退屈しませんから」
「お前がそれ言うかね……」
レールを枕にして先に寝転がったネウマの右隣へサラも寝転がって空を見上げれば、赤に染まった空を追いやるように広がる濃紺の空には薄らと月が姿を現し始めている。
「私、ぜーんぜん記憶が戻らないし他人事感すらあるんですけど不安にならないんですよね」
「それが不思議なんだよな。なんでそんなに強いんだ?」
「強い!ストローングッ!って感じでもないんですけどね。ただ今が楽しくて、過去や未来の事を考える暇が無いのかも」
「それは幸せだな、良い事なんじゃないか?」
「えぇ、幸せです。サラさんはどうですか?」
ネウマの問いにサラは閉口する。
悩みながら口を少し開いて、言葉にならない息を漏らす事を何度か繰り返してようやく最初の言葉が発された。
「幸せって、どんなものだったのか……分からなくて困ってる」
「うーん。なら昔の事はどうですか?美味しいご飯とかそういう記憶の中の幸せです」
「それなら……家族が、まだ居た頃」
「ご家族ですか?」
「あぁ、〈トライアイ・カルト〉に殺される前。父さんと、母さんと、兄さん。みんな居た頃」
サラは滲む視界で空を見上げて、ぽつりぽつりと呟くように過去を話す。
「実家は診療所だったんだ。それで両親はいつも忙しそうだった。内向的だったアタシは友達も居なくて、兄さんは体が弱くていつも家に居たからよく遊んでた」
「内向的なサラさんですか……なんか想像できませんね」
「今も根っこは変わってない。結局アタシは臆病なガキのままだ」
「臆病ですか?」
「そう、臆病。きっとネウマと会わなきゃ思い出したくもない過去からずっと目を逸らして、カッコつけて強い自分を演じてた」
「それじゃあ今は違うんですか?」
「……どうだろ。斜に構えた姿勢は直せそうもないし、嫌なモンは嫌だからな」
ふぅと息を吐いて、サラは脱力する。
抱えていた物を少し下ろして横になり、多少は楽になった表情で横のネウマを見る。
「だから……ありがとな。キッカケをくれて」
「こちらこそですよ。私を助けてくれて」
目を見合わせて、軽く笑い合った2人は再び空を見上げる。
赤い空は殆どが地平線に飲み込まれ周囲も次第に暗くなっているのだが、2人は心細さを感じる事もなく空を見つめた。
「アタシの体ってさ、殆どが自分の物じゃないんだ」
「?サイボーグって事ですよね?」
「いや、〈カルト〉に攫われて何年も色んな実験を受けてさ、その時に火の魔力と相性が良いからってドラゴンの筋肉組織を使った義体に強制的に脳を移し替えられたんだ」
「ドラゴン……ドラゴン!?」
「そ、ドラゴン。乱獲で数も減って、獲るの禁止されてる筈なんだけどな……だからアタシの角って本物なんだよ」
サラはコツコツと指で黒い角を叩き、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「へぇぇ……良ければですけど、サラさんの話もっと聞かせてください。話せば楽になる事もあるでしょうし、何より私がサラさんの事もっと知りたいんです!」
「物好きだな……いいけどさ。何が聞きたい?」
「何もかも……いえ、これ!頂いたこの聖印!これについてお願いします!」
ネウマは首から下げた古びて、しかしよく手入れのされた聖印を摘んで揺らす。
「ん……それは貰いモンでさ。〈カルト〉の施設から逃げ出して、家族はもう居ないしまた連れ戻されるかも知れないって怯えていた時に助けてくれた人から貰ったんだ」
「恩人ですね。どんな方ですか?」
「シスターなのに乱暴で怒りっぽくて……困ってる人を見つけたら迷わず助ける人だった」
「今のサラさんみたいな人ですね!……でも、だったって事は……」
「死んじまったよ。アタシに残されたのは銃と霊柩車と、その聖印。あとはシスターとしてのアレコレ……は身に付いてないし、戦い方くらいか?」
指折り数えるサラは意外と楽しそうに過去を思い出している。
それは辛い思い出を上回る楽しい思い出だからなのか、それとも〈カルト〉によって攫われた記憶より以前を思い出す事が辛すぎるからか。
ネウマはそれを確認しなくとも今こうして一歩歩み寄れた事に満足して頬を緩める。
「なるほどなー。聞けて良かったです、サラさんの事」
「アタシもこんな事話すなんて思ってもいなかったよ」
「友達少ないタイプですか?私はそうですけど」
「お前は記憶喪失だからな……アタシは、なんだ。一線引いちまってるな。友達とか出来てもさ、またなくしたら怖くて」
消え入りそうな声で本心を吐露するサラはその瞬間とても弱々しく身を縮こませたので、ネウマは思わずその手を取って握る。
戦う時の荒々しい印象とは異なる意外と細く長い指や、普通よりも高い体温。そこに在るサラを、ネウマは捉えたのだ。
「私が一緒に居ますから」
「そんなの分かんないだろ?記憶が戻ったら事情も変わるだろうし、こんな事してたら危険だってあるし……アタシは悪魔のせいでイライラして、それは暴力でもないとスッキリしないんだ。嫌だろこんヤツ」
「いいえ、私はサラさんと一緒に色んな思い出を作ります」
「頑固だよな。アタシは……やっぱり怖いよ。良い事があると揺り返しで全部クソッタレになる。なら良いのも悪いのも遠ざけてた方が楽だ」
幸せな日常は唐突に奪われて、そこから抜け出す事が出来た恩人は死んでしまった。それがサラのこれまでの人生。
落ち込むくらいならばと、良いも悪いも全てに対して臆病に牙を剥いて遠ざけて、傷つかないようにいようとしてきたのだ。
「ならそんなクソッタレはブッ飛ばしちゃえば良いんです!だって私達は今日ユーノス先生を守れたんですから!」
「ブッ飛ばすって簡単に──」
「簡単です!」
サラの弱音を遮り、ネウマが夜空へ向けて叫ぶ。
「サラさんと一緒なら、私達は最強ですよ!」
ネウマは右手と握ったサラの左手を空へと突き上げ、ネウマは自信に満ちた表情で笑う。
「物事の良い面を見ましょうよ!ユーノス先生の言葉を忘れたんですか?サラさんはきっと悪魔の事とか凄く悩んで、苦しんだんだと思います。でもそうやって力に溺れる事なくここまで来たから、今日はその力を使って人を守れた!だから他でも無い自分自身の事を信じて下さい!そして私はサラさんが自分を見失いそうになった時には、今みたいに手を握りますから」
少し強く、掲げた手を握って存在感を感じさせたネウマの笑みがサラへと向けられる。
サラは戸惑ったように少し視線を動かして、笑う訳でもなく眉を上げた。
「理屈は分かるけど、心はあんまり着いてかない……でも少し信じてみるよ、あんまり好きじゃないけどさ」
「サラさんの分まで私がサラさんの事、色んな良いところを好きになってあげますから」
2人は空を見上げる。
濃紺の夜空にボンヤリと浮かぶ月、そして明滅する光が空を横切るように動いている。
「!流れ星じゃないですか!?」
「んー?いや、あれは宇宙ステーションかな」
「なーんだ流れ星じゃないんですか……というか星見えませんね?」
「よく考えたらさ、街が近いから星見えるわけないんだよな」
「えぇ!?早く言ってくださいよ!」
「楽しかったし良いだろ?目的達成したから帰ろうぜ」
硬い枕で固まった首を回してほぐしながらサラは立ち上がる。
その顔は心なしか晴れやかで、ネウマは星こそ見れなかったものの、これが見れたからまぁ良いかと満足げにするのだった。
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次回更新は5/20土曜日21:11です。
前回お知らせした書き直しの為、現在投稿しているエピソードの続きはまるで違うものになる予定です。
しかし一応きりの良いところまで投稿しておこうと考えて次回EP.2のエピローグで一旦更新を停止、再開は6月予定で頑張ります。




