2-10 磔 その2
「ぐ、うぅ……はぁ、痛いな」
「サラさん!?」
サラが吹き飛んだ方向がネウマとユーノスが捉えられた檻で、サラが相当に頑丈であったために魔術によって押し固められた構造物を破壊する人間砲弾として機能したのは偶然だった。
ネウマからすれば石壁の向こうに耳を澄ませてサラの状況を探ろうとしていたら、本人が壁を突き破ってきたので僥倖といえる。
「大丈夫ですか!?傷と火傷が……!」
「熱くてしんどい……制御が効かないんだよなぁ」
「っ!酷い……私、私は」
目の前で倒れるサラを抱き起こし、残火と火傷の残る左腕はどうしたらよいのかと手を彷徨わせるネウマ。
すると背後から駆け寄ってきたユーノスが懐から取り出したペン型注射器をサラの首筋に突き立てた。
「自分用に持っていたポーションだったが……まさか人に使う事になるとは」
「ユーノス先生!」
「傷は……治らない!?どう言う事だ、何故……」
「そういうモンなんだよアタシの魔術は……出血は火で止まってんだろ、あとはあの磔野郎のドタマに風穴開けてから治療する」
そう言うなり立ち上がって戦いに戻ろうとするサラの左手を、ネウマはどうしていいのか分からないまま心のままに掴んで止める。
「っ!バカ触んな!」
「大丈夫です!大丈夫ですから……」
何が考えがあった訳でも確信があった訳でもない。
ただネウマは自分は今サラの手を取るべきだし、あの炎の中にあってもサラの手を取れると信じていた。
「熱くないのか」
「んー?あっついですけど、言うほどでもないですね」
「んだよそれ、お前はいつも訳分かんないよな」
苦笑するサラに先程まで身を焦がしていた怒りはない。
代わりにあるのは手から伝わるネウマの温もり。
心地良さに目をつぶってしまうその温もりは手を通して体を巡り心まで温める光ようだと、サラがそんな事を思って目を開けるとその光は実際に手を包んでいた。
「どぅわ!?なんだこれ!?」
「え、なんか出てました」
「分かんないモノを人に流し込むなよ!?」
「いや、これは治癒の法術だな。昔見た事がある」
背後から光を覗き込んだユーノスが顎に手を当て感心して息を漏らす。
「信仰心が強い法術使いのみが治癒の術を使える……科学が発展して信仰も薄れた為に使い手は少ないと聞くがね」
「もしかしなくても私凄いですよね、それ」
「普通疑問系にしねぇ?……まぁでも凄いよ、体が凄い楽になった。魔術も制御出来てるし」
サラの掌には火が灯るが、それは身を焼くような荒々しいものではなく、暗闇を照らす暖かな光だ。
「うん、いけるいける。今日は疲れたからさ、サクッと終わらせてくる」
「はい!精神面で力になりますとも!」
「それ以外でも役に立ってるよ。あんがとなネウマ」
「へへへ……そうですかね?まぁサラさんよく自爆してますし、ドーンと任せといて下さいよ!」
サラは肩を回して歩き出す。
重苦しくのし掛かる物は無くなって、荒れ狂うような力とは別のモノが体を満たしていた。
壁の中に作られた檻から出て、サラが最初に見たのは自身の魔法の爆心地。
黒く焼けこげた地面は放射状にその衝撃の跡を残して、サラもそれに押し除けられる形で吹き飛んだのだ。
ならば魔法を放った時に正面にいたクルーシファイも同じように吹き飛んでいるのだろうと土壁を見れば、そこには磔にされたようにめり込んだ状態の彼が居る。
コートは完全に崩れ落ち、外骨格は衝撃によって歪むか折れてしまった。
そして常に薬品を送っていたマスクも外れて、痩せこけ生気に乏しい素顔を晒している。
「あぁ、やはりアナタの炎は素晴らしいッ……ワタシの罪が祓われてゆくのを感じます」
ギョロギョロと見開いた目を動かして、うわごとのように呟いたクルーシファイの表情は恍惚として歓喜に満ちている。
「ワタシは、ここで死ぬのでしょう。しかし……アナタの炎に身を投げて、薪として世界を照らす一助となるならば!それはとても素晴らしい意義のある死だ!!」
折れた補う為に外骨格を全体を土が纏わりつく。
骨を筋肉が覆うように人型を形作った歪な姿で、クルーシファイは緩慢な動作でサラへと迫る。
「勝手に言ってたらいい。アタシは誰かの思い通りに動く実験動物じゃないんでね、こっちも好きにやる」
サラが左腕を突き出して火を放ち、クルーシファイは魔術によって動いている為に甘んじてそれを受け止める。
「ああぁぁぁアア!なんて事だ!この美しい力を持ちつつ何故!?」
「あの世で討論してくれ、アタシはこれから過去に片を付ける。向こうを寂しくならないように賑やかにしてやるよ」
炎が土の肉を焼き溶かし、それを補う為に流れ込むように集められた土砂も熱を帯びクルーシファイは今窯の中に居るのと同じような状態なのだが薬物による強化あるいは狂気が意識を繋ぎ止めていた。
「何でわざわざ苦しむんだって、そう思ってたけどさ……それでしか満たされない奴もいんだよな。別にテメェらを肯定する訳じゃないが」
サラは腕を振るい、炎はそれに合わせて堆積する土砂を一度に払って磔にされたクルーシファイの姿を露わにする。
「クソッタレ悪魔のせいでイライラして考えたらすんの避けてたけど、今はスッキリしてる」
「ぁぁぁ……ワタシをその炎で……」
高音の金属フレームに固定されたクルーシファイは絶えず焼ける痛みに苛まれているのだが、そんな状態であってもサラの炎を見る顔は子供のような純粋な喜びに満ち溢れて輝く。
「……」
「ああ、熱い。ワタシの罪を裁く炎……世界の罪を焼き払う力。それでワタシも──」
「終わりだ」
サラはリボルバーをクルーシファイの額に突きつける。
「──そんな、なんでそんな無粋な物を」
目の前の銃口を覗き込み、失意の中でクルーシファイの頭は弾けた。
◆
「残念ですが手の施しようがありません」
「そ、んな」
ベッドから見上げる医者の顔は、白色の光に紛れてよく見えない。
だが無機質な、作り物のような顔をしているのであろう事は予想が付いた。
「様々な投薬を試みて来ましたが、いずれも効果を示す事が無く──」
病が自身の体を蝕んでゆく様を、ベッドの上で1人見続けるのは孤独だ。
闘病と呼ぶように、病に抗い生きようとする事は闘いだ。ならば私は無条件降伏によって闘いを避けた敗者ですらない存在だろう。
そもそも私には全身を義体に替える金も無かったし、気力も既に尽きていたのだから。
「〈ヘルメス社〉には患者様の尊厳を守る為の選択を──」
最後に鏡を見たのはいつだったか。髪も、自慢の髭も抜け落ちた私をドワーフだと分かる人がどれほどいるのだろうか。
筋肉も落ちた骨と皮のこの姿では、ハーフリングどころか小鬼の死に損ないがせいぜいだ。
副作用だけが残った投薬治療を辞めた私の、このQOLを上げる訳でもない緩慢な死への道行はただベッドの上から動かないという刑罰のような時間の過ごし方によって喉元へ迫る死を実感する、恐ろしい期間だった。
「はい、確認しました。最期の時を安らかに過ごせるよう──」
私はそれに耐えられなかった。
誰しも訪れる死というものが私の場合は近いところにあったのだと、そう思ってしまえばゴールを自分で定められる〈ヘルメス社〉の尊厳死プランはうってつけと言えた。
「こんにちは。──さん」
「?……医者、じゃない?」
ゴールを迎える日にベッドに横たわったままの私の元へ現れたのは、全身義体あるいはパワードスーツに身を包んだ三つ目のだった。
その人の声はまるで長い時を生きた大樹のような存在感と広がる葉のような包み込む慈しみに満ちた老人の声で、その人の声は不思議と心に入ってくるような安心感をくれた。
「いえ、医者ですとも。もっともワタシは錬金術師と名乗っていますがね。名をアンブロシオス、アナタを救いに来たのです」
「もう、手遅れだと」
「そんな事はない。アナタは我々の持つ技術に対しての高い適正を示した……生まれ変わる事が出来るのです」
「生まれ変わる……」
口の中で転がしたその言葉に今ひとつ実感が持てずにいると、表情の見えない老人がニコリと笑い掛けてきたような感じがした。
「あなた方はなんなんだ?」
「我々は〈トライアイ〉──人を革新させる存在。アナタを磔から救って差し上げよう」
笑みを浮かべて包み込むような、そんな姿を私は見た。
人を救う為に出来る事がしたいと、この人みたいになりたいとそう思って──
──ワタシはクルーシファイになった。
◆
短く、長い。命の灯火の最後の輝きを脳裏に映し取った幻視から意識を戻したサラが呆然と立ち尽くす。
「アイツ……アイツは……」
焼き付いた記憶の中と一致する姿形、そして声。
サラとクルーシファイを結ぶ共通点として記憶の中の老人が、サラの体を強張らせる。
ワナワナと手が震え、強い感情が爆発しそうになったサラを引き戻したのは周囲の異変。
クルーシファイの瞳から原動力となる狂気の光が消えて、周囲を取り囲む土壁が保持力を失って崩れ始めたのだ。
「危ないから出てこい!」
「許可ヨシ!外出ます!」
サラが檻へと掛けた声は、ネウマとユーノスが飛び出してくるという形で返された。
土埃を頭や肩に乗せて出てきた2人は周囲と、土塊の中の死体を見て立ち止まる。
「これは……」
「この体であれほどの魔術を使っていたのか」
「病に倒れて孤独の中で救いを求めて、よりによって悪魔に魂を売った訳か。アタシも同じだけどさ、聞こえてただろ?」
本心を覆い隠すような力ない笑顔でサラは自嘲する。
ネウマはそれを見て何を言うべきか少し悩んだあと、胸を張ってサラの目を見つめる。
「サラさんはサラさんですよ!過去に色んな事があった、今のサラさんが私の相棒のサラさんです!」
「相棒って……」
「いいじゃないか、相棒。得難いものだよそれは」
ユーノスの同意にネウマは腕を組んでうんうんと首を振り、自信を持ってサラへと笑い掛ける。
「気にしないのかよ?護衛対象がまさにアンタの命を狙ってるやつと同じなんだぞ」
「そうかもしれないが、私から見た君は恐ろしい企みに加担するようにはとても見えないし、むしろ過去の喪失を乗り越えようとした……そうだな、同士であると敬意を払うよ」
サラは少し驚いたような顔をして、受け取った言葉を脳内で反芻したあと強張った筋肉を緩めて笑う。
「そうかい。お人好しだなアンタら」
「良い人の周りには良い人が集まるんですよ!」
「自分で言うか?ソレ」
「自己肯定感高いので!」
ネウマの自信に満ちた声の後、僅かに遅れて笑い声が響いた──
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次回更新は5/17水曜日、21:11です。
現在投稿中のEP.2が終わったら、すでに投稿した場所の書き直しを行いたいと思います。
投稿してから幾つか納得いかない箇所が見つかり、読みやすく纏める為にも早めに手を入れておこうと考えて書き直しを決めました。
そこまで時間は掛からないかと思いますが、再開時期は活動報告の方でお知らせいたします。




