2-8 推測
「残敵無し。もう安全だろう」
嵐が過ぎ去ったような有様の廃モーテルの全ての部屋を確認したバルトロが〈カルト〉の襲撃が終わった事を告げて、ネウマとユーノスは安堵の息を漏らす。
風船から空気が抜けるように力を抜く2人は戦いに慣れていない為、緊張して疲れるのは当然なのだが闘い慣れているサラにまで疲れの色が見えている。
「あぁー今になって疲れが来た……守る対象がいるんだって終わってから気が付いた」
「へ!?私達の事忘れてたんですか!?」
「ただ銃をブッ放すだけの仕事ばっかやってたからなぁ」
そう言ってホルスターを叩く姿をネウマは非難めいた眼差しで見つめ、サラは空笑いで誤魔化そうとする。
「んじゃ、終わりって事でオレ達帰るわ。ネウマちゃんまたねー」
「依頼されたモノは届けた、こちらの仕事は終わりだ。そちらも気を付けろよ」
ミュラーとバルトロは今度こそ撤収の準備を終えて車へと乗り込みエンジンを掛ける。力強いエンジン音が響き、緩やかに加速して駐車場を移動するピックアップトラックを見送りながら、ネウマは手を振る。
「あ!ありがとうございます!」
ネウマの礼の言葉に窓から出した手を振って応えたミュラーは、そのままバルトロの丁寧な運転によって姿を消した。
「ふぅ、ひと段落と言いたいところだが」
「移動した方がいいだろうな」
「えーまたですか?……そうだ!この車使えば!」
疲れに口を尖らせたネウマが指したのは〈カルト〉が襲撃に使った車。3人乗ってもなお広々と使えるその車には多少弾痕があるものの、車としての機能は充分果たす事が可能だろう。
「ダメだ」
「なんでですかぁ……」
「追跡装置が付いてるかもしれないからね。残念だが歩くとしよう」
ユーノスに促されて渋々といった様子で歩き始めたネウマもいざ歩くとなんだかんだと言って楽しそうにしだすので、サラはした事もない犬の散歩をしている気分になった。
「……楽しそうだな」
「?まぁ歩くの好きですし」
「なら最初から素直に歩けよ……」
「好きと疲れたぁーは別じゃないですか?」
「確かにそうだね。私も遺跡の調査をしていた時は疲れなんて感じなかったよ……代わりに後日襲ってくる筋肉痛が酷かったが」
過去の苦痛を思い出しながら1日中アタッシュケースを持ったままの左肩を揉みほぐすユーノスの苦々しい表情に、ネウマは同意の声を上げる。
「そうそう、楽しい事してれば他の事なんて気にしてる暇ないですからねー」
「ただ歩くのがそんなに楽しいかねぇ?」
「ただ歩くんじゃなくて、人と話しながらってのが重要なんですよ。ほら、なんか話題ないですかね?」
キョロキョロと周囲を見回して話題となるものを探そうとしているが、そもそもここはモーテルが廃業して銃撃戦をしても警察がやって来ないような場所。
道路が広い以外に特筆すべき点の無い場所だった。
「あー……そうだ!ユーノス先生が先程受け取った物!中身はなんですか?」
パンと手を叩き、視界に入ったユーノスが肩から下げるクーラーボックスについて尋ねるネウマ。
それに対してユーノスは少し苦笑いをしながら蓋を開けて中身を2人に見せた。
「ひぃ!?」
「うぉっ!?な、生首!?」
クーラーボックスの中には無数の保冷剤、そして中央にはポリ袋に包まれた青白い顔の生首。
瞼を閉じてはいるものの、歪に開きかけた口がグロテスクな違和感を感じさせる。
「ななななんですかコレは!?」
「生首、だね」
「そりゃ生首だろうけどさ、何の為に危険を冒してまでコレを……」
明らかに引いているサラとネウマに、ユーノスは頭を掻きながら説明する。
「これは〈トライアイ・カルト〉の所業を明らかにする為の証拠……になる筈の生首だよ」
「これ自体が何かの所業の証拠ですよ!」
「まぁ遺体を損壊した事に関しては否定出来ないが……コレによって間違いなく調査は大きく進展する筈だよ」
「調査?首に話でも聞くのかよ?」
「そんな高度な死霊術は存在しない、私がするのは脳とそこに接続したサイバネティクスを見るんだ」
クーラーボックスの蓋を閉じて、ユーノスは自身の頭をトントンと指先で叩く。
「この首は最近巷を騒がせているドラッグを使用して行った犯罪の現場で警官に撃ち殺された犯人のモノなんだ」
「警官って……これ警察署の遺体安置所から盗ってきたのかよ……」
「本来なら協力者の医者から同じドラッグを使った人の首を調達する筈だったんだがね、〈カルト〉が医者を殺したニュースに怯えて手を引いてしまったものだから」
「それは……責められませんよね」
「ああ、そうだね。命は大事だ、他の何に変えても守りたいという欲求を否定する事は出来ない……だが私はここで辞めるわけにもいかないからね、確実に場所が分かっている遺体から首を拝借する依頼をしたんだ」
ただ当該のドラッグを使った者の遺体ならば潜在的には山程あるだろう。しかしそのドラッグを使ったのだと追跡出来て尚且つユーノスが手に入れられる遺体となれば、それは闇医者の元まで流れた新鮮な臓器提供者を買い付ける他なかった。
しかしそれすら協力者が手を引いた事で叶わなくなった為にユーノスは少しばかり危険な手に出た。それこそが警察によって解決した事件の犯人の死体。
データベースにさえ侵入出来れば確実に追跡が可能であり、遺体安置所にはモノがある。あとはツテさえあれば賄賂でも渡して首を切らせてもらえるだろう……が、ユーノスにはそのツテが無かったので依頼をして目的の生首を調達して貰ったという訳だ。
「それで警察……随分と大胆な事されましたねぇ」
「その価値があったと信じたいね」
「それで?その生首からどんなモンが出て来ると嬉しいんだ?」
サラの疑問は当然のもので、それに対してユーノスは待ってましたとばかりに表情に力が入り早口で捲し立てる。
「それを説明する為には前提となる要素について話さなければならない。まずは件のドラッグについて、これは先程の戦闘で使われていたあの青白く発光するアレだ」
「見てたのかよ……」
「好奇心……知的と付けるべきか。実際に使われている場面を見ておきたかったんだ。あのドラッグは魔術の素養が無い者でも魔術が使えるようになる。それだけ言えば夢のようだがね」
「確かに!掃き掃除面倒な時に風でぶわぁー!って飛ばせたら便利ですもんね!」
「余計なモンまで吹っ飛ばすヤツだろそれ」
腕を突き出し風を噴き出すジェスチャーをするネウマを見てクスリと笑いながらユーノスは説明を続ける。
「そう、きっとアレを使って得た魔術の力では無差別な破壊しか出来ないだろう。なにせアレは使用者に不可逆のダメージを与える物だからだ」
「そんなこったろーと思ったよ。よく分かんねぇサイバネティクスとドラッグには手を出さないのが吉だな」
「その通り。しかしそのようか事に考えが及ばすに目先の魔術が使える、という点に釣られる者が多く……それらが〈カルト〉へデータを提供する事に繋がっている」
「ほほーう?データ、ですか……」
ホログラムにて表現された賢さを表すメガネを持ち上げたネウマが理知で目を光らせて相槌を打ち、アニメーションが終了する。
「ホロタグか?変な小技覚えやがって……」
「はは、いやすまない。モーテルで教えたんだ、緊張が和らぐと思って」
「凄いですよぉコレ!楽しい!凄い楽しい!」
「ウザ……いやマジしつこいないい加減やめろって──」
設定されたアニメーションをホログラムにて再生する小型機械、それがホロタグ。ネウマが貰った物は子供向けのオモチャのキーホルダーだ。
チカチカとしつこくアニメーションを繰り返すネウマに鬱陶しさを覚えたサラがメガネを取り上げようと手を伸ばしてホログラムに触れそうになった時、ホログラムは酷いノイズで激しく乱れてネウマは驚き素っ頓狂な声を出す。
「うっひゃぁ!?」
驚いたネウマはそのままホロタグを取り落とし、安価なオモチャは落下の衝撃でチカチカと明滅した後一切の動きを見せる事は無かった。
「あー!サラさんが!サラさんが壊したぁ!」
「あーもう悪かったって……」
「……ほう」
大袈裟に言って見せて罪悪感を煽るネウマと壊したのは事実である為に強く出る事の出来ないサラ。
そしてユーノスは落ちたホロタグを拾い、ニヤリと笑って手を叩く。
「そうか、サラさんは魔術を使えるのか」
「!……なんだよ?別にアタシはドラッグ使ってる訳じゃないぜ」
サラが僅かに殺気を纏い、空気が冷えるような恐ろしさにユーノスは慌てて手を振り無抵抗を示す。
「いやいや違う違う!そういう事ではなくて、そのホロタグは魔力駆動だから魔力の干渉を受けやすいんだ!だからサラさんは魔術が使えるのでは?と推測を述べただけでだね?決して疑うだとか──」
「あぁもう分かったから落ち着けよ」
「サラさん基本的に姿勢悪くて俯きがちだから睨まれてるみたいで怖いんですよね。分かります」
「分かるかい?ああ!いや!?決して貶そうという意図がある訳では!」
「もう分かったから先進めや!」
サラの一喝、あるいは恫喝によってユーノスは乱暴に叩き込まれた平静の中で思考を整理して咳払いをひとつ。
「んんっ……このホロタグは魔力で動くんだ。ただこんな簡素なホログラム発生装置なんてノイズも多いし精細な表現なんて出来ない。そのうえ外部からの干渉を受けやすい物だから、だからこそ魔力の痕跡を大雑把に探るのに便利なんだよ。わざわざ値段の高い魔力計測装備なんて購入出来ないからね」
「あーモーテルでポケットから取り出してたのコレでしたか」
「そうだ、このホロタグでこの生首の魔力反応を調べていた」
「ん?いや待てよ。死んでから時間経ってもそんなに効果があるドラッグなのかよ?」
サラの疑問にユーノスは深く頷き、この質問が的を射たものである事を言外に伝えている。
「そうだ、それがこのドラッグの恐ろしき不可逆の効果だ。そうだな、君達は悪魔という存在を知っているだろうか?」
悪魔、とその言葉を聞いた瞬間サラに強い動揺が走る。目に見えて分かる程では無いものの、纏う空気は明らかに変わって眼の奥は様々な感情が渦巻いて視線は今と過去を行き来して定まらない。
「碌でも無いクソみたいなヤツだ」
「そう、実に碌でも無い存在だな。悪魔というのは魔界と呼ばれる別次元に住まうエネルギー生命体だ」
サラの吐き捨てるような言葉に同意して、ユーノスはサラの傷に触れる事なく説明を続ける。
「悪魔は我々のこの世界に現れる時に魔力によって肉体を構成し、その際にこの世界の生命体と交わって生まれたのが魔族だ。その為に魔族は魔力に優れる──というのは昔の事だな。混血が進んだ今では魔族という括りに意味はないな」
「だけど〈トライアイ・カルト〉はわざわざ魔族の王を信奉してる」
「そうだ、その信奉する神の如き存在に近づく為に奴らは非道な人体実験を繰り返している」
「それが魔術が使えるようになるドラッグですか?」
「それはごく一部に過ぎない。彼等の行いは全て人の悪魔化による先祖返りに向けて行われている」
「悪魔に……?人を悪魔にするんですか!?」
「そうだ、あのドラッグは人を悪魔化する為のピースのひとつ。更にもうひとつは彼等がドラッグと共に使った中身が空のデータチップ」
ひとつづつ指輪を立ててユーノスが語るたび、クーラーボックスの中の生首にやはり意識が向いてしまう。
サラもネウマも見えない箱の中で首が恐ろしく変貌する妄想などがよぎり息を呑む。
「空ってなんだ──いや、そうか」
「え?今のだけで分かります?」
「サラさんは分かったかな?データチップの中身はエネルギー体である悪魔をデータとして封じ込めた物。恐らくはチャンポン用の電子ドラッグとして渡されたんだろうが……その実は使用者を悪魔に変える簡易的なサバトセットだよ」
「そのデータを集めてるのかよ?イかれてんな」
「そのドラッグを使っても魔術が使えるようになるのは一部だけ、大半は体が耐えられずに崩壊してオーバードーズでもしたのだろうと見過ごされる……正気とは思えないデータ収集だ」
つまり潜在的には〈カルト〉の実験は見えているより遥かに多く行われており、その分の被害者も確実に存在する。
ドラッグの使用者は勿論として、使えるようになった魔術によっても被害は出るだろう。
「ドラッグは悪魔を受容する為に、精神は悪魔によって不可逆の傷を負う。このような非道を知って放っておく事など私には出来ない──」
「ほぉぉう?だから阻止、すると?」
「──ッ!?」
ユーノスの決意の言葉はやけに浮ついた男の声に遮られる。
この方向を見ればそこにはコートを着てなお細いシルエットの長身痩躯の男。そこまでであればまだ異質さは感じないのだが、彼は顔をガスマスク──エアフィルターの代わりに青白く光る薬品が流れ込むチューブが取り付けられたソレで覆い、頭髪の無い頭部には金属製のプレートが据え付けられ青ざめた素肌が隙間から覗く。
「ワタシの名はクルーシファイ。〈トライアイ〉に歯向かう罪深き者達を狩る執行者です」
自己紹介と共に細く伸びる両腕を腰へと回して一礼し、しかし剣呑な空気は変わる事なく刺すようなプレッシャーが場を圧し付ける。
「ハッ仇討ちかよ?案外仲良しサークルだったりすんのか?」
「そうですとも。我等の兄弟姉妹の命を奪い、罪人を庇うアナタに対する怒りでワタシの胸の内は灼かれているッ!!そう、アナタも磔にしなくてはなりません」
「生憎と標本になるつもりはないんでね」
息を飲み、後ずさるネウマとユーノスの代わりに前へと出るサラは空気に飲まれないよう強気で相対するがクルーシファイと名乗るその男のマスクから覗く目には感情らしき物が見受けられず、サラは少しばかり恐れのようなものを抱く。
「ならば始めなくてはなりませんね──まずは処刑場の準備を」
クルーシファイが後ろ手から2丁のクロスボウを取り出して両腕を左右に広げる。その瞬間からスイッチが入ったように彼は存在感を増し、支配者として場を作り変え始める。
発動した魔術によってアスファルトは剥がれ土が隆起し建物は押し除けられた。そうやって作り上げられたのは円形の壁、そしてネウマとユーノスを捕える壁で構成された闘技場──否、処刑場。
「……クソが」
「まずはアナタからです!抵抗は無意味!アナタの罪は死をもって償わなくてはならない!」
押し固められたアスファルトが細長く成形されて、1人でに稼働したクロスボウに装填される。
サラもリボルバーを引き抜き撃鉄を起こして準備は完了。
これは戦闘か処刑か。張り詰めた緊張は弾けて嚆矢となった──
次回更新は5/10水曜日、21:11です。
タイトルを分かりやすい長文に変えようかなーなんて考えたりします。
上手く纏められないので、しばらくはそのままだと思いますが……




