1-2 アンデッド退治
サラが路地裏で薬漬けの銃乱射男を倒す数時間前、陽が傾きかけた頃の事。
彼女は〈ストーンヘンジ〉の郊外、ハイウェイが通る区画の下に位置するスクラップヤードの入り口に居た。
ビルの間を夕日が差し、サラの赤い髪がより赤く見えるその時間、ビルに光が灯り出すその時間から彼女の仕事が始まるのだ。
「おう、そんで?何体くらい居んの?」
サラが気さくに手を挙げて挨拶したのは、このスクラップヤードの管理人。
白髪混じりの頭に色褪せた会社ロゴ入りの帽子と、同じロゴの作業着を着た男性。
サラとは旧知であり、今回のような仕事を何度か依頼している常連だ。
「わっかんねぇだな。今回はまた大勢捨てられたんでなぁ」
「はぁ〜マジか。めんどくせぇ……」
「ははは!金払ってんだから頑張んなぁサラちゃん!」
「あいよ。鍵くれ、アタシ出てくるまで開けんじゃねぇぞ」
「分かってらぁよ。鉄火場に飛び込むなんて出来る歳じゃねぇかんなぁ」
投げ渡されたのは物理キー。
最新式とは言い難い設備を使っているこの施設には似合いだが、電子式に変えたところでハッキングされては意味がない。
まともなファイヤーウォールを備える投資が出来ないなら結局、物理キーを使う方が安全性が高いのだ。
「出てきてはいないんだよな?」
サラが目の前に聳え立つフェンスを見渡す。
このスクラップヤードは高さ3メートルは超えるフェンスが囲い、その天辺には有刺鉄線。
侵入者対策ならばフェンスのみで十分かもしれないが、このスクラップヤードにおいては外よりも内から越えようとする存在こそが問題だった。
「あぁ1人も」
「なら安心か。んじゃ、行ってくる」
砂利を踏んで扉へと向かい、鍵を差し込む。
鍵穴に砂でも入ったのだろう、ザラザラとした感覚を鍵の向こうに感じながら手首を捻ればカチリと音が鳴る。
鍵を引き抜き懐へと仕舞い、キィと音を鳴らしながら扉を開けて、フェンス内側へと入る。
入れば今度は逆の手順。
扉を閉めて、内側から鍵を差し込んでロックする。
「よし……お仕事の時間だ」
陽も落ちてきて暗くなり、更には積み上がったスクラップが影を落とす。
あらかじめライトは付けておいたものの、視認しづらい箇所は多い。
サラは視界に映るウインドウにて、自身のアイインプラントの調整をし、暗闇を見やすくなるように弄りながら道を進む。
道と言っても整備されたものではなく、スクラップが置かれていない、自然と通り道として扱われるようになった砂利道の事である為足場は良いとは言い難い。
ザリ、ザリとブーツで地面を踏み締めるたび音が鳴る。
それは自分がまだ地に足がついている事を示す音であり、足元以外から聞こえたなら他の何かが居るという事だ。
「がぁぁ、うあぉぉ……」
「アンデッド1名様ごあんなーい」
サラが不敵な笑みを浮かべて睨む暗闇から呻き声が聞こえる。
それは言葉にならないような、地の底から響く怨嗟の音。
歪な歩きで暗闇から出てきたのは人型。
かつて人だった成れの果てであるところの、ゾンビと呼ばれる動く死体──アンデッドだった。
正しく弔われなかった死体に怨念が染み付き、動き出したモノ。
この街に於いても存在するそれは、路上生活者やスラムの住民、抗争の果てに死亡した無法者の死体などが主な発生源だ。
このスクラップヤードはハイウェイの下にある為、以前から通りがけの車から死体が投げ捨てられる事があり、その度にサラへアンデッド退治の依頼が舞い込んできた。
「明らかに銃撃戦で死んだ死体……近くで抗争でもあったか?」
腰のホルスターから引き抜いたリボルバーで眉間へと一撃。
重い破裂音と共に腐った果実は弾け飛び、血肉とインプラントを撒き散らす。
グチャリと音を立てて崩れ落ちた死体からはかつて怨念だったモノが煙のように立ち上る。
これこそがサラが──聖職者が呼ばれた理由だ。
サラはその態度や言動こそ聖職者然とはしていないものの、アンデッドの退散という基本的な技能を修めてはいる。
この技能──信仰によって得られる力を扱う術──法術は科学が発展しようとも、魔術と違いデジタルデータでは再現出来なかったモノだ。
この力が無くてはアンデッドを真に退治する事は出来ず、怨念は死体に留まり続ける。
サラは自身の銃──厳密には弾丸へとその力を込めて打ち出した。
例え銀の弾丸でなくとも不浄な存在には致命的となる。
「安らかに〜」
飛び立った汁を踏まないように気を付けながら、ヒラヒラと手を振ってサラはより奥へと進む。
その道すがら遭遇したゾンビに弾丸をお見舞いしながら危なげなく進むが、これはアンデッドに対する有効打を持ち、尚且つ荒事に慣れたサラだからこそだ。
昔ならアンデッドはそこまで危険な存在ではなかったのだが技術の進歩が人を死にづらく、屈強にした事が裏目に出たのだ。
アンデッドは死体に取り憑いた怨念が生者の持つ生命エネルギーを求めて襲いかかる──だけではない。
この怨念というのは無機物にも取り憑き、それはかつてリビングアーマーだとかポルターガイストといった呼ばれ方をしていたのだが、これは現代において殆どの人が身に付け一体となった義肢にすら取り憑く。
ならばそんな強化された人の死体が動き出すゾンビというのは、リビングアーマーに近い性質すら見せた、生身を超えた恐るべき脅威として人々の生活を脅かす事すらあった。
この〈ストーンヘンジ〉もいくら発展しようと、その他の都市同じくアンデッドの脅威に晒されていたのだが、この都市は大陸にて多大な影響力を持つ教会勢力の介入を嫌がった。
その為この都市でアンデッドを退治するのはサラのような、法術を修めた傭兵や、企業お抱えの専門部隊。
決して数が多い訳ではないが何とか回ってはいる状況ではあったこの状況で、基本的に仕事の奪い合いは発生しない。
しない、筈だったのだが。
「んだこりゃ?先客か?」
サラの眼前には無数のアンデッド──から怨念が祓われた物。
黒い煙の如き立ち昇るモノを漂わせた死体が6体。
「この銃創は死んだ時のものか?……アンデッド退散には何を使ったんだ?刺し傷もない、殴打……でもねぇな」
サラが仕事を受けるこの地区には、少なくともサラが知る限りではアンデッドを退治出来る傭兵は存在しない。
それにここでの仕事を受けたのはサラのみだ。
無給で働く者などこの街にはいないし、後払いを期待できるようなお人好しをサラは見た事が無かった。
「アンデッドが目撃された時点で出入りは禁止、わざわざ侵入するようなのがいるかね?」
サラは商売敵への考察を重ねる。
それはとても強力な法術を扱う──銃器などへの付与ではなく、直接アンデッドを攻撃する高等法術。
それは1人だ──砂利道に残された足跡は複数あるが、この場を離れる痕跡はこの場に倒れている死体よりも小さな足跡。
「ハイウェイから降ってきたのか?……不可能じゃないが死体に紛れてたってんなら面倒だな」
この場に倒れているアンデッド化した者たちはみな、銃創がある。
派手な色の衣服を着て、誇示するようにギラギラと輝くインプラントは傷が多く血に塗れている。
これらが示すのは、彼らは銃撃戦の果てに死亡したギャングであるという事だ。
「……顔の照合完了っと。確定だな賞金付いてたのか」
死体の1つの顔がデータベース上に登録された賞金首の顔と一致、ダラリと舌をはみ出させた今の姿からは想像出来ないが、サラの視界には彼の在りし日の姿が表示されていた。
「強盗、殺人、放火etc……どんな状況だ、これは」
賞金が掛けられるような連中が銃撃戦をし、その死体がこのスクラップヤードへ捨てられた。
それと関係あるのか無いのか、強力な法術を扱う何者かがサラの仕事を奪って何処かへ。
「はぁーメンド。しゃーない、せめて商売敵のツラでも拝んでやるかね」
リボルバーで肩を叩きながらサラは進み行く。
道を進むと既に祓われた死体が幾つか転がっており、その痕跡から目的の人物は近いと、サラは神経を研ぎ澄ます。
「ん、アイツか」
やがて辿り着いた行き止まり。
そこには1人の女性が座り込んでいた。
背中までかかる長い髪がスクラップヤードの濁った死の色の中で鮮烈な印象を放つ。
既に近づいている事に気付いておかしくない距離。
ザリザリと砂利道でわざと音を立てて近づいても、彼女はサラに背を向けたまま俯いて動かない。
「おい、アンタがここのアンデッド共をあの世にぶち込んだんだろ?生憎それはアタシの仕事でね。アンタは横入りってワケだ」
「──人」
「あ?んだって?」
掠れるような、細い声。
集音能力を高めた設定でもなければ聞き取れない小さな声に、サラは威圧的に聞き返す。
「ようやく──」
「お?話せんじゃねぇか。最初からそのボリュームでよぉ」
「生きてる人に出会えましたぁ!!!!」
「うるっせぇ!!?」
大声と共に飛び上がり、にじり寄って来るその女にサラは思わず後ずさる。
「あのぉ!私本当に心細くて!!?な、泣きっ泣いちゃっでぇ……」
「おおう……そうか」
「私ネウマって言いまずぅ……」
「鼻水ヤベェって……アタシはサラ……」
涙と鼻水を垂れ流し、サラの手を握るネウマと名乗るその女性は、無数のアンデッドを退治した卓越した法術の使い手とは思えない様相だった──
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